18話 『覚悟』

「さいっあくだ!マジで終わった!」


「あの!あれがなんなのか知ってるんですか!?」


「だから闇堕ちバーサーカーだって!」


「それが意味わかんねぇつってんだよ!!!」


「あれ!?そんなに口悪かったっけ!?」


突風が未だに吹き荒れる中この場の誰よりも状況を把握出来ていない月渡さんが説明を求めてくるので、出来る限り簡潔で分かりやすい説明をした

けれど月渡さんは混乱しているのか目尻を釣り上げ怒鳴ってくる

あまりのキャラ崩壊ぶりに俺は目を白黒させて驚く


「キュァァァァァァァァ!!!」


「しまったそんな場合じゃなかった!」


「お前ら何騒いでんだ!とにかくここから離れるぞ!」


「無茶言わないでくださいよ!ただでさえ突風でここから動けないのにましてや、あの宝石獣を前にして逃げられませんよ!」


「あ!美麗お姉ちゃん、飛んだ!」


「イヤァァァァァ!!!!この部屋の大きさと自分の大きさ垣間見てェ!?」


メキメキと体を大きくした遊蓮さんは部屋に収まらなくなったからか天井をぶち抜き空へ飛び立っていった

当然ぶち破った天井の瓦礫は俺たちに降り注ぐわけで死を覚悟する

そういえばここ最近何度も死ぬ覚悟してるなぁ……


「グルルルル……!ガァァァァァ!!!!」


「焔!?あ、瓦礫防いでくれたのか!マジナイス!」


「は!?焔さんも宝石獣なんですか!?」


「翡翠もだよ〜」


「はぁ!?」


ビースト化した焔が俺たちを丸ごと覆えるほど巨大化し、瓦礫をその体で受け止めてくれていた

そういえば俺はもう宝石獣が身近にいるという日常に慣れきってしまっていたが、宝石獣をこんな間近で見ることなんて本来ないことなんだよな

怒涛の展開で頭が追いつかずその場でフリーズしている月渡さんを見てそう思った


「って、こんなことしてる場合じゃねぇ!遊蓮さんは!?」


「……外が騒がしい。ちっ!あいつ街に出やがったな」


「誰か俺に説明を!!!」


「あぁもう!遊蓮さん宝石獣!暴走!焔宝石獣!守ってくれた!翡翠ちゃん宝石獣!かわいい!」


「OK!把握!」


「状況把握はや!?」


なんでこの説明で理解して、さっきの説明で俺は怒鳴られたのだろう

いつの間にやら部屋を襲っていた突風は吹き止んでいた

ビュンビュンと騒がしいほどの音が消えたおかげで外の喧騒がよく聞こえてくる


「とにかく早くここを出よう!多分遊蓮さんは外で暴れてるはずだ!」


「店長さんはどうするの?」


「ここに放置しても意味ねぇし、エントランスへ連れていく。後でこいつを治してくれ」


「分かった!」


「聞きたいことは沢山ありますが、この事件を解決するのが先ですね。俺も行きます」


そのままエントランスへ降りたものの、そこは阿鼻叫喚の荒らしだった

そりゃそうだろう。いきなり馬鹿でけぇ鳥が建物を破壊しながら飛び立ったのだから

見てみればここも瓦礫が落ちたのか怪我人が多数いた

幸い死傷者はいないらしく瓦礫の下敷きになってる人もいない


「あなたたち……。!?店長!?」


「日渡店長!?なんであなたたちが日渡店長を!?」


「話は後でお願いします!まずは店長の安全の確保が最優先!じゃあ頼むぜ翡翠ちゃん!」


「あいあいあいさー!」


店長は全身傷だらけだがどこか欠損している訳ではなかったため翡翠ちゃんの力であれば完治させることが出来る

俺の思惑通り翡翠ちゃんの能力により傷が癒え、苦しそうだった顔も穏やかになりつつある

完全に治療が終わる頃にはパッと見ただ眠っているだけのようだった


「どういうこと……?傷が……」


「おい!月渡!これはどういう状況だ!」


「春滝さん!」


「お前たちが向かった部屋からいきなりあの宝石獣が出てきたぞ!」


「それが……。この店の風俗嬢である遊蓮さんが宝石獣だったんです。何故かさっき俺たちが向かった部屋に日渡店長が傷だらけで倒れ伏せていて、それを俺たちがやったと勘違いした遊蓮嬢が暴走してこんなことに……」


