Dark Remnant ようこそデスゲームの世界へ

黒月ミカド

Dark Remnant ようこそデスゲームの世界へ

百日紅誠也さるすべり誠也はひどい頭痛と共に目覚めた。

「またベッドに入らずに寝落ちしちまったか…」と一人呟きながら上体を起こして薄目を開ける。

 ―――あれ? なんか部屋が暗くないか?

 いつも明け方までゲームを徹夜でやっているが、モニターの青白い光があるので真っ暗にはならないはずだ。

 少しずつ意識がはっきりしてきたのでしっかりと瞼を開いた。

「……!」

 誠也は啞然として言葉を失った。

 どこなんだここは?

誠也はどういうわけか冷たい石の床に座っていた。石でできた壁面は苔むしている。カビ臭いし、とても空気が澱んでいる気がする。それにとても空間が狭い。誠也は身長が低いので寝ることができたようだがそれでもギリギリの広さだ。個室トイレ二つ分ぐらいの広さしかない。

 ふと、右側の壁に視線を向けると鉄の格子扉が嵌められていた。どうやらこの部屋は檻になっているらしい。どこかの牢獄に閉じ込められているということは分かった。現代の刑務所ではなく、ヨーロッパに点在する古城の地下牢に雰囲気が似ている。いや、そのものといった方が正しいのかもしれない。

 格子越しに外の様子を見てみると、通路を挟んだ反対側にも同じような檻がいくつも等間隔に並んでいた。部屋と部屋の間にある壁には必ず松明が掛けられている。

 松明の炎がパチパチと爆ぜる音を鳴らしながらゆらゆらと燃え盛り、その乾いた音が通路に響いていた。薄暗いから囚人たちの姿が見えないのは仕方ないが寝息すら聞こえない。不気味な静寂が漂っている。

 ――冗談じゃない。ここから出てやる!

誠也は衝動的に檻から出ようと思って立ち上がり、格子扉に手を伸ばそうとした。だが、扉はしっかりと南京錠で施錠されている。錆びていても簡単に壊せるものではない。

 今更だがこれはただごとではないと気づいた。そもそも、どうして自分がこんな状況に陥ってしまったのか誠也には見当も付かない。眠る前の記憶を遡ろうとしても思い出すことができなかった。

 しかし、不思議なことに三日前の記憶ならはっきりとしていた。たしか、いつも通りにゲームをしていたら母親と口論になったはずだ。


 誠也がハマっているゲームのタイトルはダークレムナント。VR専用のPVPVEアクションRPGである。PvPvEゲームというのはプレイヤー同士の対戦(PvP)とコンピューターとの対戦(PvE)が組み合わさっており、財宝や物資の奪取や生存など、さまざまな要素が楽しめるジャンルだ。血しぶきやリアルな人体破壊の描写があるためにR18に指定されている。

 そして、ダークレムナントは中世のヨーロッパをモデルとしたダークファンタジーであり、世界観のダークさとアクションゲームとしての難しさからいわゆる死にゲーとして多くのゲーマーを魅了した。


「そういえば似たようなシチュエーションがあった気が……もしかしてゲームの中に入っちまったのか?」と誠也は薄暗い闇の中で独りごちる。

 確かにゲームにも同じ雰囲気の牢獄のシーンが存在した。

メインストーリーはあらぬ濡れ衣を着せられた末、獄死した主人公である兵士がアンデットとして蘇り、意識が混濁した状態で敵を倒しながらも失われた記憶の残滓を辿り、やがては自分を貶めたかつての主君である王を倒すという内容である。兵士という設定だがキャラクターや職業は自由に設定可能だ。各地に点在するダンジョンのボスを難易度順に攻略していくながれで気持ちさえ折れなければ40時間程度でクリアできる。ただ、ゲーマーから支持されているのは他のプレイヤーとの対戦要素だ。プレイヤーが闘技場に入場すると自動マッチングで対戦相手が決まり、月間のランキングを競い合うというものだった。主人公はこのゲームが発売してから半年間、ローグ盗賊のキャラで上位ランクを維持しているランカーだ。

ハマりすぎて不規則な生活が続いており、高校も休みがちで寝不足から寝落ちすることがたたある。


 誠也が頭痛に喘ぎなら記憶を辿ろうとしていると、こちらに近づいてくる何者かの足音がした。

 身構えていると格子扉の向こうに現れたのは看守らしき人物だった。しかもよく見るとそれは普通の人間ではなく、猪の頭をした亜人であった。

 ――こ、こいつはオルク族だ!

 誠也は思わず口に出しそうになった。

 肌の色はタールのように真っ黒。両目が恐ろしく吊り上がっている。その瞳はヤマネコのように緑色に光り、口からは牙を覗かせていた。

 この特徴はゲームに登場するクリーチャーのオルクとまったく同じであった。

「おい、囚人。飯の時間だ」

 オルクの看守は苛立たしげに低い声で言った。

「あのー。どうして、俺はここにいるんでしょうか?」と誠也は話しかけてみた。

 オルクの看守はさらに不機嫌になって舌打ちをした。

「罪人のくせに話しかけるんじゃねえ! 自分の罪を忘れちまうとはな。お前みたいなやつはすぐに殺しちまえばいいのさ」

 オルクの看守は人間に配膳することにうんざりとしているようだ。

檻の下部には配膳用の扉があり、そこから手を伸ばし、乱暴な手つきで食事が載ったトレイを置いて立ち去った。

皿には固いパンにカビの生えたチーズの切れ端、それに酸っぱい臭いを漂わせている謎のスープ。

とても人間の食べ物ではない。比較的に少しは口にできそうな固いパンをかじり、皿と一緒にトレイの上に載ったコップを手にした。口をつけてみるとそれは生ぬるいただの水だった。

「いいか、飯は15分で済ませろ。大公がお待ちだ」

「えっ、どいうことっすか?」

 大公?

 誰それ?

 オルクは混乱する誠也の質問に答えずその場から立ち去ってしまった。

 大公というから偉い人なのだろう。もしかしたらここの支配者なのかもしれない。無実を訴えれば釈放してもらえるのではないかとすがるように期待した。

 15分後。二人の武装したオルク兵がやってきた。二人とも大柄な体つきをしている。その屈強な肉体に鋼の鎧を装備しており、頭部にはオープンヘルムという顔が露出したタイプの兜をかぶっていた。一人は槍を手にし、腰に剣を帯刀しているもう一人は誠也を拘束するための手錠を持っていた。

 誠也はオルク兵によって手首に手錠をはめられると檻から出され、手錠と繋がっている鎖を引っ張られながら通路を歩かされた。牢獄の通路をしばらく直進し、その突き当りにある階段を上がっていく。

 階段を上った先には広い空間が広がっていた。どうやら別の区域に通じている渡り廊下のようだ。

 天井は高く、幅広の廊下の両側には10メートルの高さがある太い柱が続いている。柱と柱の間には大きな篝火がいくつも置かれており、不気味な青白い炎が人魂のように揺らめいていた。足音やオルク兵が身に着けている金属の鎧のパーツ同士がぶつかり合う音。それらの音がまるで鍾乳洞にいるかのように反響しており、広大で長い廊下が続いているのを物語っていた。

 誠也は普段からまともな運動をしていないせいで完全に足腰が鈍っていて、牢獄から廊下に入ってから大した時間も経っていないのにもう疲れ始めていた。

「もっと早く歩け!」

 足取りが遅くなるたびにオルク兵に怒鳴られたり槍の柄で小突かれたりした。ふらふらしながら歩いているうちに巨大な黒い鉄扉の前までやってきた。扉の前には身長が5メートルもある大鬼オーガの門番が仁王立ちしていた。

 「ここは大公閣下のおわす場所。通りたくば理由を述べよ!」

 大鬼オーガは地底の奥底から巨人が呻いたような恐ろしく低い声でこちらを威嚇してきた。

 その声に気おされたオルク兵の二人は一瞬だけ怯んだが、すぐに何もなかったような顔で問いに答える。

「大公閣下のご命令で罪人を連れてきた」

「承知した」

 大鬼オーガは頷くと鉄扉の方に向き直り、両手を伸ばして門扉に手をかけた。重い扉は轟音を立てながらゆっくりと開いてゆく。

 大鬼が道を譲るとオルク兵らは誠也を引っ張って部屋の奥へと進んだ。


 門を抜けた先は大広間になっていた。天井に大きなシャンデリアが吊るされているために室内は全体的に明るい。床には表面が鏡のようにツルツルと滑らかな大理石が引き詰められていた。

 広間の奥は赤い絨毯が敷かれており、その絨毯の上には縦横ともに6メートルもの大きさがある黄金玉座が設えてあった。玉座にはこれまた7メートルもある巨人サイズの大公と呼ばれている男が座しており、厳めしい顔で誠也を値踏みするように睥睨していた。その風貌はギリシャ神話に登場する最高神ゼウスそのものである。頭上には様々な宝石と金銀細工で装飾された冠を戴いていた。

 顔は50代ぐらいだが精悍な顔つきをしており、白い髪と白髭はいずれも長く風もないのにゆらゆら靡いていた。

 大広間の入り口からオルク兵の二人が誠也を引っ立てながらゆっくりと歩き、玉座の手前まで来たところでようやく立ち止まった。そして、大公に跪いて平伏した。

「大公閣下。罪人を連れてまいりました」

「ほう。こやつが例の罪人か? わしに平伏せぬとは無礼な奴じゃな」と大公は眉間に深い皺を引き寄せ、恐ろしく吊り上がった両目を見開いて誠也を睨んだ。双眸は鋭く光っており、その瞳には厳格さと冷酷さが宿っていた。

 誠也はあまりの恐ろしさに息を吞まれてぶるぶると身震いしながら佇んでいた。オルク兵の一人がその様子を見て怒りと焦りから誠也の頭を殴って注意した。

「この愚か者めが、大公閣下の御前であるぞ。さっさと平伏せぬか!」 

 もう一人のオルク兵は誠也の尻を蹴り上げて𠮟りつけ、無理やり平伏させた。

 誠也がしばらく床に跪いていると大公が声をかけてきた。

「うむ。面を上げよ。我こそはこの監獄を治めておるラダマントゥスである」 

 誠也やオルク兵の三人はゆっくりと顔を上げた。

 ラダマントゥス大公は分厚い帳面をめくりながら話を続ける。

「罪人よ。貴様の罪は明白である。我が裁定によって汝を死罪とする」

 絶望的な判決に驚いた誠也を目に涙を浮かべ、必死に助命を嘆願した。

「大公様。これは何かの間違いです。俺は何の罪も犯していません。それにここはどこです?どうしてここに連れてこられたんですか?助けて下さい」

 「黙れ!その口を即刻閉じよ。罪人に説明を受ける権利などない」

 ラダマントゥスは顔を真っ赤にして怒鳴った。その咆哮は雷鳴のように凄まじく、大広間全体が揺れ動いた。

 だが、ラダマントゥスは何かを思い出したのかすぐに冷静になった。

「質問に答えるつもりはない。汝のような下郎など即刻、首を刎ね上げてやりたいわ。だが、ある高貴で偉大な方がチャンスを与えてやれとの仰せだ」

 「チャンス?助かる機会を与えていただけるのですか?」

「いや、助かるとは断言できぬ。汝のような者に成功率などほぼないだろう。それでもやると申すのか?」

「はい。何でもやります。可能性がわずかでもあるならやらせてください!」

「ほう。ならば闘技場にて我が配下の精鋭である四英傑を討ち倒してみよ」

 四英傑?

