第4話 ルール説明
02
オフィス街にひっそりとたたずむ小さな公園。ベビーカーから降りた幼子が砂遊びをしており、ママ友たちが談笑している。
そこから少し遠いベンチに場所を移して説明再開。だがその前に……ホログラムのお姉さんは気になることがあった。なぜかアルファが本気の力を入れて、ガイダンスカードをへし折ろうとしている。
『……あの、何をしているのです?』
「いや、折れないかなーって。おいお前らこれ硬すぎるぞ。インドゾウに踏まれても平気なんじゃねぇか? ナパーム弾も撃ち込みてぇな」
「僕もライターで炙ってみたいなー。どのくらいの電圧に耐えられるんだろう」
ふいに兎前杏沙は、自分のガイダンスカードを放り投げると、それに向かって【雷撃】のカードをかざした。
「マジックカード【雷撃】────」
「兎前様ぁあああああ!?」
咄嗟に跳んだ三人は地面に伏せた。瞬閃爆雷。後頭部に両手を置いて身を守る。巻き起こる大放電の轟音。周囲の悲鳴。しばらくの余韻。爆風によって舞い上がった砂塵が晴れる。ガイダンスカードはズタズタに引き裂かれており、もはや紙切れ同然。カードとしての効力は失われているように感じられた。
「わお。消し炭」
「兎前おめぇ一言くらい断ってからやれや!!?」
「……? カードの耐久力や破壊方法を知りたかったんじゃないの? わたしは知りたかった」
「会話不成立!! お前からしたら安全の確保を確信した上でやったんだろうけど、こっちの気持ちを考えろって話だ! 後ろを見ろ! 赤子どもが泣いてるぞ! 爆音の振動が面白かったのか笑ってる奴もいるけど!」
「……なるほど。驚いたのか。それもそうだね。大きな音か。雷は身近なものだから、慣れていると思い込んでた。以後気をつけます。ごめんなさい」
兎前杏沙は友人たちと公園で遊んでいた幼児たちに向けて、二度ぺこりと頭を下げる。彼女は同じ失敗を繰り返さない。このようにして人間を学んでいく。
それは美夜も例外ではない。両腕を組んで、なるほどとうなずいていた。
『……それではカード召喚の流れを説明してもよろしいでしょうか?』
「はいどうぞすみませんね。気になることは放っておけないのが俺たちの悪い癖」
つまり好奇心旺盛な子供たち。
ガイダンスお姉さんは、召喚前の流れを解説する。
『カードは、肉体に接触している場合に限り、接触者の体内魔力を自動吸収して、カード内に魔力を補充します』
「俺たち地球人は魔力を有していますか。イエスかノーで。補足あればどうぞ」
『イエス。ただし地球人の体内魔力は我々と比べて極めて乏しく、出力も著しく低い模様です。──また、補充に掛かる時間は、カードのコストに比例します。低コストほど短く済んで、高コストほど長く掛かります』
「なるほど。ならもしや焼き切れるまでの時間にも関係しているのか」
『その通りです。話が早すぎて助かります。──魔力の補充が完了すると、カードが
「カードの中に意思があるってことか? 召喚してなくても、お前らの世界にいるであろう存在は、外界を認識していると?」
『高い知能や魔法適性を有するモンスターやアーティファクトには、そのような事例も確認されております』
ガイダンスお姉さんは次に、召喚時の流れについて解説する。
『カードに魔力が補充されており、接触者に召喚する意志さえあれば、カードから存在を召喚できます。原則、召喚存在は自らの意思にかかわらず強制召喚されます』
「しかし高い魔法適性を有する存在なら、抵抗の可能性もあると」
『……そういった事例も確認されております』
ガイダンスお姉さんは、若干思考した上で返答した。
その間隙を見逃さないアルファは畳み掛ける。
「そいつらは好きで召喚されているんじゃないのか?」
『権限を使いますか?』
「いいえ」
この情報に価値があるとは思えない。使うには早計だ。聞きたければまた後で聞けばいい。アルファとガイダンスお姉さんの駆け引きが始まる。そしてガイダンスお姉さんは最後に、召喚後の流れについて解説する。
『カードから存在を召喚すると、カードは白紙化します。加えて召喚存在の特性に合わせた方法で消滅します』
「炎属性や雷属性なら焼き切れたり?」
『権限を使いますか?』
「いいえ。で、催眠音波は炎とも雷とも思えない。普通は焼き切れるものなのか」
『権限を────』
「なるほど。──いいえ。続きをどうぞ」
アルファは、ガイダンスお姉さんの表情から何かを読み取ったらしく、納得するようにうなずいて続きを促す。
『……白紙化カードの消滅に掛かる時間は、低コストほど短くなり、高コストほど長くなります』
「白紙化カードの完全消滅に必要な時間
兎前杏沙はポケットからカードを取り出す。
「お姉さんがカード説明を始めたあたりでポケットの中に重みが増した」
「なるほど。つまり運営側のさじ加減で、強すぎるカードは弱体化することもあるってわけだ。毎秒【雷撃】は、ちと強すぎるからな」
「それはチートだね~」
「でも雷撃使いの魔力が尽きるまで逃げ切ればいいだけじゃない? ……あ、それができないプレイヤーが多いから弱体化したのね! 何人のプレイヤーが為すすべもなく焼け焦げたのかしら?」
ガイダンスお姉さんは解説を続ける。
『ご明察の通りです。──召喚存在の死亡および効果時間の終了が発生すると、速やかに召喚存在はカード化します』
「矛盾発生の予感。【雷撃】カードは、速やかにカード化してないぜ。さっき兎前が【雷撃】を使ってからルール説明を始めるまで一分以上あった。それもさじ加減の結果か?」