「なんだと……!?宝石獣!?」


「ちょ!それは……」


俺が止めようとする前に月渡さんが全てを話してしまった

これに関しては俺が口止めしなかったせいだ

月渡さんは宝石獣であることのリスクを理解していないのだろう

……いいや、理解しているからこそなのかもしれない

すっかり忘れていたが彼は"政府"の人間だ

遊蓮さんを見逃す義理がない

それは焔、翡翠ちゃんも同様でこの人を経由に追跡が厳しくなる可能性がある

現に宝石獣だと話した途端ざわつきが激しくなった

「信じられない」「でも美麗がいない」「これをあの子をやったのだとしたら……」という声が飛び交っていて、俺は拳を握りしめた

仮にこれでどうにかなったとしても遊蓮さんの居場所が無くなる

どうしようもない……。所詮"詰み"というものはこういう状況のことなんだろうか


「……あれ、なんか変な匂いしませんか?」


「匂い……?確かに、何だこの匂いは……」


「外の方から桃色の煙?どっかで見たことあるような……」


瞬間、何かが倒れ込むような音がそこかしこから聞こえてきた

驚いて周りを見渡すとエントランスにいた風俗嬢や従業員たちが床に倒れ伏せていて、俺もその煙を吸った途端に目眩がしよろめいてしまう

手足にもほんの違和感を感じる


「……!まずい!この煙を吸うな!!!これは……」


「"神経ガス"だ!」


「神経ガス?」


その春滝さんの言葉に警官たちがどよめく

もちろん俺は神経ガスの意味がわからず春滝さんの言葉をオウム返しにする

だが焔は神経ガスを知っているのか眉を顰め自分と翡翠ちゃんの鼻を塞いでいた

困惑する俺を見兼ねて月渡さんが口を開く


「神経ガスとは毒ガスの1種です。有機リン系化合物で神経伝達物質に関する酵素の働きを阻害して筋肉などを麻痺させて窒息死させるものです」


「もっと分かりやすくお願いします!」


「これを吸い続けると死にます」


「ヤバすぎだろ!」


神経"ガス"の時点で嫌な予感はプンプンしていたが思っていたよりもヤベぇのをお出しされて顔が思いっきり引き攣る

けれどなんでいきなりこんなヤバいのが湧いて出てきたんだ?

それに桃色の煙、神経に作用する……

どこかで見て体感したような……


「あ……」


「ようやく思い出したか。これはあいつの固有能力だ」


「あいつって……。まさか遊蓮嬢のことですか!?」


「それ以外に誰がいんだよ。くそっ!神経ガス以前にあいつの能力は俺たち宝石獣にとって毒だ……!どうしようもねぇよ」


「げほっ!ごほっ!」


焔の言う通りこの2人は体の麻痺どころじゃない様に見える

翡翠ちゃんは苦しそうに咳き込んでいて、遊蓮さんの能力が宝石獣にとって如何に脅威なのかが分かった

しかし焔も翡翠ちゃんも動けない今、どうやって遊蓮さんを止めたらいい?

完全に八方塞がりだ

そんなことを考えている間にも外からはどんどん神経ガスが入り込んでいる

外の喧騒は神経ガスに蝕まれたせいなのか恐ろしいほど静まり返っていた

外から聞こえるのは、遊蓮さんの慟哭だけ


「……仕方ない、"アレ"を使うぞ!」


「!?しかし春滝さん!"アレ"はまだ実用段階に移っていません!使うにしてはあまりにもリスクがありすぎる!」


「けれどだ!今この場にいる人間じゃあの化け物は止まらない!止めるには……」


「"対捕縛用電撃砲"を使うしかないだろう!」


「春滝さん……」


「あの……。盛り上がってるところ申し訳ないんですけど……。"対捕縛用電撃砲"ってなんですか……?」


まぁ何となく名前で察せるんですけど……。と言うと月渡さんが気まずそうに目を逸らす

春滝さんはと言うと苦虫を噛み締めたような表情で「あれ、思ってたよりもヤバめなやつ……?」と自分で聞いたくせに途端に恐ろしくなる

それを裏付けるように"対捕縛用電撃砲"という単語を聞いた瞬間にざわめき出す警官たちに俺の警戒はまたしてもグングンと上がっていく


「"対捕縛用電撃砲"とはその名の通り対象をターゲットととしターゲットを速やかに捕縛する目的で作られた物です。抵抗するターゲットを抑えるために電撃を与え気絶させる。しかしその電撃が強すぎて気絶どころかターゲットを死なせてしまい、実用段階に移れていないんです」


