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@kanahajime

第1話

 ぼくは巷では『テンサイ』と呼ばれているらしい。らしい、というのは伝聞で聞いたからだ。ぼくは外に出ることはない。なぜって?

 その必要がないからだ。

 ここに全てがある。

 まず、生きていくための水。大事なものだ。

 次に食糧。これも大事。

 寝る場所。最高級の寝具を使っている。

 住む場所は豪邸といえるだろう。部屋の数は百を超える。使用人部屋も含めて、だ。使用人も多い。ぼくの世話をしてもらっている。

 ぼくは研究と開発で忙しい。家のことなどやっている暇はない。

 ぼくの仕事は、魔法の研究と新たな魔法の開発だ。ぼくの開発した魔法で、人々の生活水準は上がっている。その権利がぼくの収入だ。が、まあ、それはどうでもいいな。

 とりあえず、ぼくは今日も研究だ。

 昔は、魔法というのは神の力を借りたものだと思われていたが、今は人が持つただの力の一種だとわかっている。

 この屋敷では、農作物も自作している。太陽を模した光魔法をぼくが開発した。おかげで農業従事者から感謝の声が届いている。天気が悪くても、擬似太陽のおかげで植物の成長が阻害されることはない。

 擬似太陽以外にも、雨にも似た水撒き魔法、風車を回すための止むことのない風魔法などだ。

 それ以外にも、生活面での便利な魔法を作った。

 箒とちりとりを指定した範囲を掃いてゴミを集める魔法、手を使わずとも洗濯物を洗う魔法、冷たい風と暖かい風を部屋中に吹かせる魔法など。まあ、便利ではあるが、多くの使用人を抱える貴族は苦情を言ってきた。何しろ、使用人が多ければ多いほど豊かであるという自慢になるらしい。

 だが、掃除魔法のせいで、一人で数部屋も同時に清掃作業ができるのだ。つまり、使用人の数は多くなくていい。ぼく自身、便利とは思ったが、それはそれで使用人という雇用の関係が困ることになる、ことはとっくに気づいている。

 だが、貴族の数よりも、平民の数の方がずっと多い。彼らは使用人など雇う余裕があるわけがない。全部自分でやるのだから、少しでも生活が楽になればいい。一番下が豊かになれば、それに連動して上も豊かになることに気づいていない。

 どうでもいい話だ。

 さて。便利な魔法は他にもいろいろある。

 例えば、遠くにいる人物と話す魔法。少し前までは遠方の地へは手紙を書いてのやりとりだった。だが、そもそも、平民は字を知らない。遠くの地に嫁いだ娘の生活やらを親はわからないままだ。代筆屋に頼めばいいが、伝えたいことが多すぎて金ばかりかかってしまう。

 そこで、ぼくの作った魔法だ。これならば、いつでも遠方と会話ができる。当然ながら、密談も可能だし、極秘のやりとりだってできる。だが、安心してほしい。常に記録できる魔法も組み込んだ。

例えば、A氏とB氏がやりとりをしていたとしよう。その内容は、二人が会話を始めた瞬間から記録する。連絡が切れると二人の手元には、魔法陣を刻んだ小さな板が残る。これが二人の会話内容を記録したものなのだ。

 もちろん、細工をされないようにしてある。

 A氏にはB氏の発言した声が。

 B氏にはA氏の発言した声が。

 それぞれ相手の声が残るのだ。それに、二つの板を合わせないと音声が出てこない。別の板を組み合わせることもできない。

 当然ながら、壊すことなどできない。破壊、解除、破棄。一切誰もできない。

 いや、ぼくができるか。たまにやって来る。どこぞのキゾクサマが顔を隠して。

『この記録板を廃棄してほしい。金ならいくらでも出す』

 ってね。

 もちろん、引き受けることなどしたことがない。証拠が残るようなもので危険な会話をする方が悪いのだから。

 

 まあ、そんな感じでぼくは『天才発明家の魔法使い』と呼ばれている。些細なことだ。ぼくはこの屋敷から出ることはない。外への用事はみんな使用人がやってくれる。ただ、ぼくは研究と開発を続けるだけだ。

 っと。

 ……。

 ……鐘が、鐘が、

 ……鐘が、鳴った。

 ぼくは屋敷の最奥の部屋に急いだ。

 勢いよく扉を開けると、寝起きの主がいる。

「……。……うん? ……おはよ」

 主は身体を伸ばす。

「……んー、よく寝たな。……とりあえず、状況が知りたい」

 ぼくは主に近づいた。主は手をぼくの頭に手を乗せた。

 ……意識が、……溶ける、気が。

 ……やくめ、が、……お、……わる……。

 

 

「……ふむふむ。命令どおりに動いたな。便利な魔法だなあ。我ながら感心するな。しっかり、研究と開発してたみたいだね。……よしよし」

 私は魔法人形の記憶を読み取って、満足のため息をついた。

 使用人を呼びつけて、食事をしたりして、記憶の整理を始めた。

 

 私は特異体質だ。普通のヒトのように夜に寝て、朝起きる、ということができない。起きているときは数年起きている。いや、数百年だ。そして、寝ると同じくらい寝ることになる。そうなると、数百年、私の存在が消える。過去、何度死んだと思われたか。

 そして、寝ている間に世界が変わっているのだ。その間の情報がわからない。なので、身代わりを作ることにした。その身代わり、魔法人形に記憶させておくのだ。おかげで数百年寝ていても、問題なくなった。我ながら、いい魔法を思いついたものだ。

「さーて。……いい感じに私の魔法がこの国を掌握したな。……ふふっ。便利でしょう? とっても。……ふふ、あはは。もう手放せないよねえ?」

 私は紅茶のカップを指先で弾いた。

「……それじゃ。さよなら」

 私はすべての魔法の使用を停止する魔方陣を展開した。

 

 なぜ、壊すか?と誰もが思うだろう。

 何、簡単な話だ。

 飽きた。

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