4の次の場所

ハタカイ

4から始まる物語

 


 気づいたらそこは見覚えのない場所だった。

重い霧が先の景色を隠していて前が見えない。少し進んでみる。その薄暗い世界では、太陽が雲に覆われていて見えなかった。いや、太陽が存在するのかもすらわからない。冷たい空気が私の頬を通り過ぎた。

 地面は乾いた土が敷き詰められていて、枯れ葉があちこちに落ちていたが、木はどこにを見当たらなかった。前が見えないせいで、360度同じ世界が続いていた。とりあえず前に進んでみる。足元に気をつけながら一歩一歩踏み場を確認してから進んでいった。

 長い間前の光景が変わらないから、進んでいないのではないかと思い始めたのも、白いザラザラな大雑把に塗られたコンクリートの壁が目の前に現れてから変わった。前が見えないせいで、ぶつかりそうになったが、何とか後ろに倒れて回避できた。

 こんな何もないところになぜこんな大きな建物が…

 その大きさは、上を見ると霧を突き抜けてぼんやり消えていくほどの高さだった。左右を見渡したが、入り口らしきものはなく、むしろ白いコンクリートだけだった。

 入口を探りに、壁に沿って途方の見えない道を歩き始めた。左利きなので何となく左側を向かった。

 それにしても長いな。もう10分以上は歩いてる。永遠に続くのかな、この壁…

 口に出していうと、壁に手を置いて、そのまま歩き出した。

 何も考えずに歩いていると、手に凹凸のあるものを感じた。壁を触れている手元に視線を寄せると、インターフォンが一つ、壁に埋め込まれていた。

 驚いて手を急いで離したが、その頃にはもうボタンを押していたらしく、「ピーンポーン」という音がなっていた。

 「コンニチハ、ドウゾオハイリクダサイ」

 聞き取りづらい機械音がインターフォンの下にあるスピーカーから聞こえた。女性の声だった。

 そのまま音声がプチッと共に途切れた。

 なにこれ、返事させてくれないの? と思っていると何もなかった壁が急に開き、数秒間待って完全に開き終わると、中へと進む入口ができた。

 壁の中には灰色の石でできたしっかりした道があり、その道はまたもう一つの真っ白な四角い建物の豪華な扉までつながっている。奥にある扉の上には「登録場」とだけ、赤色で書かれていた。その建物は大きく、少なくとも高さ十五メートルはあった。窓も色もついていなくて、外から見るとただのコンクリートの塊にしか見えなかった。

 唾液を飲み込んでから門をくぐって建物へとつなぐ道を進んだ。もっと建物の間には、枯れた木が何本も道に沿って雑に生えてて、奥が見えなかった。

 扉に近づくと、ドアノブをつかもうとしたが勝手に開いた。

 外からは殺風景な建物の中は、中からも殺風景だった。天井は低く、中も真っ白だった。廊下があり、何十個もの部屋に続いていた。部屋の前には、装飾用の小さな植物があり、オフィスのようなものだった。そして寒かった。

 「イチマルイチゴウシツ二オハイリクダサイ」

 天井に張り付いていたスピーカーからアナウンサーに指示された。仕方なく廊下に向かって一◯一号室を探しに歩き回った。廊下の床は黒いカーペットが隅から隅まで敷き詰めてあったため、コツコツという足音が聞こえなくて、完全な無音ができていた。

 九十八 九十九 一◯◯ 一◯一

 ようやく一◯一号室の前に着くとドアをそっと開いた。今度は自動じゃなかった。

 「失礼します」

 小声でそう言うとエコが響いた。部屋に入るとそこはまんま市役所の相談所みたいな部屋だった。部屋は小さく、廊下と同じ装飾の植物があり、天井はよく学校や病院にある穴がポコポコ開いた天井だった。そして目の前にはデスクがあった。椅子が一つ置いてあり、向かい側にはガラス越しにほほ笑みをやめないスーツを着た女性が立っていた。

