第5話:密約の果てに
女たちの密会からしばらく経った。夜になり、ソルティナがクラトスのテントを訪れた。彼女は、紅茶の入った小さなポットとカップを持ち、静かに微笑んでいた。
「こんな時間にどうした?」
「あなたと少し話がしたくて」
クラトスは何かを察しつつも、彼女を中へ招き入れた。ソルティナが用意した紅茶の香りが辺りに漂う中、二人は向かい合った。ソルティナに注がれた紅茶を一杯飲み干すと、クラトスは告げた。
「ゴジョウの女の件だが、俺はやはり断る。ソルティナ、君と息子さえいれば俺は満足だ」
「そう」
ソルティナもニコリと笑う。クラトスは理解を得られたと思い、ホッと息をついた。
「私もウェレとは決着がついたわ。だから明日、本邸に戻るわ」
「そうか、寂しくなるな……気をつけて帰ってくれ」
クラトスとソルティナは抱きしめ合った。
「あなた、今日は最後だからこのままあなたを存分に感じたいわ」
「体調は大丈夫なのか?」
「ええ、とても元気よ」
クラトスの視界がぐらりと揺れた。
「ん? なんだ……」
「あなた、横になって。くつろぐと思って、紅茶に少しお酒を入れたの」
「ああ……」
「私が、してあげる……クラトスは横になって、気持ちよく感じていればいいのよ」
「ソルティナ……」
ソルティナは、クラトスの前髪をかきあげ、唇に口付けを落とした。
翌朝、クラトスは異様な幸福感と疲労感と共に目を覚ました。頭がぼんやりとしており、昨夜の記憶が曖昧だった。凄く気持ちのいい夢を見ていたような気もする。
横を見れば、妻のソルティナが一緒に寝ている。幸せそうな寝顔にクラトスはくすりと笑い、頬を撫でた。
ソルティナは、前日の話通り、キャンプを後にした。
ゴジョウの女も突如として姿を消した。彼女の行方を知る者はおらず、クラトスは困惑したものの、後処理に追われているうちに、思い出すこともなくなった。
数ヶ月後、クラトスは戦の後処理を終え、本邸へ戻った。だが、前後してソルティナの体調が優れなくなり、クラトスと入れ替わるようにして、ソルティナは別荘地へと静養に向かった。クラトスは、会うことさえ制限されるようになった。
「ソルティナの身に何が……?」
クラトスの不安は募るばかりだったが、医師や侍女たちからは「静養が必要だ」と告げられ、それ以上の情報は得られなかった。
そして、ある日。
ソルティナが突然、別荘地から舞い戻り、クラトスの前に現れた。
「クラトス、この子を見て」
ソルティナの両腕には、赤ん坊を抱えていた。
「……この子は」
「あなたの子よ」
その言葉に、クラトスは絶句した。
突然の眠気、夢のような一夜、消えたゴジョウの女、会えなかった妻――彼の頭の中で、これまでの出来事が一気に繋がった。同時に彼の中には理解を超えた感情が渦巻いていた。
「ソルティナ、君は……」
「ごめんなさい、あなたに言ったらきっと反対すると思って、言えなかったの。
それでも私、どうしても産みたかったの」
「……」
ソルティナの眼差しには覚悟があった。問い詰めたとて、きっと妻はこれ以上何も言うまい――クラトスは逡巡し、腹を決めた。
「この子は、俺と、……ソルティナの娘、 ……それで、いいんだな?」
ソルティナに、笑顔がぱぁっと広がった。
「ええ、ええ! 勿論よ! あなた、ありがとう! あなたの子よ、抱いてちょうだい」
ソルティナは赤ん坊をクラトスに慎重に手渡した。赤ん坊の空色のくりくりした目がクラトスを見る。目が合うと、赤ん坊はきゃらきゃらと笑いだした。
愛妻家の将軍は子作り目当ての傭兵女に言い寄られて困っているのに、妻が面白そうにこちらを見ています 乃未 @estra
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