第4話

ハロルド兄様と馬車に乗り、王都へ向かう。向かいの席には諮問官の1人が座わり私たちを見張っている。若い女性のようだ。


「こんにちは、道中よろしくお願いします」


「…」


とりあえず挨拶をしてみたが返事をしてくれない。声を潜めてお兄様に聞く。


「ハロルド兄様、諮問官というのは私たちと会話ができない規則でもあるのでしょうか?」


「どうだろうね。一緒にライドンのところへ行った諮問官とは普通に話してたけど、俺たちにはいま嫌疑がかけられているから」


確かに、容疑者とむやみに口を聞く諮問官はいないか。ローレンス兄様は結局この日までに目を覚まさず、エヴァンという男が王都の神官のところへ連れて行ってくれることになった。


エヴァンは心配はいらないと言っていたが、このまま目を覚まさないのではないかという不安にかられる。


「ローレンス兄さんが心配だ」


ハロルド兄様も同じことを考えていたらしい。


「王都について許されるならば見舞いにいきましょう」


「あぁ、そうしよう」


王都まではいくつかの領を越え、馬車で10日程の道のりだ。森を抜けたり、街の側を走ったりと景色を眺めて過ごす馬車の時間は嫌いではない。野営をするのだろうかと心配していたが、町の宿に泊まらせてくれた。もちろん見張りとして諮問官がそれぞれついていたが、野営をするよりは安心できる。



「随分と山が近くなってきましたね」


「王都はこの山の向こう側だからね。キャロルは、山越えは初めてだろう?けっこう大変だから覚悟しておいた方が良いよ」


確かに山に近づくに連れ、道が悪くなっている。馬車もスピードを落としてはいるが、随分と揺れる。


「これはお尻が痛くなりそうですね」


「あ、そっかキャロルは知らなかったか。風魔法で保護すれば大丈夫。早めにかけておいた方が良い」


なるほど、それは考えなかった。いつのまにかハロルド兄様はしっかりとおしりをカバーしていたらしい。私もさっそく真似して風魔法を使う。


「では何が大変なのですか?」


「んーまあ、身体は痛くないにしても揺れるからね。体力は使うし、ここからは野営するしかないから魔物にも警戒しなくちゃいけない。単純に疲れるのさ。順調にいっても山越えするには5日はかかるからね」


「え?5日ですか?それに野営に、魔物も…」


「そうさ。今回は諮問官の方もいるし魔物の対処はしてくれるのかも知れないけど、気をつけておくに越したことはないかな」


それを聞いて私はすぐに探知サーチを展開する。いまのところ近くに魔物はいないようだ。


「夜は誰かが見張りをしなくてはいけないですよね?」


「そうだね。ただ俺たちは見張りはできないんじゃないか?俺たちが見張られてるわけだし」


それもそうか。


「我々が見張りを務めますのでご心配なく」


「「!?」」


諮問官がしゃべった。思わずハロルド兄様と顔を見合わせる。


「私たちとは話してはいけないのかと…」


「無用な会話はしません。見張りをすると言ってあなた方に逃げられては困りますので。野営の際はどうぞ安心してお休みください」


「そういうことでしたか。あの、ありがとうございます」



その後も山道を進み、日が暮れる前に馬車が止まった。こんな山でどこで野営をするのだろかと思っていたが、ところどころひらけた場所があり野営できるようになっているらしい。


馬車をおり身体を伸ばす。


「んー、身体が固まってしまいますね」


「そうだね。魔物とでも戦ってほぐしたいくらいだね」


「ハロルド兄様も魔物と戦うことがあるのですか?」


「もちろんさ。次期領主として魔物と戦えないのでは困る!とかいって散々父上に連れまわされてるよ。それに毎年この山越えは俺が魔物を狩る担当なんだ。領地の方には生息していない魔物がいるから、良い経験になるってさ」


知らなかった。てっきりお父様だけが魔物退治に行っているのかと思っていた。


「魔物への対処はわたくしがしますので動かないように」


「あ、はいすみません。ただ俺たち逃げるつもりありませんよ。ローレンス兄さんも王都に向かったわけだし」


女性の諮問官がすごい怖い目でハロルド兄様を睨みつける。


「とにかく、動かないように」


そう言うと、御者をしていた諮問官の人と入れ替わり野営の準備を始めた。


「すみませんね。エイミーが失礼な態度ばかりとりまして。申し遅れました、ハドリー・ベイルと申します。諮問官ですが、今回は御者として同行させていただきます。エイミーはまだ経験不足でして、少し力が入りすぎているようです」