 少しドクっとなり冷や汗をかいた。再び失礼しますと言って椅子に座ると女性が自己紹介もせず問いかけてきた。

 「こんにちは、これから新規登録させてもらいますね!お名前は?」

 「新規登録ってなんですか?私はそんなこと⋯」

 「すみません、詳細は言えないんです。お名前は何ですか?」

 彼女は微笑みをやめないで言った。ここから抜け出す方法はこれしかない。

 「はい、蘭(あららぎ)です⋯」

 「あの、フルネームでお願いします」

 「蘭カズマです」

 「仕事は何をされているんですか」

 「えー、一応大学の教授として働いています。文学研究者として、特に近代文学を専門に研究しています。あとテニスの審判もやってます、地元のリーグの」

 「住所はどこですか」

 さすがにそれは言えない。そもそも何のためにこの情報を聞き取っているのだ⋯ 何故私の情報が必要

 「すみませんが、答えれません⋯」

 「答えないと進めないんです」

 背後から鍵の閉まる音が鳴った。後ろを振り返るとドアノブの下が赤になっていた。

 「愛知県名古屋市中村区名駅3丁目1-22です」

 「ありがとうございます。次にあなたが死んだ原因は何でしょうか。」

 死んだ原因?何を言っているんだこの人は。私は今生きているじゃないか。彼女と会話してるじゃないか。やっぱりどうかしてる、この人。

 「いい加減デタラメは。私は死んでなんか⋯」

 「胸に手を当ててごらん」

 優しげに笑ってそう言われると、私は左手を左胸にそっと寄せた。

 「動、いてない、」

 「あなたは死んだんです。死んでからこそここにいるんです。死んだ原因思い当たりますか?」

 コクコクと顔を左右に振った。そもそも、死んだ覚えもないのだ。

 「なら正常です。あなたの記憶は正確に取り除かれました。では進んでください」 

 そう言って彼女は鍵を私の手に渡してくれた。

 「廊下に出てそのまままっすぐ突き抜けたら、上の階へ上がってそこにあるドアをこの鍵で開けてください。そうすれば行けます」

 「いけるって、何処に」

 「行けばわかります」

 彼女の指示に従って廊下を出て上の階へと階段を上った。階段は螺旋になっていて2階へ上がるために3度ほど回った。そこには言われた通り木材でできた大きな扉が一つだけあった。先ほど渡された鍵を鍵穴に入れて一回転してから抜いた。   

 扉を開くと、そこには数え切れない数の人がいた。ドアのギギギという音とともに全員の注目を集めた。視線が鋭く刺さってきたのでとりあえず軽いお辞儀をしたらその視線もなくなった。

 扉の向こうには大きな広い道路のようなものが奥まで続いている。その道理を囲むように、歩道には建物が並んでいる。この空間は一体なんなんだ。そう考えながらとりあえず扉の前にできている人混みを回避した。扉から離れれば離れるほど人も減っていった。

 ここにいる人たちは皆何なのか。黒人から白人まで、アフリカからアジア人まで、さまざまな人がそこら中をうろついてる。何か皆会話をしているようだ。

 私はなんとしてでもここを出て早く家に帰りたいのに、何が起こっているのかさっぱりだ。

 「其方(そなた)、拙者(せっしゃ)が何故にして果てたか、知るや?」

 急にポンと肩を後ろからたたかれた。その手を見ると黒い鉄で覆われていた。後ろを振り向くとそこには背の高い鎧に覆われた人がいた。侍だ。甲冑をかぶっている。文学研究者だから分かる、彼は「私がが何故死んだかわかるか」と聞いている。しかもこの兜の模様、ただの将軍ではないぞ。鷹の羽根のついた兜は上級武士しか得られなかった兜模様だ。下手に問い返したら危険だ。

 「申し訳ござらぬ、存じませぬ」

 「心得る」

 礼をもらうとその侍は別の人のもとへ行き、同じ質問を繰り返していた。

 一体ここはどこなんだ。広い道路が霧の向こうまで続いている。その道にいる人たちは蟻のようにウジャウジャいた。その道に沿って並んでいる無数の建物は閉店しているのか、中には誰一人いない。それに古いのか外見はボロボロで窓やと扉などは割れているものが多い。建物は木でできた和が漂う家から、石でできた小さな教会のようなものまであった。ただ私が知りたいのはここから出る方法だけだ。とにかく早く家に帰っていつもの日常を取り戻したい。

