第5話

 それから里沙と三村は週に1回は必ず委員会で顔を合わせるようになった。ただ分担が違ったので、相変わらず会議以外の委員の仕事ではまったく会うこともなく、会議の後もその分担のグループでまた打ち合わせをしたりしたので、それ以来言葉を交わすこともなかった。


 そんな中、里沙は日常のなかでもなんとなく三村の姿が目に付くようになっていた。

 教室の窓から見えるグラウンドで三村が体育でもしていれば見つけられるようになったし、移動教室で三村のクラスの横を通るときは無意識に教室の中をながめるようにもなっていた。

 会議に行くとなんとなく三村を確認していたのが、いつのまにか他でも癖になったかと里沙はそんな自分を把握しながらその理由は深く考えていなかった。

 とある日の授業後、部活の無い者だけで委員の仕事を行っていた。里沙はちょうど活動日とは外れていたので、用具倉庫の確認のため体育館に向かった。当然そこでは部活が行われていてバスケ部にバレー部。三村の姿もすぐに見つけられた。

 いると認識しただけで、まっすぐ倉庫へ行き同じ委員の女子と中でガザゴソと備品の確認をしていた。


「仕事中?」


 突然倉庫内に誰かの声が響いた。


「ひゃ!」


 悲鳴をあげたのは、里沙と一緒に来ていた女子の方だった。里沙と一緒に作業することの多いこの一条もも江は里沙からみればかなりお淑(しと)やかな印象だ。

それが悲鳴などあげるから一体何事だと慌てて入り口近くにいる一条の傍へ向かうと、明り取りと通気のために開けていた倉庫の扉の間に三村が立っていた。


「ごめん、びっくりさせた?」


 三村のほうも一条の反応に驚いていたようだったが、心配げな顔をしている。だが、どうしても薄暗い倉庫内から光あふれる体育館を背にしている三村は逆光でじっくり見ないと顔は分かりにくい。


「そりゃ驚くな」


 里沙が言うと三村は素直に謝った。


「手伝おうと思っただけなんだけど」

「部活は?」

「今休憩中」


 里沙の当然の疑問に三村は納得の理由を返したので、頼む気いっぱいの里沙は一応作業の相棒にも確認を向ける。


「どうする? 手伝ってもらう?」


 里沙が驚きで固まっていた一条に聞くと、金縛りから解けたように肩の力を抜いて今度は恥ずかしそうに微笑んで、遠慮しながらも協力を求めた。女子二人で不可能ではないが、男手があったほうがはかどることは間違いない。それに今回の倉庫での作業は少しだったので、休憩中の僅かな時間でも終わらせることができると分かっていたからだ。


「じゃあ少しだけお願いします」


 素直に二人で頼むと三村も笑顔で快く引き受けてくれた。


「ちょっと待ってて他のも呼ぶから」


 そう言ってバレー部員の男子を3人も連れてきて、作業はあっという間に終わった。


「ありがとう、助かりました」


 二人で手伝ってくれた男子にお礼を言うと恐縮しながら部活へ戻っていった。


「みんな良い人達だね」


 倉庫を出ながら一条は可愛く笑ってそう言った。


「うん、早く終わって良かった」


 里沙も同意して笑い返すと、腕を取られて体育館の出口とは違う方向へ導かれた。


「すぐ戻っても働かされちゃうからちょっと休憩していこう?」


 彼女は体育館の舞台に腰掛けて部活風景を眺めだした。少しその行動に驚きながらも、里沙もその横に座った。

 当たり前の様に三村の姿を目で追っていた。

 練習に励む三村の姿はいままでとはまったく別人のようで、少しだけ胸が熱くなった気がしたが、横に座る彼女が耳打ちしてきた言葉ですぐ打ち消された。

 小さく囁かれた声に瞬間的に一条の顔を見た。


「それ本当?」


 里沙が声を潜めて聞くと、一条もも江は嬉しそうに頷いた。


「内緒ね、行こう」


 軽やかに舞台から降りた一条はいつもと変わらぬ様子で体育館を去っていく。

 里沙は慌ててその背を追いかけた。

 耳打ちされた内容は、バスケ部のエースと付き合っているということだった。なんといってもバスケ部のエースは校内でも人気の1、2を争うカッコ良さでかなり競争率の高い相手だ。それを一見地味な一条と付き合っているとは里沙には思いつきもしなかった。


「何で教えてくれたの?」

「誰にも内緒だったんだけど、どうしても言いたくなっちゃって」


 恥ずかしそうに笑う表情は乙女そのものだ。


「でもなんであたし?」

「高峰さんなら大丈夫だと思ったんだ、あとさっきの顔見たら思わず言ってた」

「顔? あたしの顔?」

「うん、なんだか嬉しそうだったから。高峰さんも誰か好きな人いたの?」

「…………いやーいませんよー」

「そう?」

「うん、とにかく誰にも言いませんのでご心配なくね」

「ありがとー」


 幸せそうな笑顔と裏腹に、里沙はさっきの鼓動の熱さがぶり返したようだった。



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