優しいおじいちゃんという感じだが、ベイル家といえば確か流光剣の使い手として有名で、代々優秀な諮問官を輩出している家だ。


「ベイル家の方だったとは…ご丁寧にありがとうございます。俺たちには嫌疑がかけられていますから、警戒するのも当然ですよ。気になさらないでください」


「これはハロルド様、ありがとうざいます。キャロライン様も初めての山越えとのことでしたが、お身体は大丈夫ですか?」


「お気遣いをありがとうございます。兄に魔法での対処法を聞きましたので、問題ありません。あの、野営のお手伝い出来ることがあれば言ってください」


「それは良かった。野営の準備はエイミーに任せましょう。あなた方が動くとエイミーが警戒するでしょうから」


「それもそうですね。失礼しました」


「いえいえ、お気持ちだけ受け取らせていただきます」


ベイル様としばらく話しながら野営の準備が終えるのを待つ。





「ベイル様、少し様子を見て参ります」


エイミーが戻ってくるも一言声をかけるとすぐにどこかへ行ってしまった。


「ベイル様、エイミーさんはどちらに…これは!?」


「どうしたキャロル…ん?」


「お二人ともお気づきになりましたか。どうやら魔物の群れが山を下ってきているようです。エイミーが様子を見に行きました。我々が対処いたしますのでご安心ください」


2人が対処できる数にはとても思えないが、ここは任せておくのが良いだろう。


「ハロルド兄様も魔物を探知できるのですね」


そういえば、お父様も巨牙熊ファングベアの姿が見える前に気がついていたな。


「そうだね、その辺りも鍛えられた。父上のように魔物を見破ることはできないけどね」


お父様もハロルド兄様も探知サーチを使っているのか気になるところだが、今はそんなことより魔物の群れだ。どんどん山を下ってくる。ハロルド兄様もだんだんと緊張しているのが分かる。


「あのベイル様、このままでは私たちは」


「そうですね、このままでは魔物群れに巻き込まれてしまいますね。あなた方をお守りしながら切り抜けるのは容易いですが、馬車が壊れるのは困る。さて、どうしたものかな」



「ベイル様、魔物たちは大きな脅威から逃げているようです。おそらくは空羽獅スカイビーストです。魔物の群れは1キロに渡って広がり、麓に向かっております」


エイミーが状況を報告する。


「彼らは頭がいい。単に魔物を襲うはずはありません。何かあったのでしょうね」


「ここに到達するのも時間の問題です。目の前の魔物を倒しつつ切り抜けるしかないかと」


「そうですね。しかしそれでは馬車が犠牲になります。さて、ハロルド様、キャロライン様、何か有効な魔法はお持ちではないでしょうか?なにぶん我々は、流光剣しか使えないものでして」


「ベイル様!この者たちの力など借りる必要などありません!私が全ての魔物を切り裂けば良いのです!」


そう言うとエイミーは再び山を登っていってしまった。


「申し訳ありません。お見苦しいところをお見せしました」


「エイミーさんを止めなくて良いのですか?」


「ハロルド様、ご心配には及びません。あれでも流光剣の使い手。私が育てた自慢の弟子です。死ぬことはありません。しかしながら、到底すべての魔物を倒すなど無理な話。馬車を魔物から守る手立てを持ちでしたら、どうかお力をお貸しいただきたい」


「俺がやるなら風魔法で上空に飛ばすか、風のシールドを張るかかな。キャロルはどう?」


「そうですね。土操作アースコントロールで地面に隠れるというのはどうでしょう。上空だと空を飛ぶ魔物にやられてしまうかもしれません」


「地面に隠れるか…確かにその方が良さそうだね。土操作アースコントロールなら俺も使えるけど、どうする?」


「私が土操作アースコントロールで穴を作りますので、風魔法で馬車を下ろしていただけますか?私は掘り出した土を固くし、そのまま蓋をします。それで宜しいでしょうかベイル様」


「ええ、宜しくお願いします」


さっそく2人で魔法を行使していく。1分もせずに簡易の避難壕は完成した。


光灯ライト


ベイル様が灯りをつけてくれる。生活魔法は使えるようだ。


「お二人ともありがとうございます。まさか一瞬でこんな立派な避難壕が完成するとは思っても見ませんでしたよ」


「それは俺も同感です。キャロラインが使う魔法にはいつも驚かされます」


どうせなら快適な空間をと思ったのだがやりすぎたらしい。馬車を下ろす空間、馬の休息所、私たちの休憩スペースにはテーブルと椅子を用意、ついでにエイミーが用意してくれていた野営地もそのまま地下壕に降ろした。


