出雲紀行 

一畳半

プロローグ 切符

 私は某校で生徒会役員を務めている。

 

 経験者ならお分かりいただけると思うが生徒会というのは忙しい時は死ぬほど忙しい役回りだ。

 特に弊校生徒会の場合、文化祭に向けての準備が始まる10月から大学受験に臨まれる高3の先輩方のための千羽鶴を作り、来年度の引継ぎの支度をしながら年度末に発行する生徒会誌の編集をしなくてはいけない。

 

 もちろん課題や試験はある。人前に立って生徒や教職員の皆さんにお願いを立場だから、舐められるは違うけれども成績面でも馬鹿にされるようなものでは困る。


 と、いうわけでこの時期の生徒会役員は大忙しなのだが、弊校の良いところは入試休みがしっかりあることと言える。ゴールデンウィークばりの休みで、そのうちの二日三日ゆっくりしたところで問題はないだろう。どこか遠い場所に行ってもなおタスクを消化する時間は充分にあるのだから。


 では、どこに行くべきか。


 学校にはその界隈のオタクがうようよいる中であえて口に出す必要はないのだが、ひそかに鉄道が好きな自分としては、昔から寝台列車に乗りたいという憧れがあった。


 KADOKAWA系列のサイトで他の出版社のレーベルから出ている小説を持ってくるのも不敬だと考えたので具体的なタイトルは出さないが、少年少女が電車で旅をするライトノベルのブルートレインの回はお気に入りの一冊だった。学校の図書室の一角に置かれていたあの本を何度読み返したか分からない。


 そういえば、あのラノベの主人公に関する重要なイベントに江ノ電が関わっていたような気がする。当時小田急沿線民だった私には広告で見ることしかできない、遠い世界のお話だっただが、今となっては気軽に乗れるくらいに生活圏が広がったことに我ながら驚く。

 

 それにしても、あのコンパクトな車体にアグレッシブな走行音、おまけに見ごたえ抜群の車窓というのは心を落ち着けるのには良いものだ。


 話が反れたが、今の日本において寝台列車というのはとても希少な存在だ。かつては旅人を詰め込んでせわしなく全国を駆け回っていたと聞くが、今となっては富裕層向けの暇を楽しむクルーズ船のような存在になっている。


 東京大阪間はともかくだが、長距離はコストパフォーマンスを考えれば飛行機の方が便利という時代。その東京大阪間も「のぞみ」で二時間と少しだから、もう十数時間とかいう国際線レベルの時間をかけて国内を移動する時代は終わっただろう。いくら寝台とは言え、長時間同じ箱に閉じ込められるのは疲れる。


 そんな現代社会だが、やはり一定数旅情を求めて寝台列車に乗りたいと願う人間はいる。かくいう私もその一人。長いこと「走行音を子守歌に横になって寝たい」と願っていた。


 現在、先述したように寝台列車というのはだいたいがバカみたいに高い富裕層向けのクルーズトレインなのだが、唯一定期運行されていて一般人にも手が届くくらいの寝台列車が「サンライズ出雲・瀬戸」というものだ。


 東京から出雲市または瀬戸までを結ぶ長距離列車で、夜中の10時頃に出発して夜中の東海道と山陽道を爆走する。そこから岡山で出雲行きの7両と瀬戸行きの7両が切り離されそれぞれ目的地を目指す。


 JRは切符を乗車の一か月前から買えたと思うが、サンライズなど売り切れがちな列車の切符はその一か月前に、それも発売開始時刻の10時でないとそもそも切符が買えないので乗りたくても乗れないそうだ。


 幸い、無事に券は取れた。品川駅の駅員さんにはお礼申し上げます。


 取った寝台はソロ。ネットに投稿されている動画などで見たことあるが、やはり現物は違うというものだ。


 年季はあまりないにしても、幾千もの旅人を運んできた列車なのだからそれなりの威風を感じるに違いない。


 明日の21時50分東京発と語る切符は今、私のデスクの上にあり、文字を綴るキーボードの隣に鎮座している。

 

 果たしてこの切符がどんな景色を私に見せてくれるのだろうか。


 期待に胸を膨らむが、この辺にしてそろそろ寝ようと思う。

 何せ明日の夜は長いのだから。

 

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出雲紀行  一畳半 @iti-jyo-han

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