 並ぶ建物を見ながら進んでいると、色々な物が見えてきた。フォークとナイフの大きな絵の隣に「Sapore di Sole」とオシャレなイタリア語で看板に書かれたイタリアンレストランや、白い壁に茶色い屋根でできた、おそらく南米の家であろう建物もあった。だが、どの建物も所々損害があった。

 奥に行けば行くほど人けがなくなっていくと思いきや、前に見覚えのある人が突っ立っていた。

 40代くらいのおじさんだ。茶色に近いカーキ色の制服を着ていた。髪の毛は黒く、分け目を左側に作り、前髪を横に流したスタイルだ。そして、チャプリン風の四角いヒゲを口の上に生やしている。スーツの腕の部分には、スワスティカの記号が赤い円の中に収まっていた。間違いなかった、ナチス党のアドルフ・ヒトラーだった。

 その男がこちらにゆっくりと近づいてくる。身長は思っていた以上はに低かった。私の前に来て、訪ねてきた

 「御主、私がどう死んだか分かるか」

 先ほどの武将と全く同じ質問だ。なんでそんなに知りたいのだ、自分が死んだ理由を。

 「なぜ皆それを知りたいのですか」

 「お前、新人か?」

 ヒトラーが見下すように言った。まずいことを言ってしまったのかもしれない。一歩下がって少し距離を取ったが、ヒトラーは距離を保つために、一歩こちらに進んだ。

 「ちょっとこっちに来い。教えてやるよ」

 笑ってからそう言って。私に来いと手で身振してから、広い道路の端へと向かった。そうすると、砂漠の映画に出てくるトゥームストーンにありそうな居酒屋の前に立ち扉を開けた。

 「ここは閉まってるんじゃ⋯」

 「閉まってなんかない、働く人がいないだけだ」

 そう言われて中に入った。地面を踏むたびに凹むような感覚がして、ギコギコという嫌な音が鳴り響く。中は、映画の一部から取り出したようだった。樽が机の代わりになって、丸太を使った椅子が樽の周りにある。それの一つにヒトラーは腰を掛けた。視線でお前も座れよと言われて、向かい側の丸太に座った。ヒトラーは分厚いスーツの内側に合ったポケットに手を入れ、四角い箱型の缶を取り出した。その間は黒色で、白い文字でReemtsmaと書かれてあった。缶の蓋を開き、葉巻たばこを1本取り出した。反対側のポケットから今度はRonsonというメーカーの小さなライターを取り出して、タバコの先に火を点けた。それからもう一本タバコを取り出して言われた

 「いるか」

 少し戸惑った、禁煙者だから今までタバコは吸ったことなかった。だがヒトラーに断るわけには行かない。吸うしかない。

 「いらないのか?」

 私がはいと言う前に彼は言った。

 「あっ、はい。禁煙者なので⋯」

 「そうか。いいことだなそれは。生きてた頃は俺もそうだったからな」

 「生きてた頃?」

 「ああ、20歳までは吸ってたんだがな。それからはタバコは吸わないと決めたんだ。だからナチスは俺の影響もあり、タバコを吸わない人ばかりだったんだ」

 ヒトラーはだいぶ前に死んだ。なら、なんで生きている。おかしい。夢なのか?

 「なんで生きてるんですか」

 聞こうとしていないのに、つい口に出てしまった。失礼なことを聞いてしまったと思い、焦った。

 「ハッハッ、俺は死んでるじゃないか。ずいぶん新しいな、御主」

 机を手で叩きながら大声で笑って言った。

 「俺の心臓はもう動かないんだ。主のもそうだろう」

 私は手を胸に当てる。やっぱり止まってるな。私が心臓が動かないのを悟ったことをみていたヒトラーが気色悪い笑みを浮かべた。

 「主何もわかってないな。教えてやるよ」

 ヒトラーは姿勢を整えて私飲めを見ながら、無音ができるのを待ってから、目を光らせながら口を開いた。

 「ここはな、死んだ人が来る世界だ。俺はここで80年程過ごしている。死んだ人たちは皆ここに送られてくる。ここにいる人たち全員は一つのことを求めている。死んだ原因だ」

