生徒会のお呼び出し

「嫌い嫌い嫌い嫌い嫌いあいつほんと嫌い!」


 ぼすぼすぼすぼすぼす!

 寄宿舎の自室に戻ったフランは、愛用の抱き枕(クルーエルの似顔絵つき)の正中線に地獄突きを繰り返していた。


「なんなのよ! 人が何のためにここまでしたと思ってんの⁉︎ ぐすっ、クルーエルのあほんだらぁ!」


 どすどすどすどすどす!


「むかつくむかつくむかつくむかつくあいつほんとむかつく!」


「フラン様、その辺にしましょう。中に詰めた綿が限界です。布も破れてしまいますよ。また」


「…………ふん。今日はこれくらいで勘弁してやるわ」


 抱き枕をベッドに放り投げ、自分自身も寝転がる。


「……ぐすん……」


「それにしても、不可解な話ですね」


 と、ケイがベッドサイドに腰掛けた。


「貴族社会で偽名を名乗った上、実力を隠したがるなんて。虐めてくれと言っているようなものですよ」


「ふん。どうせ、『本当の実力を隠して凡人の振りしてる自分かっこいー』とか思ってるのよ」


「そんな、フラン様ではないんですから」


「私だって思わないわよ!」


「そういう講談本、お好きじゃないですか」


「ちょっまっ」


「まあ、それはさておき。他にも奇妙なことはありますね」


「……そうね」


 そうなのだ。変なことばっかりである。


「なんで同級生の誰も──シアは別として、誰もあいつのこと知らないの? あいつ、若獅子戦の優勝者でしょ?」


 それも歴史に残るような、ド派手な勝ち方をしたのに。

 直接目にしていなくても、優勝者の名前くらい知っていてもいいはずだ。

 なのに自分とシア以外、誰も知っている素振りがなかった。

 まるで、そんな事実がなかったみたいに。

 あるいは、ダストエンドと名乗った理由はその辺りにあるのかもしれない。


「……調べるか」


「フラン様?」


 同じ立場のシアに相談する手もあるけれど、クルーエルを気にかけていると思われるのも癪だ。


「ケイ。他の生徒の個人情報を手に入れようとするなら、どういう方法があると思う?」


「そうですね……」


 ややあって、躊躇いがちにケイは口を開いた。


「生徒会室に忍び込む、とか」


「ふうん?」


「ルクレツィアの生徒会はレティシア第二王女が会長をされていています。権限も大きく、生徒の情報も集まっているかと」


「グッド」


 足を高く振り上げて、フランは跳ねるように飛び起きた。


「でもわたしなら、こそこそ忍び込む必要はないわね」


 くふふ、と含み笑いを浮かべる。

 個人情報の流用。権力の私的濫用。

 あの女と戦って勝つためなら、手段なんて選ぶもんか。


 †


 翌日から授業が始まった。


「では、魔力の定義について──フランドールさん」


「はい。魔力とは、体内のオドを用いて、大気中のマナを取り込み、自身の属性に変化させた不可視の物質です」


「そのとおりです。ではオド、そしてマナとはなんでしょう」


「オドは生命が持つ魂のエネルギー、生命力と定義されます。マナは従来、オドと同質の物体と解釈されていましたが、七賢人リルエンデが提唱したエーテル仮説の登場以降、大気中に漂う微弱な精霊の集合体である、という見解が主流です」


「──素晴らしい。完璧な回答です。さすがは特待生ですね」


 教室のあちこちから、感嘆のため息が漏れた。


「さすが藍色のフランドールさま」


「あんなにお可愛いのに、勉学もお出来になるなんて」


「姿勢も発音も綺麗」

 

 賞賛を浴びながら、椅子に腰を下ろす。

 五年間、寝る間を惜しんで学んできたのだ。この程度なら楽勝だった。

 でも「お可愛い」ってなんだ。そこは「お美しい」とか「麗しい」では……?

