Bパート
遺体の解剖も終わり、大使館に引き取られることになった。それが異例なことにライサ大使が直々に来たのだ。霊安室で倉田班長と私が出迎えた。
「大使。この度はお悔やみ申し上げます」
ライサ大使は中年のきりっとした女性だった。彼女の言葉を通訳が伝えた。
「不幸なことが起きてしまった。アドーリフは私のパートナーでした。近々、結婚をしようと約束していたのです・・・」
ライサ大使は話し続けた。2人は常に一緒に行動し、政府軍に勝利をもたらしたと。だが国内では狙われるため、日本の大使館に2人で赴任してきたことなどを話した。
「大使。犯人に心当たりはないでしょうか?」
「反政府軍かもしれません。しかし誰かは見当がつきません」
「ではこの黒い羽根についてはいかがですか?」
倉田班長は遺留品の鳥の羽を見せた。ライサ大使の目に一瞬、動揺が走った。しかしすぐに何もなかったかのように返事をした。
「知りません。では私はこれで・・・」
ライサ大使は遺体とともに帰って行った。私はライサ大使が何かを知っている気がした。それは倉田班長も同様だった。だが取調室で事情を聞くこともできない。この事件に深い闇があるのかもしれない。
◇
捜査は相変わらず難航していた。解剖の結果では死因は首の圧迫による。頸椎の骨折もあり、首を急激にねじられて殺されたようだ。こんなことを誰がどうやったらできるのか・・・全く分からなかった。
だがその日、進展があった。捜査1課長の荒木警部が捜査本部に不意に現れて、「これを見てくれ」と机の上にいくつかの写真を広げた。そこには殺人現場が写っていた。倉田班長がその写真を手に取って尋ねた。
「警部。これは?」
「黒い羽根のついた死体が気になったからあちこちに問い合わせてみた。大使館とは別ルートで。するとイワン共和国で同様の殺人事件が起こっていたのがわかった」
確かに写真の遺体に鳥の黒い羽が刺さっている。
「合わせて8件だ。すべて首の骨が折られ、死体に鳥の黒い羽が突き刺さっていた」
「誰の仕業ですか?」
「犯人は射殺された。どうもヴェンデッタオーダーという組織らしい」
聞き慣れない名前だった。
「聞くところによると反政府ゲリラの暗殺組織のようだ。そのメンバーは命令には絶対服従を旨とし、グロームスという関節技に秀でた殺人マシーンだ」
「ではそのメンバーの仕業ですか?」
「おそらくそうだ。内戦で壊滅したようだが、何名かは生き残っていたのだろう。グロームスには首をひねり上げて殺す方法があるということだ」
それであの不可解な殺しの謎が解けた。
「内戦に敗れたが、ヴェンデッタオーダーはメンバー3名に政府軍側の10人の暗殺を命令した。10枚の鳥の羽を渡して、ヴェンデッタオーダーの犯行だとわかるように殺した死体に刺すようにと。この黒い羽根は反政府ゲリラの象徴ともいえるものだからだ」
「ではそのメンバーがこの日本に?」
「そうだ。イワン共和国で8名殺され、2人の犯人が射殺された。残された1人が日本に来てバザオロフ氏を殺害したのだろう。そして
「それは誰かわかっているのですか?」
「おそらくライサ大使だ」
倉田班長はそれを聞いてすぐに捜査員に指示を出した。
「これからすぐに大使館に向かう。狙われているライサ大使の警護を行う」
暗殺者は恐るべき技を使ってライサ大使の殺害を企てている。必ず阻止しなければならない。
すぐにライサ大使の警護のために私たちは大使館に向かった。大使館内は安全だが、彼女には外に出る予定があった。日本とイワン共和国の友好の会のためだ。彼女には普段からボディーガードを2名伴っている。それでも安心できない。
「大使。あなたは狙われています。ヴェンデッタオーダーという組織の暗殺者です・・・」
倉田班長が事情を話した。彼女は一瞬、かなり動揺したように見えたが、すぐに平静を取り戻した。
「そういうわけで我々が警備します」
「大丈夫なんでしょうね?」
通訳している間、ライサ大使は不安な顔をしていた。日本の警察を信用していないようだった。
「万全を期します。しかし外出を取りやめていただくのが一番ですが・・・」
「そんなことはできない。重要なイベントですから」
私たちはライサ大使の護衛についた。いつどこから襲ってくるか、わからない。イベント会場ではすでに多く人たちが来ており、かなりにぎわっていた。この中に犯人が隠れているかもしれない・・・。
私たちは警戒していた。だが急に入口付近で「バンバンバン!」と大きな音が鳴り、煙が充満してきた。
「襲って来た! 日比野は大使を安全なところに。他の者は入口に向かえ!」
倉田班長が叫んだ。私はライサ大使のもとに駆け付けた。
「大使! 裏口へ」
2人のボディーガードが先導して裏口に向かった。だがドアを開けるとそこには覆面で顔を隠し、黒い服装をした人物が立っていた。
(暗殺者だ!)
私はとっさに思った。裏口にも警官が立っていたはずだがやられてしまったのかもしれない。その暗殺者はすぐに2人のボディーガードも倒した。そしてライサ大使の前に出た私にキックを繰り出してきた。
「うわっ!」
私は吹っ飛ばされた。暗殺者は逃げようとするライサ大使を捕まえ、右腕でその首を押さえた。後は左手で強く頭を捻ればライサ大使は死んでしまう。
(そんなことはさせない!)
私は痛みをこらえて暗殺者に飛びかかった。暗殺者は振り払おうとするが、私はしっかりしがみついていた。しばらくもみ合ううち、暗殺者の覆面が取れて顔が見えた。
「ナターシャ!」
私は驚いて声を上げた。それはナターシャだったのだ。だがいつものあの優しい目ではない。殺気に満ちた鋭い目をしていた。そしてその髪にはあの黒い羽を刺してある。
「ミサ!」
彼女も驚いてその動きが止まった。声を聞いて私だと分かったようだ。私は問うた。
「どうしてあなたが!」
するとそこに倉田班長たちが駆けつけてきた。ナターシャはライサ大使を放して私を振り払い、すぐに外に逃げていった。
「日比野! 大使は?」
ライサ大使は倒れているが何とか無事なようだ。倉田班長たちはナターシャを追って行った。だが結局、彼女がつかまることはなかった。
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