IQ300『花を眺める魚』→IQ:X 

月詠 透音(つくよみ とーね)

IQ300 :花を眺める魚/カロ→IQ70

 1. 深い海の底


 とても、とても深い海の底。

 そこには光が届かない。

 どこを見ても黒く、静かで、冷たい世界が広がっている。でも、そこに住む者たちは、この暗闇が好きだった。


 海の底で暮らす魚、カロはいつものようにのんびり泳いでいた。カロの体は、ふわふわと水に溶けるように漂い、暗闇の中でもぼんやりと光る鱗を持っていた。


 カロは特に何も考えない魚だった。

 ただ、今日も生きているなぁ、と感じるくらい。でも、時々「なんでこんなに暗いんだろう?」とか「上のほうには何があるんだろう?」とぼんやり思うことがあった。


 そんなある日、カロはとても不思議なものを見つけた。



 2. 海の底の花

 

 それは……花だった。


 こんな深い海の底に花なんてあるはずがない。光もないし、土もない。なのに、それは確かにそこに咲いていた。


 花はゆらゆらと水に揺れながら、ぼんやり光っていた。


 カロは驚いて、じーっとその花を見つめた。


「……なんでこんなところに花があるんだろう?」


 カロは花の周りをぐるぐる泳ぎながら考えた。でも、よく分からない。


「食べられるかな?」


 ぱくっ。


 カロは花をかじってみた。でも、味はしない。何も変わらない。ただ、花はそこにあるだけだった。


「うーん、なんだか不思議な気持ちになるなぁ」


 カロは花を食べるのをやめて、またじーっと眺めた。


 すると……花がカロに話しかけた。



 3. 花と魚の会話


「あなたは、なぜ私を見つめるの?」


 カロはびっくりした。魚の世界では、普通ものはしゃべらない。特に、花がしゃべるなんて聞いたことがない。


「え? だって、君は変なところにいるから」

「変なところ?」

「うん。だってここ、暗いし、花が咲くような場所じゃないでしょ?」


 花はくすくす笑った。


「私はどこにでも咲くのよ。海の底だって、空の上だって、誰かが私を見つけてくれれば、それでいいの」


 カロはよく分からなかった。でも、なんだか面白いなと思った。


「じゃあ、君はなんでここにいるの?」

「それはね……あなたに見つけてもらうためよ」

「ぼくに?」

「そう。あなたが私を見つけて、考えて、そして話をしてくれる。それだけで、私はここにいる意味があるのよ」


 カロはちょっと考えた。花の言っていることは、よく分からない。でも、なんとなく「楽しいな」と思った。



 4. 世界は広い


 カロは花とたくさんの話をした。


 花は、「海の上には空がある」とか、「もっと浅い海には、カラフルな魚がたくさんいる」とか、「世界はとても広い」ということを教えてくれた。


 カロは初めて、「知らない世界」に興味を持った。


「ぼく、もっと上の方に行ったら、もっといろんなものを見れるのかな?」

「ええ、きっとね」


 でも、カロは少し不安になった。


「でも、ぼくはこの暗い海の底が好きだよ。ここでのんびりしているのが、一番落ち着くんだ」


 花は静かに揺れながら言った。


「それなら、それでいいのよ。世界が広いことを知るのは大切。でも、自分が好きな場所を見つけるのも大切なの」

 カロはなんだかうれしくなった。


「そっか。じゃあ、ぼくはここにいるよ。でも、時々君に聞いた世界のことを思い出して、いろいろ考えてみるね」

「それでいいのよ」



 5. ずっとそこにあるもの


 それからも、カロは花のそばにいた。

 たまに花のことを忘れて、ほかの魚と遊んだり、おいしいプランクトンを探したりした。でも、またふと気づくと、花の前に戻ってきて、じーっと眺めた。


 花はずっとそこにあった。

 何も言わないときもあったけど、カロが話しかけると、いつでも優しく答えてくれた。


 そしてカロは思った。


「ぼくは、この花と出会えてよかったな」

 カロは海の底で、のんびりと、花を眺め続けた。


 ―おわり―

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