 「なんでそれを⋯」

 「話を途切るな。俺はいつかは覚えてないがオーストラリアに生まれたんだ。父上アロイスと母上クララの息子が俺だ。俺は絵が描くのが子供の頃から好きで、将来の夢は画家だった。いい夢だろう、主も思わんか。でも父上は反対した。だとしても学校での成績は低かったので他に道はなかったと俺は思う。俺が17歳の頃に両親が死んで、俺は俺の道を進むために画家を目指してウィーン美学に通ったが、不合格で貧しい生活を送った。そんな中、俺は政治へと興味を持ち始めた。第一次世界大戦が始まると俺はドイツ軍に志願し西部戦線で伝令兵として戦った。鉄十字章を受章するなど勇敢に戦ったが、毒ガス攻撃を受けて一時的に視力を失った。その間に戦争は終わり、ドイツは敗北していた。私は深い怒りを感じた」

 ヒトラーは拳で机を叩いて、話を続けた。

「戦後、私は本当にやりたいことをやるため、政治活動を始めた。自身の演説の才能に気づき、すぐにリーダーとなった。そして、党の名前をナチス党に変更したのだ」

 彼はめを輝かせながら続きを話そうとすると、ハンカチをスボンのポケットから取り、涙ぐんだ目を拭いた。

「そしてついにドイツの首相に就任した。首相になると、私はすぐに権力を固めた。共産主義者を排除し、国会議事堂放火事件を利用して独裁体制を確立した。経済を立て直し、失業率を下げることで国民の支持を得た。軍備を拡張し、ヴェルサイユ条約を無視してドイツを強国に戻すことに全力を注いだ」

 彼は熱心になったのか、声がどんどん大きくなっていく。 

 「私はポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が始まった。戦争の初期は順調だったが、ソ連へ侵攻し、戦局は次第に悪化していった。その頃はは暗殺未遂事件も起こり、私は疑心暗鬼に陥った。」

 彼の声が急に震えだし、足元がガタガタと動いていた。目の視線が収まらずあちこちキョロキョロしながら、彼の額は汗だらけになっていた。

 「大丈夫ですか?」

 ヒトラーは机においてあった缶から2本目のタバコを中指と人差し指に挟み、火をつけて、大きく吸った。深呼吸するかのように少しずつ息を吐いてタバコのしつこい煙の匂いが部屋中に漂い始めた。

 「ソ連軍がベルリンに迫る中、私は地下壕で追い詰められていた。戦争はほぼ敗北し、もはや逃げ場はなかった。そこからはもう覚えてないのだ。それを求めてずっと彷徨っているんだ。なぜなら死亡原因がわかれば生まれ変われるからだ。皆それを求めてるんだ」

 「ヒトラーは自殺したんじゃないのか?」

 それを口にした瞬間、ヒトラーは突然消えた。机には箱型の缶とライターだけが残り、ほかは跡形もなくなった。生まれ変わったんだ、ヒトラーが。死んだ原因を言ってしまったから。頼れる人は彼しかいなかったのに⋯

 一旦缶とライターをポケットの突っ込んで、タバコ臭さだけが残った居酒屋を去った。

 一ついい情報が得れた。その原因を突き止めれば生まれ変わることができるということだ。だが、どうしても思い出せない。確か電車へ何処かに行こうとしていたような⋯

 ⋯でも、あのヒトラーが何十年も時間がかかったなら、私はどれほどかかるのだろうか。考えるだけでもゾッとしたのでどの考えは忘れることにした。

 居酒屋を出て、おなじみの道路に立ち、とりあえず前に進んでみる。重たい霧はまだ晴れず、遠くの景色を未知に包んでいた。地面の道路には、何処の道路と同じように線と点線が描かれていた。だが不思議なことに車は通っていない。これから私は何をすればいいのだろう。ここにいる皆と同じように、途方に暮れるまで自分の死因を探すことしかできないのか。しかし不思議な感覚だった。死の直前の風景は何となく頭の中にあるのだ。電車の中で、壁にもたれながらスマホをいじってた。何の変哲もないシチュエーションだ。だが、その後がどうしても思い出せない。まるで取れそうなのに取れない歯の間に挟まった肉のようだった。