 誠也には聞き覚えのあるキーワードだった。記憶が正しければラスボス部屋の扉を開錠するために必要な四つの鍵を持っているのが四英傑だった。

 誠也にはどうやって戦うのかは知らないが、もしかしたらゲームでの経験を活かせるようなチャンスかもしれないという予感がしたので挑戦を受けた。

「だが、四英傑との戦いに楽な死など望めんぞ。わしには忠実な者たちだが敵には慈悲などもたぬ。もし、苦しんで死ぬのが嫌ならこれで自決せよ」とラマダントゥスは不敵な笑みを浮かべながら誠也に断罪の短剣という自決用の武器を手渡した。

 謁見の最後、ラダマントゥスは誠也に決闘の準備をするために武器庫へ向かうように命じた。

 「どこにあるのですか?

 誠也がそう訊こうとした瞬間、彼の体は眩い光に包まれてその場から掻き消えていた。


 誠也は気づくとまた知らない場所に佇んでいた。

 手を見てみると手錠は外してあった。

 今度は牢屋と違ってそれなりに広い作りの部屋だった。天井には小ぶりのシャンデリアがあるので室内は明るい。

 ベッド、テーブル、椅子など休憩室には充分な調度品も揃えてあった。その他には武器庫も兼ねてあるらしく、所狭しと様々な防具と武器が用意してあった。

 ここで好きなものを選べということなのだろう。不思議なことにそれらの武具はいずれもゲーム内で見たことがあるものばかりだった。誠也は臨死体験をしているのだろうと自分に言い聞かせた。脳が見せている世界なら本人の記憶や趣向が影響しているなら当然のことだ。実際に殴られた際に感じた痛みは本物だった。五感を認識できるのは不思議ではあるものの、決闘に勝つというのが生還のプロセスならそれに賭けるしか選択肢はなかった。

 誠也は装備品を色々と物色した末、ゲーム内で使い慣れた盗賊ローグ装備の一式と武器を発見した。頭部や口元を覆うための黒いマスクと頭巾。両方の肩と籠手部分を軽量金属で補強した黒革の鎧。同じく軽量金属で脚部を保護した黒革のレギンス。それにダガーと短剣を腰ベルトに佩刀した。

 誠也がこの装備一式を装備した瞬間、彼の視界に異変が起こった。

 驚いたことに、VRゴーグルに表示されていたゲームインターフェースと同じものが網膜に映りこんでいた。VR.ゴーグルをつけていないのに視界に数個のアイコンが浮かんでいる。実際にはアイコンが浮いている実際には何もない空間に手を伸ばして情報を閲覧したり、縦スクロールやスライドすると他のメニューを表示させることも可能であるらしい。

 左目の端の方にはキャラクター名。これがゼロになるとゲームオーバーになる体力ゲージ。攻撃や回避、ダッシュ、スキルを発動する際に消費するが時間経過で回復するスタミナゲージ。


【キャラクター名】 強襲のギーグ

【職業】 盗賊

【体力】   780/780 ■■■■■■■■■■■■

【スタミナ】 990/990 ■■■■■■■■■■■■


 右目の端には丸い歯車があってそれに手をかざすと横一列にアイコンが並んで出現した。

 誠也は確認のため順番に手をかざしていく。

 まずは剣のマーク。これは装備している武具の確認と付け替えを行う欄。


【頭】盗賊の頭巾         【右手】 怨嗟の短剣〈一定の確率で敵を毒状態にさせる〉

【胴体】盗賊の鎧         【左手】 ブラッドダガー血濡れの短剣〈一定の確率で出血状態にさせる〉

【腕】盗賊のガントレット

【足】盗賊のレギンス

【アクセサリー】盗賊のマスク

【防御力】 103

【素早さ】 930    【攻撃力】 1200

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【防具セット装備効果】

 スピードと回避率アップ、攻撃力上昇、致命の刺突のクリティカルダメージUP。


 盗賊は防御力を捨てる代わりに回避と攻撃力を特化させた職業である。スキルも自然と攻撃系や回避系が多い。例えばステルス。これは敵の攻撃が当たる寸前に回避が成功した際、一時的に姿を消すというものであり、防御力が貧弱な盗賊は騎士のように盾で直接敵の攻撃を受け止めることは不可能なので必須である。また、盗賊は敵の背面から襲撃することでクリティカルダメージを繰り出す「致命の刺突」が強かった。重厚な装備を身に着けた騎士や戦士は脅威だが彼らの動きは遅く、鎧の部品と部品の間には隙間があり、誠也は素早く敵の弱点を突くことで何十人ものゲーマーを葬ってきた自負がある。プレイ後はスパムメールの嵐だったが臆することもなく、むしろ嬉々として達成感を味わっていた。


「これなら充分に戦えそうだ」

 さっきまで絶望を抱いていた誠也だったが体の奥底から活力がみなぎってくるのを感じていた。これから死闘が始まるという緊張感、それに言いようのない高揚感に身を震震わせていた。

 四英傑との決闘に覚悟を決めていると突然、背後に何者かの気配が沸き起こった。

 後ろを振り返ってみるとそこには不敵な笑みを浮かべた道化師が立っていた。白粉を塗ったような真っ白い顔。目尻を下に垂らし、口の両端を釣り上げて作った嘘っぽい笑顔が気味悪い。

 誠也はまだ親と仲が良かった幼い頃、家族で行った遊園地を思い出した。ピエロが怖すぎて大泣きした記憶があった。そのせいでいまでもピエロが嫌いだ。

「なんだお前は?」

 と誠也は警戒心から正面を向いたまま後方に飛び退り、無意識に短剣の柄を掴んでいた。

 睨んでいると道化師は両手を挙げた。

「ほほほ。そんなに怖い顔をしないでよ。あたしは味方よ。ミ・カ・タ」

「ピエロが俺に何の用だ?」

「ほほほ。あたしはこの闘技場に挑戦する方の世話役をしているポポよ」

「世話なんていらないけどね」

「そーなの?」とポポは急に無表情になり、細い三白眼の目をひん剝いて嘲笑った。

「あはははははは! ウケるわー。命がけの勝負をしたことのないガキが偉そうに。ぺっ」と床に唾を吐き捨てた。

「何がそんなにおかしい?」

「じゃあ、逆に効くけど。仮に一戦目を勝ったとしましょうよ。もちろん休憩タイムはあるけど、どうやって負傷した体を回復するつもりなわけ?言っとくけど回復アイテムなんてないわよ」

「えっ、マジで?」

「呆れた。アンタって自分の立場をわかってないわね」

「立場?」

「アンタは死刑囚と同じよ。大公さまのお慈悲でチャンスを与えられただけ。あとこの闘技場で挑戦者の傷を治せるのはあたしだけよ。あたしを怒らせたら不利になるけどいいの?」

「……わ、分かったよ。さっきは悪かった。助けて下さい」

「いいわよ。人間は素直が一番だわ」

「でも、俺は何の罪を犯したんだろう?」

「それは言えない決まりになっているの。ごめんなさいね。そんなことより一人目の英傑との戦いがそろそろ始まるわよ。それでこれをあげる」とポポは黒い小さな球体を手渡した」

「これはなに?」

 誠也が受け取った球体を頭上にかざして眺めているとポポが不敵に微笑んだ。

「その時がくれば分かるわよ。健闘を願っているわ。入り口はあっち」

 ポポは部屋の片隅の床に設置されている星形の転送装置を指さした。どうやらこれを踏めば、周囲を観客席に囲まれた舞台―戦士の血を吸わせるための土が引き詰められた決闘場所へ瞬時に行けるらしい。この挑戦者の休憩室にも徒歩で歩く通路もあるらしいがとても複雑で迷うという話だ。

 誠也は使うことがないようにと祈りながら断罪の短剣を懐にしまい、深呼吸を何度か繰り返した末に転送装置へ向かった。

 

 闘技場の上空は夕陽によってあかね色に染まっていた。わずかに風が吹いている。

 建築様式は古代ローマ風の円形劇場型であり、石材とレンガでしっかりと組み上げられていた。中心には砂土を敷き詰めた決闘場があり、その周囲を観客席が円状に取り囲む造りになっていた。さらにその外周を三層の高い壁が取り囲んでおり、壁には彫刻が施されたアーチや柱で装飾されていた。

 だが、辺りは荒涼としていた。

 壁面にはいくつもの亀裂や穴が生じており、柱には植物の蔓が巻きついていた。

 観客席には誰もいない。

 誠也が到着するとすでに第一の英傑が待ち構えていた。

 英傑は黄金に輝く鎧兜を身につけていた。兜はフルフェイスなので顔は見えない。左手にカイトシールドアーモンド形の盾、右手に全長の幅が80センチあるロングソード先端が鋭角で幅広な直剣を握り締めていた。

 誠也のインターフェースでは相手の頭上に〈偽証の聖騎士〉と表示されていた。名前の下に体力ゲージが表示されている。

 偽証の聖騎士は赤いマントを風に靡かせながら近づいてくる。

 ガシャ。ガシャ。ガシャ

 金属の鎧が揺れ動く音。

 誠也は腰の左右に佩刀していた短剣の柄を掴んで引き抜く。黒い刀身が紫色の光で明滅を繰り返す怨嗟の短剣。鮮血で染まったように赤いブラッドダガー。いずれも敵に継続ダメージを与える武器。

