星に願いを

サフラン

星に願いを


「初めまして!流れ星第8支部活動隊№0625のルスターと言います!玲音れいねさんの願いを叶えるために来ました!」

「……」


 せっかくの休日に朝からインターホンが鳴って出たら全く知らない見たこともない外国人の女性がいた。

 18歳くらいだろうか……黄色い髪に黄色い目、いったいどこの国の人だろう。外国人にしては日本語がペラペラだ。


 全然知らない人だし無視すればいいか。


「…………ああっ、待って待って!閉めないでぇっ」

「宗教の勧誘ならお断りなので」

「違いますぅ。もうっ、私はあなたの願いを叶えに来ただけなのに!」


 この人が話す度に不審者感が増して仕方がない。それともまだ誰も知らない新手の詐欺だろうか。


「ていうか何で私の名前知ってるんですか」

「それは玲音さんが昨日流れ星に向かって願い事をしたじゃないですか?した人はもれなくこのリストに名前が記されるんですよ」


 女性が手のひらを上に向けるとその上にポンッとどこからともなく分厚いファイルが現れた。ファイルの最初の方を開いて紙を数回めくり私に見せてくる。


「あ、あった……ここを見てください。この願い事をされましたよね」


 よく見てみるとズラリと書かれた人の名前とその横にその人が願ったことなのか文章や単語が書かれていて、その中の一行に私の名前と願ったであろう言葉が綴られている。


「『結婚して幸せになりたい』という願い事であってますよね」


 確かにそんなことを願った。


 昨日は仕事から帰ってきて疲れていたところ、急に彼氏に呼び出された。そしたらいきなり「別れよう」とか言い出してきて、疲れていたこともあって余計にむかついて顔を拳で1発殴って帰って来たら丁度ベランダから流れ星を見つけて衝動的に結婚したいとは願った。

 だけど誰だって1度は流れ星に願い事をしたことくらいあるし、まさかこんな知らない人が訪ねてくるとは思わないでしょ、普通。


「……仮にあなたの言っていることが本当だとすると、どうやってその願いを叶えてくれるんですか?」


 別にこのよくわからない宗教に心酔しようっていうわけじゃないけど話を聞くくらいなら、別に……。

 あくまでも聞くだけ。


「私の方で調べた玲音さんの好みに合ったピッタリのお相手を紹介します」

「相手って……誰?」

「第一候補はぁ、ん~……私?」


 黙ってドアを閉め鍵をした。

 ドアの向こうで何か言っているけど気にしない。


 調べた工程はどこに行ったの!

 なぜ調べた結果の第一候補が自分だってことになるのか。いや、そもそも流れ星から来たって言う人間かも分からない存在の話を聞くのが間違っていた。



 今日は仕事が休みだから家でのんびりするって決めていたのに……。そう思いベッドの上で横になりスマホをいじる。


 時間が経ちお腹が鳴り時計を見るともう13時を過ぎていた。

 いつの間にかお昼になっていて何か食べるものはあったかなと冷蔵庫を開ける。


「せっかくの休みに料理するって気分にはならないなぁ」


 野菜とか材料は少ないけど1食分作れる量はあった。だけど料理をするやる気はゼロ。冷蔵庫を閉じて数秒でスーパーに行こうと思った。

 外出用のラフな服に着替え、化粧を少しだけしてついでに他の食材も買っておこうとカバンにスマホと財布、エコバッグを入れて部屋を出る。


「げッ―――」

「あ~、やっと出てきた」


 静かではあったけど念のためとドアスコープを覗いてもいなくて帰ったのかと思ったが、ドアの横の壁にもたれて私が部屋から出てくるのをずっと待っていた。


「放置なんてひどいじゃないですかぁ~。せっかくあなたの望みを叶えようと来てるのに。願いが叶うのは嬉しくないんですか?」

「帰ってくださいって言いませんでしたか、私。それが望みです」

「言われました。でも帰りたくても帰れない……みたいな?あなたの願いを叶えるまで戻れないようにここでは宇宙船って言うんですか?がそう設定されてあるんです。それに地球に私の住む家もありませんし」


 信じられないような内容だけど嘘をついているようには見えない。ほんとにこの人は地球人ではないのか。

 だからといって信用するわけではない。


「それじゃあもしあなたと結婚するって言ったら帰ってくれるわけ?」

「いえ、結婚するだけではなく玲音さんが願ったとおり結婚して“幸せになる”までです。心から幸せだと思うまでは戻れません!」


 すごく面倒くさい。


 それに『仕事だから』みたいな感じで結婚されて幸せだと思える方がどうかしてる。


「今から少し出かけてくるのでその間に帰ってくださいね。戻ってきてまだいるようなら警察に通報しますから」


 今はお腹が空いているからとにかくお昼ご飯を食べたくて、何を言っても意味がないのでとりあえず買い物に行くことにした。





「………はぁ……いつまでついてくる気ですか」

「私と結婚してくれるまでです!」


 帰るどころかずっと私の隣を歩いている。


「してくれますか?」

「しません……こういうのって普通は誰かを紹介してくれるものなんじゃないんですかね?」


 相手を紹介するって言ったら誰か男性を紹介してくれるものと思ったらどう見ても女性なこの人が自分を結婚相手の候補だって言うし。


「ん~……玲音さんがすっごく私の好みだったのと見た瞬間ビビビッときたんですよ。これはまさしく運命の導きのようなものを感じた気がしました」


 人間じゃないからなのかどこか間隔がずれているのだろうか、運命という言葉を信じられるのも女性相手にこんなことを貫き通せるのも。

 前向きっていいな……。


「ハハッ、運命……ね」

「結婚する気になりました?」

「なりません」


 この人を見てたらなんだか彼氏にフラれたことがどうでもよくなってきた。


「まあ、どうしても帰れないって言うなら泊めるくらいは……」

「えっ、同棲ですか?つまり結婚ですか?」

「それはしません」


 話している間にスーパーに着いた。

 野菜やお肉は後にして先に美味しそうなお弁当がないか見に行く。


 あれ、そういえばこの人何食べるんだろう?

