第28話 サブリミナル
「現在はまだ今年の黄輪祭が終わっていませんので、この話し合いすら非公式で進めていますが、実行委員としてはそろそろ前進が欲しいものです」
「わかっていますよ」
ぶしつけな言われ方を瞳は流した。生徒会書記担当の太田すずなは、瞳に対して何処か差し迫るような勢いがあった。瞳が答えると、すずなは肩にかかっていたミルクティーの色をした髪を下ろした。
瞳も最初は生徒会からの差し金、あるいはオブザーバーという役割であることはわかっていた。結果的に組織の維持のため、裏で結ばれた密約の影響を受けているのである。
今年行われる黄輪祭に参加する全学校生徒の視線を集中させるため、荒環史高校の実行委員が準備を行うことは五月下旬とされていた。したがって、実行委員の人員拡張は現状不可能である。瞳が個人で動くしか他になかった。
「来季はどのように盛り上げるか。これは毎年の課題ですね。織姫高校で出来ることが荒環史高校では不可能となることも多いので。人手も少なければ、決まりも異なりますから。それに予算は織姫の半分」
すずなは理解していないわけではない。瞳がまとめた資料を頭に入れた上で、来年はどうするのかをただただ構想しているだけなのだ。
同じではつまらない。二番煎じは通用しないのと同じである。今のままでは盛り上がりに欠けるというのは、見えている結論であった。
「策がある……」
瞳はすずなの目を見る。痛い所を突かれたわけではなさそうだ。あてずっぽうに物を口にしていないのだろう。
「ありますよ。不評の競技は執り行わず、人気競技に集中。それで予算はいいでしょう。盛り上がりが最大の課題です。こちらが動かしたところで、かえって盛り上がらないということにもなりますので、ステマ的な手法で潮流を動かすしかないかと」
失敗を完全に避けた方法論がすずなの口から出た。だが、それは教本通りに文章を吐き出しているように聞こえた。
すずな自身の考え方とやや異なる。思った程、積極的な策は出さない。守りに徹した単純なやり口であった。
つまらないと言うことは簡単だ。しかし、こういった議論の場では批判ではなく改善を促さなければならない。
無いようである策で追いつめられたというべきか。果たして追いつめられているのか。そう誤認させられている。
「まあ、それでいく?」
「反論は?」
「机上の反論が欲しいの」
「いいえ」
言葉数の少ない反論で相手は納得させた。前進しているようでしていない。結局はどこかで人の足を引っかけることしかできない。それが殆どの人であった。
「でも先を無理に急ぐ必要はないと思います。今年の黄輪祭が終了してからでも間にあう」
「間にあう……」
すずなは首を傾げた。
「間にあう理由は……あるから言っているのか」
「織姫の出方を伺ってからでも間にあうわ」
周囲にいた生徒が一階に繋がる階段へ向かっていく。時刻は予鈴が鳴る前だった。
時間も時間ということで二人だけの会議は一応解散となった。瞳は食堂を南側から出ようとしていた。
「そこの一年生」
瞳は自分が呼ばれていると気づかないふりをして食堂の南側から出ようとしていた。
「あんただよ」
瞳の肩に手を乗せた。置いた手を肩から弾き飛ばすべきか。口ぶりからすれば相手は上級生だろう。柔軟性のない大きくて力のある手。相手は男性であろう。瞳は振り向いた。
「しつけのなっていない犬のようだ。眼差しは狼か」
喧嘩を売っている。いつの間にか目をつけられた。
二回りも大きい背丈。抑えの利いたバリトンの声。名は体を表すというよりは身体が名よりも先行している。勢いのある大柄な男性はこの学校に存在するアンダーグラウンドの主であろうか。
「お前が新しい荒部連か。まあいい、いずれ楽しみにしていろ」
「トリプルブッキングの続き……」
「瞳」
ミカが後ろから声をかける。瞳は相手から一瞬目を逸らした隙に居なくなっていた。
「どうした?」
不審な動きで周囲を見渡す瞳に尋ねた。瞳は何もなかったかのようにふるまった。
「なんでもない」
それから数時間経った後、瞳の周りには複数人のクラスメイトがいた。そこにミカもいる。しかし瞳には話の内容はさっぱり入ってこない。
「それで部のエースにって決まったみたい」
「それはダッチ大変だね」
「まあ、仕方ないよ。
「来年は主催だからって学校内ではどこか気合が入っているよね」
「その割には何かしてくれるわけでもないから」
「オリンピックと一緒よ。自国開催になると、どうにか自国選手が活躍させようとする。だから、その前の大会から徐々に存在感を発揮したいのよ」
「確かに、前の大会でやけにメダル取るものね」
「どうやら生徒会は主催に介入出来ないらしくて悔しがっているみたい」
「あれでしょ。旧文芸部の部室疑惑。あれに前生徒会メンバーが関与しているとか」
「それの埋め合わせを行った結果予算足らずになって、大モメになったって――」
「瞳」
はっと現実に引き戻された。ミカの呼びかけに反応して振り向く。ミカは話をしている集団の外側で、口元を隠して話す。
「気にしない方がいい。色々、井戸端会議レベルの情報は集まった。それでいい」
「そっちじゃなくて」
瞳は訂正した。ミカは集団の会話を気にしていると思ったのだろう。
「それで」
「ああ、昼休みに唯先輩から頼まれた仕事をね。野外活動部がアウトドア用品を整理するから手伝ってほしいって」
「本当の雑用ね」
「だから、手伝って」
ミカの真意はわからない。混沌の中から光がこもった目は表裏一体を体現していた。カタルシスのない実情が目の前にある。
放課後、瞳はミカの言う通りの場所に訪れた。校舎北側の裏であった。車が二台通れそうな幅の真ん中にホームセンターで売っている物置が二基置かれている。
瞳よりも前に来たのだろう。ももと稔が校舎の壁に背を向けて立っていた。二人は瞳に気づくと声をかけた。
「瞳」
手を振るももに手を振り返す。
「ミカに言われて?」
「そう」
「電話もくれたみたい。だけど、それほど急ぎじゃないような」
「多分、唯先輩に何人来れるか早く連絡しなければならなかったからじゃない」
当の本人はまだやってこない。そして、野外活動部の部員が来る気配もない。
「瞳は何をするか知っている?」
弧を描くように山なりで緩い声でももは問いかけた。
「ミカから聞いたのは野外活動部がアウトドア用品を整備するから手伝うって」
「そうなんだ。私たちはあまり聞かなかったよね」
「うん。そうだね」
ミカが現われたのはそれから数分経った頃であった。日はまだ沈まない。伸びた影はゆっくりと近づいて行く。
「もう、揃っていたの」
「ミカが遅いだけ」
「そうだね。野外活動部はもうすぐ来ると思うよ」
ミカの言葉通り、野外活動部の部員は現れた。一人一人持っているものはアウトドア用品を畳んだものであった。
どこにしまってあったのかと思うほど、アウトドア用品は数多くある。校舎の端から端まで並べられる程であった。それぞれを組み立てたりする際にスペースが必要となる。その為作業が出来るよう間隔が空けられた。
四人が邪魔にならないよう壁際に立っていると、どっしりと構えた柳のような印象を持たせる人物が声をかける。他の部員に指示を出している姿から、アウトドア部の部長だと思われる。
「貴方達が荒部連のお手伝いね」
「はい、そうです」
「岸からどこまで聞いている?」
岸とは、あおの苗字であった。言われた時に、ももと稔はポカンとしている。わかっていた残り二人が答える。
「手伝いとまで……ですね」
「じゃあ、まずテントを組み立てるから、部員を手伝って」
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