 誠也はいつでも攻撃に対応できるように臨戦態勢をとっていた。

 騎士は素早い動きで正面から肉薄してくるなりロングソードを振り下ろしてきた。

「戦いの合図もなしかよっ!」

 誠也はギリギリのところで回避しようとしたものの、少しだけタイミングが出遅れてしまい、バッサリと体を真っ二つに両断されて絶命した。


 気づくと誠也はベッドで横になっていた。

 上体を起こすとその傍らでポポが佇んであり、呆れた顔で誠也を見ていた。

「あんた、何やってんの?早速、殺されてどうすんのよ」

「……つい、うっかり」

「気合をいれていくのよ」

「了解」

 誠也は再び闘技場へ向かうことにした。


 闘技場の上空は夕陽によってあかね色に染まっていた。わずかに風が吹いている。

 建築様式は古代ローマ風の円形劇場型であり、石材とレンガでしっかりと組み上げられていた。中心には砂土を敷き詰めた決闘場があり、その周囲を観客席が円状に取り囲む造りになっていた。さらにその外周を三層の高い壁が取り囲んでおり、壁には彫刻が施されたアーチや柱で装飾されていた。

 だが、辺りは荒涼としていた。

 壁面にはいくつもの亀裂や穴が生じており、柱には植物の蔓が巻きついていた。

 観客席には誰もいない。

 誠也が到着するとすでに第一の英傑が待ち構えていた。

 英傑は黄金に輝く鎧兜を身につけていた。兜はフルフェイスなので顔は見えない。左手にカイトシールドアーモンド形の盾、右手に全長の幅が80センチあるロングソード先端が鋭角で幅広な直剣を握り締めていた。

 誠也のインターフェースでは相手の頭上に〈偽証の聖騎士〉と表示されていた。名前の下に体力ゲージが表示されている。

 偽証の聖騎士は赤いマントを風に靡かせながら近づいてくる。

 ガシャ。ガシャ。ガシャ

 金属の鎧が揺れ動く音。

 誠也は腰の左右に佩刀していた短剣の柄を掴んで引き抜く。黒い刀身が紫色の光で明滅を繰り返す怨嗟の短剣。鮮血で染まったように赤いブラッドダガー。いずれも敵に継続ダメージを与える武器。

 誠也はいつでも攻撃に対応できるように臨戦態勢をとっていた。

 騎士は素早い動きで正面から肉薄してくるなりロングソードを振り下ろしてきた。

「戦いの合図もなしかよっ!」

 誠也はギリギリのところで真横に転がって斬撃をかわしたためにジャスト回避を達成し、ステルスが発動して体が透明になる。騎士が振り下ろしたロングソードは剣風を起こして土埃が宙に舞った。

 誠也は三十秒間の透明化を利用して騎士の側面に回り込んだ。すかさず短剣の切先を鎧の脇の下にある隙間を狙って突き立てる。左右の腕を交互に突き出して刺突を数発ほど繰り出した。血しぶきが出たが見た目ほど敵の体力ゲージは減っていない。しかし、相手の名前の末尾に毒状態を表すドクロマーク、出血状態を表す赤い水滴マークが付いていた。よく見ると騎士の体力ゲージが数ミリだけ減少し始めている。

 誠也は透明化が終了したので後方に下がって敵と間合いをとった。

 これならいける!

 誠也がそう思った瞬間、突如として騎士の全身が赤いオーラに包まれ、それまで緩慢だった動きが俊敏なものに変化した。凄まじいスピードで盾を前面に突き出した格好で突進してくる。あまりにも早いので対応が追いつかずに回避が出遅れてしまい、敵の突進によって誠也の体は肉塊となって砕け散った。


 あっと声を上げ、誠也はベッドから飛び起きた。

 全身が汗でぐっしょり濡れていた。

 ポポはあくびをしながら気だるそうに誠也を眺めていた。

「あんたは学習しないわね。ちょっと、油断し過ぎじゃない?」

「面目ない」

「あたしがあげたアイテムを活用してみたらどう?」

「なるほど……さっそく試してみるよ」

 誠也は気を取り直し、再び闘技場へ向かうことにした。


 


 闘技場の上空は夕陽によってあかね色に染まっていた。わずかに風が吹いている。

 建築様式は古代ローマ風の円形劇場型であり、石材とレンガでしっかりと組み上げられていた。中心には砂土を敷き詰めた決闘場があり、その周囲を観客席が円状に取り囲む造りになっていた。さらにその外周を三層の高い壁が取り囲んでおり、壁には彫刻が施されたアーチや柱で装飾されていた。

 だが、辺りは荒涼としていた。

 壁面にはいくつもの亀裂や穴が生じており、柱には植物の蔓が巻きついていた。

 観客席には誰もいない。

 誠也が到着するとすでに第一の英傑が待ち構えていた。

 英傑は黄金に輝く鎧兜を身につけていた。兜はフルフェイスなので顔は見えない。左手にカイトシールドアーモンド形の盾、右手に全長の幅が80センチあるロングソード先端が鋭角で幅広な直剣を握り締めていた。

 誠也のインターフェースでは相手の頭上に〈偽証の聖騎士〉と表示されていた。名前の下に体力ゲージが表示されている。

 偽証の聖騎士は赤いマントを風に靡かせながら近づいてくる。

 ガシャ。ガシャ。ガシャ

 金属の鎧が揺れ動く音。

 誠也は腰の左右に佩刀していた短剣の柄を掴んで引き抜く。黒い刀身が紫色の光で明滅を繰り返す怨嗟の短剣。鮮血で染まったように赤いブラッドダガー。いずれも敵に継続ダメージを与える武器。

 誠也はいつでも攻撃に対応できるように臨戦態勢をとっていた。

 騎士は素早い動きで正面から肉薄してくるなりロングソードを振り下ろしてきた。

「戦いの合図もなしかよっ!」

 誠也はギリギリのところで真横に転がって斬撃をかわしたためにジャスト回避を達成し、ステルスが発動して体が透明になる。騎士が振り下ろしたロングソードは剣風を起こして土埃が宙に舞った。

 誠也は三十秒間の透明化を利用して騎士の側面に回り込んだ。すかさず短剣の切先を鎧の脇の下にある隙間を狙って突き立てる。左右の腕を交互に突き出して刺突を数発ほど繰り出した。血しぶきが出たが見た目ほど敵の体力ゲージは減っていない。しかし、相手の名前の末尾に毒状態を表すドクロマーク、出血状態を表す赤い水滴マークが付いていた。よく見ると騎士の体力ゲージが数ミリだけ減少し始めている。

 誠也は透明化が終了したので後方に下がって敵と間合いをとった。

 これならいける!

 誠也がそう思った瞬間、突如として騎士の全身が赤いオーラに包まれ、それまで緩慢だった動きが俊敏なものに変化した。凄まじいスピードで盾を前面に突き出した格好で突進してくる。あまりにも早いので対応が追いつかずに回避が出遅れてしまい、敵の盾が誠也の肩に接触した。わずかに擦れただけなのだがトラックに跳ね上げられたような衝撃があり、誠也は宙へ打ち上げられて地面に叩きつけられた。騎士は土煙を巻き起こしながら誠也を跳ね上げた後、そのまま直進したが闘技場の壁まできたところで反転。再び誠也を狙って突進してくる。

 騎士との衝突まであと4メートルの距離。誠也はすぐに起き上がると何か使える道具はないものか懐を探る。懐からポポにもらった黒い球体が出た瞬間、そのアイテムの真上にマジックボム【爆発】と表示された。マッジクボムというのは爆発の魔法を込めた爆弾である。ゲームにも登場したが大して特別なものではない。マッジクボムには種類があり、誠也は煙幕の効果を込められたものを使ったことがある。

「これは使えそうだな」

 誠也はマジックボムを掴むと頭上に掲げ、野球で投手がボールを投げるような姿勢をとった。

 騎士はこちらにどんどん接近してくる。

 相手との距離5メートル。

 徐々に距離が縮んでいく。

 相手との距離3メートル。

 騎士との衝突まで1メートルをきった時、誠也は掴んでいたマジックボムを渾身の力で相手の足元に投げ込んだ。

 ボムが地面と衝突して爆発した。爆破によって巻き起こった凄まじい衝撃波が騎士を巻き込んだ。騎士の体は空中に打ち上げられた後に地面へ叩きつけられた。同時に持っていた盾は破壊され、ロングソードは地面に突き刺さった。

 誠也は仰向けで倒れ込んだ騎士に向かって駆け出した。疾風のごとき速さで相手に近づくなり馬乗りになって喉元を掻っ切ろうとした。だが、前触れもなく動き出した騎士に蹴り飛ばされた。

 騎士はむくりと起き上がって地面に突き刺さった剣に手を伸ばす。そうして、しっかりと柄を握り締め、地面を蹴り上げて空高く飛び上がる。恐ろしい跳躍力だ。

 騎士は上空で両手に持った剣を逆手に持ち替え、剣の切先を地上に向けたまま起き上がった誠也の頭上を目がけて落下。

誠也は逃げ遅れてしまい、その体は砕け散って灰となった。


 あっと誠也は叫んでベッドから飛び起きた。

 ポポは相変わらず誠也を眺めていた。

「いまのは仕方ないわね。説明するのを忘れていたけど、一戦につきロストしていいのは三回までよ」

「マジか……トライアンドエラーも限界があるのか?」

「そりゃあ、そうよ。じゃあ、気合をいれて頑張りなさい」

「気をつけて行ってきます」

 誠也は気合いを闘技場へ戻ることにした。


 闘技場の上空は夕陽によってあかね色に染まっていた。わずかに風が吹いている。

 建築様式は古代ローマ風の円形劇場型であり、石材とレンガでしっかりと組み上げられていた。中心には砂土を敷き詰めた決闘場があり、その周囲を観客席が円状に取り囲む造りになっていた。さらにその外周を三層の高い壁が取り囲んでおり、壁には彫刻が施されたアーチや柱で装飾されていた。

 だが、辺りは荒涼としていた。

 壁面にはいくつもの亀裂や穴が生じており、柱には植物の蔓が巻きついていた。

 観客席には誰もいない。

 誠也が到着するとすでに第一の英傑が待ち構えていた。

 英傑は黄金に輝く鎧兜を身につけていた。兜はフルフェイスなので顔は見えない。左手にカイトシールドアーモンド形の盾、右手に全長の幅が80センチあるロングソード先端が鋭角で幅広な直剣を握り締めていた。

 誠也のインターフェースでは相手の頭上に〈偽証の聖騎士〉と表示されていた。名前の下に体力ゲージが表示されている。

 偽証の聖騎士は赤いマントを風に靡かせながら近づいてくる。

 ガシャ。ガシャ。ガシャ

 金属の鎧が揺れ動く音。

 誠也は腰の左右に佩刀していた短剣の柄を掴んで引き抜く。黒い刀身が紫色の光で明滅を繰り返す怨嗟の短剣。鮮血で染まったように赤いブラッドダガー。いずれも敵に継続ダメージを与える武器。

 誠也はいつでも攻撃に対応できるように臨戦態勢をとっていた。

 騎士は素早い動きで正面から肉薄してくるなりロングソードを振り下ろしてきた。

「戦いの合図もなしかよっ!」

 誠也はギリギリのところで真横に転がって斬撃をかわしたためにジャスト回避を達成し、ステルスが発動して体が透明になる。騎士が振り下ろしたロングソードは剣風を起こして土埃が宙に舞った。

 誠也は三十秒間の透明化を利用して騎士の側面に回り込んだ。すかさず短剣の切先を鎧の脇の下にある隙間を狙って突き立てる。左右の腕を交互に突き出して刺突を数発ほど繰り出した。血しぶきが出たが見た目ほど敵の体力ゲージは減っていない。しかし、相手の名前の末尾に毒状態を表すドクロマーク、出血状態を表す赤い水滴マークが付いていた。よく見ると騎士の体力ゲージが数ミリだけ減少し始めている。

 誠也は透明化が終了したので後方に下がって敵と間合いをとった。

 これならいける!

