第5話 異常

「よかった……他に気になることはない?」

『他は……ああ、今日はなんだか変な匂いがするんだよね……』

「変な匂い?」

『これまで嗅いだことのないような、あるような』


 その日、私はたまたま平日のお休みをもらっていた。このチャンスを利用して今日こそRくんの居場所を突き止めようと意気込んでいたのだ。しかし、朝から彼の様子が少しおかしい。なんだか何かに気が散っているような、ぼんやりしているような。私にもそれはしっかり伝わっていて、なんだか胸騒ぎが止まらなかった。


「太陽の光りはどちらを向いてる?」

『いつもと同じだよ』

「じゃあ、やっぱり窓は北側ね」

『え?』

「その部屋の窓、北側についてるはず」


 彼は私の言葉に感嘆の声をあげていた。リーエルさんは凄いね、と褒めてくれる。


「他に気がついたことはある?」

『あ、そうだ。窓に時々影が見えるんだ。小さな何か……』

「窓に……? それって動いてるの?」

『うん。音は聞こえないけど。何かが飛んでいるみたいだ』

「わかった」


 この国では空に何かを飛ばすときに国の許可がいるはずだ。そしてその届けは役所に届く。私は足早に役所に向かいそれを訪ねた。

 しかし職員さんによるとそう言った届け出は出ていないらしい。つまらなそうに仕事をしていたベテランっぽいおばさんが少し面白がりながら答えてくれた。


「じゃあ、あれじゃないかしら?」

「あれって?」

「今日、正午ごろに東塔で緊急処刑って報道があったでしょ? だから政府の人たちがドローンで東塔を撮影してるって」

「!!」


 “緊急処刑”。当然知っていた。東塔は通称“処刑東塔”と呼ばれる。12年前に集団誘拐され、テロリストに洗脳されたかわいそうな少年少女たちが収容されている場所だった。


 ……まさか、そんな。


 時間を確認する。もう正午まで数秒ほどしか残っていない。


「ちょっと、あなた!!」

 役所を飛び出し、私は携帯電話を耳にあてた。宛先はRくん。

『もしもし、リーエルさん……?』

「今すぐそこから逃げて!」

『すぐにって……』

「あなたが死んじゃう!!」

『えっ』



「あなたは、処刑東塔にいるの……っ! そして処刑東塔は今!!」


『緊急処刑で……燃やされている……?』


 彼が続けた言葉に私はぶんぶんと首を縦に振って頷いた。

「お願い……! お願いっ!!!」

『この匂いって……げほっげほっ! しまった……! 煙がっ!』

「Rくんっ!!!」


 叫びながら町の大通りに出た。そこまで行けば東塔が見えるはずだ。私は目に入った光景に言葉を失う。


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