金色の闇
杞優 橙佳
第1話 ドタキャンされたクリスマスイブ
無理。キモい。死ねーー。
連絡が途絶えるたび、女性から言われている気がした。
「何で僕ばかりこんな目に・・・!」
マッチングアプリ「MUSUBI」。オオサカで出生率を高めるために導入されたアプリケーションだ。僕、
「今日こそは死んでやる。道路に身を投げてやる」
MUSUBIで知り合った女性と、連絡がつかなくなったのだ。1回目のデートは上手くいったつもりだった。しかし2回目のデートの約束の場所と時間に、彼女は現れなかった。
「何かAIマッチングだよ。何がそれぞれの人に適した人をおススメするだよ」
僕はスマホを投げ出したくなった。だが、そんなことをしたらスマホが割れて修理代がかさむので、実際には投げない。心の中でスマホを地面にたたきつけるだけだ。
「なんでドタキャンなんてできるんだよ・・・」
今日は2024年12月24日。ウメダの高級レストランを予約して、MUSUBIで知り合った女性と楽しい時間を過ごせるはずだった。
だが、現実はドタキャン。当日キャンセルになるので、高級レストランのコース代金を全額とられた。2万円以上の出費・・・2万円あれば何回好物の焼き肉が食べられることだろうか。
悔しくて空しくて、僕は店の前でひざを抱えて座り込み、放心していた。すると奇妙なことが起こった。
僕が予約していた高級レストランから、スーツを着た金髪のイケメンが一人で出てきたのだ。肌は小麦色で耳にピアスを3つ付けていた。成人向けの漫画で主人公の恋人を奪っていく悪い先輩のような見た目だ。
「何やってんだてめえ。今日はクリスマスイブだぞ」
男の言葉にカチンときた。僕は立ち上がって、その男に殴りかかっていた。
「それはこっちのセリフだ!お前みたいなイケメンがなんで店から一人で出てくるんだよ!お前みたいなやつはな、美人とレストランで食事を楽しんどけば良いんだよ!クリスマスに一人でいるなんでモテない男だけでいいんだ!」
「拗らせちゃってキモイねえ。さては女に約束でもすっぽかされたか」
「うるさい!そんなのお前に関係ないだろ!」
「あのさ、キミ、非常識なことしてるってわかってる?店の中はクリスマスイブを楽しもうってカップルでいっぱいなんだ。キミがここで声を張り上げたら、中で楽しんでいるカップルは嫌な思いをするだろう?そんなこともわからないかね」
金髪の男に正論を吐かれて僕は言葉に窮した。レストランの入り口から、店員がひきつらせた顔で僕たちを見ていた。
「キミ、来い」
金髪の男に強く腕をひかれて、僕はレストランのあるビルから近くの公園に連れていかれた。気が付けば視界がぼやけて、涙がボロボロと地面を濡らしていた。
これほど惨めなクリスマスイブがあるだろうか。
「キミ、恋人いたことある?」
「お前じゃない。中園美有だ」
「びゆう?女みたいな名前だな」
うるさい。そのセリフは死亡フラグだと相場が決まっているんだ。トーストにしてやる!
「・・・3か月前まで彼女がいたさ、今日は1年間付き合った彼女と別れて過ごす、初めてのクリスマスだった」
「へえ。キミ、結婚したいの?」
「そりゃそうだろ! 僕はもう40歳だ。いま婚活しなかったら一生結婚できない!」
「なんで? じゃあなんで別れたの?」
「それは・・・」
僕は別れた彼女との日々を回想する。最後の方はメールも週に1往復しかやり取りがない、冷めきった関係だった。
「愛情を感じられなくなったから」
「キミ、一生結婚できないし、しないほうがいいよ」
初対面の男にそんなことを言われる筋合いはない。僕は先ほどまでの悲しみを忘れ、男を睨みつけていた。
「そんな睨むなよ。俺は
男はそう言って笑った。
「ナンパ師みたいな見た目だからって簡単に騙せると思わないでよ。お前だってクリスマスイブに一人じゃないか。それに若いし、40歳の僕のコンサルタントができるもんか」
「俺、43歳だけど? キミより年上。それに俺一人じゃないからさ」
男が先ほどまでいたビルの方を指さすと、グレーのダッフルコートを羽織った女性が周りをウロウロとみていた。
ダッフルコートの下に見えるスーツが、まだ身体に馴染んでいない。大学生から社会人になり、社内研修が終わってようやく本格的にスーツを着て仕事をし始めた、そんな年頃に見える。
やや吊り上がった目は強気な印象を与えるが、黒く艶やかな長髪は普段からよく手入れされていることが見て取れ繊細な女性のようにも思えた。その女性は滝沢の方を見ると、先ほどまでの凛とした表情が噓のようにパアッと明るくなり、小さい歩幅で踊るように駆け寄ってくる。
「勇人!急にいなくなるからびっくりしたんだけど」
「悪い。冷めた」
滝沢隼人は女性のほうを見もせずに言った。
「は?私何か悪いことした?ねえ、勇人の言うとおりにするから言ってよ」
僕は突如痴話喧嘩に巻き込まれた。女性の視界に僕は入っていないようで、滝沢隼人と自分二人だけの世界に入っている。
「そういう女は嫌いなんだ。キミ、俺に依存してるでしょ」
二人の喧嘩はしばらく続いたが、結局女性が涙を浮かべて、大きな声で泣きわめき始めた。僕は大丈夫ですかと声をかけたが、女性は相変わらず僕のことを居ないものとして扱っている。滝沢隼人は目を細めて女性を見ると、どこかに電話をかけながら、公園の奥に向かって歩き始めた。
「もしもし。ストーカーに追われてるんで助けてもらえますか? ええ、場所はオウギマチ公園の・・・」
僕は滝沢を追った。43歳で若い女性をクリスマスディナーに誘い、あっさりと振ってみせるこの男に、興味が湧いてきたのだった。
「滝沢さん! 待ってください! コンサル受けます! 受けさせてください! 僕、あなたみたいになりたいんです」
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