第2章 『迷宮征服』

第6話 神との賭け

魔王としての2度目の人生が呆気なく終わり、俺の身体は謎の白い空間に送られてきた。

いや、感覚がないから正しくは魂なのかもしれない。

しかし、ここはどこなのだろうか。


(ギギィ)


なんだ?!

どこからか重い扉の開くような音が聞こえてきた。

俺は音のした方へ意識を集中させた。


(コツ、コツ)


ゆったりと、単調な靴の音がする。

姿は見えないが、何者が俺の方へと近づいてきていることはわかる。

今、俺は話すことができないようだ。というか言葉の発し方がわからず、話しかけようにもどうにもならない。

それ以外にも色々やろうとしたが、こちらからは特に何もできないようだ。

相手がどう動くかを黙って待つしかない。


「やあ、魔王アビスレグナ。それと楓雅君だったかな。お2人方とも、ようこそ神界へ。」


いつの間にか、相手は俺の前へ立っていた。

そして、俺はこいつが何者なのか、もうわかったような気がする。神界…神がいる場所だ。その神といえば何を思い浮かべるか。きっと誰しもが唯一神ポラリスという名を思い浮かべる。…まぁそういうことだ。


「うむ。その通りだよ、楓雅君。私は唯一神のポラリスだ。しかし、喋れないと不便だね。口の封だけ解くよ。」


心を読まれたのか。まぁこういうのの定番だな。

ポラリスが指を鳴らすと、口の感覚が戻ってきた。これでやっと喋れそうだ。

…仮にも神だ。敬語で話しかけてみよう。


「ありがとうごさいます。この神界に私を連れ込んだのは何故なのですか?」


「別に敬語はいいよ。それで理由だね。私は別に君に用があるわけじゃないんだ。用があるのはそっちのアビスレグナだよ。」


まさか、アビスレグナが隣にいるのだろうか。


「アビスレグナがどうかなさい…どうかしたのか?」


「そりゃあね。アビスレグナは私の世界のルールを超越した存在だ。ずっと野放しにしておくとどうなるかわかったもんじゃないからね。はやめに処理しておきたかったんだよ。」


「具体的にどのような処理をする気なんだ?」


「この神界で永久的に閉じ込めるか、殺すか、かな。」


「…なるほど。」


たしかに、ポラリスからすればアビスレグナは異端だろう。みんなで決めたルールを平然と破る餓鬼大将のようなものだ。

でも、俺にとってアビスレグナは、魂の移転先となったかけがえのない存在だ。それなりの感謝もある。だから、できることなら助けたい。何か方法はないだろうか。


「何か、アビスレグナを助ける方法はないのか?」


「ほう。君はアビスレグナを助けたいのかい?でもね、彼は僕の世界にとっては異物でしかないんだよ。ごめんね。」


「そんなことは理解している。アビスレグナがあんたにとって不要なものだということもわかる。でも、俺は彼を助けたい。俺にできる範囲なら、何年かけてでも成し遂げる。だから、頼む!」


「…覚悟はできているのかい?君は世界を自由に操れる者と交渉しようとしているんだ。もし君が交渉を決裂させたらどうなるかわかっているのかな。君に関わった者は皆殺しだよ。当然、君自身もあの手この手を使って痛みつける。」


「それでもいい。俺はそんなことは絶対にさせない。どれだけ無理難題でも、死ぬまで挑み続ける。そうでもしないと悔いのない人生なんて送れない…そう思うから。」


「…覚悟は伝わった。なら賭けをしないかい?」


「賭け?」


「うむ。君が勇者ガルフォードを殺せたのなら、私は君を認め、アビスレグナを解放し、自由を与えよう。だが、もし君が死ぬまでにそれを成し遂げられなかったら、アビスレグナと君を永久に束縛し、君に関わった者を皆殺しにする。これでどうだい?」


「勇者ガルフォードを殺すのは何故だ?」


「私の世界では全ての種族を倒すと私に挑戦する権利が与えられるんだ。そして、勇者ガルフォードは今、それに一番近いんだよ。とある事情により、私は勇者に絶対に勝てない。そのためだ。」


ポラリスの言葉から嘘っぽいのは全く感じない。信じてみるか。


「なるほど。わかった。その賭けに乗ろうじゃないか。」


「そうかい。それじゃあ賭け成立だ。君の力を信じているよ。」


「あぁ。3度目の正直ってやつだ。」


3度目の一生…おそらく最後のチャンスだ。

今回こそ、今回こそは後悔なんかしない。死ぬその時、一切の心残りなく、安らかに眠りたい。そのために俺は生きていく。

あまり欲は出しちゃいけないんだと学ばさせられてきた。


「じゃあそろそろ送り出してあげるよ。魔王としての転生は無理だけど、あの世界の生物に転生させることは可能だからね。何になるかは完全にランダムだけどね。」


「わかった。頼んだぞ。」


「うむ。…輪廻転生術インカージョン。」


転生の魔法か。流石は神だ。

…そういや、争いが好きとか本には書いてあったっけ。そんな感じしなかったけどな。


「じゃあな、ポラリス。またいつか会おう。」


ポラリスが無言で手を振ってきたように感じた。俺も心の中で手を振り返した。


(ヒュンッ)


数秒後、風を切るような音を鳴らしながら俺の魂は再びあの世界へと戻っていくのだった…。


〈神との賭け 完〉








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