「まだ魔物も遠いようでしたので、どうせならこのまま野営地として使えた方がよいかと思いまして」


「野営より豪華だけどね」


「はっはっはっ、本当にその通りですね。ウォルズ領の魔法少女の名は伊達ではないようです」


顔が赤くなる。ベイル様までこのあだ名を知っていたとは。諮問官恐るべし。


「しかし麓の村が心配だ。今頃は山の異変に気がついているだろうけど」


ハロルド兄様が不安げに言う。


「エイミーができるだけ数を減らすでしょう。村の場所を考えて倒していくと思いますよ。彼女はそういう子ですから。しかし、この魔物の群れがどこで止まるかですね…全てを倒すまで止まらないとすれば麓の村だけでは済まない。むしろその先の村や町のほうが危ないでしょう」


「そんな…」


確かに麓の村は山から降りてくる魔物への警戒心が普段から高い。その分、対応も早いに違いのだ。しかしその先の街は、山からの魔物など気にしていないだろう。山の魔物の生態も知らないに違いない。


「今の私たちには出来ることはありません。どちらにしても隠れてやり過ごすしかありません」


山を降りるにつれて、魔物の群れは段々と規模を拡大していくことになる。魔物のヒエラルキーは山頂に住む魔物ほど強く麓の魔物ほど弱くなっている。上から魔物が降りてくればその下の弱い魔物はさらに下へと逃げるしかないのだ。


結局、私たちはそれから2日間穴に篭っていた。魔物の群れが過ぎ去り、しばらくしてから地上へ出る。


地上の様子は様変わりしていた。木々は薙ぎ倒され、ところどころで火が上がり、地面には大小様々な足跡が残っている。そしてもちろん強い魔物に狩られたのであろう魔物の死骸も転がっていた。


「エイミーさんは大丈夫でしょうか?」


「この程度で死ぬようなことはないから大丈夫ですよ」


あたりの様子を調べながらエイミーさんを待つ。


「こんな状態だと馬車を走らせるのも難しいな」


「そうですね、少しずつ道をつくりながら進むしかなさそうです」


馬車も地上へ持ち上げ、道をつくりながらエイミーを待つ。



「ベイル様」


「エイミー、ずいぶん遅かったですね。すぐに出発しますよ」


「お待ちくださいベイル様、麓の村や街が…」


「エイミー、我々の任務を忘れましたか?」


エイミーの制服はボロボロでこの2日間戦い続けたのだろうと想像できる。


「しかし…」


「エイミー、今のあなたに何ができますか?あなた1人の力で村や街を救えるとでも?あなたの責務はまず第一にこの方々を諮問機関まで送り届けること。それから、この惨状を王都に伝えることです。…出発します。お二人ともどうぞ馬車にお乗りください」


馬車の中は重い空気が流れている。ベイル様は道の障害物を薙ぎ払いながら手綱を引いているようだ。


「あの、エイミーさん。宜しければ身体の傷を…」


「必要ありません」


被せるようにエイミーが言い放つ。


「そんなに睨むことはないと思うよ。キャロルはあなたの身体を気遣っただけだ。それに、少しは俺たちの気持ちも分かってくれたんじゃないかな。本当は俺たちだって今すぐ自分の領地に帰りたいんだ。たとえ何も出来なくたって、家族のもとに、領民のもとに帰りたいんだよ」


