第13話 ミラーアタック
土曜日の午前七時。天気は快晴。カーテンのすき間から漏れる日差しはその証拠である。
いつもより早く起きた休日は、眠気がまだ残っている。何とか身体を起こして、活動可能な状態を作ろうとしていた。
(着替えるか)
ミカは気怠い感情と戦いながら、今日着ていく服を選んでいた。クローゼットに収納されているプラスチックの収納棚には、瞳に選んで貰った服がきちんとしまってある。組み合わせは少し前に貰ったファッション誌を参考にしていた。
ミカは服装選びがあまり得意ではない。大抵はどこかで見た通りに着用するしか他になかった。
時間はまだ二十分程度しか経っていない。九時に出れば何とか間に合うであろう。
ミカは着替えるとベッドに腰を下ろした。この服装も好みではない。所詮、服装というものは見た目を着飾ることに過ぎないのである。
首にチョーカーを付けた。プライベートでは出掛ける時のみ付けていた。薄暗い部屋の中でミカは天井を向いていた。現時刻は七時半過ぎである。ここから、ももの家までは歩いて三十分くらいであった。その間にかつて通っていた小学校がある。お互いの家の中間点に小学校が存在した。
昔はよく遊びに行った記憶がある。学校から直接ももの家へ行き、それから自宅へ帰る。小学生の頃はそれがとてつもなく長い道のりに感じた。
思い出せる過去はそれくらいか。今はその道のりも変わっているだろう。
時間が近づくにつれて、心情は億劫になっていく。息が詰まり始める。楽しみはない。謎の不安に飲まれていく。
ミカは口から息を地下から押し出される通風口のように吐き出した。
そうしているうちに時刻は八時を過ぎた。ミカは黒のカバンにスマホと長財布を入れると、カバンの紐を右肩にかけて部屋を出た。
家には母親しかいない。もう起きているだろう。部屋から物音が聞こえた。ここ数日は顔を合わせていない。何処に行くのかも伝える必要はないだろうと思っている。
ミカは足音を立てずにスタスタと廊下を歩いていく。そしてローファーを玄関にある腰の高さ程の靴箱にしまい、水色のランニングシューズを取り出した。ランニングシューズを履くと鍵を開けて、音を立てないように扉を開けてマンションの廊下に足を踏み入れた。そして音を極力出さないようにして鍵を閉めた。
ミカは下に降りる為、エレベーターホールへ向かった。住んでいるマンションにはエレベーターは三台並んでいる。
一番左の一号機は今九階で停まっている。真ん中の二号機は五階。一番右の三号機は一階に停まっていると表示されていた。
ミカは今六階にいる。一番近いのは真ん中である。しかし、左の一号機は九階から八階に降りて停まっていた。勝手に降りてくることは考えにくい。誰かが乗り込んだのであろう。
(左端は降りてくる)
予想通り、一号機は七階へ降りてきている。六階を通り過ぎるまでミカは待っている。通り過ぎると同時にボタンを押した。
エレベーターで一階まで降りて、ミカはエントランスから外に出た。
日差しはもうすぐ夏になるという温かみであった。温暖化の影響だろう。小さい頃の
ミカは駅とは反対方向へ向かって歩いていた。商業施設が立ち並ぶ駅周辺とは異なり、こちらは住宅が建ち並んでいる。小学校が近いこともあって道路は車がスピードを出しにくいようにややカーブした造りになっていた。
ミカは小学生の頃に通った道でももの家へ向かっていた。当時はあまり考えずに、近道だけを歩いていたことがわかる。道幅の狭い道をかいくぐって自宅からももの家へ向かっているからである。
小学校からももの家までは上り坂であった。丘陵の影響なのであろう。逆に小学校からミカの住むマンションまでは緩やかな下り坂であった。頭を上げると、その先には放物線を描くような長いカーブの先はうっすらと見えていた。白妻から西にせりだっ丘の上にある高級住宅街の地区は
カーブになった坂を登り切ると、住宅地が広がっている。ミカの住むマンションや、駅前のスーパーもここからよく見える。もうすぐ辿り着くが、やや息が上がり始めていた。
午前九時十一分。スマホの画面にそう示されている。約束は九時半であった。しかし、既にミカはももの家の門に到着していた。
その時、カバンの中から通知音が聞こえた。
着いた?
カバンからスマホを取り出して画面を見た。送ってきた相手は瞳であった。ミカは周囲を確認し、道路の白線の外に入り、崖を背にした状態で返信した。
一応
一緒に入らない?
じゃあ、待ってる
待ってて
瞳からの返事に既読を付けるとミカはスマホをカバンにしまった。
太陽は徐々に南に近づいていた。ミカのいた場所は下りカーブに差し掛かる地点である。しかし、ももの家の敷地を囲う塀が太陽に照らされて影が生まれていた。ミカの足元は陰の中である。
汗が首を通して身体にしたたる。ミカはカバンからハンカチを取り出して、汗をぬぐった。目は虚ろになり始める。
土曜日であるが、車は通らない。まるで誰もいないかのように静かであった。
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