迷宮背徳メシ〜俺の違法飯に堕ちた女、逮捕するどころか胃袋を掴まれて離れられない〜

平日黒髪お姉さん

第1話

「――動かないでください。楽に殺してあげますから」


 窓を開けていたことが仇になったのか、ベランダから突如として現れた一人の刺客。

 長い銀髪を左右に一つずつ結んだツインテールに、幼げながらも端正な顔立ちの少女。

 と言えども、「可愛いね」と褒めるべき点はそれ以外にはどこにもない。


「お、お前は……公安特殊迷宮課の人間か」


 服装は国家が認めた公安機関【公安特殊迷宮課】専用の勲章が入った戦闘制服。

 身体能力や頭脳など何かに秀でた人間しか所属を許されない公安機関のエリート。

 黒を基調とし、赤のラインが入った制服を着るあまりにも美しい少女。

 その左手には黒光りした銃を持ち、ベッドで楽しい夢を見ていた少年のおでこに突き付けているのだ。


 逃げ出せばいいと思うかもだけど、謎の少女が腹の上に馬乗り状態。


 非力でか弱い男子高校生――黒羽蓮クロバレンが逃げ出すのは不可能な話だ。


「今から死ぬ人間の質問にわざわざ答える必要はありません」


 ですが、と呆れたような口調で。


「最後の言葉ぐらいは言わせてあげます。では、どうぞ」


 月明かりに反射し、一層輝くを放つ銃をマイク代わりに突きつける。


「人生で一人ぐらいは……か、彼女が欲しかった……って違うっ!? ちょっと待った。誰がこんなところで死ぬかぁ!?」


「とりあえず撃ちますね。うるさいハエは嫌いなので」


「いやいやいや、待て待て。どうして俺が撃たれなければいけないんだよ!!」


「自分がどんな大罪を犯しているのか、承知ではないのですか?」


 呆れた表情を浮かべ、少女は口調を強めて。


「あなたは何度も学校終わりや休日に特殊迷宮に立ち寄り、現地の食材を持ち帰っていますよね? これは歴とした違法行為ですよ」


 数十年前、地球は突如として異変に見舞われた。

 世界各地で異形の建造物——「迷宮」が出現したのだ。

 そこは人々の欲望を掻き集めた宝物庫。

 一度見ただけで心さえも奪われる幻の宝玉、どんな傷も癒す薬——。

 そして、人類が今まで一度も味わったことがない食材がそこにはあった。


「特殊迷宮は公安や国家から認定された一部の人間だけが入れる場所です。違法行為を繰り返す密猟者には死を与える。それは当然の結末だと思いますが、どうでしょうか?」


 特殊迷宮の管理は国が担当している。迷宮から何かを持ち帰るには手続きが必要だ。

 だが、彼――黒羽蓮だって何の理由もなしに違法行為を繰り返しているわけではない。


「現地の食材を持ち帰っているのは事実だ。だが、それにも事情があるんだ」

「事情? 言い訳の間違いでは? 迷宮の美食家ラビリンス・グルメ


 迷宮の美食家。それが黒羽蓮の異名だ。


「言い訳でもいいさ。だが、これだけは信じてほしい。俺は【暴食の果実】を食べた」


「暴食の果実? ま、まさか……あ、あなた……あの魔女の果実を!?」


 魔女の果実。それは迷宮内で囁かれる都市伝説の一つだ。

 迷宮内の最深部には謎の異国語が刻まれている。現段階では未だに調査が進んでおらず、かつて世界を支配しようとした「七人の魔女」が遺した禁断の果実があるということまでしか判明していない。


「暴食の果実を食べて以来、俺は魔女に呪われ、飢餓が止まらないんだよ」


 魔女の果実には、恩恵と呪いが存在する。

 例えば、黒羽蓮が食べた暴食の果実は食べた相手の能力を奪うことができる。

 だが、代償として無限の飢餓感に襲われ、危険な食材を追い求めてしまうのだ。


「その飢餓を抑えるためには、特殊な食材を食べ続けるしかない。だからこそ、前人未到の迷宮に挑み続けるしかないんだよ、俺は。生きるために」


「自業自得ではありませんか? 禁断の果実に手を伸ばした人間の罪です」


 でも、安心してくださいと、少女は微笑み。


「あたしが殺してその苦しみから解放してあげますから。では、さよう——」


 その瞬間だった。


 ぐうううううううううううううううう〜〜〜〜〜〜!?


「……………………さ、さよう……」


 ぐううううううううううううううう〜〜〜〜〜〜〜!?


 気を取り直してもう一度言いかけたのに、少女は途中まで言うことができなかった。光がないこの部屋でも分かるほどに真っ赤に染まった顔を下に逸らしている。

 女の子だもんな、腹の虫が鳴くのは恥ずかしいことなのだろう。


「も、もしかして……お、お前お腹空いてるのか?」


「な、何を言ってるんですか。あたしは公安特殊迷宮課の人間ですよ。ターゲットが寝静まる前に、パンと牛乳をこしらえているんです。お腹が空くはずがありません」


 パンと牛乳って昭和の張り込みデカかよ?


「腹減ってるんだろ? 正直になれよ。腹減ってるんだろ?」


「べ、別にお腹などす、空いてるはずが……」


 ぐうううううううううううううう〜〜〜〜〜!?


「…………お、お腹空いてますぅ……そ、そのこっちをみ、見ないでください」


 少女が顔を背けた隙を突き、黒羽蓮は馬乗りから無事解放された。

 電気を点け、明るくなった部屋の下で、彼は後ろを振り向き、服の裾を捲り上げながら。


「ちょっと待ってろ。すぐに何か作ってやるから」


「何か作るって? どういうことですか?」


「腹を満たしてやるって言ってんだよ。静かに待ってろ」


「バカにしてるんですか? あたしはあなたを殺しに来たんですよ。それなのにあたしに飯を恵むなど、あ、あたしを挑発しているとしか思えません。こう見えても、迷宮界隈ではそこそこ名の知れた存在なんですよ?」


「悪いが、俺は迷宮の食材にしか興味がない。それにここは俺の家だ。この家に上がり込んだ以上は、俺の家のルールに従って貰う」


「だ、だから……あ、あたしはあなたを殺しに……」


「俺の流儀がある。腹を空かせた奴には飯を出す。たとえ——俺を殺しに来た奴でもな」


 冷蔵庫に何が入っていたっけ。

 そう思いつつ、彼は台所へと向かおうとするのだが、後ろから呼び止められてしまう。


「ちょっと待ってください。ちょっと……」


「俺の料理を食った後に、殺したいと思うんだったら殺してくれよ。ただもしも俺の料理が美味かったら、俺の抹殺を取り消してくれねぇーか?」


「そ、そうですね。あなたの料理を食べた後、あなたを殺せばいい」


「さて、それはどうかな。本当に俺を殺せるかな」


 不敵な笑みを浮かべ、迷宮の美食家と呼ばれる少年は台所へ向かうのであった。

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