第3話:妻の来訪

 戦の終息から数週間が過ぎた。クラトスは、引き続き復興支援や捕虜の処遇に追われていた。彼の指揮のもと、平穏が戻りつつあった。だが、ひとつだけ厄介な問題が残っていた――ゴジョウの女、ウェレである。


 女は一度現れてからというもの陣営で自由に振る舞い、兵士たちと馴染んでいた。

 女がクラトスとはち会うとうるさいが、それも一つの風景になりつつあった。

 兵士たちにとって、女は異質な存在ながらも、どこか親しみやすい雰囲気を持っていた。が、クラトスは相変わらず女を警戒していた。女が持つ戦闘力、そして時折見せる鋭い視線――ベッドの上ですら安心して眠れる心地がしなかった。

 

 ある日、いつものように報告書を読みながら忙しくしているクラトスの元に、見慣れた使者が手紙を伴いやってきた。彼の妻、ソルティナの到着を告げる手紙だ。


「妻が……ここに来るだと?」

 

 ソルティナは身体が弱い。それにもかかわらず、わざわざ荒れた戦地まで来るというのは、よほどの事情があるに違いない。

 思い当たる事情を考えると、クラトスは一層深いため息をつくのだった。

 

 数日後、ソルティナが到着した。堅牢な馬車から降り、上品な笑みを浮かべる彼女の姿は、兵士たちにとって眩い光景だった。

 彼女は商家の出で、病弱ながらも理知的で気丈な女性だ。その存在感だけで、部下たちが緊張するほどだった。

 クラトスが出迎えると、彼女は穏やかな声で言った。

 

「あなた、ご無事で何よりです」

「ソルティナ、お前こそ息災で何よりだ。それより、なぜここへ? 長旅は身体に障るだろうに」

「心配で仕方なかったの。それに、少し気になる噂を耳にしたものだから。我が堅物の夫に、言いよる女がいるそうね」

「何も心配することはない。俺はお前だけを……」

「うふふ、分かってるわ」

 

 楽しそうな笑みを浮かべる妻に、クラトスは見惚れつつも冷や汗をかいた。

 彼女の背後に視線をやれば、いつもの侍女たちが控えている。侍女達はソルティナの手足となり、常時探りを入れている。その収集力は、軍を凌ぐことすらある。

 ソルティナの情報網の前では、僻地の夫の動向も筒抜けのようだった。


 その夜、ソルティナは食堂でウェレと対面することになった。女は緊張することもなく、いつもの調子で言った。

 

「あんたが将軍の奥方かい?なかなかの美人だね」

「ありがとう。あなたが噂のゴジョウの女ね」

「おや、私らの一族のことは知ってるのかい?」

「多少ね。でも噂はウワサ。貴女から詳しく知りたいわ」

「いいぜ、何でも聞きな」


 二人の会話は、穏やかだった。ソルティナは静かに微笑みながら、興味津々といった様子でポンポンとウェレに質問をした。ウェレは、そんなソルティナの視線と質問を正面から受け止め、回答した。


「聞くだに興味深いわね、あなたのゴジョウの一族は」

「そうかい?」

「男は一人もいない、子どもは一族で育てる、そんな一族なんて初めて聞くわ」

「別に言いふらす訳では無いしな」

「妊娠したらどうするの?」

「村に帰って産むだけだ。産んだらまた外に出る」

「貴女は育てないの?」

「私は育てない。私は外に出て狩る役目。育てる役目には別の者がいる」

「男の子は生まれないの?」

「産まないねぇ」

「どうして生まれないの?」

「そいつぁ一族の秘密ってやつだね」

「望まない子が生まれたらどうするの?」

「我々は、望めば産むが、望まなければ産まないのさ」

「嘘でしょう?」

「本当さ」

「なら望めば双子も産めるの?」

「聞いたことはないが、多分いけるだろう」

「不思議な特徴ね。特徴と言えば、身体が丈夫なのも一族の特徴なの?」

「まあそうだな。もちろん、訓練はするぞ」

「腕、触ってもいいかしら?」

「いいぜ」


 ソルティナは、腕の筋肉を触りながらほぅ、と感嘆の息をついた。


「素晴らしいわ……、身体が強くて、武力もあり、美人なんて……羨ましい限りだわ」

「そりゃどうも」

「夫はいらないの? それともハーレムを作るの?」

「おいおい、私らの一族をなんだと思ってるんだ。私らの一族は一途なんだよ。子種は沢山!旦那は一人! 安心しろ、私は子種に興味があっても、妻帯者には興味はない」


 言われたことにソルティナは考えた。


「つまり、貴女は本当に、夫の子種だけが欲しい、と?」

「何度も言ってるだろ。将軍は実に優秀な男だ」

「その点については私もとても同意だわ。でもね、妻の私は黙っていないわ」

 

 ソルティナの瞳が鋭く光る。その気迫に、さすがのウェレも一瞬だけ黙った。

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