01-09: 蔭山さんの前髪になりたいっ!
「個人的にも、灯さんには入部してほしかったんですよね……」
CMまたぎ後の巻き戻しのように、蔭山さんの言葉が耳の奥でリフレイン。
切なげな響きを帯びた、丸みのあるアニメ声。
彼女の両頬の色と熱が、みるみるあたしの両耳に移ってくる。
口の中に甘酸っぱさが充満して、口内の上下左右がたまらず密着。
頬のすぼみを悟られまいと口へ突っ込んだポン・デ・ショコラ、そのチョコが苦く感じるほどに、口の中も、喉の奥も……甘い。
「なんていうか……。初めて見たときから、仲良くなりたいな……って、思っていたんです。名前どおりに明るそうで、そして元気そうな人で」
厳密には、
いまは黙っとこ。
「でも利賀先生が言うように、新しい土地に来たばかりで、本来の魅力を出せずにいるのかな……って。だからトレッキング部で、この土地のことを知ってもらえれば……って、考えまして」
「蔭山さん……」
「それからこれは、ただの気のせいだと思うんですけど……。灯さんとは、よく目が合うような気がして、いて……はい」
いや、それは気のせいじゃないっ!
事実あたし、いつも蔭山さんをチラ見してるからっ!
でも……でもね、蔭山さん?
あたしのほうは、目が合ってる実感ゼロっ!
だって見えないんだもん、蔭山さんの瞳っ!
「あ、あたしも蔭山さんとは、仲良くなりたいな……って、その……思ってたの」
「本当ですかっ!?」
「本当本当! だからその……トレッキング部、入る! 入らせていただきますっ!」
「わあ……!」
「これから友達として、仲良くしてもらえたら……うれしい。うんっ!」
「はいっ! ありがとうございますっ!」
大きく口を開けた笑顔の蔭山さん。
それから胸元でパンッと、強めに手を合わせる。
その音でにわかに、ほかのお客さんの視線があたしたちへ……。
……………………。
あっ……。
ああ……そうかも……。
蔭山さんが前髪伸ばしてるのって……。
こうして周囲の視線浴びるのがイヤなものを、隠しているのかも……。
例えば
……うん。
だから軽々しく「見せて」なんて言っちゃダメ。
クラスのみんなはそれ察してたから、蔭山さんへ前髪の話題振ってないんだ。
あたしって……大馬鹿。
孤立気味の自分ばっか悲観して、そんな当たり前のことに気づけなかったんだから──。
「……では、灯さんの入部を祝して、追加注文いっちゃいます?」
「えっ……?」
「先生から貰った軍資金、5,000円なんです。スカウトに失敗したら半額まで。成功したら全額使ってよし……って言われてますっ! アハッ!」
「よしっ! それ使いきっちゃお! 担任としては特別扱いしなくても、部員としてはしっかり特別扱いされよっ!」
「はいっ!」
──ガタッ!
二人同時に立ち上がる。
それから顔を合わせて、無言で口元をニッ!
……いい。
いまはまだ、蔭山さんの目を見れなくてもいい。
その長い前髪の奥に、笑んでる瞳があるってわかるから!
けれど、いつかは──。
素顔の蔭山さんと見つめ合えて、かつ、世間の視線から護る。
あたしは、あたしはいつか……。
蔭山さんの前髪になりたいっ──!
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