勝手な恋

滝川誠

プロローグ

 私は女性が好きだ。

 柔らかそうなもっちりとした肌に、体の魅惑的な流れるようなライン。それに香りがいい。男性にはない香りを持っている。

 そのことに気が付いたのは、小学生のときであった。父のデッサンをした後、母をデッサンしたら、気が付いたのである。早熟な子供かと思われるかもしれないけれども、絵を描いている間は感覚が研ぎ澄まされて匂いとか、聞こえる音とかがよく分かる。

 母を描いているときはアプリコットの香りがした。先ほどまでアプリコットパイを作っていたのだろうかと聞くと、「そんなことはない」と言われた。

 なるほど、これは母にしかない香りなのかと思った。

 他にも従姉に絵を見せていたら、ふわっと甘い匂いがした。

「何か香水でも付けているの?」

 そう聞くと、従姉は不思議そうに頭を振った。

「付けてないよ。そんな歳でもないし」

 確かにそのときの従姉は中学生であった。後にこれが若い女性特有の香りであることに気が付くのである。

 様々な気付きを得てからは女性しか描かなくなった。風景画を専門としていたので、滅多に人物を描かなかったが、描くときは決まって女性だ。

 中学では美術部に入部したが、やることが「みんなでオブジェを作ろう」とか「デッサン会」ばかりだったのでデッサン会には出た。その他は家の自分の部屋で絵を描いた。担任の女性の先生の黒板に書いている姿とか、体育の先生が流す汗とか。

 自分の部屋は油彩絵の具の匂いで満ちている。それがないと落ち着いて眠れなくなってしまった。私はこれからも絵と共に生きて、筆を折るとき死ぬのだろう。

 もうすぐ高校受験だから、しばらくは水彩画で落書きをしよう。そう思って目を瞑った。

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