IQ300 :花を眺める魚/カスエル→IQ130

 そこは、光の届かぬ世界だった。


 数千メートルの水圧がすべてを押し潰し、冷たく、静寂に包まれた暗黒の海。だが、そこには命があった。


 カスエルという名の魚は、この海の底に住んでいた。彼は普通の魚とは少し違っていた。群れを持たず、ただひとりで広大な深海を漂い、考え続ける魚だった。


「海の底には何があるのだろう?」

「この世界はどこまで続いているのだろう?」


 仲間たちはそんなことを考えはしなかった。ただ餌を求め、危険を避け、短い生を全うする。それが魚の生き方だった。しかしカスエルは違う。彼は「知りたい」と思っていた。


 そんな彼が、ある日、不思議なものを見つけた。



 それは、光のない深海に咲く「花」だった。


 奇妙なことに、その花はゆらゆらと揺れ、まるで海の流れと対話しているかのようだった。根も葉もない。

 ただ、そこに「在る」


「なぜ、こんな場所に花が?」


 カスエルは花に近づいた。まるで吸い寄せられるように。


 花は発光していたわけではない。だが、その姿はカスエルの目を離さなかった。何かが、この花にはある。


 ──それは、見つめることで変化する花だった


 彼が眺めるたび、花の形がわずかに変わる。まるでカスエルの意識を読み取っているように、色も形も、刻々と変化していく。


 それはまるで、彼の「思考」そのものが花の姿を作り出しているようだった。


「……これは、何なんだ?」


 答えを求めて、カスエルは花を見つめ続けた。



 何日、何年が経ったのか、カスエルにはわからなかった。


 ただ彼は、花を見続けた。


 すると、不思議なことが起きた。彼が見るほどに、花の姿はより複雑に、美しく、異様になっていった。まるで、世界の「本質」が花という形をとって表れているかのようだった。


「もし、私が見るのをやめたら?」


 カスエルは目を閉じた。


 次に目を開いたとき、そこには──何もなかった。


 花は、消えていた。



 カスエルは震えた。

「まさか、あの花は……私が見ていたから存在していたのか?」


 もしそうなら──


「この世界も、私が見ているから存在しているのではないか?」


 その考えが、彼の中で広がった。

「私はこの世界を見ている。だが、もし、私がいなくなったら?」


 世界は存在するのか、それとも──。


 答えを探すため、カスエルは再び深海を泳ぎ始めた。


 そして彼は、知ることになる。


 彼が見つけた花は、この世界のすべての「本質」を映すものであったことを。

 彼が見つめ続ける限り、花は存在し続ける。


 では、彼が「この世界そのもの」を見つめ続ける限り──


 世界は、存在し続けるのかもしれない。


 そして彼は、また花を探し続ける。

 深い海の底で、ひとり。


 ──花を眺める魚となった

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