死体が握り込んでいた録音機の音声
縁章次郎
死体が握り込んでいた録音機の音声
いや、ええっと、あんまり話したくはないんすけど。もれなく過去の黒歴史が付いてくるんで。まあ、とは言ってもお話を受けたんで話すんすけどね。
注意事項って言うか、アドバイスとか貰ってます? あ、そうっすか。まあ、それなら。
あ、この事は絶対に内緒にして下さいね。
俺、若い頃って結構やんちゃしてたんです。いや、やんちゃって言うのもどうかと思うような事してたんす。
付き合ってた当時の友達があんまり品行がいい奴じゃ無くて。うん、友達はある程度流されずに見つけた方がいいっすよ。俺もまあ、違和感は感じてたんすけど、流されたっていうか。流されてるだけで自分のこと何にも考えてなかったんすよね。今がよけりゃあ良いでしょ、みたいな感じでした。
いや、不良っていうのともちょっと違ったんですよ。こう、クソガキの次元じゃ無かったんすよ。
ほら、迷惑かけてヘラヘラしてるような奴らっているじゃないっすか。反省もせずに自己顕示欲だけで自分のやってる事最高、みたいな。俺、そんな連中と付き合ってて、俺もそういう事してたんすよ。
ああ、そうです、今だと動画とか。あれイメージしてもらえれば分かると思うんすけど、いや、皆で使うやつ舐めたりとかはしなかったっすけどね。馬鹿やってても衛生観念だけはあったんで。
んで、具体的に何してたかって言うと、入るなって言われてる場所に入って酒盛りしたり。そうっす、人の所有してる山とか、建物、廃墟っすね、入って散々騒いでゴミもそのままに帰るとか。曰く付きの場所に行って、まあ、人前じゃ言えないことしたりとか。あー、そうっすね、そういう行為っす。
後は俺はやらなかったんすけど、家が貧しい人たちの支援とかあるじゃないっすか、そこに入ってって貪るとか。ああ、俺がやらなかったのは、ああ言うのって子供とかが待ってたりするじゃないっすか。流石に馬鹿だった俺にも小さい良心みたいなのがあって。
本当に馬鹿やったって思ってるんで、あの頃の俺ごと葬り去りたいんすけど、はぁ。
ええ、それで、聞きたいのは山の話っすよね。
はい、そこもその時の友人達と行ったんす。グループの中で、特にお調子者で自己顕示欲が強い奴がいて、そいつが山へ行こうって言いだしたんす。
急に山なんて言われても、何だそれだったんすけど。話を聞けば、言ってしまえば迷惑な肝試しって感じで。廃墟とか行ってたのと大差なかったんで、割とすぐ行くかになったんすよね。まあ勿論、目的地が山ってんで参加人数は少なかったっすけど。ほら虫に刺されたくない、とかで。
ああ、行ったのは夏でしたね。蒸し暑くて、ああそうっす、山が涼しかったのを妙に覚えています。
肝試しの内容は簡単で、山の中にある神社に入ってやろうって、そう言う話でした。
え、ああ。その話をそいつがどこで聞いて来たのかは分からないんす。急にって感じだったし。
ああ、確かに。そいつの様子は今思えばちょっとおかしかったような気がします。言われてみればっすけど。なんか熱に浮かされてるって言うか、でも元々調子乗りだったから、これからやる事に興奮してんだろうなと当時は思ってたんすよね。
俺と後数人の男女で行きました。女は一人っすね。グループには後三人、女がいたんすけど、他は虫がいるからで来なかったんす。その女子は、グループ内で付き合ってて彼氏が行くってんでついて来たんすよね。そのカップル、結構節操なかったんで多分、いつも見たくスリルある行為をしてやろうって感じだったと思いますよ。人が死んでる廃墟とかでもやってたんで。
こう、生きるための行為って幽霊を遠ざけるみたいな事言うじゃないですか。あれ信じてて、幽霊を馬鹿にしてやろうじゃないっすけど、見せつけてやろうみたいなまあそんな感じでやってて。
流石に神様の社でって聞いた時は引きましたけどね。罰当たりの次元じゃないでしょ、どう考えても。
いや、まあ、社に土足で入ってやろうってのもかなり罰当たりっすけどね。ははっ、殺してえ。いや、すみません、何でもないっす。後になって信心深かったひいばあちゃんの言葉が分かったというか。
すみません、一回茶をしばいて良いっすか。有難うございます。
山の中に入ったのは夕方頃っすね。初めて行く山なんで夜遅いとちょっと迷うかなとかあって。見つかっても別に、って感じだったんで。反省、しないんすよね馬鹿だったから。
山の入り口にお地蔵さんがあったのを覚えてるっすね。赤い服着せてもらった奴で、他の誰も気づいてなかったと思いますよ。何となくお地蔵さんに頭下げたんすよ、走る車の中で。
んで、山を登りきった辺りかな、ちょっとだけ開けた場所に出たんす。んでそこから細い道が奥に続いてた。お調子者のそいつはその先に神社があるって。