 さておき座学は楽勝。そして実技は、座学よりも余裕だった。

 初回の実技訓練は、実力試験を兼ねた仮想精霊三体の討伐。


【火よ風よ。燎原のごとく焼き払え】


 フランが杖を一振りすると、赤い炎の刃が仮想精霊を薙ぎ払った。


「うそ、一撃?」


「今の二重属性魔法だよね。すごい。さすが藍色」


「声掛けたいけど、ちょっと気後れしちゃうな……」


 地方貴族の娘たちが集まっているグループが、フランを遠巻きにしてささやき合う。

 爵位、実力、容姿、社交性。

 様々な要素が絡まり合い、早くも学級の中にはカーストが生まれつつある。

 当然、フランがいるのはその最上位。

 一方、ヒエラルキーの最下位は──

 訓練所の一角に視線を投げて、フランは眉を顰めた。


「……ったく。ほんと、なにやってんのよ。あいつ……」


 思わず舌打ちしたくなる。

 それくらい、クルーエルの動きには精彩が欠けていた。

 生み出す氷塊は拳大がやっとだし、魔力操作が利かないのか、攻撃の軌道は真っ正面のみ。

 当然あっさり避けられて、反撃を喰らう。

 防御魔法も構築できず、地面に転がるように回避するのが精一杯。

 この訓練は、三体倒した者から抜けていくルールだ。

 当然、クルーエルが最後に残る。

 攻撃は避けられ、反撃に転ばされる。

 どうにか杖を構えても、


【氷よ、礫となれ】


 放つのは初級の魔法だけ。

 氷の礫は、黒い影に似た仮想精霊の頭部を掠め──掠めただけで終わった。

 あまりにも威力が足りない。

 なお杖を構えるクルーエルに、導師が告げた。


「そこまで。次の課題に移ります」

 

 悪気もなく、「早く辞めたほうがいいのに」と呟いたのは誰だったろう。

 フランは硬いオーク材が軋むくらい、強く魔杖を握りしめた。

 やっぱり、気に食わない。

 一向に本気を出さないことも、侮られているのに涼しい顔をしていることも。

 すぐに化けの皮を剥がしてやる。

 そのためにはまず、情報が必要だ。

 フランは学舎の一角を見上げた。

 ルクレツィア魔法学院に聳える七つの尖塔の一つ。『女王の塔』。

 生徒会の執務室だ。


 †


「失礼。レインフォレスト伯の御息女はいる?」


 きた。

 臙脂のローブを着た上級生が、フランの教室を訪れたのは、昼休憩に入って間も無くだった。

 席を立ち、入り口へ向かう。


「私がフランドールです」


「お久しぶりね」


 一瞬言葉に詰まり、すぐに気づいた。

 ローブの留め具に彫り込まれているのは、『杖を守護する大鳳』。

 王家の懐刀、グラッツェン公爵家の家紋だ。

 若獅子戦の記憶が甦る。

 クルーエルとフランに次ぐ高得点を叩き出した、年上の少女がいた。名前は──


「こちらこそ、ご無沙汰しています。ロゼリア様」


 ロゼリア・リード・グラッツェン。

 第一回若獅子戦の三位入賞者。


「少し、時間をもらっても?」


「もちろんです」


 背後でクラスメイトたちが、興奮のあまり黄色い声を上げている。

 ロゼリアは、腰まで届く緑の黒髪を靡かせた長身の佳人だ。

 背が高く、美しさの中にどこか陰があり、いかにも下級生に騒がれそうな容姿をしている。

 フランと同じ程度に耳敏い生徒なら、彼女が生徒会の副会長であることも知っているだろう。

 フランの言葉に、ロゼリアは小さく頷いた。


「ついてきて。生徒会長──レティシアが、貴女をお呼びよ」


 †


 廊下を歩く背中を見ながら、フランは少し迷っていた。

 ロゼリアは若獅子戦の参加者だ。

 つまり、クルーエルが竜種の精霊を召喚した姿を目の当たりにしている。

 現状を相談してみるべきだろうか?

 とはいえ、アレはロゼリアにとってもフランと同じ──あるいはそれ以上に、苦い記憶であるはずだ。

 こちらから触れて、心証を悪くしたくはない。

 ……とりあえず、間合いを測るか。


「手紙、読んでくださったんですね」


 フランの言葉に、ロゼリアは首から上だけで振り返る。


「レインフォレストの家紋付きだもの。無視はできないわ」


「すみません、不躾な真似でした」


 昨晩、フランはロゼリアの部屋に手紙を投げ込んだ。

 寄宿舎の部屋のドアは下に隙間があって、手紙くらいなら滑り込ませることができる。

 手紙の中身は、要するに自己推薦だ。

 ぜひ生徒会に入れてほしい、という旨の。


「構わないわよ。どうせ、近々声を掛けようと思っていたから」


「そうなんですか?」


「伯爵家の出で特待生。それも藍色。容姿端麗で人柄の評判もいい淑女。あなた、上級生からも注目の的よ」


「光栄です。でも、ご期待に応えられるかどうか」


「……へえ」


 ロゼリアが足を止めた。


「意外と殊勝なのね。は、そんなタイプには見えなかったけれど」


 棘のある声。

 ピシッと、空気がひび割れる音がした。


「……何の話でしょう?」


「あの日、自分がどれだけ注目されていたか自覚していないの? だとすれば嫌味を通り越して傲慢ね」


 ロゼリアが、目を細めて微笑む。


「ミス・クルーエルに喧嘩を売っていた貴女は、淑女とは程遠かったわよ」


 内心を透かし見るような目で、ロゼリアは続けた。


「あの子について知りたいんでしょう? そのことで、生徒会からも話があるの」

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