口を慎め、放浪者

千華

口を慎め

「口を慎めよ放浪者如きが!」


 平手打ちに顔が揺れる。


「お前如き、放浪者如きに、あいつの苦労がどう分かるという!?言ってみろ!」


 擦るような行動もできず、私は人形のように立ち尽くす。


「実に不愉快だ。いいや、不愉快なんて言葉では収まらない。お前を手に掛けることが出来たなら、私は迷わず口を開いていただろう。立ち去れ。今のお前に出来る、それが最大限だ」


 吐き捨て、目の前のお怒り者が先に去って行った。



 立ち去れと言われたからには、私は足を動かさねばならない。

 口を慎めと言われたからには、私は口を閉じなければならない。


 しかし、それが出来ればどんなに良かっただろうか。

 誰も、好きで火を噴いているわけがないだろう。

 合せられた照準の先で、あっけなく何かが吹き飛ぶのを、目線を逸らすことも出来ず見守ってしまう。


 実に辛い、生き方だ。



 ***


「口を慎め放浪者!」


 目の前で、誰かが誰かにそう怒鳴られた。

 視線を逸らしていた私は、自分がそう言われたのかと錯覚しすぐに視線を戻す。


 あぁ、きっと世の中、口を慎んだ方が幸せで溢れる。

 言葉に良い作用なんてないのだろう。


「どう思われます?王女様。このような無礼者、放浪者として生きる価値すらない。地獄へ落とすべきと考えますぞ!!」

 

「そうだそうだ!」「良く言った!」「王女様ご英断を我らに!!」

 そう口々にガヤも飛ぶ。

 全て、私に向けられたものだった。


「放浪者とは、定住地のない国民を指します。彼もまたその1人。違いますか」

「そ、そうですが!!放浪者にも罪と罰はありましょう!?こやつは私の娘を誘拐したのですぞ!!ご覧になったでしょう!!」

「そうですね。では、どうしてほしいのですか」

「ですから!こやつを地獄へ!!」


「口を慎め愚民共。なんたる愚言、二度と発するな」


「なっ・・・!し、失礼致しました」


「これにて閉廷と致します。繰り返しますが、ここで起きた事象、及び発言等、一切口外を禁じます。よろしいですね」


 私は開廷時と同じ台詞を繰り返し、玉座を去った。




 ***


「なぜ勝手に死刑などに処したのですか。私は彼も放浪者の1人と言いました」

「王女様。我が国には法律というものがございます。子の安全を脅かす、あるいは安全を奪った者には極刑が科せられると決まっております」

「私はそう言っていません。違いますか」

「えぇ、ですが、王女様と法律は別の存在です」

「ならば、貴方には彼を生き返らせる術があるというのですか」

「・・・どういう意味でしょう」

「貴方に一体どんな立場があるというのです」

「数いる国民の1人に過ぎません」

「えぇ、そうです。国民が、同じく国民の命を奪うことなど、絶対にやってはならぬことです。どういう了見ですか」

「王女様。質問を返すようで失礼致しますが、仮に今回の放浪者が誘拐した少女を殺害していたとすればどうでしょう。王女様はいかなる判決をお下しになりますか」

「実に無礼な発言ですが、そうですね。少女を蘇らせる方法を探します」

「放浪者については」

「人に、人の人生を奪う権利はありません。それは、私でも同じことです」

「・・・お考え、よく分かりました。肝に銘じておきます」

「よろしくお願いしますね」



 終始丁寧な口調の私を、どこか見切りを付ける様子で重臣は去る。

 私は立ち上がり、窓から処刑台を見下ろす。

 手を合せ、

 いいや、上層から実に無礼だ。


 部屋を出、城の階下に向かった。




「私は、貴方の人生になんと謝罪申し上げれば良いでしょう」

 

 言葉は返ってこない。

 始末屋は処刑の痕をまたバツが悪そうに片す。

 

