実は召喚したくなかったって言われても困る

極楽とんぼ

第1話 使用人?!

(相変わらず、待ち合わせには5分遅れか)

相手に指定されたレストランでタブレット使って研究データを確認していた榎本 隆一の目に、待ち人が入ってくるのが映った。


淡いピンクのワンピースに真紅のショールを羽織った、綾小路 煌姫アキヒはいつも通りに美しい。

胸元に光り輝くダイヤモンドのチョーカーとお揃いのピアスが似合っている。

ちょっと派手だが。

(インスタ映え重視な装備だな。どうやらご機嫌は斜めなようだ)


煌姫と隆一はいわゆるお見合い結婚をする予定である。

隆一の勤め先であるAY製薬の会長から、孫娘と結婚しないかと持ちかけられたのは1年前のことだった。

大学に入った頃から研究室に入り浸り、難病を患う妹の治療薬を見つけようと全てのエネルギーを注ぎ込んできた隆一にとって、妹の死は初めての挫折だった。


兄妹は隆一が高校3年の時に両親を交通事故で亡くした。保険金目当てで集まってきた親族は隆一が撃退し、保険金と隆一の趣味でやっていたホワイトハッカーとしての報酬で大学を卒業してアメリカの大学院もほぼ最短の期間で修了し博士号を取得。AY製薬で自分の専門である希少難病治療を目指す遺伝子治療の研究職もゲットして治療薬の開発まであともう少しだと思っていたところで妹があっさり院内感染した肺炎で死んでしまったのだ。


隆一としては病院そのものを破滅させてやろうかとも思ったが、院内感染予防の予算カットを主導した理事長と主任医師の様々な悪行をネットと週刊誌と検察に暴くだけで見逃すことにした。


復讐も終わってしまってこれからの人生をどうやって過ごそうかと呆然と考えていた隆一に声をかけてきたのが勤務先の会長だった。


種馬として孫娘と結婚したら、自由にできる研究室を保証すると言うのだ。

勤務先の創業家の孫娘に関する悪評は既に耳にしていた隆一は、提案に一顧だにせずに断るつもりだったが・・・「子供は欲しくはないかね?」の一言に心が動いた。


離婚しても研究室の予算も権限も残り、教育に関して綾小路家が関与できるならば子供の親権も隆一に譲ると言う会長の提案に合意した。


煌姫もそれなりの条件を提示され、納得して結婚に合意したのだと思っていたが・・・お気に入りのアクセサリーではなく、インスタ映え狙った今日の装備を見る限り、何やら割り切れぬ思いがあるようだ。

典型的な理系男子で女心を理解したり行間や空間を読むという技能を有していない隆一は、最愛の妹を怒らせたり悲しませたりしないように幼いころから瞳孔や心拍数などの身心的な反応を観察して微表情マイクロエクスプレッションや動作の癖と組み合わせて相手の機微を読み取る習慣があった。


妹が亡くなってしまったとはいえ、この技能はそれなりに社会で生きていく上で便利だったので続けているのだが・・・煌姫は機嫌の良し悪し(少なくとも身の回りの準備をした時点の)がその時のアクセサリーに直結する傾向があると言うのが隆一の見立てだった。


嫌々参加するイベントなどだと、今回のような派手なインスタ映え重視のアクセサリーをつけており、機嫌が良い時や楽しみにしていたイベントだともっと上品なデザイン性を重視した小ぶりなアクセサリーをつけることが多い。


つまり。

(レストランで跪(ひざまず)いてロマンチックにプロポーズしろと言ったのは煌姫なのに、家を出る準備の段階で機嫌が悪くなるほど結婚は嫌なのかよ?

それだったらさっさとジジイに結婚は取りやめだと言ってくれればいいのに)


幾らビジネスとして割り切った種馬契約とは言え、これから夫婦として少なくとも子供が生まれるまでは一緒に暮らすことになるのだ。

子供の為にも、出来れば両親が揃って友好的に家庭を築ける方が良い。


そこら辺もちゃんと割り切れる相手で、それなりに良好にやっていける可能性があると思ったから見合い結婚に同意したのだが・・・結婚とは参加者両方の共同作業だ。

嫌がっている相手と無理に結婚したところで状況が改善するとは考えにくい。

そうとなると、最初から破綻すると分かっている家庭に生まれる子供が可哀そうだ。


超一流研究者として引っ張りだこな隆一には全世界の製薬会社から引き抜き話が四六時中来ている。

治療することが目標であった妹が死んでしまった今となっては、研究に対する熱意も色褪せてきている。気分が向くまで研究から離れたって今までの貯金でそれなりの年数は十分生きていけるし、ホワイトハッカーとして数日働くだけで数十万から数百万円の報酬が手に入るのだ。

無理をして結婚しなければならない理由はない。


4分の1だけでも妹の血を引く子供を育てるのも人生に色合いを提供してくれて悪くないかもと思ったのだが、母親である女性が最初から不満を持っているならば子供に八つ当たりをする可能性だってある。


母親が無関心なだけだったら自分が目一杯愛情を込めて育てることで子供を幸せに出来ると思っていたが、不満に思った母親が八つ当たりをする危険があるならば一応フルタイムで働くつもりの自分だけでは子供を守れないかもしれない。

(やめるかなぁ・・・)


「やあ。いつにも増して綺麗だね」

席に来た煌姫に声を掛けながら、隆一は内心頭を抱えていた。


幾ら本人がイマイチ喜んでいなそうとは言っても、プロポーズをドタキャンしたら職場には残れないだろう。

今日のプロポーズの後で正式発表ということになっているとはいえ、既に会社の上層部には話が広まっている。

面倒なことになったものだ。


煌姫と腹を割った話し合いをしたいと思いつつも満席のレストランではそれも難しく、ジリジリしていても時間は情け容赦なく流れて・・・気がついたらもう次はデザートとなっていた。

煌姫の指示ではウェイターが食器を引き下げて、デザートが来る前のタイミングで膝をついて指輪を差し出せという話だった。


(しょうがない。

話し合いの結果次第ではあとで婚約を取りやめればなんとでもなるだろう。

まずは指示通りにプロポーズを決行しておく方が無難だな)


煌姫の視線を見る限り、友人にプロポーズの場面を録画させているようなのでやらないで恥をかかせるのは不味いだろう。


さり気なく席を立ち、煌姫の前に膝をついた瞬間・・・足元から光が発してきた。

(おいおい。

床に魔法陣と言うのは珍しくて目を引くかも知れないが、突拍子が無さすぎてロマンチック度は下がるんじゃないか??)

思わず呆れて煌姫を見上げたら、彼女もこちらを呆れたような目で見ていた。


(あれ?

煌姫が勝手に店に頼んだんじゃないのか?)


改めて足元の光を確認しようと目を下にやったところで、突然世界が反転した。


「ようこそいらっしゃいました、招かれ人の方々!!」

横からかけられた声に顔を向けたら、いつの間にかレストランが消え、俺たちは何やら石張りの大きな部屋にいた。


「聖女様とその騎士様ですか?!

素敵ですね!」

何やら能天気な声が響いたと思ったら、煌姫の冷たい声がそれを打ち消した。


「単なる祖父の使用人よ」

おい!

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