 誠也がそう思った瞬間、突如として騎士の全身が赤いオーラに包まれ、それまで緩慢だった動きが俊敏なものに変化した。凄まじいスピードで盾を前面に突き出した格好で突進してくる。あまりにも早いので対応が追いつかずに回避が出遅れてしまい、敵の盾が誠也の肩に接触した。わずかに擦れただけなのだがトラックに跳ね上げられたような衝撃があり、誠也は宙へ打ち上げられて地面に叩きつけられた。騎士は土煙を巻き起こしながら誠也を跳ね上げた後、そのまま直進したが闘技場の壁まできたところで反転。再び誠也を狙って突進してくる。

 騎士との衝突まであと4メートルの距離。誠也はすぐに起き上がると何か使える道具はないものか懐を探る。懐からポポにもらった黒い球体が出た瞬間、そのアイテムの真上にマジックボム【爆発】と表示された。マッジクボムというのは爆発の魔法を込めた爆弾である。ゲームにも登場したが大して特別なものではない。マッジクボムには種類があり、誠也は煙幕の効果を込められたものを使ったことがある。

「これは使えそうだな」

 誠也はマジックボムを掴むと頭上に掲げ、野球で投手がボールを投げるような姿勢をとった。

 騎士はこちらにどんどん接近してくる。

 相手との距離5メートル。

 徐々に距離が縮んでいく。

 相手との距離3メートル。

 騎士との衝突まで1メートルをきった時、誠也は掴んでいたマジックボムを渾身の力で相手の足元に投げ込んだ。

 ボムが地面と衝突に爆発した。爆破によって巻き起こった凄まじい衝撃波が騎士を巻き込んだ。騎士の体は空中に打ち上げられた後に地面へ叩きつけられた。同時に持っていた盾は破壊され、ロングソードは地面に突き刺さった。

 誠也は仰向けで倒れ込んだ騎士に向かって駆け出した。疾風のごとき速さで相手に近づくなり馬乗りになって喉元を掻っ切ろうとした。だが、前触れもなく動き出した騎士に蹴り飛ばされた。

 騎士はむくりと起き上がって地面に突き刺さった剣に手を伸ばす。そうして、しっかりと柄を握り締め、地面を蹴り上げて空高く飛び上がる。恐ろしい跳躍力だ。

 騎士は上空で両手に持った剣を逆手に持ち替え、剣の切先を地上に向けたまま起き上がった誠也の頭上を目がけて落下。

 誠也は致命傷を回避したものの、回避が出遅れて体力を三分の二を失った。


【体力】   780/260 ■■■■□□□□□□□□

【スタミナ】 990/440 ■■■■■□□□□□□□


 騎士の体力ゲージはあと数ミリしか残っていないが、同じ攻撃を喰らったら確実に即死だ。

 騎士は三度ジャンプ攻撃を仕掛けてきた。誠也は相手の挙動を把握して必死に走り回り、どうにか避け続けたがスタミナの自動回復が追いつかず、いつまで続けられるか分かったものではなかった。

 騎士は四度めのジャンプ攻撃を開始した。誠也は相手が落下する寸前に断罪の短剣を取り出し、当たる確率は低そうだったがそれをダーツのように騎士の兜の覗き穴へ投げ込んだ。すると見事に兜の覗き穴に短剣が入り込み、切先が相手の片目に突き刺さる。騎士はこの攻撃に耐えきれずに呻き、落下の衝撃にそなえるための受け身が取れないまま急降下していった。

 誠也は下敷きにならないように後方へ飛び退った。それとほぼ同じタイミングで轟音がとどろいた。

 近づいてみると騎士がぐったりしていた。さっきまで黄金に輝いていた鎧兜は酸化したように錆びついてしまった。まるでメッキが剥がれた金属のガラクタだ。

 誠也が相手の首筋に短剣を突き立てようとした瞬間、さらに兜兜は灰になって崩れ落ちた。騎士の素顔が露わになった時、誠也は絶句してしまった。

 蒼白な顔でこちらを見つめているのは死んだはずの父親だった。だが、それはありえないことだった。しっかりと遺体をこの目で確かめたし、とっくに火葬だって済んでいる。

 ……なのにどうして?


 誠也の父親は二年前に亡くなった。

 自殺だった。

 父親は古生物学者としては有名な人物だった。新種の恐竜の化石を発見したことでマスコミでも頻繫に取り上げられていた。誠也はそんな父親に憧れていた。父親の影響で小さな頃から恐竜が好きだった。小学生の時に「ぼくもお父さんみたいな古生物学者になるんだ!」と行ったことがある。すると父親は「そうか。そうか」と嬉しそうな顔で何度も頷いていたのを記憶している。

 だが、三年前に化石発掘の捏造疑惑が持ち上がった。一時は好意的だったマスメディアは疑惑が深まるにつれて激しくバッシングするようになり、最終的に学会からも追放されてしまった。

 誠也は学校で噓つきの息子というレッテルを貼られていじめられるようになった。それがきっかけで不登校が続くようになった。

 誠也は父親に質問したことがある。

 本当に捏造をしたのか?

 マスコミのでっち上げじゃないのか?

 父親はただ一言、「誠也。すまなかったな」というだけだった。

 結局、父親は真相を語らぬまま自殺した。

 ある日の朝。書斎で首を吊って死んでいた。発見したのは母親だ。母親はその日から精神状態が不安定になり、定期的に精神科を通わなければいけない状態になった。


 父親の顔をした偽証の聖騎士は誠也を見つめると弱々しい声で言った。

「す……ま……な……い」

「お前は親父なんかじゃない!」

 誠也は戦った相手が父親の顔をしていたことにひどく動揺した。これが本物の父親ではないと理解しているつもりだったがとどめをさすことに戸惑いはあった。だが、こいつを殺さなければ先には進めない。腕を振るわせながらもどうにか右腕に握った短剣で相手の喉もとを切り裂いた。騎士は口からごぼごぼと血を吐いて絶命した。それとほぼ同時にその亡骸はロングソードと一緒に黒い泥となって消滅した。

 後味の悪い戦いとなったが一人目の英傑を討ち倒した。

 誠也は騎士が倒れた場所に落ちていた断罪の短剣を拾い上げた後、ちょうど目の前の地面に出現した転送装置を踏んで休憩室へと戻された。



 部屋に戻った後、誠也はポポの治癒術によって体力が回復した。だが、膿んだ傷口に触れられたような気分がして苦悶の表情を浮かべていた。暗い感情が心の中で渦巻いている。

「あんた、ずいぶんとひどい顔をしているわね」

「何であいつの顔が親父なんだよ!」

「あれは敵の作戦に決まっているわ。あんたの弱い心を読んで油断させようとしたのよ。生き残りたければ感情を捨てなさい」

「わかっているよ」

 誠也は闘技場へ向かうことにした。


 辺りは宵闇に包まれていた。だが、闘技場の上空に現実では考えられないほど巨大な満月が浮かんでおり、その青白い光が周囲を照らしていた。

 闘技場で待ち構えていた二人目の英傑は女だった。黒いドレスの上に赤いポンチョ型のマントを羽織り、地上から二メートルほど浮いている。月を背にして闇夜の空中で静止したまま浮遊するその姿は幽鬼のようだった。背中まで長く伸びたブロンド髪の欧風の女で鼻筋がよく通った端正な顔立ちをしているのだが、両目は閉じたまま瞼を縫われていた。顔の頬は痩せこけ、首や腰も枯れ枝のようで痛々しい。首には金の十字架ネックレス。手には先端が三日月型の飾りをほどこした錫杖。

 その頭上には〈業火の魔女〉と表示されていた。

 魔女は二メートル下の地上にいる誠也の気配を察知した。口早に詠唱すると彼女の周囲に複数の火の玉が出現し、それらはまるで意思があるかのように高速で誠也を目がけて飛んでいく。

 誠也は避けようと思ったのだが逃げ遅れてしまい、まともに火球を喰らって爆死した。


 はっと誠也はベッドで目覚めた。さすがにもう慣れている。

 「また死んだんだな」

「そうね。確かにあの魔女強いわ。長期戦は無理かもね」

「短期決戦を狙ってみるか」

 誠也は闘技場へ向かうことにした。

 

 辺りは宵闇に包まれていた。だが、闘技場の上空に現実では考えられないほど巨大な満月が浮かんでおり、その青白い光が周囲を照らしていた。

 闘技場で待ち構えていた二人目の英傑は女だった。黒いドレスの上に赤いポンチョ型のマントを羽織り、地上から二メートルほど浮いている。月を背にして闇夜の空中で静止したまま浮遊するその姿は幽鬼のようだった。背中まで長く伸びたブロンド髪の欧風の女で鼻筋がよく通った端正な顔立ちをしているのだが、両目は閉じたまま瞼を縫われていた。顔の頬は痩せこけ、首や腰も枯れ枝のようで痛々しい。首には金の十字架ネックレス。手には先端が三日月型の飾りをほどこした錫杖。

