吸血鬼はおちちが吸いたい

えころけい

吸血鬼はおちちが吸いたい

「ねえ、おちち吸わせて」

「は?」

 吸血鬼の友人から、突然セクハラされた。

 可愛い顔して、こいつはまた突然何を言い出すんだと、私は一瞬面食らった。

 しかし、こいつとの付き合いも、ある程度長くなってきた頃合いだ。

 そのため、そろそろこいつの突拍子もない言動には慣れてきており、私は極めて冷静だった。


 おちちを吸わせて。

 ふむふむなるほど、まあ、そのままの解釈をすれば、「お乳を吸わせて」となるだろう。

 見事、付き合ってもいない友達に授乳プレイをご希望の変態が完成である。


 しかし、まあ待て。

 こいつは手のことを「おてて」、目のことを「おめめ」と言う女。

 それだけなら可愛いだけなのだが、この前なんて蚊のことを「おかか」と言っていた。

 こいつに常識は通用しない。

 おかかおにぎりとか、どう解釈してるんだこいつは、と思ったのが記憶に新しい。


 それに加えて、なんとこいつは吸血鬼でもあるのだ。

 なんでも、代々そういう家系らしい。


 私も初めて知った時は心底驚いたが、関わってみればまあちょっと紫外線に弱いから日焼け止めやら日傘やらを常備してるくらいで、他は人間と大差ない。

 というか、日焼け止めと日傘常備してるやつなんて、人間でも普通にその辺にいるし。


 と、話が逸れたが、つまり、これらの条件を組み合わせれば、こいつの言う「おちち」が、ずばり血を指しているというのは簡単に分かる。

 こいつは私に血を吸いたいと言ってきているわけだ。


 血を吸いたい、か。

 ふむ、なるほど。こいつとルームシェアを初めてそろそろ1年が経つが、振り返ってみれば、血を吸いたいと言われたことは無かったな。今回が初めてか。


 いつかは求められるとは思っていたから、覚悟はしていたし、本人から、そこまで吸血衝動が強いわけでもなく、少量で満足するという話を聞いている。

 なのでまあ、少し血を分けてやるくらいならばいいだろう。


 それにしても、やれやれ、相変わらず紛らわしい言い方をする。

 私以外にそんなことを言ったらとんでもないドスケベ女だと勘違いされてしまうぞ、まったく。

 私が理解のある女で良かったな、友よ。


「ああ、血のことか」

「いや、おっぱい」


 おっぱいのことだった。

 とんでもないドスケベ女だった。付き合ってもいない友人に授乳プレイをご希望の変態は、無事完成されてしまっていた。


「お前とんでもないこと言ってるよ?」

「いや、そんなことはない。とんでもないことを言っているかどうかは私が決める」

「暴君すぎるだろ」


 なんだこいつは、なんでそんなに真顔でいられるんだ。これが友達の乳を吸おうとしているやつの態度なのか。


「ほら、おっぱい出して。はよ」

「頼む側だってのに態度がでかすぎるな」

「そっちは頼まれてる側だってのにおっぱいがでかすぎるよ」

「別にいいだろ」

「よくないよ。その魔性の乳のせいで私が興奮を我慢できなくなってるんだ」

「お前が変態であることを私のせいにするな! ーーってか、え、マジでやんの?」

「マジでやんの」


 どうやら、本気でこいつは私の乳を吸おうとしているらしい。なんという奴だ。


「当たり前だけど、吸ってもなんも出ないぞ」

「仲のいいメスの乳を吸うことで、私の脳から快楽物質が出るから問題ない」

「……あんま人のことメスだのなんだの言わないほうがいいよ。昨今の時代の流れを鑑みて」

「大丈夫、私は時代に流されない女。コンプラなんてなんのその。S〇X!」

「尚のこと大丈夫じゃねえよ」


 流されないにもほどがあるだろ。吸血鬼って流水とか苦手なんじゃないのか?

 いや、時代の流れと水の流れは関係ないか。


「ってか、そういう引き伸ばしの文字数稼ぎはいいからさ、ほら、さっさと乳出せ」

「文字数稼ぎってなんだよ」

「はーやーくー!」

「無視かよ」


 本当に文字数稼ぎってなんだ? なんの事を言ってるんだこいつは。


「はあ……。わ、わかったよもう……ちょっとだけな」

「え、マジで? やった、ありがとう。さすがチョロい女。土下座して頼んだらエッチできそう。次はそれも視野に入れておこう」 

「欲望とか思ったこととか、全部言うのなお前は! さすがにそんなチョロくないわ!」


 ほんとナチュラルに失礼な奴だなこいつ。

 まあ、ともかく、この手のこいつの暴走はちょっと望み通りにしてやればすぐに収まる。

 放置して拗ねられた方が面倒になので、さっさと済ませてもらおう。


「ったく。……ん、ほら、はやく済ませろよ」


 いやこれ、冷静に考えたらだいぶ私もイカれてんな……。

 なんか、胸が外気に触れてヒヤッとした瞬間、いきなり思考が冷静になったわ。

 普通は断るんだろうなあ、こういうの。


「ではお言葉に甘えて」


 うわ、なんか意識したら急に恥ずかしくなってきた。

 え、私今から友達におっぱい吸われるの? 意味わかんなくない? ああもう、顔から火が出そうだ。はやく済ませてくれ……!


 恥ずかしさに堪らず、顔を逸らしてぎゅっと目を瞑る。

 と、その時だった。


「む、やっぱりいいや」


 私の胸をガン見しているであろう女の、そんな声が耳に入ってきた。


「はあっ!? おまっ、人がせっかく覚悟決めてやったってのに!」


 咄嗟にそんな声が出てしまった。

 一体、なんだってそんないきなり興味が失せたんだ。さっきまで性欲の化身みたいな目つきをしていただろうに。


 いやまあ、いいんだけども。別に吸わないんだったらいいんだけども。

 なんかこう、そこでいきなり辞められるとモヤモヤするんだよ。せめて理由を教えてほしい。


「乳首の形が今の私の気分じゃない」

「はっ倒すぞ!」


 聞かなきゃ良かった。

 知らないよ、お前の理想の乳首の形とか。聞きたくもないよ。


「陥没してて欲しかった」

「悪かったな! 元気で!!」


 聞きたくないのに!!


「ごめんね、陥没してない乳首を吸いたい気分なったらまた今度頼むね」

「もう二度と頼むな! バーカ!」


 なんだか、子供っぽい罵倒をしてしまった。

 友人の前で胸を晒し、好みじゃないと言われたこの惨めな気持ちは誰にも分かるまい。

 なんだろうな、この敗北感。

 出来れば、もう次はない事を祈りたい。

 そう思いながら、私はいそいそと胸をしまうのであった。

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