第8話 恩人の死と旅立ち

俺は異端種のゾルトさんの家に泊めてもらった。

目が見えるようになり、興奮して起きたその時、真っ先に俺の目に映ったのは、所々が潰れたゾルトさんの死体と生々しく流れる血だった。


何が起きたんだ?!

昨晩の悲鳴など知る由もない俺は、目の前で起きている事態に理解が追いつけず、ただ固まるしかなかった。


「…ゾルトさん?」


恩人の死。魔王の時に勇者が坊主を殺したのを思い出した。その時の俺の心は勇者への怒りに埋め尽くされて、坊主の死への哀しみはさほどなかった。

でも、今は心の中に余裕という名の隙間が空いている。そこに恩人の死に対する哀しみが入り込んできた。ある意味人間らしい感情なのかもしれない。

ゾルトさんは死んだんだ。そう理解するまでの時間はとても短いようで長かった。

俺の手に入れたばかりの目からは、哀しみと憎しみをたっぷりと含んだ涙が滝のように流れていた。


「ゾ、ゾルトさん…。う、ぁ、うぁぁぁぁぁ!ゾルトさぁぁぁぁん!何で、何でだよぉぉ!」


俺は大声を出しながら泣き崩れた。こんなこと前世、前前世じゃなかった。それほどだ。


***


30分程度幼児退行したように泣きじゃくり、もう涙が出なくなって泣き止んだ。まだ息が安定しない。過呼吸みたいだ。


複雑な気持ちだが、振り切らないといけない。こんなところで病んでてもどうにもならないんだ。

…せめて、弔ってから旅立とう。

俺は細い手で迷宮の地面を掘り、ゾルトさんが埋まる大きさの穴を作った。そこに丁重に遺体を運び入れ、土で埋め直した。

埋まったことを確認し、手を合わせた。


「ゾルトさん。路頭に迷っていた自分を助けていただいてありがとうございます。冥福をお祈りしております。それでは、さようなら。」


俺は目から溢れ出そうになる涙を、手で隠しながらほら穴を足早に去った。涙を見せるのは逆に失礼だと思ったからだ。


さて、俺はここからどう動けばいいだろうか。最大の目標は勇者ガルフォードとの再戦だが、まだ程遠いだろう。

だとすれば、何をするか。悔しいが今の俺は弱い。でも無性に復讐心に駆られている、ゾルトさんを殺したやつが憎くてたまらない。

…実は、ゾルトさんの死体を解析サーチで調べた。それで分かったことがある。

ゾルトさんを殺したのは序列90位の小鬼族ゴブリンのようだ。傷口からして、棍棒を使い、複数で殴りかかった可能性が高いらしい。卑怯な種族と言われるだけある。

正直、俺は今すぐにでも小鬼族ゴブリン共を駆逐したい。

でも、明らかに力量の差がある。今挑んだところで返り討ちにされて全てが終わる。俺だって馬鹿じゃないからそんくらいはわかる。

ならどうすればいいのか。簡単だ。小鬼族ゴブリンを一掃できるほどの強さを得る。それだけだ。そのために修行する。

ここはヒューム大迷宮の最下層だ。迷宮から出て修行する訳にはいかないだろう。


どうやって強くなるのかというと、異世界ものと言えばレベル制度が定番だが、この世界にもレベルがあるらしい。魔王の時に本で読んだのだ。


『レベル上げるには何らかの生物を倒す必要があり、強い生物を倒すほど、大量の経験値を保有しているため、レベルが上がるのがはやい。レベルはどの種族も最大値が30である。また、進化可能な種族の場合、Lv.30になると異空間に飛ばされ、進化が終わると元の場所に戻る。

レベルアップ時の記憶は忘れるが、学者の見解によると、異空間は安全だと考えられている。』


こういう感じらしい。

俺は今Lv.1だ。ゾルトさんはLv.30だった。それでも殺された。つまり、Lv.30でも足りないんだ。俺みたいな雑魚種族なら尚更だろう。

とにかくレベルを上げるしかない。進化できるかどうかはレベルが30に達してから調べればいいだろう。


***


一応上層を目指すため、迷宮の右の壁をつたいながら歩いている。ガキの頃、RPGゲームで罠だらけの洞窟を攻略したが、この戦法で突破できた。

…と、すでに小1時間ほど何も見つけられていない者がほざいております。

上層に上がるどころか何の生物もいない。全くどうなってんだか。迷宮内の景色も特に変わんねぇしつまんない。


(シャーッ)


へ?急に後ろから変な音が聞こえてきた。シャーッって何?蛇でもいるのかな?

