売られた喧嘩は買います

あんことからし

黒い蝙蝠

第1話 旅立ち


上段からの振り下ろし……それが必殺技だなんて、そんな剣士がいるだろうか。そもそも、それが技なのかどうかも疑問だとエルザは思う。


だって振り下ろすだけなんだから。


エルザの父が樵だったせいだろうか、彼女自身、幼少の頃から見かけに似合わず怪力で、大人顔負けの腕力を誇っていた。そんなエルザ特性を見抜いた剣の師匠セドリックは、力を生かした戦い方をするべきだと教えた。


「エルザよ。お前は力が強いから、初太刀を全力で振り下ろせば一太刀で相手の頭を割ることができるだろう。例え相手が防御しようと、そのまま強引にな。重い剣はその助けになる」


セドリックはそう言って、一振りの剣をくれた。エルザはその冷たい真剣の重みを両手に感じながら、その姿をマジマジと眺めた。


「私の必殺技ってところですか」


「そうだな」


そういうと、セドリックは笑った。


「悪いが、お前は一見、強そうに見えない。背は高いが細腕の華奢な女の子だ。そこに相手の油断がある。上段に振りかぶって振り下ろせば、その太刀を受けるものもいるだろう。細腕の女の子の剣だからな。だが、受けきれず死ぬ」


そういってセドリックはエルザを見た。


「もちろん、避けられる可能性もあるんだが、剣が予想以上に早ければ受けざるを得ない。だから、この技は決まりやすいと思うんだ。だから、よく練習しておくんだ。わかってると思うが、これもバレたらただ躱されるだけだからな。まあ、お前に教えた切り札の一つだと思って練習しておけ」





この春、エルザは16歳になった。


身長も180cm近くまで伸び、赤茶けた髪も艶のあるワイン色になっていた。顔からは幼さが消え、キリリとした面長の顔立ちとなり、前髪の隙間からのぞく切れ長で大きな瞳は、琥珀色をした宝石のようだった。ツンと前へ突き出た鼻は大理石のようになめらかで、唇は薔薇の花びらみたいな柔らかさに見えた。


剣士というふるまいがそう見せるのかもしれないが、長身で美しい顔立ちのエルザは、村娘から“男にしたい女”と言われていて、恋文をもらうことも一度や二度ではなかった。


エスタリオン女王国では、16歳で成人となる。彼女は晴れて成人となったので、騎士になるために王都へと向かおうと思っていた。師匠のセドリックは「騎士なんてつまらんもんさ」と言って、この田舎に残ることを勧めるのだが、それでもエルザはあこがれの王都へ行くことを諦めなかった。


エルザが王都へ向かう駅馬車へ乗り込むと、車内は少し混雑していた。入口のすぐ横に、1人分のスペースが空いていたので、エルザがそこへ腰を下ろすと、隣の席に座っている14歳くらいの少女が、少し怯えるような仕草を見せた。


「ここ、座らせてもらうわね」


エルザがそう言って微笑むと、少女は小さく頷いた。その少女は目立ちたくないように背中を丸め顔を伏せて座っているのだが、着ている服は珍しい柄の民族衣装だし、額には白い包帯が巻かれているので、明らかに乗客の中から浮いて見えた。


「あなた怪我してるの?」


エルザの声に驚いた少女は思わず顔を上げて、困ったようなそぶりを見せた。エルザは慌てて言葉を紡いだ。


「驚かせてごめんね。額に包帯を巻いているようだったから」


エルザが微笑むと、その少女は目を丸くして、慌てて首を横に振った。


「いえ……怪我じゃないんです……実はその……ホクロを隠したくて……」


「ホクロ?」 


「はい……私の生まれた郷では、みんな額に赤いホクロがあるんです。それで、色々と嫌な目に……酷い目にあったりしたから……」


「ホクロのことを悪くいう人がいるの? そんなの、あなたが好きで付けたわけじゃないのにね……」


少女は小さく頷いて、そのまま俯いた。


「ごめんね……変なこと聞いちゃって……」


「いえ……気にしないでください」


少女はそう言いながらチラリと目を合わせると小さく微笑んだ。


「……じゃあ、お近づきの印に私のバンダナをあげるよ。包帯を巻いてたら怪我をしているのかと思われるから、余計に目立つわよ」


エルザは鞄からバンダナを取り出して少女に手渡した。少女はパアッと笑顔になった。


「ありがとうございます……使わせて頂きますね。……私の名前はエイミーといいます。南の帝国から国境を越えてこちらへ来ました。リールに住む親戚を訪ねようと思って旅をしてきたんです」


「そうなのね……私はエルザよ。私はリールから馬車を乗り継いで、王都まで行くつもりなの」


「王都まで行くんですか? リールのまだ先ですね」


「はじめて村を出るから、よくわからないけど、王都まで2日くらいかかるのかしらね? とにかく馬車でジッとしていなければいけないっていうのが退屈そうでね……。エイミー、あなた、リールまで話し相手になってよ」


そう言って笑うエルザは本当に男前で、エイミーは、エルザが男だったら惚れていたかもしれないと思った。


その時、不意に馬車が出発した。


エイミーはちょっと驚いていたが、ホッとしたように息を吐いた。そして窓の外をチラチラ眺めながら、怯えるように背中を丸めた。エルザはエイミーのそんな様子を見ながら、誰かに追われているのではないかと思った。

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