ハロルド兄様は、睨むエイミーをまっすぐ見て言う。その言葉に負けてかエイミーは少しだけ俯き、そのまま黙ってしまった。



結局、山越えに10日間かかり、そこから数日かけてようやく王都の諮問機関までやってきた。エイミーとは打ち解けられず、気まずいまま過ごすこととなった。


「長旅お疲れ様でございました、こちらがウィーズ王国諮問所でございます」


ずいぶんと大きな建物だ。大きな柱が正面に立ち並んでいる。王都の建物はどれも大きいが、諮問機関の威厳を表すような荘厳な景観だ。


「見事な建物ですね」


「ああ、まったくだね」


これから私たちはここで審議にかけられることになる。良かれと思って行ったことだが、結果的には多くの人が傷つくことになってしまった。罰せられてもおかしくはない。


「キャロル、俺たちは相談すべきところに相談をし、諮問機関も呼んでいた。何も隠すことなんてないよ。あったことを話すだけさ」


「そうですね、ハロルド兄様」


そうだ、私たちはあったことを話すだけ。その上で罰を受けなければならないというのであれば、素直に受け入れよう。


「ハロルド様、キャロライン様、ご案内いたします」


ベイル様に続き諮問所に入る。


諮問所の中は冷たく静まり返っていた。廊下をすれ違う人もおらず、人気ひとけはない。


「早急な事態ゆえ、このまま審議入るそうです。休息もなく申し訳ありませんがご理解ください」


「問題ありません。我々としても早く事の解決を願っておりますので」


「ありがとうございます、ではこちらの扉をお進みください。諮問官が待っております」


ベイル様に促されるまま中へ進む。


正面の演台に険しい顔をした諮問官が立っているのが見えてくる。


「これは…まるで罪人のようですね」


「まったくだね」


演台を中心に扇状に広がる雛壇に多くの諮問官が私たちを見下ろすように着座している。皆、表情は固い。


「ではこれより審議を始める!ハロルド・スミス、キャロライン・スミスのライドン領への干渉行為について質問がある諮問官は発言せよ。まずはハロルド・スミスより此度の事態について説明を求める」


「はっ、ご説明させていただきます・・・」


ハロルド兄様は、ライドン侯爵から手紙が届き招待に応じた事、魔力石が盗まれたこと、そして私が誘拐されたことを話した。そして、諮問官とともにライドンの館を訪れ、事が起こったこと。回復薬で治らない傷のことを話す。


「なんと…やはり暗黒魔法ではないか」

「ライドン侯爵はなぜそのような」

「少女が複合魔法の改良を?」

「賢者がでたとなればやはり大事か」


ハロルド兄様の説明が進むにつれて諮問官のざわめきも大きくなっていく。


「質問を宜しいでしょうか」


1人の年若い男性が立ち上がる。


「許す、フランク」


「数点確認をしたい。まずは、キャロライン・スミス。あなたが、あなた自身が複合魔法を改良し、臭虫から守る農業用の結界を作ったことは本当ですか?」


「あなた自身が」と聞くということは誰かの手を借りて作ったものではないのか。と疑っているのだろうか。


「はい本当です。私が漁師たちが使用する複合魔法漁網フィッシングネットを改良して作りました」


フランクの鋭い目が私の嘘を見逃さまいとじっと見てくる。


「宜しい。では次の質問です。あなたはその改良をどこで覚えたのでしょう。ここにはあなたはまだ8歳だとあります。魔力量が多くウォード家で魔法の師についていたことも承知しています。ですが、複合魔法の改良までは習っていないのではないですか?」


周りの諮問官たちは私が魔法の師についていたと聞いて、冷ややかな目を向け始めた。「魔法を使うなど悪魔の子だ」などという馬鹿げた囁き声も聞こえる。


「その通りです。私の師、アルヴィン先生からは習っておりません。私はウォード家で魔法を学ぶ間、多くの書物を読みました。そのことから結界魔法の類は多くの職業魔法に運用され、その根本原理は変わらないことを自ら解明していました。それだけです」


私も負けじとフランクに視線をぶつける。


「そうですか。では最後の質問です。あなたは暗黒魔法を受けたローレンス・ウォード治療したと、先ほどハロルド・スミスが進言しておりましたが、8歳のあなたがどうして神聖魔法を使えるのでしょう。選定の儀は10歳からのはずですが?」


痛いところをついてくる。諮問官たちのざわめきは大きくなりいよいよ皆が「悪魔の子」だの「邪神を信仰している」だのと騒ぎ始めた。


「鎮まれ皆の者!こやつの言い訳を聞こうではないか」


これは完全に、諮問長も私を悪魔の子とか思っているな。というか、この件に関しては私が聞きたいくらいなのだ。ここは正直に話しておくしかないだろうな。


「それについては、私にも分からないのです」



「なに?」「しらを切るつもりか」「そんな言葉には騙されんぞ」とまたがやがやと始まってしまった。まったく諮問官ともあろう者たちが人の話を最後まで聞けないとは。


「まあ、皆様、聞こうではありませんか」


フランクの静止によりようやく静まる。


「えっと、先ほど申しましたように私にもなぜ使用できるのかは分かりません。これについてもウォード家にあった書籍から学んだ。というより、書かれていた詠唱を読み上げたら出来てしまったのです。むしろ皆様にお伺いしたい。選定の儀を受ける前に治癒魔法を使えることはあるのでしょうか?」


「そんなものあるわけないだろ」

「何を馬鹿げたことを言っている」

「どうせ邪神を信仰して得た力だろう」

「なんと恐ろしい子なのだ」


諮問官たちは相変わらず好き勝手に口走っている。


これはかなりこちらの分が悪そうだ。私が邪神を信仰して悪魔の子で、今回の件を引き起こしたとでも思っているのか?それとも、向こうの仲間だとでもおもっているのだろうか。