ああ、確かにそうっすね。そいつも初めて行くって言ってたのに、なんであんなに断言できるくらい知ってたんすかね。本当にその場所着いた瞬間に、指差して、あの道の先って言ってたんすよね。神社が見えてた訳でもなかったのに。でもそいつが道案内してたから、道を知ってんのかなって思ってたんすけど。
そうっす、細い道の先に神社はありました。やっぱり寂れてましたね。赤い神社だったんすけど、ちょっと色褪せてたっていうか。
本当はもっと艶やかなんすよね、あの神社。赤って言うか、紅みたいな色だって聞きました。
鳥居っすか。昔はあったらしいんすよ。社とおんなじ色の鳥居。でも崩れちゃったみたいで。
ああ、何で知ってるのかって。教えて貰ったんすよ、こっちに帰って来てから。
お社は、ううん、大きいか小さいかで言うと、近所の神社と同じくらいだなって感じっすね。そうっす、そうっす、あの坂のとこの。
一軒家のリビングより少し大きいくらいなのかな。まあ、この一軒家のリビングってのも俺の記憶の中のリビングなんすけどね。
お賽銭箱があって、階段があって、ぐるりと廊下……縁側? なんて言うんすかあれ? まあそんな感じのがあって、扉があって。作りはシンプルでしたよ。
鈴もありましたよ。ちゃんと綺麗に鳴りましたね。まあ、鳴らした方が面白がって乱暴にやるもんだから、本来は綺麗な音なのに、随分とうるさい音になっちゃったんすけどね。
そん時っすね。何となく視線を感じたんすよね。
どこからって、社の中からっす。で、まじまじと見てたら気がついたんす。扉がね、指一本分空いてるって。そこから視線が来てんだろうなって感じたんすよね。
ああ、そう言えば怖いって思わなかったな。俺会釈したんすよね。本当にご近所さんにも当時してなかったのに、山に来て二度目っすよ。久しぶりの相手を舐め腐ってない素直な会釈だったな。
ある程度外で騒いでから、んじゃあ中に入ろうって、扉に皆で向かいました。俺は一番後ろだったっすね。
あ、ああ、言わなかったっすよ、視線があったって。だって俺には悪いものじゃなかったし。皆で扉に向かった時には消えてましたしね。
まあでも、中にいるんだろうなってのは思ってました。
道案内をしてたお調子者がやっぱりそこでも先導してたっす。扉を開けたのはそいつか、カップルの男の方だったと思うんすけど、よく見えなかったっすね。
扉を開けたら真っ黒だったんす。漆でも塗られてるの、みたいな真っ黒。
女子は趣味悪いとか言ってましたけど、俺はかっけえなって。赤の裏に黒ってなんかカッコ良いと思うんすよね。
中にはもう一つ社がありました。箱とか、簡易な部屋とかじゃなくて社っす。
入れ子人形みたいに、社の中に社があるったんです。外側の社を少し小さくしたみたいなやつ。
中の社は本当に綺麗でしたね。
いや、そうなんす。外側はちょっと色褪せてたんすけど、中は本当に綺麗に塗られてました。黒、全部黒で。
中の社の外装も黒でしたね。他の連中はあんまりにも真っ黒なんで、ちょっと気圧されてたみたいっすね。
んで、そん時も視線を感じました。
そうっす、中にあった社から。扉が指一本分開いてました。
シャイだと思いません? なんか可愛いっすよね。覗いてくるだけって。
ああ、すんません、個人的な感想ってやつっす。
皆んな、綺麗な黒に気圧されてて、それまですげえ乗り気だったんすけど、段々微妙な空気が漂い始めたんす。やめるか、みたいなの。
俺はどっちでも良かったんすよね。なんだったらみんながいなくなった後で、ちょっと訪ねてみようかなってくらいで。
あ、言っときますけど、ふざけてとかじゃないっすよ。なんか熱心に見つめられてるんで、誰が見つめてるのかなって気になっちゃったと言うか。
でも、お調子者は絶対開けるって張り切ってたっすね。で、他の連中を煽った。
腰抜け、とか。臆病者、とか。ガキがやるような煽りっすよ。
で、皆んなそんなガキの喧嘩みたいなのに乗っちゃった。
俺は開けるなら開けるで良かったんすけど、なんとなく乱暴に開けるのは嫌だなって思ったんで、一応あいつらにも丁寧には開けろよって。
まあ、聞くわけないわな。煽られに煽られて、もう無理やりいつも馬鹿やるテンションまで上げて、で、全員で中の社に一斉に入ってやろうって話になったんす。
いや、なんで、って当時もちょっと思いましたね。一斉に入る必要はないじゃんとか思っても、相手はテンションを可笑しい方向に上げた奴らなんで、そこで盛ろうとかしなかっただけ良かったかもっす。
俺が一番後ろで、俺の前に女子が居て、男連中は皆んな揃って扉の前に立ちました。ここでもやっぱりお調子者が扉を開けるって言い張って、対抗したカップルの男子と、そん時のまとめ役っつったら良いんすかね。そいつらが扉の左右に立ちました。