 その頭上には〈業火の魔女〉と表示されていた。

 魔女は二メートル下の地上にいる誠也の気配を察知した。口早に詠唱すると彼女の周囲に複数の火の玉が出現し、それらはまるで意思があるかのように高速で誠也を目がけて飛んでいく。

 誠也は駆け出した。迫りくる火球を躱しながら闘技場内を走り回る。受け流された数発の火球が立て続けに爆発して轟音が響き渡った。さらに追撃があるかと思いきや司祭は再び詠唱を始める。詠唱なしに魔法を連続で行使することは不可能らしい。

 誠也は攻撃のチャンスを逃すまいと空中へ躍り上がって魔女に斬りかかった。逆手に持った短剣の切先が相手の腹を連続で突き刺していく。これにはさすがの魔女も怯んで詠唱を中断し、出血した腹部を抑えながら後方に退いた。

 誠也は飛びかかり攻撃を成功させ、受け身を取りながら地面に転がり落ちる。この襲撃によって女司祭の体力ゲージが半分をきった。

 魔女は攻撃を受けて怒り狂い、縫われていた両方のまぶたをかっと見開いた。いずれの眼窩にも眼球などなく、黒い穴がぽっかりとあいている。その両目から突然、青い光線が誠也にむけて一直線に発射された。光線は破壊力を持つレーザーであった。一直線に放射された二対のレーザーは観客席の一部を崩壊させた。誠也はどうにかレーザー攻撃をどうに躱してほっと溜息を吐いた。だが、それだけでは終わらず、魔女は破壊レーザーを目から放射したまま首を振り回し始めた。首が回るたびにレーザーも回転しながら闘技場全体を破壊していく。

 誠也は戦いが長期化すれば不利になると判断した。そこで短期決戦するために躊躇なく駆け出した。敵をめざして一心不乱に走り続ける途中、彼は胸をレーザーで撃ち抜かれて死亡した。


 誠也は休憩室のベッドで目覚めた。傍らにはポポが待機していた。

「さすがにいくら短期決戦でも無茶し過ぎね」

「やっぱりそうか」

「そうね。仕方ないからこれをあげるわ」

 ポポは顔のない薄汚れた人形を手渡した。

「なにこの汚れ人形?」

「あんた失礼ね。今、使い方を教えるからしっかりと聞きなさい」

誠也はポポにアイテムの正しい使い方を習った後、再び闘技場へ戻っていった。

 

  辺りは宵闇に包まれていた。だが、闘技場の上空に現実では考えられないほど巨大な満月が浮かんでおり、その青白い光が周囲を照らしていた。

 闘技場で待ち構えていた二人目の英傑は女だった。黒いドレスの上に赤いポンチョ型のマントを羽織り、地上から二メートルほど浮いている。月を背にして闇夜の空中で静止したまま浮遊するその姿は幽鬼のようだった。背中まで長く伸びたブロンド髪の欧風の女で鼻筋がよく通った端正な顔立ちをしているのだが、両目は閉じたまま瞼を縫われていた。顔の頬は痩せこけ、首や腰も枯れ枝のようで痛々しい。首には金の十字架ネックレス。手には先端が三日月型の飾りをほどこした錫杖。

 その頭上には〈業火の魔女〉と表示されていた。

 魔女は二メートル下の地上にいる誠也の気配を察知した。口早に詠唱すると彼女の周囲に複数の火の玉が出現し、それらはまるで意思があるかのように高速で誠也を目がけて飛んでいく。

 誠也は駆け出した。迫りくる火球を躱しながら闘技場内を走り回る。受け流された数発の火球が立て続けに爆発して轟音が響き渡った。さらに追撃があるかと思いきや司祭は再び詠唱を始める。詠唱なしに魔法を連続で行使することは不可能らしい。

 誠也は攻撃のチャンスを逃すまいと空中へ躍り上がって魔女に斬りかかった。逆手に持った短剣の切先が相手の腹を連続で突き刺していく。これにはさすがの魔女も怯んで詠唱を中断し、出血した腹部を抑えながら後方に退いた。

 誠也は飛びかかり攻撃を成功させ、受け身を取りながら地面に転がり落ちる。この襲撃によって女司祭の体力ゲージが半分をきった。

 魔女は攻撃を受けて怒り狂い、縫われていた両方のまぶたをかっと見開いた。いずれの眼窩にも眼球などなく、黒い穴がぽっかりとあいている。その両目から突然、青い光線が誠也にむけて一直線に発射された。光線は破壊力を持つレーザーであった。一直線に放射された二対のレーザーは観客席の一部を崩壊させた。誠也はどうにかレーザー攻撃をどうに躱してほっと溜息を吐いた。だが、それだけでは終わらず、魔女は破壊レーザーを目から放射したまま首を振り回し始めた。首が回るたびにレーザーも回転しながら闘技場全体を破壊していく。

 誠也は戦いが長期化すれば不利になると判断した。そこで短期決戦するために躊躇なく駆け出した。敵をめざして一心不乱に走り続ける途中、何度もレーザーが彼の首や胸を貫通したが本人は動じない。それどころか完全に無傷であった。

 誠也は敵との距離を一気に縮めて急接近した。すると突然、破壊レーザーの照射が停止し、魔女が空中に浮いたままの状態で悶え苦しみだした。しばらく苦しんでいると彼女の胸に無数の風穴があいて大量の血液が噴出。最終的に魔女は金切り声で叫んだ後、天井から吊るされていたマリオネットのように地面へと落下した。頭から落下したために頭蓋骨が砕け、脳漿や血液が地面に飛び散る。

 誠也が落下地点に向かうと辺りは血の海になっていた。体の原型はとどめていたがすでに息絶えている。胸に風穴が空いた時点で致命傷を負っていたのかもしれない。

 こうして第二の英傑は敗北の理由も分からぬまま倒れた。

 「これがなかったら、こっちが死んでいたな」

 誠也は懐から小さな木製の人形を取り出した。人形はデッサン人形のように顔がない。胸にはレーザーが貫通したように複数の穴が開いており、傷口は少し焼け焦げていた。この人形はポポがくれた「呪術返しの木人形」というアイテムである。短時間ではあるが持っていると魔法攻撃によるダメージを無効化し、さらにその所有者が受けダメージを敵の魔法詠唱者に時間差で与えるという効果がある。無敵だが効果時間は短いので使いどころを間違えていたら無駄死になっていた。

 誠也が死亡確認を済ませてその場から立ち去ろうとした瞬間、見覚えがない記憶が流れ込んできた。


 業火の魔女アナスタシアはカトリック教会の敬虔な修道女だった。大貴族の令嬢に生まれたが市井の民に差別意識をもっていなかった。慈悲深い性格で十五歳から教会が行っている貧民への炊き出しを手伝ったり、孤児院の子供たちの世話を積極的に行っていた。

 成人を迎えた年、アナスタシアは父親から王族との縁談をすすめられた。だが、彼女はきっぱりと縁談を断り、終生誓願を立ててカトリック教会の修道女となった。

 アナスタシアは孤児院の子供たちから母のように慕われ、街の住民からも信頼を寄せられていた。

 ある日、彼女が所属していた教区の街に異教徒の軍勢が侵攻してきた。街の守備兵の数が足りず、敵に城壁を突破されてしまった。その結果、敵軍が市街地になだれこんで多くの一般市民を虐殺。民家や商店などの建物に放火までされて街は地獄と化していた。

 その日、教会に朝の礼拝で集まっていた人々も犠牲になった。だが、アナスタシアは教会にいた子供たちだけでも助けようとした。アナスタシアは子供たちを庇おうとして敵の槍に貫かれてしまう。意識が朦朧とする中、彼女の耳に殺されていく子供たちの断末魔の声がこだましていた。

 敵の兵士たちは金庫の財産を奪い取った後、教会に火をかけてその場から立ち去った。

 アナスタシアは希望を失った。子供たちの未来こそが世界の希望だというのに……。

 神はどうして彼らを救ってくださらないのか?

 私の犠牲に意味などなかった。

 アナスタシアの心の内に深い絶望と闇が沸き起こった。それはまるで純白のシーツにぶちまかれた赤ワインが染み込んでいくように一気に広がる。彼女の慈悲深かった心は闇に塗りつぶされて敵への強い憎悪に支配されてしまった。

 気がつけば悪魔に復讐の力を求めており、その願いは即座に魔王サタンの耳に届いていた。

「よかろう。汝に虐殺の秘術を与える」という囁く声は彼女に人知の及ばぬ力をもたらした。

 それは魔術であった。異教徒の軍勢を焼き尽くす業火の炎。

 アナスタシアは炎に包まれた教会から無傷の状態で飛び出した後、異教徒の軍勢を炎によって嬲り殺していった。最初は復讐であったが、命乞いをしてきた敵兵が消し炭のように散るさまを見ていたら復讐は愉悦に代わっていた。子供が興味本位から虫を捕まえ、手足をもいで面白がっているのに似ていた。無垢と純粋さには異常なまでの残酷さがあり、満足するまでやめることはできない。彼女にとっての満足とは異教徒の軍勢がすべて死ぬ時であった。

 アナスタシアは幽鬼のように空中を飛び回って敵を追いかけ続けた。虫けらの群れを火で焙るように焼き殺した。彼女は一部隊を潰すたびに微笑んだ。その瞳には凶器が宿っていた。

 そして、最後は親衛隊と共に馬に乗って移動していた将軍を発見し、頭上から火球を降らせて灰にした。これで満足するかに思われたが彼女の凶行は終わらなかった。

 戦争が終わった後もアナスタシアは街道沿いの村に出没しては村人を殺した。アナスタシアをどうにかして欲しいという住民の訴えを耳にした教皇庁は武装した異端審問官とエクソシストで構成された部隊を編成し、被害が多発している地域に派遣して対処した。

 その結果、激戦が繰り広げられて部隊員に多数の死傷者が出たものの、アナスタシアをどうにか破って拘束した。そして、彼女は異端審問に魔女として裁かれて両目を潰された上で火刑に処された。両目を潰されたのは彼女の目が邪眼であり、死に際に睨まれて呪われないようするためとされているが真実は定かではない。ただ、確かなのは灼熱の炎に苦しみながら地獄に落ちていったということである。

 これは業火の魔女が見た走馬灯なのだろうか?