『ご推察の通り、消滅していく途中にあった白紙化カードは、召喚存在のカード化に合わせて、まったく同時に消滅します』
「なるほど」
『そして、カード化した召喚存在のカードは、接触者がいる限り、すぐさま魔力吸収を開始します。ただしカード内に宿る召喚存在の意志によって、魔力吸収を実行しない場合があります』
魔力補充と魔力吸収というワードを聞いたアルファは疑問を抱き、両手を組んで足を叩く。空を見上げて虚空を見つめ、三秒ほど逡巡する。
「……──魔力補充は、プレイヤーがカードに魔力を補充すること。俺たちが能動的だ。で、魔力吸収は、カードがプレイヤーから魔力を吸収すること? つまり俺たちが受動的になる」
『……! 用語としましては、まったくその通りでございます。素晴らしい知性の働きに感銘を受けました。私の解説の三割を奪われてしまいましたね。まさか一言で要約するとは。今の説明、ガイドマニュアルの改善に役立たせていただきます』
「それはどうも。大人しく話を聞く気がない、せっかちでやんちゃな小僧ってだけですが」
『それでは以上をもちまして、カードの使い方のルール説明を終了させていただきます』
「あ、消えるの? 最後に権限を使いたいからちょっと待っててくれる?」
目を丸くするガイダンスのお姉さんを引き止めたアルファは振り返り、三人の友人に声をかける。
「おいお前ら。今しがた用語の説明の仕方について褒められたけど、あの程度だれでも要約できるだろ。つまりこのデスゲーム作った連中、あんま頭良くないぞ。それか細部にこだわりたくても、かゆいところに手が届かない事情があるのかもしれない」
「単なるバカの可能性か、クリエイター不足の可能性があるってこと? 僕は後者かな~。魔法のようなカードを作ったり、デスゲームの仕組みを作ったりする人たちが、そんな頭良くないわけがないと思うんだよね~」
「そうなの?」
「じゃあデスゲームシステムは、一人
「それは仮説に仮説を重ねる憶測だから何とも言えない。というわけで、これに関して権限を使っていい? ぶっちゃけ無駄打ちだけど」
「アルファの好きにすればいいと思うよ」
兎前杏沙と美夜もうなずく。ならばとアルファは問いかける。
「ガイドさん。権限を使います」
『なんなりと』
「主催者や運営側は、魔法のカードを作った上で、今回のデスゲームを企画設営したのか? それとも既に魔法のカードなるものはあって、それを利用してデスゲームを企画設営したのか。教えてほしい。あとデスゲームを企画して何がしたい」
『私が知る限りでは後者が正解に思います。既にある魔法のカード技術を利用して、今回の企画を実行しました。また、デスゲームの企画意図に関しては、私は末端なので存じ上げません』
「なるほど。また質問してもいい?」
『アルファ様の権限は執行されました。兎前杏沙様のガイダンスカードも消滅したので執行機会は失われた状態です。字螺訥ヶ里様と美夜様、両名のガイダンスカードならば、権限の執行は保留されております』
「んじゃ保留のままで。まぁもう使うこともないと思うけど。じゃ、またな!」
『それでは、生きるか死ぬかの日常を、心ゆくまで楽しまれてください。ご武運をお祈りいたします』
ホログラムが消滅する。焼き切れていくガイダンスカードは一気に焼却された。そしてアルファのポケットに違和感。
「いちいちポケットの中に入るのなんだかなー。咄嗟に動かなきゃならん戦闘には不向きじゃね?」
「裸の人とかどうなるんだろうね? 口の中から出てくるのかな?」
「視界に入るように頭の上から降ってくるとか」
「そんな都合のいいことあるかしら? ま、そんなことより。兎前様! これから一緒に遊びましょ!」
「お~デートか。俺もイイ女引っ掛けて飲みにでも行くかな~」
「僕は家に帰るよ。じゃ、またね!」
解散する四人のスマホから、一斉に通知音が鳴り響く。
『……』
なんとなく次の展開を察したアルファは、ひどく嫌そうな顔でメールを開いた。
同じくスマホを取り出した兎前杏沙が読み上げる。
「……『午前0時の廃墟郊外に雑木林有り。ひとけのない暗がりの奥地に赴けば、あなた以外のプレイヤーが1名訪れている可能性。あとはどうぞ、ご自由に。魔法のようなカードバトルをお楽しみください』────だって」
「好きにしろ。俺は行かねぇ。別に強制される気配はないだろ? なら好き好んでそこに行く連中はイカれた奴の集まりだ。関わりたくもねぇ」
「兎前ちゃん。行くの? お互いに楽しいバトルが、兎前ちゃんの好きな闘いなんでしょ? でもこれはどう見たって、剣呑な雰囲気の殺し合いだ。兎前ちゃんが嫌う戦いだよ。──でも……そっか……」
「兎前様にとって、闘争は生存に必要な行動。……嗚呼、私は悔しいわ。兎前様が私で満足してくれれば、引き止めることができるのに……」
「ごめんね。行ってきます」
兎前杏沙は公園から立ち去る。
心配で、それを追いかける美夜。
「アルファ。いいの?」
「ああ? そいつの人生だ。そいつの好きにすりゃあいい。好きに生きて好きに死ぬ。それが戦士の生き方でもあるし。だがダチ公として心配なのもまた事実。……────ハァ……行くかぁ~! クッソめんどくせぇけどぉ……!」
「ふふっ。すっごい重いため息が出たね。僕も付き合うよ」
「サンキューザラシ。お前は俺の右腕だぜ」
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