 宇宙人って地球のごはん食べれるのかな?


「あなたはお昼ごはんはどうしますか?」

「……あれですよね……同棲するんですから名前で呼んでくださいよ」

「同棲じゃなくて泊めるだけ。あと名前、何でしたっけ?」


 最初に名乗ってた記憶はあるけど宗教の勧誘かと思ってめっちゃ聞き流してた……ていうか頭に入ってこなかった。


「ルスターですよぉ。覚えて下さい。一応名刺もどうぞ」

「はいはい……でルスターさんはお昼ごはんはどうします?」

「……あっ、これ食べたい!」


 ルスターさんが手に取ったのはおにぎりが3つとおかずがいくつか入ったお弁当。地球食自体は問題ないのか……。

 高い値段じゃないし私もこれにしよっかな。


 おにぎり弁当を2つかごに入れる。


 それからスーパーを一周して必要なものだけかごに入れた。途中ルスターさんが親子で買い物に来た子供みたいにお菓子を入れてたけどこれも高くはないのでよし。


「それっ、私に持たせてください!」

「重いけどいいの?」

「こういうのしてみたかったんですよね」


 エコバッグいっぱいに詰め込まれたお弁当と食材たち。見た目から分かるけどめちゃくちゃ重たい。誰かとスーパーで買い物なんて久しぶりすぎて少し調子に乗ってしまった。


「重たいけど持てないことはないですねぇ」


 持ってくれるというならありがたい。


 マンションに戻ろうとスーパーを出たとき───。


「玲音!」

「……陸矢りくや?」


 そこにいたのは昨日別れると言ってきた元カレだった。


「浮気しておきながらよく私の前に顔を出せたわね。また殴ってほしいわけ?」

「昨日は悪かった!すまないっ」


 なにをするかと思えば頭を下げて謝ってきた。


「もう一度俺とやり直してくれないか」


 昨日そっちから別れたくせにあり得ない。


「もしかしてご執心の彼女にフラれたの?ハッ、いい気味」

「この人玲音さんの恋人さんですか?」

「元よ、も・と」


 こんなどうしようもない奴と1年半も付き合ってたなんて信じられない!

 なんで付き合ったんだろう、あの頃の私は。


「さっさと私の前から消えてくれる?」

「頼む!1度でいい。俺にチャンスをくれ!」


 昨日フラれた直後だったら考えずにそのままチャンスをあげたかもしれないけど、ルスターさんのおかげで吹っ切れてしまった今もう陸矢に魅力なんて1ミリも感じない。

 むしろ恥ずかしいわ。こんな人前で堂々と浮気して自分から別れを切り出した相手にチャンスをくれだなんて。


「いいから帰───」

「玲音さんが消えろって言ってんだろ。早く失せろ」


 私の言葉を遮り隣に立つルスターさんから今日初めて聞く低く威圧感のある声。しかも言葉遣いも違うし。


「えっと、ルスターさん?」

「なんですかぁ?」


 私に振り向いたルスターさんは元のルスターさんだった。

 あんな声出せたんだ……。


「誰だこの女。関係ねぇ奴は引っ込んでろ」

「関係ないのはお前だよ。私の玲音さんに気安く声かけやがって。私は玲音さんの結婚相手だ」

「は?結婚相手だと?」


 いや、それ了承した覚えないんだけど。

 私が黙ってたらどんどん話がややこしくなっていってる気がする。


「なんだよ玲音。俺と別れたからって女と結婚すのか?女のお前が。俺にフラれて気でも狂ったんだな」


 こいつの発言に吐き気がする。

 仮に陸矢と結婚するとして、それならまだこのルスターさんと結婚する方がましだ。

 宇宙人だけど運命とか信じてるし、前向きで元気だし。


「だったら何?あんたの何千倍もこっちの方がいい」


「えっ、玲音さん?!」


 陸矢に見せつけるために私はルスターさんの唇にキスをした。


「……分かったならとっとと消えて一生私の前に現れるな」

「チッ。勝手にしろっ」


 陸矢は早歩きで元来た方向へ戻っていった。


「ふぅ……ルスターさんごめんね。勝手にキスしちゃって。アイツがムカつきすぎて」


 邪魔がいなくなりマンションへの道を再び歩きだす。


「キスしたということはつまり結婚ですね!」

「それはしません」

「結婚する人同士はキスをするんじゃないんですか?」

「いろんな段階を経たらね」

「へぇ~」




 元カレへの未練なんて一切残ってない。


 予想もしていなかったことだけど、私が流れ星に願った願い事は案外早く叶うのかもしれない……。






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