三、二、一で開けるって全員に目配せした後に、カウントし始めて。
で、一で開けた後に皆んなが雪崩れ込むように中に入って行きました。
俺は入りませんでしたよ。だって、待っていて、って言われたんで。
中は真っ黒でした。漆とかそう言うのじゃなくて、夜空がそこにあるみたいに。たっぷりの影が詰め込まれたみたいに。だから、中に入った連中の姿はすぐに見えなくなったんす。それこそ敷居を跨いだ瞬間に。
女子は怯えて、扉の前、入る直前に止まってたっすね。
数秒、十数秒。多分そんくらいの沈黙があって、で、響いたんす。悲鳴が。
最初はぎゃあ、とかそう言うのだったけど段々、いやだとか、助けてとか。母親のことなんか糞食らえとか言ってた奴なんかは助けてお母さんとか言ってて、そうしたらお母さんとかお父さんとかお兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、そう言う家族を呼び始める奴らが出て。ああ、こいつら大事にされてきたんだなって、そん時は思いましたね。
あの時はちょっと羨ましかったっすね。いや、ずっと羨ましかったのかな。俺家族がそんときは居なくて。小さい頃から、独りぼっちだったから。
すみません、話が脱線しましたね。
悲鳴と同時に、肉の音って言えば良いのかな。グチャとかベチャとかそう言う粘着質な音って言うんすかね、そう言うのも上がってて。ああ、硬い音も鳴ってましたよ。バキとかって。多分、骨とかの音っすよね、あれ。
扉の前の女子は動けずにいました。すごい震えてて、一瞬声かけようか迷ったんすけど、なんて声かけたらいいか分からなくて、そのまま俺は後ろで待ってたんす。
で、中での音が落ち着いてきた頃に、影が出てきたんす。俺は何となく、あ、こっちを覗いていたのだなって思いました。
その影は扉の前の、厳密に言うと足の指先が入ってたんすけど、女子を掴んで社の中に持ってっちゃったんす。
女子はやだやだやだ、って叫んでがむしゃらに動いてたんすけど、ちっとも抜け出せずにいました。時間で言えば、殆ど瞬きの間に彼女は中に持ってかれてましたね。
その後は男連中と同じような悲鳴と音が上がりました。
俺っすか? 待ってたんすよ、外で。ずっと。もう少し待っててって言われたんで。あの声好きなんすよね。
あー、何で助けなかったのかって? 確かに彼女だけだったら逃げる隙があったかもっすね。でも、ううん。
例えばなんすけど、蜘蛛の糸に蝶が捕まってる時って助けます? それが自分の飼ってた蝶だったら助けますけど、普通に蝶が捕まっているだけだったら助けないんすよ俺は。だって、蜘蛛だって生きてるんすから。
話はこれくらいっすかね。
あれ? 山で行方不明になった人の話を聞きに来たんすよね? これで全部っすよ。そこからそいつらは行方不明っす。
え、ああ。俺がその後どうなったか? あー、そこ聞いちゃいます?
ご覧の通りっすよ。
彼と一緒に山を降りて、一緒に生活してます。もう
彼って誰かって? 真面目っすねえ。あんまり真面目にやるなとか言われたんじゃなかったんすか? ああ、教授さんのためにっすか。
ううん。まあ、俺はいいんすけど。だって俺蜘蛛が好きなんで。
彼は、彼っす。ああ、見えません? ずっと音は聞こえてたでしょ? 見えないふり、聞こえないふりしてただけっすよ。ずっとそこにいるんす。
そうっす、彼です。昔の社の様子とか彼に聞いたんす。何でも教えてくれるんす。どうやって人を食うのかとか、社に居なくても大丈夫な理由とか、どうやって生まれたのかとか。
ああ、そうっす、そうっす。待ってって言ったのも、彼っす。なんか、俺には汚いの見せられないみたいに気遣ってくれたっぽくて。優しいっすよね。
俺が深く関わった人間に嫉妬とかもちょっとあったりとかで。なんか死の瞬間を見せたくない、みたいな。まあ、今となっては全然その心配はないんすけどね。
何で? ああ、何で夫婦になったかっすか?
一目惚れみたいっすよ。いやあ、あるんすね。どこで一目惚れしたかだけは恥ずかしいのか教えてくれないんすけど。
俺の事が好きになっちゃったから、こっちを社の中から覗いてたりして居たみたいで。シャイだなあって思いますよ。でもそこが可愛いんすよね。
はは、惚気っす。すみません。なんだか照れちゃいますね。
あ、もしかして「めおと」が何なのかよく分かってなかったんすか? 夫婦って書いて、めおとです。
あは。そうっす。俺をお嫁さんにしてくれたんすよ、彼は。
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