 誠也にとっては見覚えのない記憶のはずなのにどこか既視感があり、不思議と涙が込み上げてきた。どこか他人の記憶とは思えない懐かしさと悲しさ感じる。誠也はまた複雑な感情を抱きながら休憩室に転送された。


 休憩室に戻ると誠也はずっと無言でベッドの上で寝転がっていた。負傷してはいないので治療も必要ないのだがぐったりしていた。魔女の走馬灯を見てから気分が落ちているのかもしれない。ポポに話しかけられても相手にする気にはなれなかった。

 それでもポポは助言をくれた。次の相手に小細工は必要ないがそれは弱いということではなく、単純に強いということらしい。近接戦闘の基本的な能力を試される戦いになるということだった。

 正面から接近して戦うなど盗賊にとっては高難易度のミッションだと言えるが彼にはやる道しかなかった。すべては自由を手にするためである。


 闘技場は先の戦いで一部が崩落し、石材やレンガの破片が地面に飛び散っていた。そのせいでさらに廃墟感が増しているようだった。

 空には相変わらず巨大な月が浮かんでいる。

 誠也が闘技場に足を踏み入れた瞬間、頭上から大斧が振り下ろされた。とっさに真横へ転がって攻撃を避けた。寝転がった姿勢から起き上がるついでに攻撃してきた相手を確認してみると、それは長身で屈強な体躯をした白人の男だった。長髪の赤い髪を靡かせながら凄まじいスピードでさらに追撃してきた。ただ力任せに大斧を勢いよく薙ぎ払っただけの攻撃だが柄の長さは150センチもあるためにリーチはかなり長かった。これを躱すのは容易ではない。

誠也は素早くステップを踏みながら後方に逃れたものの、敵の薙ぎ払いから生じた鎌鼬を受けて手足に浅い傷を負ってしまった。即座に頭巾を外して二つの布に切り裂いて止血した。

 「ほう。俺の攻撃を避けるとは大したものだな」

 赤髪の男は白い歯を剝き出してニヤリと笑った。上半身は袖まであるコート型のチェインメイルを装着。その上から狼の毛皮でできたマントを羽織り、下半身には革のズボンとブーツを履いていた。肩に担いでいる大斧はバルディッシュと呼ばれる戦斧である。半月状になっている斧の先端部分は分厚くて重量があり、遠心力を利用して打ち下ろすだけでも容易く相手の頭蓋骨を叩き割れる恐ろしい凶器だ。こんなものを頭に喰らったらただでは済まないだろう。

 赤髪の戦士は少しも疲れを見せずにさらに攻撃を仕掛けてきた。今度は長い柄で棒術のように突いてきたり、先端を振り下ろし攻撃を連続で繰り出してくるなどとにかくパワフルであった。

 誠也も敵の攻撃した直後に生まれる隙を利用して反撃した。だが、チェインメイルの鎖のせいで短剣の刃が相手の肉体に届かなかった。試しに投げナイフを投擲してみたがすべて弾かれてしまった。つまり聖騎士のように断罪の短剣を投げて怯ませることはできないことを意味している。

 そうなるとあとは相手の手先や顔を斬りつけ、短剣に付与されている出血と毒の力で徐々に弱らせていくという戦法になるのだがそれには懐に入らないと難しい。何しろ相手の持っている武器はリーチがあるために間合いを詰めるのはかなりリスクが高かった。

 攻撃を回避しながら思考を巡らしていた誠也の視線が地面に向けられた。視線の先にあったものは砕けた瓦礫の破片であった。どれもバスケットボールぐらいの大きさで重量もそれなりありそうだ。

 投げ投げナイフほど楽ではないが投擲スキルに対応できる投射物として重い部類に該当するが投げられそうであった。破片自体は脆くなっているために外しても粉塵が飛び散り、それが目潰しとして機能するかもしれなかった。

 それじゃあ、さっそくやってみますか?

 誠也は短剣を両腰に差している鞘に納めるとステップを踏みながら動き回って相手の攻撃を誘発させた。それによって生じた隙に瓦礫の破片を両手で持ち上げ、相手に勢いよく投げつける。

 赤髪の戦士は反射的に打ち返す動きをしたが、柄の先端に当たった破片は予想通りにそのまま砕け散った。空中に粉塵が舞い上がり、戦士は片手で目を抑えた。どうやら目に入ったらしい。

 誠也は攻撃チャンスを逃すまいと辺りに転がっている小ぶりの残骸を闇雲に投げ続けた。さすがの屈強な戦士もこれには怯んで態勢を崩し、膝を地面についた状態で俯いた。

 誠也は短剣を両手にすると疾風のごとき速さで襲撃した。左右に持った短剣を交互に動かして相手の両手を斬りつけた。そして、さらに戦士の顔に短剣をぶち込んだ。短剣の切先が左右の眼球に突き刺さって血が吹きあがった。

「ヌアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 赤髪の戦士は声にならない声で叫んだ。

 誠也は相手の両目に突き刺した短剣をえぐるように引く抜いて後方へと飛び退った。

 戦士は戦斧を落とすと思われたが歯を食いしばり、痛みに耐えながら起き上がった。そして、野獣のような咆哮を上げる。

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 戦士は視覚を奪われながらも両手で戦斧を握り締め、全身から赤いオーラを放ちながら誠也に向かってきた。臭いと気配で位置を察知しているらしい。だが、明らかに精神状態が不安定になっており、思考力も低下しているようだ。手負いの獣は危険だが平常心を失っているため、罠にハマりやすいのもまた事実である。

 誠也は観客席の階段に飛びあがると今にも崩れそうな高壁の前に立って戦士を誘導した。戦士は誠也を追いかけ、高壁の方向を目指して凄まじいスピードで突進していった。誠也は戦士と肉薄する寸前で相手の股を潜り抜けて後方に逃れたことで攻撃を回避できた。そのまま観客席から1メートルしたの地面に転がり落ち、高壁が落ちてこない場所まで走り続けた。

 その直後、轟音と共に高壁が崩れ落ちた。赤髪の戦士は突然のことに対応できぬまま崩落してきた壁に押し潰されて絶命した。

 誠也は立ち止まって振り返えるとため息をついた。

「ふう……ギリギリ間に合ったか」

 彼の鼓動は未だに早鐘を打ち続けている。敵を罠に嵌めるのはいい考えだが大きな賭けでもあった。敵の誘導、壁が崩落するタイミング、安全圏までの避難。これらはどれも失敗した可能性があり、仮に敵を崩落に巻き込めても自分が逃げられなければ意味はない。死んでしまったら失敗であり、自由は儚い希望で終わってしまうのである。

 誠也は自分の幸運さに驚いているとまた見覚えのない記憶が流れ込んできた。

 赤髪の戦士の走馬灯であるらしい。


 赤髪のエイムンドは勇敢なヴァイキング戦士であった。十歳の時に族長であった父ラグナルを敵に殺された過去を持つ。

 彼は父親の代わりに族長の座を引き引き継いだ叔父バルドに育てられた。バルドはエイムンドを実の息子のように可愛いがりつつ、将来は立派な戦士となるように時には過酷な戦闘訓練を強いて厳しく指導した。

 その結果、エイムンドは18歳には屈強な戦士に成長していた。エイムンドはバルドと共に部隊を率いて周辺地域の敵対部族の平定に乗り出した。

 ある時、エイムンドの集落が同盟を組んでいたはずの部族に包囲された。バルドと軍の主力部隊が他の地域に遠征中だと知っていての裏切りであった。集落の守備兵はわずかしかおらず、食料も底を尽きかけていたので絶望的な状況だった。エイムンドは戦斧を手に取って馬に跨ると単騎で血路を開いて包囲中の集落を脱出し、味方の密偵から得ていた情報をもとに敵の宿営地を目指して疾駆した。

 そして、敵の宿営地に辿り着いた彼は死を恐れずに単独で襲撃を仕掛ける。野獣のような冷酷さと獰猛さで大軍の敵兵を嬲り殺し、ついには敵の族長の首を見事に討ち取った。

 エイムンドは敵の族長の首を持って自分の集落に駆け戻り、包囲網を敷いていた敵軍の一部隊に持っていた首を投げ込んで叫んだ。

「お前たちの族長の首、このエイムンドが討ち取った! 指揮官は死んだ。これ以上の流血を見たくなければ撤退せよ!」 

 敵部族の兵士たちは首を見て恐れおののき、即座に包囲を解いて逃げ去った。この戦いによってエイムンドは味方から偉大なる狂戦士と褒め讃えられ、敵からは神獣フェンリルの化身と畏怖された。

 その後も彼は緒戦において部族を勝利へと導き、十年後には見事に周辺地域を平定した。こうしてヴァイキングの王国が出来上がり、どの部族の住民も平和な時代を願った。

 だが、悲劇は戦勝祝賀会の夜に起こった。その夜、酒宴に集まった人々のほとんどが酔いつぶれた頃にエイムンドは父親の代から族長の側近を務めてきた老人に声をかけられた。

「エイムンド様。重要な話がございます」と別室に呼ばれた。そこで老人の口から衝撃的な事実を伝えられた。

 父ラグナルを殺したのは叔父バルドだった。バルドは前々から自分が族長の座につくために暗殺を計画していたという。わざと敵対部族の者に金を渡して釈放し、ラグナルを襲撃させたというのだ。

 その後、バルドは口封じのために暗殺の犯人を始末し、素知らぬ顔で自らは族長の座についた。老人はすべてを知っていたがバルドに家族を人質に取られており、事実を部族会議で告発することができなかったという。ここで告白したのはエイムンドにバルドを討ち取り、新たな族長となってもらいたいからだと言った。エイムンドは老人に黙って頷くとそののまま族長の部屋に駆け込み、腰に差していた剣を抜刀してバルドに斬りかかった。バルドもこうなると悟っていたかのように動揺せず、冷静に自らも剣を手にして応戦する。二人は刃を交えながら対話した。

 エイムンドが斬りかかり、怒気を込めて問い詰める。

「叔父上。何故、父上を殺した!」

「お前の父親は優しすぎたのだ。あれでは他の部族どもを圧倒し、周辺地域を平定することなどできなかったわ!だから奴には死んでもらい、わしが族長になったのだ」

 とバルドは臆することもなく不敵に笑みを浮かべて平然と言い放った。

「では何故、父ラグナルの息子である俺を殺さなかった?」

「それはな」とバルドは子を愛しむ親の顔になって語り続ける。

「お前には王の素質があると見込んでいたからだ。子供の時からその瞳には覇気が宿っておった。だからわしはお前を屈強な戦士に育てたのだ。いずれはこの地域の王とするためにな……それにしてもエイムンド、お前は立派な男に成長したな。いいだろう。わしを殺してお前が王になれ」