「貴方を蘇らせる方法を、私は必ず探し当てます。どうか待っていて下さい」

 

 白く、平たい手を強く合せる。

 冷たい地面に膝を付き、頭を下げる。

 最後の生き意地とでも言わんばかりに、刃に強く残る赤黒い血に、手袋を取り素手で触れ、三度みたび手を合せた。



 



 両親が戦争により国民に処刑され、私は当時僅か2歳の赤子だったがために、それに巻き込まれずに済んだという。

 政治の話題が分かる年齢になり、重臣からこれまでの全てを伝えられた時、両親が、自国の領地を増やすために戦争を推し進めたと聞き、酷く落胆した。

 なんて恥ずべき両親だろう。ここまでくれば、極刑と言われても当然やもしれない。

 いいや、そんな考えは良くない。


 国王と王妃という、国を治める2人が亡くなったことにより、国は実に不安定となった。

 独裁を続ける両親が討たれたことにより戦争は終結を迎え、我が国は大きな損害をもって命の損失を止めることが出来たという。

 現在、我が国は当時戦争の相手となった隣国に収められており自由は利かない。

 

 しかし、隣国の植民であるとはいえ国は国。

 トップを失った国で求められたのは、皮肉にも後継者であった。


 重臣のいう法律とやらで、国王になることが出来るのは男性のみ。そして年齢も16歳を超えてから。

 しかしながら、同じく法律により国民の結婚が許される年齢は男女共に16歳から。


 現在15歳の私では、結婚はもとい、性別を偽ったとしても国王になることも出来ない。

 

「王女様」

「なんですか」


 私が毎日城壁裏の墓地に通っていることを、なにかで知っている重臣はいつも私をここから剥がしにやってくる。

 

「明日朝、必ずお部屋にいらっしゃって下さい」

「なんですか?」

 

 明らかに何かを隠すような言い回しに、ほんのり眉が歪む。

 その緊張を察すように、重臣は目線を私に合わせて再び言った。


「必ず。早朝、お迎えにあがります。こちらへの展墓も明日はお控え下さい」

「・・・・わかりました」


 15歳の小娘を説得するのにも一苦労だろう。

 任務達成と言わんばかりに一息つくと、今日は私を連れずにその場を去った。


 毎日、墓標の掃除は続けているので汚れはない。

 いつもは重臣に引き剥がされてもここを動かないのだが、今日は少し早めにここを後にしよう。

 さっさと立ち上がると、前を歩いていた重臣を抜かしている。

 背後でため息をつかれた気がした。



 ***


「成果はありますか」

「王女様。今日はお早いですね!」

「明日に予定が入ったので」

 

