狐の縁

コウノトリ🐣

十円の迷信

 お賽銭には「ご縁に授かる」や「先を見通す」などの理由で、五円や五十円を賽銭箱に入れるといいと言われている。


 十狐神社は、稲荷神の使い十匹の狐が祀られている。それぞれの狐ごとに御利益は異なっていて商売繁盛の狐から始まり、厄除けの狐まで。


 伏見狐奈ふしみこなは、財布を片手に賽銭箱を覗き込んで首を振る。カードや電子決済で現金を使うことが少なくなったこの頃、持っていると思っていた現金がなかった。


 周りには順番を待つ人々の急かす視線が感じられ、透き通るように澄んだ寒空の下、吹きつける風が皮膚を叩く。


 諦めて、今手持ちにある十円玉を賽銭箱へと投げ入れた。迷信に囚われるよりもこういうのは「感謝の気持ち」が大切だって、そう思う。


「彼と巡り逢わせてくれてありがとうございました」


 昨年のこの時期に、彼氏ができるように願って五円玉を投げ入れた。数ヶ月後、片岡透かたおか とおると出会い、付き合い始めてからもう少しで一年が経とうとしている。


 デートでなかなか来れなかった十狐神社に、透を次の日、私の両親に紹介することになったことを契機にお礼参りとして、一人で訪れていた。


 これで、両親を心配させなくて済むと、私はほっと胸を撫で下ろした。


 両親は独り身になったら、どうするのかって会う度に耳にタコができるほど言われていた。


 透はかっこいいのはもちろん、私が疲れた時には寄り添ってくれるし、オシャレをすると気づいてくれる。理想的な人だと思う。


 今からでも両親の喜ぶ顔が思い浮かぶ。


 


「狐奈、俺たち別れないか?」


 その言葉を聞いたのは、十狐神社から帰った次の日の両親に紹介に行くのに集まった時のことだった。


「透、嘘でしょ? 何かのサプライズだよね?」

「こんなタチの悪いサプライズなんてしないよ。そもそも、俺たちは釣り合ってなかったんだ」


 透が困っていた時、私が慰めて支えたように、彼にもお金を出して助けてあげた。私たちの関係は一方的ではなかったと思っていた。それなのに、彼が言う「釣り合っていない」という言葉が、私には全く理解できなかった。


「だから、狐奈ならこれからも良い出会いがあると思うよ」


 透はそう言うと、振り返らずに歩き出した。何が「良い出会いがあると思うよ」なのか分からない。


 「だから」ってどういう意味で言ったのかも分からない。私は頭の中が一杯一杯になり、言いたいことが山ほどあるはずなのに、口からは何も出てこなかった。


 今日には両親に紹介するはずだった。それなのに、どうして急にこんなことになったのだろう。


 両親に振られたことを伝えながら、私は再び十狐神社で投げ入れた十円玉を思い出していた。


 十円玉は、迷信の通り「遠縁」を連想させるものだと聞いていた。それが本当なら、やっぱり五円玉を取りに戻るべきだったのかもしれないと後悔がこみ上げてきた。


 寒さの中、透に振られた痛みが胸を突き刺す。電話の先で慰める両親の言葉は、耳から入って反対の耳へと抜けていく。


 後悔先に立たず――迷信だから、そのことを理由にして五円を取りに帰らなかった結果がこれなのだろうか。


 ――でも、次から気をつけようと思えるはずがない。私は透を本当に愛していたから。簡単に切り替えることなんてできやしない。


 次の日、私は仕事を休み、ベッドに包まって無意味にテレビを流していた。何もする気力が湧かなかった。こんな精神状態で、仕事場に行きたくなかった。



「――速報です。近頃、猛威を振るっていた結婚詐欺の実行犯の一人を逮捕しました。片岡 透容疑者は――」


 何を言っているのか、理解したくなかった。テレビに映るその顔は、昨日見たばかりの透の顔と同じだった。


 彼がくれた優しさも、微笑みも……全部、嘘だったの……?


 何もかもが分からなくなり、頭の中がグチャグチャだ。最後の希望を託して、私は警察に被害届を提出した。――同姓同名であってくれ……


 後日、私の被害が認められ、彼に貢いだ金額の一部が返還されることになった。それと同時に彼と容疑者が同一人物であることが証明された。


 返ってきたお金を手にした私は、涙が溢れた。そのお金が、彼が本当に嘘をついていた証拠になっていると思うと辛かった。


 近所の交番の警察官の人が慰めてくれた。他にも同僚や家族も私を心配してくれた。






 二年後の冬、私は新しい彼氏と共に十狐神社の鳥居をくぐっていた。あの頃、警察官の人に何度も手続きを手伝ってもらい、たくさんの人に支えてもらった私は進むことができるようになった。


 ――彼もその中の一人。


「十円玉を投げようかな?」


 私は少し笑いながら言った。彼は私と透との縁が切れたことを知っている。あれから、透との間で負った傷も少しずつ受け入れて、冗談にして笑えるようになれた。


 それもこれも、彼のおかげ――


「狐奈との縁が切れないように、五十五円を投げておくよ」


 彼は賽銭箱にお金を入れ、私を見つめながら恥ずかしそうに微笑んだ。彼はもう二度と離さないって帰りの道すがら、ギュッて手を強く握って彼と寄り添う。


 ――私も五十五円入れたから、離れたくても離れれないよ

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