 バルドは剣を鞘に納め、両手を開いて優しく微笑んだ。

 エイムンドが剣を手に躊躇していると突然、背中に激痛が走った。焼けるような熱さも感じた。振り返るとそこに佇んでいたのはバルドの娘であった。彼女の手には血が滴る短剣が握られている。どうやらバルドを助けようと思ってエイムンドの背中を刺したらしい。

 歴戦のエイムンドも少し酒が回っていたために不意打ちに対応できなかった。彼は致命傷を負ってしまい、そののまま崩れるように倒れ込んだ。バルドは罵声を浴びせながら娘を殴りつけた。

「この愚か者が!エイムンドを殺してはならん。わしはこの男に殺されなければならんのだ」

 バルドはエイムンドに駆け寄って抱きかかえ、涙をながら深く誤った。

「エイムンドよ。すまぬ。わしのやり方は間違っておったのかもしれん……」

「叔父上……戦士に涙は不要。男が一度選んだ道を後悔してどうするのです。この戦いはヴァルハラにて決着をつけましょうぞ……」

「そうだな……ラグナルの前で我ら二人、オーディンの戦士として戦おうぞ!」

 エイムンドはその言葉に安堵したのか、そののま眠るように息を引き取った。享年31歳。

 短くも激動の人生であった。彼にとって唯一の後悔は父の仇である叔父を憎み切れず、殺すこともできなかった己の弱さだったかもしれない。

 エイムンドの葬儀は盛大に執り行なわれた。

 葬儀の後、バルドは部族会議にて自らの罪を告白し、長老たちの裁定によって絞首刑にされた。


 誠也は涙を流していた。

 この記憶も見覚えはないが懐かしを感じられた。

 英傑を討ち倒すたびに流れ込んでくる記憶はなんなのだろうか?

 この苦しさと悲しさが入り混じった感情はなんだろう?

 分からない。

 わからないが誠也はこののま戦いを続けなければいけなかった。

 すべては自由を勝ち取るためである。

 誠也は最終決戦に備えて転送装置で休憩室に戻った。

 

 

 次はいよいよ最後の戦いとなる。

 ポポは誠也の傷を治しながら微笑んだ。

「あんたもなかなかやるじゃないの。ここまで来るとは思わなかったわよ」

「俺も驚いてるよ。実際の自分の体力と運動神経ならまず無理だろうね。でも、不思議とここではゲームのキャラみたいに動けるんだよな」

「これで傷は治ったわよ。次は最後なんだから負傷を恐れずに戦いなさい。もし、勝てたらちゃん治療してやるから」

「言われなくても分かってるさ。やるだけやってみるよ」

「あと、餞別にこれをあげるわ」とポポは誠也に一振りの長剣を渡した。

「これは?」

「次の敵は強敵よ。これぐらいのリーチがある武器じゃないと太刀打ちできやしない」

「わかった。やるだけやってみるよ」

 誠也はそう言うと長剣を背中に担ぐと転送装置を踏んで闘技場にむかった。


 闘技場はあれから長い年月が経ったように朽ち果てていた。高壁のほとんどが崩れ落ちており、観客席もほとんど崩落していてそこらじゅうに大小の穴がぽっかりと開いていた。

 天気は晴天。辺りは朝焼けの光に包まれていた。東の地平線から太陽が昇ってきた頃である。

 明るい日差しとは正反対にどす黒くも禍々しい存在が誠也の前に現れた。

 それは黒い甲冑を身に纏った騎士であった。身長も大して高くはないが全身から黒と紫のオーラを漂わせており、それがゆらゆらと揺れ動いている。フルフェイスの兜の覗穴から見える目は赤く光っていた。

 騎士は両手で握った大剣を頭上に掲げた状態で構えを取っていた。すぐにでも大剣を振り下ろそうという気迫が感じられた。

 頭上には混沌の暗黒騎士と表示されている。

 戦いはすぐに始まった。

 暗黒騎士は脱兎の如き速さで駆け出し、一気に間合いを詰めてくるなり大剣を打ち降ろしてきた。

 誠也は長剣を鞘から引き抜き、その鞘を地面に投げ捨ててすぐ相手の剣を受ける。

 鋼の刃がぶつかり合って火花が飛び散った。

 凄まじく重い剣圧であった。

 誠也は相手の剣を押し返して後方に飛び散った。だが、逃すまいと暗黒騎士は踏み込んでくる。

 両者は何度も剣で斬り結んだ。辺りに鋼同士がぶつかり合う撃剣の音が鳴り響く。

 一見すると互角のように見えるが誠也は内心、焦燥感に苛まれていた。どうにか盗賊としてのスピードを活かして応戦しているが、相手の動きが速すぎて決定的な攻撃を繰り出せる隙はない。打ちかかってくる暗黒騎士の攻撃を剣で受けるのが精一杯だった。盗賊は俊敏であるが基本は相手の不意打ちを突くことであり、敵に致命的な一撃を喰らわせて短期決戦を狙うのが前提である。騎士や戦士のように体力や守備力が高くないので持久戦には弱かった。こののま長期戦が続けば押し負けてしまう可能性が高く、そろそろ打開策をとらなければならなかった。

 誠也が打開策を思案している間も相手の攻勢に衰えはみられない。暗黒騎士はさらに剣圧を強めて大剣で打ち続ける。

 誠也はついに暗黒騎士の攻撃を受け止めきれず、手にしていた長剣を落としてしまった。暗黒騎士はその時を待っていたように大剣を突き出して追撃してきた。

 誠也は右に転がって攻撃を回避したのだが、相手の剣風に触れた瞬間、腕に深い傷が一つばっくりと開いた。

「うっ……!」

 誠也はあまりの苦痛に呻いた。左腕の傷口を見てみると煙が立ち上っており、硫酸でも浴びせられたような火傷が生じていた。どうやら暗黒騎が手にしている大剣の刀身には物体を溶かす力が付与されているらしい。そうなると軽く傷つけられただけでも危険だ。

 しかし、誠也は敵の攻撃を回避するのが精一杯であり、とても長剣を拾う隙はなかった。かといって短剣では大剣の攻撃を受け止められない。

 それなら相手の武器を奪い取るしかないな!

 誠也は成功率は一か八かの大きな賭けになるが大剣の奪取を仕掛けることにした。

 暗黒騎士が大剣を打ち下ろす瞬間、誠也は満身創痍になる覚悟で攻撃を避けるなり、大剣の柄を握っている相手の手を交差させた自分の腕で受け止めた。そうして、誠也は全力で暗黒騎士の腕をねじ上げて大剣を奪い取り、そのまま相手に薙ぎ払いの斬撃を喰らわせた。相手は重厚な甲冑で身を守っているのでその肉体を切り裂くことは不可能だが、少なくとも重量がある大剣の一撃は効果があった。甲冑の胴部分に大きな亀裂が走ったほどの衝撃は暗黒騎士を後方へ吹き飛ばした。

 暗黒騎士は大の字に倒れ込んだ。

 誠也は大剣を地面に投げ捨て、両腕に佩刀していた短剣を鞘から引き抜く。そして、相手の体に馬乗りで跨り、短剣を振り上げた瞬間、視界のインターフェースにメッセージが表示された。


 本当に相手を殺してよろしいですか? YES/NO


 「今さら何を言っているんだ」

 今まで表示されなかったメッセージである。これになんの意味があるのだろうか?

 誠也はもちろんYESを選んだ。だが、メッセージは執拗に再確認を求めてくる。

 

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?

 本当に相手を殺してよろしいですか?


 バグでも起こったように同じ確認のメッセージが続いた。最後の戦いにこれほど殺害確認を求めてくるのは一体なぜなのだろうか?

 「うるさい!俺はこいつを殺してやる」

 誠也は「YES」と何度も連呼した後、短剣を手にした腕を振り下ろし、鎧に存在する隙間に切先を突き刺していった。左の脇、右の脇、首元、胴部分に大きく開いた亀裂に連続で刺しまくった。暗黒騎士は声を発することもなく、血を流しながらもがいたがすぐに静かになった。


 あなたは相手を殺しました。くれぐれも後悔がないように


 意味ありげなメッセージは表示されてすぐに消えた。

 暗黒騎士の体力ゲージはゼロになっている。間違いなく死んでいるはずだ。だが、誠也はなぜだかわからないが相手の素顔が気になり、剣を鞘に納めた後でおもむろに兜の方に手を伸ばした。両手で兜をしっかり掴んでゆっくりと外してみる。

 素顔が明らかになった瞬間、誠也は絶句した。

 その顔は血の気が失せた中年女性のものだ。

 見覚えのある顔だった。

 触れられたことに反応したのか、女の両目がかっと見開かれた。

 誠也はあまりの驚きと恐怖で後方に飛び散って暗黒騎士との距離を開ける。

 死んだはずの女は悲しそうな顔で誠也を見つめてこう言った。

「ごめんね。母さんが悪かったね。ごめんね」

 声音は小さくてかすれているがしっかりと頭の中に入り込んできた。

「……うっ。あ、頭が痛い」

 誠也は両手で頭を抱えたままその場に倒れ込んだ。

 どこに追いやられていた記憶が洪水のように押し寄せてきた。

 誠也の記憶が蘇ってくる……。


 俺はいつものように薄い部屋で目覚めた。

 窓をカーテンで閉め切った暗い部屋。

 電源を入れたままにしてあったパソコンモニターの青白い光が煌々と周囲の闇を照らしている。

 床は空き缶と空のペットボトルや漫画雑誌が散乱していた。

 パソコンを設置してあるデスク、デスクチェアー、ベッドの周りはゴミで埋め尽くされていた。

 俺はベッド上で上体を起こし、サイドチェストに置いてあるデジタル電波時計の液晶画面へ視線を向ける。

 時刻は12時40分を過ぎた頃。

 不登校で引きこもりになってから二年目を迎えようとしている。毎日、VRのオンラインゲームを徹夜でやっているから昼過ぎに起きるのは珍しくなかった。

 空腹と喉の渇きがあったから一階のキッチンに行くことにした。階段を降りてキッチンへ向かう。

 冷蔵庫から500ミリリットルのミネラルウォーターを取り出し、ペットボトルのまま一気に半分まで飲んでからダイニングテーブルの上に置いた。テーブルの上には母親の作った朝食が用意してあった。