俺は後ろを振り返った。

ここはヒューム大迷宮。当然、普通の蛇じゃなかった。大蛇。…いや、超巨大な蛇だ。

何だよこいつ…。勝てる気がしねぇ。

まぁ、まずは解析サーチだな。調べてみないことにはわからん。


解析サーチ


〘対象物の解析完了。種族名-大蛇族スネルト、Lv.18。序列10位。捕食能力に長けており、自分より巨大なものも簡単に飲み込むことができる。〙


序列10位…こんなとこに居ていい強さじゃねぇだろ!


戦う

スキル

道具

逃げる⇦


こんなの逃げる一択だろ!勝てるわけねぇじゃん!

俺は即座に後ろを向き、全速力で走り出した。

足がはち切れそうだ。でも、逃げないと間違いなく死ぬ。命が最優先だ。

俺は後ろを咄嗟に振り返った。

そこには2匹の大蛇族スネルトの姿があった。

増えてるやないか!

ますますやべぇ。

俺はもう迷宮攻略など眼中になく、とにかく逃げ切ることだけを考えていた。

細い道、広い道、巻くためにスピードが落ちないように、できる限り複雑に動いた。 

しばらくして、俺は、目と鼻の先に大きな壁が反り立っていることに気がついた。

後ろには微かにニヤついている2匹の大蛇。俺は大蛇族スネルト共に追い詰められたのだ。完全に嵌められた。

どうすれば生きれるか。

まず、戦うとかいう選択肢はない。そして、止まれば殺される。


……他人に殺されるよりかは自分で死ぬ方が幾分かマシだ。

この時、俺の頭はほぼ働いていなかった。ポラリスとの契りは勿論、悔しいという自分の感情すら、全て忘れ去っていた。

そのまま俺はスピードを落とさず壁に向かって一直線に走り続けた。

やがて壁にあと1歩でぶつかるところまで来た。

しかし、俺はここで正気に戻った。

数十メートル後ろには2匹が猛スピードでうねりながら近付いてくる。

考えている余裕はない。今ならまだ戦うという選択もとれる。そうだとして、正々堂々殺り合って勝つのは不可能だ。

何か手段はあるだろうか。

……1つだけ思いついた。かなり危険だが。


2匹の大蛇は俺の数十センチ先まで来て、勝利を確心したようにゆっくりと口を開いた。

そして大蛇たちが俺を喰おうとしたその瞬間、俺は全力で横に飛んだ。

大蛇は勢い余って壁に頭をめり込ませた。


(シャ、シャーッ!シャー!)


驚きと怒りで大蛇たちは耳障りで大きな鳴き声を出している。

あとは窒息するのを待てば、俺の勝ちだ。地形を上手くいかしてやったぜ。

だが、俺も満身創痍でもう動けない。たぶんレベルが上がるんだろうから、ここで少し休憩する。

俺は壁によりかかった。

その時だった。

壁が回転し、俺は真っ暗な部屋に閉じ込められた。


(ガ、ギギギ、ガギギガ)


は?何だよここ…。何か機械音してくるし。

しばらくして目が暗闇に慣れてきて、俺は自分が置かれている状況を理解した。

俺は迷宮のトラップとやらに引っかかったらしい。

タイミングが悪すぎる。

大量のロボットみたいなやつらがざっと100機はいる。こいつら敵対してくんのかな?もし来たら今度こそやばい。


解析サーチ


〘対象物の解析完了。種族名-不明。異端種と判断。…存在が確認されている異端種に同様の生命を確認。異端種名-マッシード、全機Lv.30。硬い装甲とクロスボウを与えられた機械に魂が乗り移ったもの。非常に敵対的。自爆することもある。〙


…異端種かぁ。敵対的ね。どうしよっかなぁ。

あまりに打破が難しそうな現状に思わず、力が抜けてしまった。

そして周りを見ると、俺はクロスボウを構えたマッシード共に囲まれていた。


(ヒュンッ)


数秒後、マッシードたちは一斉にクロスボウの矢を放ってきた。全ての矢が綺麗に並んでいる。流石は機械だ。

…はぁ。本当に綺麗だなぁ。



この時、俺はもう何もかも諦めていた。煮るなり焼くなり、どんな未来も受け入れるつもりでいた。

未来なんて考える余力も残っていなかった。


そして、ここで死を選ぼうとしたことが自分の命運を分けることになるなどまだ知る由もなかった…。


〈恩人の死と旅立ち 完〉





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