 歩き始めてから少しすると、霧の奥から少しの光が漏れてきた。出口かもしれない。急ぎ足でそちらに向かった。光がどんどん濃くなっていき、次第に周りの霧も晴れてきたように感じた。眩しすぎて目が開けない。

 「君、そこで何をしているんだい?」

 誰かが後ろから年寄りの声が話しかけてきた。振り返ってその正体を解こうとしたが、逆光でシルエットしか見えない。分かったのは身長が低かったことと、爆発したかのような髪形をしていたことだ。

 「誰ですか」

 「アインシュタインだよ、わかるかい」

 「アインシュタイン?」

 シルエットはコクリと頷いた。確かに、他にこんなだらしない髪形を好んでいるのは、アインシュタインだけだ。

 「そこを通っても意味ないぞ」

 「そこって⋯」

 「その光のことだ。そこを通っても意味ないぞ。私も入ってみたんだ」

 そうだ、聞いてみよう。私の死因を知っているか。こうして聞いていかないと前へ進めない。

 「あの、蘭っていうものなんですけど、私の死因、知りますか」

 「そんなの知るもんか。私はお前に会った覚えはないぞ」

 それもそうだろう、彼は私が生まれるだいぶ前に死んでいるのだから。そうだ、せめて私がアインシュタインを生まれ変わらせよう。彼の死因は確か大腸の病気で亡くなった気が。彼は手術をする選択があったのにもかかわらず、人工的な力で自然な人間の生命を延長させたくないとか言って亡くなったんだった。

 「私はあなたの死因を知っています。アインシュタインは⋯」

 「黙れ!!」

 急に大声で叫び、耳をふさいで目を閉じてうずくまった。なんなんだ急に。

 「私はあなたの死因を言いたかっただけで⋯」

 「急に叫んですまん。私は生まれ変わりたくないんだよ」

 生まれ変わりたくない?このままずっとこの不気味な世界に閉じこもって永遠に何もできずにいたいのか?私はその理由を知らずにはいられなかった。

 「生まれ変わりたくないってどういうことですか?ずっとここでっ」

 彼は私の言葉をとぎって言った。

 「君は何で生まれ変わりたいのだ」

 「そりゃあ、ここの皆と同じように、新しい人生を送るためさ」

 「皆ではない、私は違うぞ」

 彼が冷静に言った

 「ここには何もないじゃないか。食べ物も、住処も、飲み物もないんだぞ」

 「いいじゃないか、それで。私たちは死んでいる。だから飲食は必要ない。睡眠すらいらない。下手に生まれ変わってみろ、貧しい環境に生まれ変わったらどうする。そこでは飲食なしでは生きていけれないぞ。苦しまなければならなくなる」

 「それはそうだけど、それが生ってもんじゃないのか?」

 「それもそうかもしれん、だが私はここでいいんだ。生まれ変わったら記憶もすべて消えるしね。それが一番の欠点だな。私は、いい人生を送ったんだ。私が死んで、それを忘れられてしまうのはまだしも、私が忘れたらそれでおしまいだ。ここでの友人もたくさん作れたしね。まぁ君の意見は君の意見で間違ってはいないさ」

 確かに私の人生を忘れるのは嫌だ。それじゃあ今までやってきたことが無意味になる。かと言って、ここにいるのもいい考えとはどうしても思えない。

 「私がアインシュタインの考えを批判するほど頭はよくない。本当は君が正解かもしれないな。ところで、この光は一体⋯」

 「ハハハ、そうだった。私は君に入っても意味ないと言いたかっただけだ。話が長くなってすまない。この光に入ると、最初の入口に戻るだけだ」

 「えっ、それだけですか」

 てっきり何かすごいことが起こるのかと思っていた。

 「私も初めて見つけたときはどうだったわい」

 笑いながら言った。他にすることもないので私は入ることにした。

 「じゃあ、さよなら」

 「また合う時まで、もう君は生まれ変わってるかもしれんが」

 光に近づくと、吸い込まれるような感覚だった。本当に入って大丈夫なのだろうか。人間が入るためのものとは信じがたかった。人さし指を光にいれると、体もろとも吸引されて、気がつけば最初の入り口だった。永遠と続く未知が醜く思えてきた。