 重い木の扉を、ノックなしに開く私を、部屋の主は当然のように迎える。

 そのまま温かい茶と椅子を勧めると、自身は作業に戻った。


「成果は、そうですね。芳しくありません」

「・・・・・・そう」


 毎回同じやり取りも、これで通算600回といったところだろうか。

 いつもより重いリアクションに、主は珍しく振り返った。


「新聞、読みましたよ」

「その話はしたくありません。忘れるつもりもないですが」

「早まらない方がいいと思いますよ。失敗は成功のもとと言いますからーって、ベタな言い訳ですよね」

「まったくですね」


 彼なりの励ましに、私も正直に同意する。


「最近は極刑に処される者も減っていましたから。王女様こそ、成果は出ているのではないですか?」

「そう言って頂けるなら、素直に受け取っておきます」

「・・・珍しく素直だ」

「疲れました」


 決して高くはない、市場の安売りで買ったような紅茶を一口飲み、温かいため息が充満する。


「では、そんな王女様に僕からサプライズです」

「え?」


 王宮では決してできない、机に顔を突っ伏した姿勢から起き上がる。

 しかし、背後から目を塞がれ咄嗟の自体に声が揺れる。


「な、なんですか!」

「お、おお落ち着いて!怖いことはありませんって!」

「はぁ。励まそうとしてくれるなら結構ですよ」

「励ましになるかは分かりません。ですが、喜んで頂けるとは思います。ちょっと目を閉じていてくださいね?」


 主の高揚した声に、渋々従う。

 私が目を閉じたのを確認すると、彼は作業台から机に何かを移動させた。

 「どうぞ」という優しい声で、落ちていた重い瞼を開く。

 なんだろうか――


「・・・ねずみ?」

「はい」

「・・・可愛いと言えばいいですか?」

「・・・・僕は可愛いとは思いませんけどね」

「私もです。生命に喜びは感じますが、それが可愛らしいかはまた別ですよね」

「納得させるように言わなくても、失礼にはあたりませんって」


「きっと、こっちは見たくないでしょうから伏せますけど」と、固まる私の前に、可愛くはないねずみの入ったゲージと同じものがもう一つ並んだ。

 そちらには上から布が被せられており、中は確認できない。


「可愛くないねずみの方は、元死骸です」


「・・・・・は?」

「ごめんなさい。嘘、つきましたね。成功ですよ」


 王族らしからぬ、気品と女性らしさを重んじる私として失格の態度で椅子から立ち上がり、主を見つめる。

 呆然とする私に、彼は再びねずみのゲージを見せた。

 

「頑張ったんですよ?」

「・・・・可愛らしいですね。えぇ、あり、ありがとう・・・ありがとうござ、感謝します・・・」

「あははっ。舌回っていませんよ」


 正確に年齢は尋ねたことがなかったが、恐らく私から2,3個年上なだけの少年に柔らかく笑われるのは、不愉快ではなかった。




 ***


「王女様。今、おいくつですか」

「15です」

「お誕生日はいつでしたか?」

「知らないのですか?――ですよ」

 

 不機嫌に答える私の言葉に、なぜか重臣は頷いた。


「――、ちょうど二月後に迫っています。私の言いたいことがお分かりになりますか?」

「・・・今日の会合はそういうことですか」

「聡明でいらっしゃり助かります」

「どういたしまして」


 いつも私の身なりなんて私に任せたままなのに、やけに早朝から侍女に手伝われたことから違和感はあった。

 いつもの審判ではない、何か大がかりな、下手をすれば国外への遠征くらいの感覚だ。


「どちらに?」

「こちらからは伺いません。あちらから」

「そのを聞いているのです」

「隣国、でよろしいですか?」

「・・・・はい」


 語尾を強めた返事で応答すると、侍女の髪を解く力の強さに顔をしかめる。


「王女様は気品、外交力で既に心配はありませんので、思うままにお話し下さい」

「話すって、何を?」

「ですから、隣国の王子様とですよ」


 

 ***


 全てがトントン拍子に進むとはこのこと。

 私が国から離れることを断固拒否したことをどうしてか隣国の皇帝は汲み、王子とやらが我が国に住まう形で婚姻はされた。


 とはいえ、結婚したからと私の生活が変わることはない。

 別に変わった人でもないし、私にどうこうも考えていなそうな、平凡な男だった。

 歳の差を覚悟したが5つ上。王族同士の結婚にしては許容範囲だろう。

 

 初めのうちは、人見知りを発動した私に気を使って、食事の席のたびに話しかけ、仲を深めようと努力してくれた。

「友達からでいいから」と彼はいい、平凡なりの落ち着きのある笑顔を見せた。

 不愉快ではなかったし、重臣が16年、私に向け続ける外面よりもうんとマシだと思った。

 主張が少なく常に肯定的、政治の面でも常に部下から反感を喰らう私の審判の在り方に意見を示さず、「不思議な子だね」とぼんやり言うだけだった。



 それだったのに、だ。


 あれほど怖い夜は体験したことがなかった。

 常時の護衛を付けない代わり、何かあったら叫ぶようにと幼い頃から言っていたのは重臣だ。

 それなのに、どれだけ叫んでもあの夜、あの男は私を助けなかった。

 

