非実在青少年シリアルキラー

異端者

『非実在青少年シリアルキラー』本文

「……ですから、誰も殺さなくていいんです!」

 私は電話口に向かってそう叫んでいた。


 こうなった経緯は二週間前に遡る。

 私、若芽わかめまこもは出版社の編集部で働いている、いわゆる「編集者」である。

 もっとも、まだまだ経験が浅いということもあって、そんな大きな仕事は回ってこない……だろうと思っていた矢先だった。

 突如として編集長から呼び出しを受けた。行ってみると、あの有名作家、鹿尾菜ひじき先生の担当編集者にならないかという話だった。

 鹿尾菜先生と言えば、超売れっ子作家で、その作品は漫画、アニメ等のメディアミックスも果たしている有名人だ。そんな作家を私が担当していいのだろうか?

「――で、やるの?」

 編集長が聞いてくる。

「はい、やらせていただきます!」

 私は思わずそう言ってしまった。

 思えば、この時に気付くべきだった。何かがおかしい、と。

「おいおい、本気かよ……」

 傍で見ていた同僚がそう言っていた。


 こうして、今に至る。

 作家など、奇人変人当たり前――そう思っていたが、鹿尾菜の「悪癖」は想定を超えていた。いや、悪癖でも作品に影響が出なければ許容範囲だが、明らかに作品に悪影響が出るものである。

「今回の連載、次でリリーを死なせるから」

「は?」

 電話でそう聞いた時、私は固まった。

 鹿尾菜先生の連載『帝国魔法少女部隊スノーホワイト』は、ファンタジー世界で魔法少女たちが戦う物語だ。魔法で治せるのをいいことに、目が潰れたり、腕や足が弾け飛ぶ残酷描写も躊躇なく入れてくる。可憐な少女たちが血生臭く、泥臭い戦争に携わっていくリアルな描写は人気を集めている。

 しかし、登場キャラクターを死なせるとなると話は別だ。残念ながら、この話の世界には蘇生魔法は存在しない。だからこそ、一定の緊張感が保たれているのだが、それは現実と同じで死んだらおしまいということでもある。

 その中で、単なるモブではなく、主要キャラを死なせるとなると大問題である。

 近年の作品では、キャラクターの魅力というのが特に重要視される。一見パッとしないミステリーでも、探偵役が魅力的なら売れることもある。もはやお話というよりも、そのキャラのファンであるから読んでいるという層もいるぐらいだ。

 そんな中で、鹿尾菜は人によっては「第二の主人公」とまで呼んでいるリリーを死なせようとしているのだ。

「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてリリーを死なせるんですか!?」

「どうしてって……そりゃあ、その方が面白いだろう?」

 そうである。

 鹿尾菜の悪癖とは、やたらキャラクターを死なせたがるのである。それも一話限りのモブではなく、人気のある主要キャラを、である。

「先生、リリーは人気のあるキャラクターですので、ここで退場させるのはどうかと……」

 私は懸命に説得を試みる。

「いやいや、人気のあるキャラだからこそ、死なせる価値がある。君だってすぐに枯らせてしまうことが分かっていても、綺麗な草花を見つけたら摘みたくなるだろう?」

 ――この非実在青少年シリアルキラーのサイコパスが!

 私は心の中でそう悪態をつく。

 そもそも、物語の進行上は死なせる必要性は全くない。

「あのですね……それをすると、物語が不自然になりませんか?」

「そうかなあ……そこは上手く調整して……」

「いえ、何も無理に死なせなくてもいいと思いませんか?」

 そうである。それが普通の神経をした人間の考え方である。

 正直、こんな異常者の本が売れているというのが理解し難い。しかし、作家としての実力は確かであり、他の作家と読み比べた時にはその出来は一線を画している。

 ちなみに、前担当者は精神を病んで担当を降りたいと申し出たそうだ。これは引き受けた後で知ったことだが、今なら理解できる。

「じゃあ、アインを死なそう!」

「はい?」

「リリーが駄目なら、アインを死なせばいいだろう?」

 無茶苦茶だ。

 このアインというのも、人気キャラの一人である……が、今は出番から外れている。

「今出ていないアインをいきなり死なせるのは、ちょっと無理がありませんか?」

「じゃあ、私は誰を死なせればいいんだ!?」

 鹿尾菜が苛立っているのが分かる。

 ああもう、面倒くさい!

「……ですから、誰も殺さなくていいんです!」

 私は電話口に向かってそう叫んでいた。

 少しの沈黙の後、返答があった。

「……ふむ、こうして電話で話していても平行線だな」

 隠そうともしない深いため息が聞こえる。

「明日、私が伺いますので、そこで打ち合わせということで――」

 私は打ち合わせの段取りを伝えると電話を切った。

「鹿尾菜先生とのやり取りは大変だねえ」

 それを見ていた同僚がにやにや笑いながらそう言ってきた。

「あの人……頭大丈夫ですかね?」

 私は思わずそう言ってしまった。

「さあねえ……逆に頭がおかしいからあんな作品を書けるんだって、褒める人も居るからねえ……」

「それはそれは、ごもっとも」

 私は思わずうなづいた。

 作家というのは、元来頭のおかしい人がなる職業なのかもしれない。頭のおかしい人が書いたおかしな文章の物珍しさに、まともな人が寄ってくる。そういう商売なのかもしれない。


 翌日、私は打ち合わせに向かった。

 場所は鹿尾菜の自宅近所の喫茶店だった。

「あれから、少し考えて直してみたんだが……」

 私は一回分の原稿の束を手渡された。

 出されたコーヒーに口を付けることも忘れて、読み進めていく。

 途中から、私の手は震え出した。

 まさか……いや……。

 結局、読み終えるまで原稿をめくる手が止まることはなかった。

「どうだい? 以前に話した時より、かなり良くなっただろう?」

「いえ……その……」

 鹿尾菜は落ち着いた様子でコーヒーをすすっている。

「あの……どうして、主人公一行が全滅してるんですか!?」

 私は周囲の目を気にすることなく叫んでいた。

「どうしてって……そりゃあ、君がリリーやアインだけを死なせては駄目だと言ったからだよ」

 こともなげに答える。心底腹が立った。

「そのキャラだけを死なせるのが駄目だと言ったんじゃありません! そもそも、主要キャラは安易に死なせては駄目なんです! それなのに全滅して新主人公とか――」

 そうだった。今回で主人公一行は全滅し、新主人公が出てくるところで終わっていた。

 もはや悪癖を通り越して、完全に病気だった。

「いや、そろそろこの主人公たちにも飽きてくる頃だと思ってね」

「だからといって、総取り換えはないでしょう!? これじゃあ、ファンが怒りますよ!」

 こんなものを載せたら、総ブーイングだ。褒める人はまず居ない。

「この程度の展開に付いてこられないファンなど、必要ない!」

 鹿尾菜はそう断言した。

「はあ!?」

「作家の真意を汲み取れないファンなど、真のファンとは言えん!」

 無茶苦茶だ。何をしても許されると思っている。

「あのですね――」

 私は必死にいさめようとした……が、無駄だった。

 鹿尾菜はひたすら持論を展開し、こちらの話を聞こうとしなかった。


 そして、連載は「作者急病のため」休載となった。


 元から「病気」だっただろうが!

 編集長から酷く叱られた私は、心の中でそう悪態をついた。

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