第4話 動かざること山本崇 4

 太陽がグラウンドを照らし、ピッチの芝生は緑色に輝いていた。


「河村、頼むぞ!」


 クラスメイトの叫び声に彼は軽く片手を上げて答えた。


 河村良介かわむらりょうすけサッカー部所属。二年にしてサッカー部のエース。プロからも声がかかっているほどの男である。


 試合終了間際のPK。一点取られ、0対一の場面。


 一点取られたのは誤算だったが……どうということはない。

 目立ちたがり屋の河村はコレをなんなく決めて、その後、相手のボールを奪い取り、ゴールを決めて球技大会優勝。

 と、そこまでのビジョンが頭に浮かんでいた。

 

 ゴールを見る。キーパーは隣のクラスの山本という男だ。

 話したことはない。が、自分と同じく有名人である彼のことは知っている。

『動かざること山本崇やまもとたかし』決して、動かない男。


 だからなんだよ。


 立ち姿を見れば分かる。サッカーなどまったくの素人だ。

 だが……一つ気になるとすればだ……この山本崇という男。ここまで無失点で決勝まで来ているということだ。

 当然その中にサッカー部の人間もいた。にも関わらずだ。

 3年生の先輩は……「山が見えた」って言ってたな。

 はっ……なんだそりゃ?


 河村は顔を上げ、前を……ゴールを見据える。

 山本崇は構えていない。

 深呼吸をし、ボールに向き合う。

 助走をつけボールを……


 ザッ……ザザザー


 河村は慌てて足を止める。

 河村は山本の少し左にボールを蹴るつもりでいた。

 だが山本の重心は河村から見て左にかかっている。ように見えた。


 じゃあ右に……


 河村は軸足を変える。だが、まるで騙し絵のように山本の重心は右へと移った。山本はもちろん動いてなどいない。


 なんで…


 視界に入るゴールネット。白い枠が、徐々に見えなくなる。

 次の瞬間山本崇やまもとたかしがまるで彼を飲み込もうとしているかのように膨らんで見えた。


 山……


 山であった。ゴールを覆い隠す程の山がそこには鎮座していた。

 一瞬、中学時代に経験したPK戦での失敗が脳裏をよぎる。あの時の悔しさ、チームメイトを失望させた無力感。


 大丈夫、落ち着け。


 そう自分に言い聞かせ、河村は山本からボールに目を移す。心臓が鼓動を早め、耳鳴りがする。


 次の瞬間、河村良介はボールを蹴り出した。


 右も左もない。下手な小細工は止めだ。ド真ん中だ。

 あんな足を揃えた状態でオレのシュートをはじけるわけがない。

 ボールは猛烈な勢いで、ゴールへと向かう。

 しかし、山本崇は微動だにしない。

 まるで、そこに山があるかのように、どっしりと構えている。

 ボールは吸い込まれるように、山本崇の顔面に直撃した。

 が、河村が放ったシュートは山本崇やまもとたかしを微塵も動かすこと叶わず。山本崇やまもとたかしの顔面に大きく弾かれ、センターサークルまで届いた。

 そこで試合終了のホイッスルが鳴る。 

 観客からは、どよめきと喝采が起き、河村良介は呆然と立ち尽くしていた。




 ハシビロコウという鳥がいる。

『動かない鳥』として有名な、アフリカに生息する大きな鳥だ。

 こんな話をご存知だろうか?

 アフリカでは『動かない鳥』というより、むしろ『動かせない鳥』として有名なことを。

 ハシビロコウは、動かないという特徴の為、運動不足に見られがちだが……これはとんでもない間違いだ。

 やって見れば分かると思うが、『動かない』という、その膨大な運動量は通常の生き物であれば5分ともたない行動なのだ。しかし、ハシビロコウは獲物が水面に上がってくるのを待つ為……数十分……いや、数時間、微動だにせず待つのだ。

 結果。鍛えられたのはハシビロコウの持つインナーマッスルである。

 アフリカでは水場にハシビロコウがいると、縄張り意識の強いあのアフリカゾウですら『動かす』ことを諦めるのだ。(※諸説ありません。全部大嘘です)


 不動の男『山本崇やまもとたかし』彼もまた長年の不動にて、そのインナーマッスルを獲得している一人なのだろう。

 サッカーのシュート如き・・・・・・・・・・・で動かせるわけがないのである。




「山……」


 河村の頭の中で、3年生の先輩の言葉がこだまする。


「山が見えた」


 それは、ゴールキーパーの才能を指す言葉だった。

 才能……

 河村良介は、初めて自分の才能のなさを自覚した。

 今まで、彼はサッカー部のエースとして、誰よりも努力し、誰よりも結果を出してきた。

 しかし、山本崇という男は、努力や才能を超えた、何かを持っていた。

 それは、彼にとって初めての挫折だった。

「くそっ……」

 河村良介は、悔しさを噛み締める。

 しかし、彼の目は、まだ諦めていなかった。

「次は絶対に決めてやる」

 彼は、山本崇という男を、新たな目標にしたのだった。




『風林火山』




「其の疾きこと風の如く 徐(しず)かなること林の如く 侵掠すること火の如く 動かざること山の如し」


 風のように素早く動き、林のように静かさを保ち、火のように激しく攻め、山のように動揺することなく堅く守る……という意味だ。


 


 『動かざること山本崇』決して動じない男。

 クラスメイトにキーパーを頼まれ


「立ってればいいから」


 と言われ、嫌々ゴール前に立っていただけの男である。 

 

 不動の男は、当然今日も動かない。シュートによる衝撃で気絶したまま胴上げされている彼は目が覚めると、またいつもの席に座っているのだった。



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動かざること山本崇 ナカナカカナ @nr1156

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