第27話 真相

 私とけいちゃんは松本駅に降り立った。

「懐かしい」

 私が呟くと、「うん」とけいちゃんも頷いた。

「え? 旅行で来てたんじゃないの?」

「向こうに移ってからは四国とかに行っていたから」

 単純な疑問だが、どこにけいちゃんはいたのだろうか。

「京都だよ」

「京都?」

「向こうの画廊を買い取って、そっちに移住したの」

 それを言ってくれれば良かったのに、漫画甲子園のあの日、急にいなくなるなんておかしいじゃないか。

「なんであの日、急にいなくなったの?」

「それは……」

 もごもごと何か言い訳を口の中で言っている。顔が真っ赤なので、もしかしたら、泣いていたのだろう。けいちゃんの涙。確かにそれは見たくない。

「行こうか」

 私が腕を出すと、けいちゃんの腕が絡まってきた。炎天下の中、私はキャップを被って、けいちゃんは日傘を差している。

「暑いでしょ」

 けいちゃんは私の方にも影ができるように日傘を調節してくれた。あれ、これって相合傘?

「先にホテルにチェックインしちゃうか」

「うん」

 松本駅からほど近いビジネスホテルにツインで予約をしておいた。今回、出版社が経費で落としてくれるので、あまり高いところには泊まれない。

 けいちゃんに聞いたら、「うちよりマシ」と言っていた。都内で一人暮らしをしているが、都心に住んでいるため、家賃が高く部屋が狭いらしい。

「引っ越したいとかないの?」

 時計博物館に行く途中に訊いてみた。

「引っ越したいけど、どこに引っ越したらいいか分からない」

 ウチにおいでよとは、ゆーちゃんがいる手前言えなかった。

「小説家になったのっていつ?」

「高校3年生のとき」

「え、受験は?」

「関西の大学に行ったけど。想像するにしーちゃんと同じだよ」

 納得がいった。勉強をしながら、執筆していたのだなと。

「そっちは東京藝大の主席らしいじゃん」

「そうなんだよねえ……」

 何か訳アリな雰囲気を出してけいちゃんの気を引く。

「甘えてるでしょ、今」

「バレたか」

「でも、何があったの?」

「絶賛スランプ中」

 けいちゃんは化け物を見るような目でこちらを見た。私でもスランプになることがあるんです。

「スランプなのに、あの絵を描いたの?」

「?」

 あの絵とは、どの絵だろうか。たくさん描いたから分からない。

 そこへ、けいちゃんのスマホに着信が入った。

「もしもし」

 相手はけいちゃんのお母さんらしい。

「どうだった? え? スピーカー?」

 スピーカーモードにして、私の方にスマホを差し出してくるけいちゃん。懐かしいびーちゃんの声がした。

「で、今仕事中なんだけど」

 仕事中なのに電話かけてきていいんかいとツッコミたかったが、何か私に伝えたいことがあるらしく、急いで電話をしてきたということだった。

「オークション、落としたわよ」

「何をですか?」

「『失恋』」

 私は『失恋』という作品を思い出していた。勢いで描いて勢いのまま永井様に託した絵。

 それを落とした? びーちゃんが?

「いくらで?」

「河流先生は大人気でいらっしゃるわね。あの絵を見たときに憎悪が絵から出てくるのではと思ったわ。皆、河流先生に何があったのかに興味津々で……」

「いいから金額言って」

「5000」

 プツと電話が切れた。これは切れたというより、切られたの方が正しい。

 私たちは「5000?」「5000円?」と首を傾げていた。

「……もしかして、」

「5000万円⁉」

 松本大通りで大きな声を出してしまった。叫びを聞いた通行人がこちらを見る。

「ごっ、ごごごごごごご5000万円んんんんんんん?」

「落ち着いて、しーちゃん。まだ5000円の可能性がある」

 それもそれで嫌だ。

 私は落ち着くと、けいちゃんに謝った。

「ごめんなさい。本当、あの、早とちりであんな絵描いて」

「どうして謝るの? それに早とちりって?」

 私は年甲斐もなくモジモジしてしまった。失恋したと思い込んで描きましたとは、本人の前では言いづらい。

「とりあえず、あの絵は今度からうちの画廊に飾られることになるからね」

「え⁉」

 娘のヌード画を?


 時計博物館を軽く写生した後は、いよいよ松本城だ。今回は時間がたっぷりあるから、写生に時間が取れる。正面から見る松本城は圧巻だった。建築のことは全く知らないけれども、松本城にはどこか色気がある。城に色気と思われるかもしれないが、この黒が思わせているのかもしれない。

「相変わらず感性が独特だね」

 私の写生を見ながら、けいちゃんは言った。

 他にも松本の代表的な場所は回った。中でも国宝旧開智学校校舎が気に入った。気品に溢れている。私は丹念にスケッチした。


 観光には遅い時間となり、けいちゃんと2人で近くの居酒屋に入った。これはさすがに経費では落ちないだろう。

「けいちゃんは何? カシスオレンジ?」

「……そういうキャラに見える? 地元の銘柄の日本酒、冷で」

「なるほど、そういう楽しみ方ね」

 私はハイボールを頼んだ。

「かんぱ~い!」

 陽気な音がチンと鳴った。


「それでぇ、私は行きたくなかったんだけど、お父さんといるのも嫌だったから、新垣さんについていった訳。分かる?」

「うん、分かるよ」

「甲子園の日も、新幹線の時間が近付いてて、しーちゃんに言おう言おうと思ってたのに、泣いちゃってそのまま新幹線に乗ったの。分かる?」

「分かる。分かる」

 分かってないだろと頬をぎゅうと掴まれた。

 強いお酒を飲む癖に酒に弱いとは。けいちゃんらしいと言えばらしい。

「なんで私のメッセージに返信してくれなかったの?」

「うっ、それは、あんな別れ方したから、気まずくて」

「心配したんだよ?」

「メッセージから伝わった」

 けいちゃんは冷酒を一気飲みすると、机に突っ伏した。

「帰る」

「そうだね。おあいそ!」


「けいちゃん軽いね」

「……しーちゃんに言われたくないかも」

 どっちも不健康な生活をしていて、ヒョロヒョロである。

 ホテルの部屋に着くと、2人で同じベッドに雪崩れ込んだ。

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