第15話

冬の午後は、音がやけに遠い。


チャイムの響きも、誰かの笑い声も、

分厚い雲に飲まれていくみたいにくぐもっていた。


終業式まで、あと三日。

教室の空気は、どこかふわふわしてる。


通知表とか、冬休みの課題とか。

そういう言葉が飛び交うたびに、

ひとつの季節が終わる音がした。


 


放課後、俺はいつも通り屋上に向かった。


この季節が終わるとき、

毎日ここで過ごした“なんでもない日々”も終わってしまう気がして、

階段を登る足取りが少しだけ重かった。


 


屋上には、風の匂いと、ひとりの人影。


「……寒いよ、あかり」


「知ってる。でも、ここにいたかった」


あかりは、校庭をぼんやり眺めながらそう言った。


「明日で今年ここに来るの、最後かもね」


「……そうか」


何気ない会話のはずなのに、

胸の奥に静かに冷たいものが落ちてきた。


 


隣に立つあかりの頬は赤く、

その目はどこか寂しそうで、それでいて、少しだけ穏やかだった。


「ねえ、柊くん」


「ん?」


「来年も、ここに来てくれる?」


「もちろん」


即答すると、あかりはふっと笑った。


「そっか。よかった」


それだけのやりとりが、

冬休み前の放課後には十分すぎるほど温かかった。


 


ふと、あかりがぽつりと口を開く。


「澪、最近ちょっと変わったよね」


「……ああ。避けられてるかもって思ってる」


「ううん、たぶんそうじゃない」


「じゃあ?」


「……ちょっとだけ、寂しいのかも。あの子、私のことすごく気にしてくれてたから」


 


小崎のことを考えると、ふとあの目線を思い出す。


やけに静かで、何かを飲み込むみたいにじっとしていた。


俺が気づかないふりをしてるだけで、

本当は、あの子も気づいてるんだろう。


何かが少しずつ、変わっていってるってことに。


 


「……でも、さ」


「うん?」


「俺さ、小崎とも、あかりとも、ちゃんと話したいんだよな。冬休み入る前に」


あかりはゆっくり振り返ると、目を見てうなずいた。


「じゃあさ、冬休み……三人で遊ばない?」


「……いいな、それ」


「映画とかどう? それか雑貨屋さんとか行って」


「どっちもいいな。」


 


そう言いながら、俺たちは笑い合った。


あかりの頬が少しだけ赤くなる。

たぶん寒さのせいだけじゃない。俺もきっと同じだった。


 


夕暮れの光が少し傾いて、長い影が二人の足元を重ねていた。

屋上の風は冷たくて、でも少しだけ、来年が楽しみだと思えた。


誰かを想うことが、こんなにも静かで優しいものだと、初めて知った。


 


──帰りの階段を降りながら、俺は来年のことを思っていた。

あの屋上で、三人で笑える時間が、もう一度あると信じて。

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