第1章第3話 空なれど

揺らめく炎は包み込むような暖かさだ。

鼓動がうるさい。視界がチカチカする。暑くないのに喉が渇く。

(鍛冶の神様、僕に力をください!)

神の炎がひときわ大きく輝く。クウヤは一気に手を引き抜いた。


「……え?……」


クウヤの手に握られていたのは、鞘だった。

そこに納められているべき刃はなく、ただ黒塗りの鞘だけがある。


「鞘…?」「刃がない…?」ざわざわとし始める。


「……器のみとは…。私も聞いたことがない。」

司祭が驚きを隠せず、うめくように言った。


「あれでは戦えまい。」「出来損ないか。」「鍛冶屋の息子が…皮肉だねぇ。」

心ない言葉が飛び交う。


家族がクウヤの元へ走り寄る。力なく項垂れるクウヤを母親が支えた。

「父さん、母さん、ぼく…。」

「大丈夫よ、クウヤ。大丈夫…。」


ざわめきは収まらない。

場を収めるべく、司祭は手を鳴らし、宣言した。

「授かりし魂鋼に誇りを!今日よりおのおのが鍛えなさい!」

司祭の宣言を皮切りとして、皆がその場を後にする。

クウヤ達家族もまた、同様に家路につくのだった。




◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆ ◇◆

季節は冬。

クウヤは今日も父が鍛えた鉄剣を振るう。儀式で刃は手に入らなかったが、それが鍛えることをやめる理由にはならなかった。

妹のサクラもまた、魂鋼を慣らすための訓練を続けている。

「うわっ!」

「あ、ごめん!お兄ちゃん!」

サクラの繰り出す突きを受け止めるが、そのまま吹き飛ばされてしまった。

「いてて…大丈夫だよ、サクラ。」

幸い大きな怪我はなかったが、魂鋼と凡鉄の差は骨の芯にまで響いた。


魂鋼には等級が存在する。

伝説に残る特級を除くと1〜5等級でランク分けされ、1等級ともなればもはや兵器ほどの攻撃力を持つと言われている。どのように区分分けされているかは、司祭にしか分からない。一説によれば、司祭は魂と武器との結び付きの強さを見ることができ、その強さを基準にしているとのことだった。

いつか父と話したことを思い出す。

『ねぇ父さん、魂鋼の等級ってさ、どれくらいの差があるの?』

『そうだなぁ、司祭様が見てくれるんだが、あんまり詳しいことはわからないんだ。父さんは5等級の槌を頂いたが、魔物に立ち向かうには心許ないしなぁ。』

だが…と続ける。

『1等級を授かった方は、万夫不当、一騎当千の力を得るんだそうだ。1国の軍隊にも相当するらしい。』

そうなるともう伝説的な英雄だな、と笑っていた。


サクラは2等級である。白を基調とした美しい槍。魂鋼により身体能力は大きく向上し、自身の身長よりもある槍を自在に操っている。

「んとね、槍が教えてくれるっていうか、感覚としてあるというか…。」

んー、と言葉に迷いながらサクラは言う。

「体が勝手に動いちゃうような感じがしてるから、今はそのズレを修正してる感じ。」

「そうなんだ……すごいな。」

クウヤは腰の空鞘に触れる。残念ながら自分はそのような感覚はない。そういえば、等級すら告げられていない。鞘だけでどう戦うのかという話ではあるが。


「クウヤ、サクラ。」

母の呼ぶ声がした。息を切らせながらこちらに駆けてくる。

「どうしたの?母さん。」

「最近森が騒がしいって、父さんと隣の街まで避難しようかって話をしたの。」

そういえば、そんな噂をお客のおじさんから聞いたことがある。森の深いところにいるはずの魔物が浅い地域に見られるようになったと。

「だから、あなた達を呼びに来たのよ。サクラは2等級だけども、実戦の経験はないから。」

それでも空鞘の僕よりは戦力になるだろうな、とクウヤはぼんやりと考えていた。


ガァンガァンガァン!


早鐘が町の石壁を震わせた。間が詰まり、打数が増える。襲撃の合図だ。


「なに…?何が起きてるの?」

サクラが不安そうに裾を摘む。

「分からない…けど、急いで家に戻ろう。母さんも。」

頷き合い、3人は駆け出した。


父と合流し、状況がわかってくる。

「魔物の氾濫だって?」

「あぁ、もう西門はもたないかもしれない。」

父は務めて落ち着いて話した。


魔物の氾濫〈スタンピート〉

魔物がなんらかの理由によって生態系を離れ、集団で暴走してしまう災害。

今回は西の森に生息する魔物がこの町に向かっているとのことだった。


「すぐにこの町を出なければならん。みんな、準備を…」



ドォン!!!


地の底から突き上げるような音。焦げと脂の匂いが、冷たい空気に混じった。

「門が……!」

クウヤは反射で駆け出していた。

「「クウヤ!」」

両親の叫びが背に刺さる。


まさに阿鼻叫喚であった。西門が破られてから、それほど時間は経っていない。しかし、町の至るところで火の手が上がっている。

人混みに逆らいながらクウヤは走り続けた。

進むにつれて血や亡骸が目に入る。

見れば、小鬼−ゴブリンがまさに親子を襲おうとしていた。

「やめろ!!!」

父が鍛えた鉄剣を握る。不意を突かれたゴブリンは背後から貫かれ、絶命した。

「あ、ありがとう…!」

「無事で良かった!あなたも避難を!」

親子に避難を促し、周囲を確認する。

先ほど倒したゴブリン以外にも猪に似た魔物や、オークと呼ばれる豚頭の魔物の死体が確認できる。町の衛兵や、町の住人の亡骸も。

平和だった町は、もはや戦場であった。

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