一番星カサブランカ
珠邑ミト
1.天使降臨とスリップ守護霊
第1話
「ふわわわわっちょ――――い!」
唐突に頭上から降りそそいできた、その甲高い悲鳴(?)に、はっと目を開けたとたん、真っ白な太陽の光がトウマの目を射抜いた。
慌てて目を閉じ、がばりと起き上がる。うっかり油断して直視してしまった光は強烈だ。ピロティのタイルの上をトウマの視線が泳ぐのにあわせて、虹色の影を帯びた残像が移動する。
次の瞬間、バサバサバサッとあたり一面に何かが降ってきた。
「うおっ」
御多分に漏れず、トウマの後頭部にもそのうちの一つがぶつかったらしい。しかし大した衝撃はなかった。頭を左手で抑えながらバチバチと瞬きしていると、ようやくさっきの残像が薄らぎ、辺りが見えてきた。
紙だ。
大量の紙がぶちまけられている。
「なんだこれ……」
再び瞬いていると、パサリとひとつ、最後のおまけのような衝撃がトウマの左手に当たり、ひらりと彼女の制服のパンツの膝上に舞い降りた。
思わず、そこに描かれていたものに魅入られる。
一目見た瞬間、天使かと思った。
鉛筆でデッサンをとっただけの少女のバストアップ。モノクロだから人種はわからないけれど、なんとなくアジア系と中東系のミックスのように見えた。ほんのりと儚い微笑なのに、その眼差しには意志の強さがハッキリと描きだされていた。
「すっ、すんませんすんませんごめんなさい! 今行きますから!」
再び頭上から降ってきた声に、今度こそトウマは額に手をかざして目を向けた。だけれど、目算をつけた二階の窓辺に人の姿は見当たらず、代わりに耳に届いたのはバタバタという、誰かが走り去ってゆく音。
学校の中庭にあるピロティの片隅には、トウマ愛用のベンチがあり、昼休憩のまさにいま、彼女はそこでごろりと横になって惰眠を貪っていたのだった。何故愛用なのかと言うと、周囲が具合よく中低木で囲まれていて、それが目隠しとしてうってつけだからである。
その中低木の向こう側には、校舎側から体育館へと続く外廊下が伸びており、それには、ベンチの背後にせまる第二号棟校舎の最南端から設置されている、外階段という名の非常階段の末端がつなげられていた。
がらっと戸が開く音。恐らく二階外階段踊り場への出口が開けられた音だ。続いて、だだだだっと階段を駆け下りる騒音。明らかに窓から叫んだ主が駆け下りてきたのだとわかる。階段を下りきった足音は、ベンチのぐるりを囲む中低木の外にそって移動し、今度はぐしゃぐしゃと草を踏みしだいてゆく。そして、足音の主はようやく――ようやくトウマの目の前に姿を現したのだった。
瞬間、息をのんだ。
白を基調としたセーラー服の、スカート膝に手をおいて息をきらす少女の背中では、ふわりと、銀に近い金髪が日の光に透けておどっている。
瞳も色素のうすいグリーンの混じったヘーゼルアイ。一目で白人系との混血なのがわかる顔立ちは角のとれた丸顔で、その美少女ぜんとした顔を――ひきつらせゆがめて台なしにしていた。
「すっ、すすすすすんませんすんません! ほんっま失礼しました!」
そして追い打ちのようにぶちまけられたその特色強めの方言が、彼女の全ての印象を強烈なものに仕立て上げる。
「とりあえず、大丈夫だからおちついて?」
「はははははい! はい! すんません!」
あわあわと落ち着きなく頬を赤らめている少女は、タイがモスグリーンのところから判断するに、一年生らしい。
「君、これ描いた人?」
手の中にあった少女の絵をトウマが掲げて見せると、少女は「は、はいほんま、ほんますんません!」と、ぺこぺこと頭を何度も下げる。
「お怪我とかありませんか?」
と、続けられた言葉のイントネーションは、やはり関西のものなのだろう。突発的に勢いで出たものではなく、彼女の生粋の言葉とみて間違いなさそうだ。
「それは大丈夫だけど――ねぇきみ」
「はい」
「さっき、ふわわっちょ――い、って言った?」
「いっ――たような気もします……はい」
「ふぅん。ふわわっちょーい。――なんか、そういう方言があったりするの?」
至極真面目に質問をしたつもりだったトウマに、少女は口元を引きつらせながら笑った。
「……それ、人が
きーんこーんかーんこーん……。
休み時間の終わりを告げるチャイムの音が、二人の間をすり抜けて五月の空へと消えてゆく。
天使が天使を描いて、それを二階からぶちまけた。
それが、トウマとメグリの出会いだった。
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