 入口には、相変わらず人混みが多く賑やかだった。賑やかと言っても皆、不安と恐怖に支配されたかのような表情を浮かべていた。それはそうだろう、死んだと自覚したばかりの人が集まる入り口だ。

 「カズマー!!」

 後ろから大声が足音と共に聞こえてきた。振り返ると、正面から誰かが突っ込んできていたのを見て身を構えたが、その人の顔を見て肩の力を抜いた。

 「お前なんで死んでんだよぉ」

 イジり半分で言ったつもりが、急に目が潤んできて語尾があやふやになってしまった。

 「お前こそ、ここで会うとは夢でも見てんのか、俺。あんな真面目なお前は此処で何してんだよ」

 彼は思いっきり抱きしめてきたので。ついに涙がポタポタ頬をつたって彼の背中に落ちていく。

 彼はコウキ、中学2年からタバコを吸い始めていた、幼なじみだった。学校では不良として有名だったが、気弱な私をいつも庇ってくれた。彼とは高校までずっと一緒だったが、私とは違って勉強がうまく言ってなかったため、彼は大学に進むことができず、高校で終わってしまったのだ。

 1年前に肺がんが発覚して入院するがもう手遅れだったらしい、3度ほどお見舞いに行った。私が死んだのは、彼をお見舞いし終えて、自宅に帰るために電車に乗っている最中だった。つまり彼は私が見に行った次の日に死んだってことだ。

 ムリもない、最後に見た彼の顔は極限まで痩せていて、がん細胞が体の大半を支配していたのだから。しゃべることも困難で、私は彼の喋るも、班に分かれてこなかった。彼も、私を見るのは最後だと分かっていたのか、お別れの際、彼の手を強く握りしめて「バイバイ」と告げると、無言で泣き出した。学生時代、彼はいつも笑っていてキラキラしている印象だったので、泣くのを見た時、心の底から私のそばにもっといたかったという思いが伝わってきて、私も心が潰れる感覚に陥ったのを覚えている。彼を長生きさせるためなら何でもしたいと心から思った。

 それが今、可能になった。彼は肺癌で死んだ。それを言えば彼は生まれ変わることができる。

 「何泣いてんだよカズマ」

 「コウキ、覚えてる?最後のお見舞い」

 「なんのことだ?」

 悲しかった。ムリもない、私も自分の死を覚えていないのだ。だがすごく悲しかった。コウキの死因を言ってしまえば、彼との思い出はすべて消えてしまう。そんなの嫌だ。絶対に嫌だ。映画ならば強い思いのおかげで記憶はなくならないで生き返る。だがこれは映画じゃない。

 私はふと思いついた。ここで2人ともお互いに死因を言わなければ、永遠に記憶が消えない。

 「コウキって自分がなんで死んだか分かる?」

 「そうそうそれ!なんか思い出せねぇんだよな」

 「そうか」

 このまま言わなければコウキとの思い出はなくならない。

 「俺はお前のがなんで死んだか分かるぜ。ニュースでやってたぞ。電車でっ」

 私は彼の言葉をとぎった。

 「待って!!」

 「なんだよ急に」

 「急に叫んでごめん。自分、生き返らなくていいかなって」

 「お前アホか?ずっとここにいたいのか?」

 「そう思うよね。でもさっきある人と話してたら考えさせられて。やっぱいいかな。ここで」

 「わかった。死因は言わねぇけど理由を⋯」

 コウキの視線が私の背中の何かに移った。誰かの両腕が私の死因肩に乗った。そして耳元にささやきが聞こえた。

 「君を殺したのはボクだよ。電車でね。その後線路に飛び込んだんだ」

「心拍低下!急げ!」

 医師と看護師が慌ただしく動き回る。母親は汗まみれで、痛みに耐えながらも必死に最後の力を振り絞った。数秒が何分にも感じられる。

 そして――――――――

 鋭く高い泣き声が響く。

「生まれました!」

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