「ヤバすぎでしょ!なんでそんなのを持ってきてるんですか!?」


「仕方ないでしょう!?失踪事件なんて大体誘拐事件なんですから犯人が凶悪犯であることを想定して持ってきたんですよ!」


「それ実質的な犯人の死刑宣告!」


「ずべこべ言っている暇はない!今あの宝石獣を止めなければどうなると思う!?私たちだけじゃない!歌舞伎町の大勢の人間が死ぬことになる!」


「私たちは今!歌舞伎町の人間たちの命を背負っているんだぞ!」


その春滝さんの声にハッとなる

そうだ。俺は遊蓮さんの心配しかしていなかったが、ここで遊蓮さんを止めなければ歌舞伎町に住まう全ての人たちが死んでしまう

遊蓮さんの命か、歌舞伎町の人たちの命

どちらを取るかと言われたら答えは1つ


「……それに宝石獣と普通の人間は勝手が違う。死ぬ可能性の方が低いはずだ」


「てなわけで焔さんどうですか!?」


「そんなちゃちな玩具で俺が死ぬわけねぇだろ!殺すぞ!」


「だ、そうです!多分大丈夫!」


「あなたその扱いで本当にいいんですか?」


そう言って月渡さんに可哀想な目で見られたが俺は大丈夫だ

歪む視界なんてないったらない


「……はは。政府が開発した最新兵器をちゃちな玩具で済ませるか。つくづく宝石獣の異常さを突きつけられる。これだから宝石獣は嫌なんだ」


「春滝さん……?」


「作戦は決まった!まだ意識のあるものは倒れている人たちを安全な場所へ!運び終わったら治療を開始しろ!あの宝石獣の対処には……」


「月渡と金剛晟を向かわせる!」


「うす!……?……俺ェ!?!?!?」


「春滝さん!?何を言ってるんですか!?俺ならまだしも彼は一般人です!そんな彼を巻き込むわけには……」


「彼はもう十分巻き込まれているよ。それに、彼は大丈夫だ」


「何を根拠に……!」


「"俺"の勘がそう言っている」


「何を言って……!」


「これ上官命令だ。彼を連れていけ」


「しかし……!」


「よく見てみろ、彼はもうとっくに覚悟を決めている。そんな人間に"やっぱり逃げなさい"と言うつもりか?」


春滝の言う通り、最初指名されて困惑していた晟だが、今はしょうがねぇと覚悟を決めていた

覚悟を決めたのは今じゃない。晟焔たちと行くと決めたその瞬間からだ

もう蹲って喚くだけの晟じゃない


「それに、きっと彼はお前を変えてくれる」


「それは……あなたの言う勘ですか?」


「いいや、"確信"だ」


「……ああ!!!これだからあんたは嫌いなんだ!!!」


「はっははは!!!猫が走り去っているよ」


「そりゃこんな時に猫被りなんてできるわけないでしょ!?分かりましたよ!行けばいいんでしょ!?行けば!」


「ああ。頼んだよ、月渡」


「……了解しました。春滝さん」


そう言って春滝は"対捕縛用電撃砲"を月渡に手渡す

それを受けっとた月渡は、歌舞伎町で暴れる遊蓮を止めるために準備運動を始めた晟の元へ足を進めた


「気合い入ってますね」


「そりゃそうですよ。なんてたって歌舞伎町の人たちの命がかかってるんすから。で、それが"対捕縛用電撃砲"……」


「なんですかその顔は」


"対捕縛用電撃砲"を見た瞬間、晟はうげっと顔を顰めた

その様子に月渡は片眉を上げる

ちなみに何故晟が"対捕縛用電撃砲"を見て顔を顰めたのかと言うと、超小型レールガンに似ていたからである

まぁ同じ製作元なのだから似てて当然っちゃあ当然だ


「もう行きますけど、覚悟は決まってますか?」


「それはこの場にいる時点で分かるでしょう」


「はは!確かにな!」








「……じゃあ、行くか」


「あの癇癪起こしたおてんば娘を止めに行きますよ」







開戦の狼煙は、今上がった

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