 父親が他界してから母親は夕方まで近所のスーパーで毎日働いている。前まで母親は顔を合わせるたびに「学校へ行きなさい」とがみがみうるさかったがいつからか何も言わなくなった。

 たぶん諦めたのだろう。

 だけど、俺だけが悪いわけではない。自分をいじめた連中と具体的には助けてくれない学校がいけないのだ。俺だってこのままだと退学になるのは理解していたけどどうしていいのかわからない。

 朝食を平らげ、飲み残していたミネラルウォーターを飲み干してから立ち上がった。

 今夜の夜食は無いものかとキッチンを物色したが目ぼしいもの見つからなかった。仕方がないので近所のコンビニまで買い出しへ行くことにした。

 近所の人に気づかれないように帽子を深くかぶり、玄関の鍵を閉めてから家の前の通りに出た。

 家から10分ぐらいの距離にあるコンビニへ行った。自動扉が開き、レジカウンターに立っている従業員が無表情で気だるそうに「いらっしゃいませ」と言った。

 店内の窓際にあるイートコーナーでは四、五人の女子高生が耳障りなほどに騒がしく雑談していたので一瞬だけ身構えたが他校の制服だと気づいてほっとした。

 昼過ぎで大したものは残っていなかったが、カップ麵やスナック菓子をレジに持っていく。代金を払って有料レジ袋に商品を詰めてもらった。そのレジ袋を受け取り、レシートとお釣りをもらってから店内をあとにした。

 帰り道。道路沿いに面した公園では幼児たちが楽しげに遊具で遊んでいた。

 幼い頃、この公園で父親とキャッチボールをしたものだ。あの頃は父親がこの世から消えるなんて想像もできなかったし、経済的に安定した家庭だったので夢見がちな子供だった。

 そんな昔を懐かしみがら帰路を急いだ。

 帰宅すると珍しく母親が帰っていた。母親の顔はげっそりとやせ細っていて血色も悪い。虚ろな目で天井を見上げながら煙草の煙をくゆらせていた。近頃は煙草の数も増えているせいか、キッチンの壁や天井はひどく黄ばんでいた。

 いつものことだが俺たち親子に会話は無い。換気扇の低い唸り声が響いていた。

 俺は無言で鍵をダイニングテーブルの上に置き、キッチンを出て廊下に入った。

 階段を目指して廊下を歩いていると突然、後方から母親の叫び声が聴こえてきた。それとほぼ同時に物音からキッチンで母親が立ち上がり、こちらに向かって駆け出しているのが分かった。

 立ち止まった時にはすでに遅かった。母親が俺の背中にぶつかってきた。ぶつかった衝撃と一緒に激痛が走り、すぐに熱いものを感じた。

 振り返ると母親が両目に涙を浮かべ、血でべっとりと濡れた包丁を両手に持った状態で佇んでいた。

 母親が俺の背中を包丁で刺したのだ。以前から精神科を通院していたのは知っていたがここまで追い詰められていたとは思わなかった。

「……ごめんね。お母さんが悪いね。ごめんね」

 母親は同じ言葉を繰り返し、泣き続けている。

 俺は衝撃的に母親から包丁を奪い取り、それで相手の腹を何度も何度も突き刺した。母親はしばらく同じ言葉を繰り返したがすぐに静かになった。

 俺は母親の体を突き飛ばした。母親の体は人形のようにだらりと床に崩れ落ちた。

 ポケットにしまってあるスマホで救急車を呼ぼとしたが足元にできあがった血溜まりで足を滑らせた。そして、そのまま仰向けの状態で転倒してしまった。

 出血量からして予想以上の致命傷を負ってしまった。

 視界が狭くなってき、意識が遠のき始めている。

 ああ……血が流れていく。

 ドクドク……ドクドク……ドクドク。

 命が失われていく。背中の傷口から血が流れ出ているのを感じる。

 ドクドク……ドクドク……ドクドク。

 俺の鼓動の音が聴こえている。

 どんどん体内から血液が流れ続け、全身が寒気に襲われた。

 ドクドク……ドクドク……ドクドク。

 ああ……視界が真っ暗になってくる。

 ああ……ドクドク。ドクドク。

 意識が朦朧として……消えていく……意識が消えて……。

 ……意識が……。



 はっと気づくと誠也は闘技場に佇んでいた。

 さっきまで身につけていたはずの装備品が消えていた。インターフェースも表示されていない。

 「そんな!……俺は死んだのか?」

 さっきまであった暗黒騎士の骸は消えていた。

 彼の前には見知らぬ女が佇んでいた。エルフのように尖った耳が特徴であった。鼻筋が通った端正な顔立ちをしており、切れ長の目に翡翠色をした瞳が輝いている。金色の長い髪も艶があって美しい。とても美人な女性なのだが物憂げな表情を浮かべていた。何がそんなに悲しいのだろうか?

「私は冥界の十人審査官の一人、シルヴィアと申します。そして、あなたはすでに死んでいる亡者です」

 その女性は涼やかな声で誠也に言った。

「えっ?」

 誠也はいきなり声をかけられて驚き、自分が死んでいることを思い出したばかりなのに訊き返してしまった。

「あなたは母親を殺し、自分自身も死にました。死後、魂は地獄の入り口に辿り着いて審査を受けることとなったのです」

「審査?」

「はい。あなたの魂が来世に人として転生させる価値があるのかを決定するのです」

「それじゃ、ここは?」

「ここはあなたを審査するために作り上げた仮想空間です。あなたが生前と同じように五感を認識できるように仮の肉体を作り、あなたの魂をそこに納めたのです」

「なるほど……それで生きていると錯覚したんですね」

「はい」

「それじゃあ、さっきまでの戦いは?」

「ゲームがお好きなあなたに合わせてシナリオを用意しました。あなたは順調に事が進んでいると思われているようですが……私は非常に残念です」

「えっ、どうして? だって勝負にかったんですよ」

 シルヴィアは「はあー」とため息を吐いた後、淡々と語り始めた。

「残念ながら戦いに勝つこと自体が失敗なのです。あれはあなたの慈悲深さを試すためのものでした。正解は他人の命を奪うことなどせずに断罪の短剣で自決することです」

「そんなってありますか?」

「しかし、本当に我々が知りたかったのはあなたが己の罪と向き合い、悔い改める気があるかという事です」

「罪って何ですか? あれは母親から仕掛けてきたことですよ」

「まだ分からないのですか……確かにあなたは母親に刺されました。ですが彼女をあそこまで追い込んだのはあなたですよ。あなたは父親の死を受け入れ、厳しい現実と向き合うべきでした。それにあなたは長男です。母親を支えてあげれば良かったのですよ……ですがあなたはすべてを両親や周囲のせいにし、自分は現実から背を向けた。これが最大の罪です。まあ……死んだあとも母親を殺した事実が嫌で記憶から一時的に消したということからも明らかでしょうね。それに仮想空間とは言っても父親と母親を殺しました」

 誠也は痛いところをきっぱりと指摘されてうなだれた。

「あのう……この後、俺はどうなるんでしょう?」

「あなたの裁定は下っています。その魂に転生する価値はなく、地獄の最深部―コキュートスの闘技場へと落とされます。そして、魂は仮の肉体に閉じ込められ、終わることのない他の亡者たちとの戦いが待ってます。死んでは苦しみながら蘇るというサイクルが永遠に続くのですよ」

「……やり直すチャンスを下さい」

「残念ながら無理ですね。何故なら我々は前世と前前世においてあなたにチャンスを与えているからです」

「前世?」

「あなたはかつてアナスタシアという修道女でした。すでにご存知でしょうが彼女はあまりにも多くの者を殺害して地獄に落ちました。重罪なので本来ならば転生は許されません。ですが己の罪を悔い改めるからと恩赦を求めてきたので我々は許可しました。二百年後、地獄から釈放されたあなたはエイムンドという男に転生しました。残念ながら善行を行わず、血生臭い戦乱の世を生き抜いただけだったので地獄に落ちました。ですが、生れ落ちてしまった時代を考えると不運です。そこで我々は最後のチャンスとして特別に地獄から魂をすくい上げ、平和な時代を選んで転生させました。それで生まれたのが今回のあなたです。正直、我々は失望しました。平和な日本に生まれていながら堕落した挙句、悲しみと憎悪にまみれて最期は暴力で終わりました。前世と何も変わっていないようです」

「そんなあ……」と誠也は崩れるような形で地面に座り込んだ。

「説明は以上になります。百日紅誠也。これよりあなたを地獄へ落とします。永久に出ることはないと覚悟しなさい」

「……た、助け……」

 誠也は必死に助けを求める。だが、シルヴィアは誠也と視線を合わせず、ひたすら詠唱を続けた。彼女の透き通った声が辺りに響き渡る。

 


我を過ぐれば憂ひの都あり、

我を過ぐれば永遠の苦患あり、

我を過ぐれば滅亡の民あり


義は尊きわが造り主を動かし、

聖なる威力、比類なき智慧、

第一の愛、我を造れり


永遠の物のほか物として我よりさきに

造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、

汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ



 シルヴィアの詠唱が完了した直後、誠也の足元に黒い影が出現した。黒い影は徐々に拡大していく。いつの間にか黒い影は誠也を中心に半径5メートルの大きさとなった。黒い円の内側は液状化してドロドロにぬかるみとなり、誠也の体が膝高さまで沈んだ。

「ひいいいっー!」

 誠也は悲鳴をあげた。彼は自分を地獄の底に引きずり込もうとしている存在を目撃してしまったのだ。それは黒い闇から出てきた千本の白い手だった。千もの白い手が伸びてきて誠也の体を掴んで引っ張ている。足、腰、胴体に次々と白い腕が伸びてきて強い力で彼を地獄に連れて行こうとしていた。

 呻き声や怨嗟の声が闇から聴こえてきた。亡者たちが地獄の地獄に連れて行こうとしているのだろう。

「いや……嫌だ」

 またたく間に誠也の体のほとんどが黒い沼に沈んでしまった。残りは顔だけとなった。

「あああああああああああああああああああああああああ!」

 誠也が断末魔の声をあげた後、 ついにその顔も黒い沼に埋没しまった。轟音と共に黒い円が収縮していき、最終的には完全消失した。

 こうして誠也の魂は地獄の深淵―コキュートスに落とされ、そこに存在する無限闘技場で他の亡者たちと終わらない戦いを強いられることとなった。

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Dark Remnant ようこそデスゲームの世界へ 黒月ミカド @kazuma1015

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