 堕ちるように王宮を出た。


 当然のように部屋の前に仁王立つ重臣を押しのけ、適当な上着一枚だけを羽織って走った。


「王妃様!」


 皮肉にも、背中にかけられた声が忘れられない。

 なぜか、聞きたくない重臣の丁寧な声に涙が誘われ、誇り1つない床に零れる。


「貴方は、この国を背負う方だ!そのために、貴方も、そして私も覚悟を決めねばなりません!!」

「来ないでっ!」


 何を血迷ったか分からない。

 次の瞬間、遅れて靡く自らの髪を突っ切って、毎日見続けた胸元に赤い花を咲かせていた。


 バチンと重い音が闇の王宮を貫く。


「口を慎め無礼者!!!私は、お前の装飾品でないぞ!!!去れ!私の目の前から、去れ!!」


 

 

 

 ほとんど町に行ったことのない私が、涙まみれの視界で辿り着ける先は1つしかなかった。

 深夜何時かも分からない。

 何も身につけず、何かを羽織っただけの私を、柔らかい笑顔は601回目の出迎えをしてくれた。


 扉を開くなり体の中を吐き出す私を、まるで実験対象のように数秒凝視したあいつを平手打ちにした快感は二度と味わえまい。


 結局、落ち着いてからも、男経験ないからーとしか言わない童貞を再び腹殴りにした。

 それでもずっと涙が出た。



「生きたくない」


 収まらない衝撃のままにそう言っていた。

 やはり死んでいたねずみが動きだしたような顔で私を覗き込むので汚い言葉でも発そうとしてみれば、突然顔を近づけられた。


「なぜですか」

「えぇ?」

「貴方は死んだ人に生き返って欲しいからこの実験を続けていたのですよね?死にたいと思ってしまうことがあるのですか?」

「――え?」

「・・・・すみません。変なこと聞きましたね」

 


 言わなかった。人を殺した王妃に、まだ生を渇望する権利はあるだろうか、と。

 彼は、死者の体が残っていれば、それを蘇らせる術をもう手に入れていた。

 それこそ、私が渇望したのだ。

 父と母のように命を愚物と思いはしない。

 人に寄り添うのではない、そうはできていなかっただろう。

 

 生は美しい。

 



 すぐに、主の家を去った。

 一瓶だけ、蘇りの秘薬を貰った。


「ありがとう」

「どういたしまして。って、今更言うことではありませんよ」


 じっと、瓶の中に生きる黒い液体を見つめる。

 

「答えを、出してくるわ」


 穴の開いた背中に、見る影などなかっただろう。



 城壁裏へ行き、迷いなく、瓶の中身を墓から掘り返した誘拐犯の骨にかけた。


 ねずみの実験で見た通り、順々に生成されてゆく肉体のそばに、既に人殺しを犯した拳銃を添えた。


 それが、彼が私に出してくれる、答えであろう。



「おはよう」

「王女様・・・」

「失礼ですね。私はもう王妃なのですよ」


 なぜか、上辺だけでも笑顔を浮かべられた。

 足下の拳銃に気づいた彼は、それがまだ温かみを持っていることに気づき私を呆然と見つめる。


「貴方にとって、これは幸せにあたるでしょうか」


 1人で言葉と紡ぐ私を、彼は見つめ、そして拳銃を手に取った。


「いいえ」


「けど、貴方様が導くこの後の世界に、興味があった」

「残念です。それは、間もなく潰えますから」



「口を開いて下さい。閉じていますよ」


 まっすぐに向けられる口へ


 そして、それが側面を向くまで、私が記憶できた限りだった。



「!!!口を、慎め!!!放浪者!!」


「貴方を生かすことが出来る。本望だ」


 口を開いても、答えが出るわけではない。


 口を慎めば、それは一切の遮断を意味する。



 私に残されたものが、私に許されるものが、幸せではないと、彼は分かっていたようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

口を慎め、放浪者 千華 @sen__16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