君がヒーローでも

@aizawanko

第1話 公園で見た少年



 春の夕暮れ。日が傾き、茜色の光が公園を優しく染める。空は淡いオレンジと紫のグラデーション。春なのに、どこか切ない空気が漂う。


 家族連れがベンチに座って話していたり、小さな子供が元気よく遊具を駆け回ったりするなか、凛子はふと目を引く光景に足を止めた。


 バスケットゴールの下で、一人黙々とシュートを打ち続ける少年。


 その場所だけ、時間の流れが違って見えた。


 夕陽が西の空に沈みかけ、光が伸びる。公園の芝生や遊具は優しく照らされ、影を長く落としていた。風が吹くたびに木々がざわめくが、その中でシュートが決まるたびに響く、乾いたネットの音だけが際立っている。


 ボールを軽くつき、無駄のない動作でシュートを放つ。しなやかに指先を離れたボールは、放物線を描きながらゴールへ吸い込まれた。リングにかすりもせず、音もなくネットを揺らす。


 そのたびに、凛子は目を細めた。


「……何あれ。プロみたい」


 心の中でつぶやく。


 ただの練習のはずなのに、どこか絵になる。


 凛子は中学時代、バスケをやっていた。だからこそ、彼の無駄のない動きに目を奪われた。


 シュートの放物線、足の踏み込み、指先の力の抜き方——すべてが計算され尽くしているようで、驚くほど丁寧だった。


 ボールの弾み方すら違う。軽やかに床を蹴る音、絶妙な力加減でコントロールされ、次の動作へと流れるようにつながっていく。


 それが無意識にできるのは、相当練習を積んできた証拠だ。


 (……ズルい)


 自分は、あんなふうに動けなかった。


 何度やっても、力が入りすぎたり、指先の感覚が鈍かったり。自分ではどうしてもできなかった動きを、この少年は楽にこなしている。


 だからムカつく。


 見惚れてしまうほどに。


 彼はボールを拾い、また同じフォームでシュートを放つ。


 汗が額を伝い、彼はそれをTシャツの裾で無造作に拭った。


 まるで、光に包まれているみたいだった。


 その瞬間、彼がふと視線をあげた。


 目が合った。


 (——えっ?)


 どくん。


 心臓が跳ねた。


 気のせいかもしれない。でも、彼は確かにこちらを見て——


「……また俺のシュート見てた?」


 低く、静かな声。


 彼は無表情のまま、手元のボールを指でゆっくり回していた。まるで、こちらの視線に気づいていたかのように。


 凛子は思わず息をのんだ。


「べ、別に。たまたま視界に入っただけ」


 慌てて視線を逸らし、精一杯の平静を装う。


 なのに、指先がかすかに震える。


 彼はじっとこちらを見たまま、ボールを片手で軽くつきながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。


 (なに、こっち来るの!?)


 鼓動が早まる。


 彼は、凛子のすぐそばまで来ると、ふっと口角を上げた。


「ふーん……」


 言葉少なに、じっと見つめる。


 その距離、わずか数歩。至近距離で浴びせられる視線に、思わず足が固まる。


 瞳は淡々としているのに、その視線が妙に鋭くて——目をそらせなくなる。


 彼はふと視線を外し、何事もなかったかのように再びシュートに戻った。


 けれど、その「ふーん」の響きが、まるで「見てたくせに」と言っているように聞こえた。


 (なにそれ!? なんかムカつく!!)


 無視されたわけじゃないのに、何とも言えない敗北感を覚えた。まるで、自分の動揺を見透かされたような気がして。


 (……気のせい。あんなの、ただの偶然)


 自分に言い聞かせるように、公園を後にする。


 ——だけど。


 帰り道、ふと。


 さっきの「また見てた?」という言葉が頭の中で繰り返される。


 (なんで、そんなこと言うの?)


 何気ない一言のはずなのに、どうしてこんなに気になってしまうんだろう。


 その理由が分からないまま、凛子は春の風に背を押されながら歩き続けた——。


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