第3部①



 降り立ったのは殺風景な駐車場だった。乗客を吐き出したそばからバスは走り去る。

「畜生、ハズレの土地に来ちまった」

 海老名は周辺を見渡し毒づいた。それでも気が済まない様子で地面へ唾を吐き捨てる。

 同じバスから降りた中年女が露骨に嫌そうな顔をした。汚物を見るような目で海老名を見た後はそそくさとその場から離れる。

「けっ、クソデブババアが」

 だらしなく太った後ろ姿へ向け、海老名は聞えよがしに悪態をつく。誰しもが嫌悪感を抱くだろう品性に欠けた言動は風体にも表れていた。サテン生地のような光沢のある黒いシャツの上に、ダボダボとした細縞のジャケットを羽織っている。下も揃いのスラックスだ。しかしウエストの幅が合っていないらしく、白い皮に金のバックルが付いたベルトをきつく締めていた。余ったベルトの端がジャケットの裾からブラブラと覗いている。

 ひょろひょろとした痩せぎすの長身であるために、威圧感を与えようという努力が却って情けなく映る。それに気づかない海老名は無闇矢鱈と周囲を睨みつけた。しかし最早、駐車場に人影はひとつもない。彼の背後には無駄に近代的な建築物が聳えているが、駐車場の外は見渡す限りの田んぼだ。緑がそよぐ青田ならまだ良かった。四月に入ったばかりのこの土地は、まだ田へ水も張っていない。ただただ堆肥を混ぜ返した臭いが胸をむかつかせるばかりだった。

「胸糞悪い」

 同じ感想を抱いたらしい海老名は吐き捨てるように言う。それから頭を左右に振った。襟足で結ばれた髪が揺れる。威嚇の目的でなく、何かを探しているらしい。しかしどれ程首を捻ろうとも目的の物は見つからず、彼はやがてとぼとぼと歩きだした。

「何でタクシーの一台も走ってねぇんだよ」

 とぼやきが出る。肩が大きく上下する度にボストンバッグの紐がずり落ちそうになる。しばらく歩いたところで彼はとうとうバッグを投げ出した。

「この、クソど田舎が。高速バスの降り場の癖に街のひとつもねぇじゃねぇか」

 声を荒らげながらバッグを蹴り上げる。くたびれた黒い布地は土汚れに塗れた。自身の持ち物をひとしきり痛めつけた後、海老名は体力を使い果たした様子で座り込む。この時死んだような目に枯れ田と空以外の色が映った。彼は立ち上がる。さほど視力は良くないらしく顔を顰め、遠くへ目を凝らした。赤色のそれはスーパーの看板であるようだ。力を振り絞って近づくも大した規模ではない。せいぜい中型という程度で、スーパーの両隣に薬局とホームセンターが立ち並んでいた。海老名はぶすくれた態度でそれらを見る。しかしスーパーの入口付近にあるものを見つけたことで、表情が生気を取り戻した。白い車体にオレンジのラインが入った普通車は屋根の上に小さな表示灯を乗せている。喉から手が出るほど求めていた存在に違いなかった。


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