まあ、この国は魔法=悪だから、反逆のように捉えられるのだろう。


「残念ですが皆様。この者たちは嘘をついていません。ハロルド・スミスが述べたこと、キャロライン・スミスが述べたことに嘘は見られませんでした。いまここで述べられたことは全て真実です」


ん?このフランクという男は嘘を見抜く力を持っているらしい。おそらく魔法なのだろうが、どのようなものか非常に気になる。「フランクが言うのなら本当か」と諮問官たちも大人しくなっている。


「で、ではフランク!貴殿はこの一件をどう説明するのだ!?」


「バージル諮問長、それはこの者たちが説明した通りです。ライドンがウォルズ領の魔力石を盗み、キャロライン・スミスを誘拐。しかし彼らの策略により諮問官に捕えられそうになり、暗黒魔法で逃走を図った。そして腹いせにウォルズ領を焼き払い、姿を消した。よってこの者たちに罪はないでしょう。爵位が上の者を裁く為に諮問機関に要請も出している。こちらにすでに上がっていた情報通りでしょう」


「……」


「神の祝福を受けなくたって治癒魔法は使える」


「なっ!?あなたは…」


諮問長と私たちの間に、フードを被った少女、いや少年がいつの間にか目の前に立っている。輝く白い長い髪に隠れ、顔はよく見えない。


「これは賢者ノア。このような場所までお越しいただけるとは」


フランクが頭をさげる。それにつられて周りの諮問官たちも頭を下げ始めた。私とハロルド兄様も頭をさげる。


「キャロラインは寵愛を受けてる。寵人なだけ」


寵人?なんだそれ。初めて聞く言葉だ。それにフランク諮問官は賢者とかいった?


「そうでしたか、これは失礼しました。私どもが見抜けないのをお叱りに?」


「いや、キャロラインに忠告。神殿にいくように」


「へ?私ですか?」


突然ふられたので変な声になってしまった。


「そう。寵人なのに神殿にいってない。使徒が怒ってる」


「それは大変だ。通りでわからなかった訳だ…。キャロライン・スミスは私が責任をもって神殿に行かせましょう賢者ノア」


「任せた」


そう言った時にはすでに賢者ノアの姿はそこにはなかった。


「転送魔法…」


初めて目の前でこの魔法を見た。正確には見えなかったが、姿がないということはそういうことなのだろう。エヴァンだって賢者が使えるようなことをほのめかしていた訳だし。あの賢者ノアという少年が使えるに違いない。


「バージル諮問長、審議の続きをお願いします」


フランクは表情を変えず続きを進言する。諮問長と周りの諮問官たちは、その言葉に我に返り深々と下げていた頭をあげ、青ざめた顔で席に座り直した。賢者という存在は諮問機関にとって頭の上がらない存在なのかもしれない。


「…で、では、審議を再開する。ハロルド・スミスとキャロライン・スミスはライドン侯爵の暗黒魔法使用についての証人である。この件について諮問機関は速やかな対応を国に求めることとする」


「バージル諮問長、チョウジンというのは何なのですか?」


雛壇に座っている諮問官の一人から声があがる。


「知らぬ。賢者の言葉など我々には理解できぬ。ただそのチョウジンは神聖魔法が使える特異な存在だということであろう」


「そんな訳の分からない力を持つ者を野放しにするというのですか?」


どうもこの国は魔法などの不思議な力を忌諱する傾向にある。普通なら神聖魔法が使えるのだから喜ぶべき力のはずなんだけど。彼らからすると正規の手順を踏んでいない神聖魔法の使い手など、暗黒魔法の使い手と同等の存在なのだろう。


「……ではこうする。エイミー諮問官をキャロライン・スミスの監視役とし定期報告を義務付ける。以上で閉会とする!」


よく分からないが、急に閉会になった。私たちは何の罰を受けることもなく終わったが、エイミーか…。気まずいままだし、これは何とか仲良くならないといけないな。


「キャロライン・スミス!行くぞ!」


「え?え??ちょっと、え?」


フランクに腕を掴まれ、引きずられるように連れて行かれる。ハロルド兄様もフランクの勢いに押されて、何も言えないままついてきている。


「あのフランク諮問官、何ですか?どこに行くのです?」


引きずられながらも聞く。


「神殿以外にどこがある」


「神殿ですか?」


「確かにさっきの賢者ノアはそんなことを言っていたね」


「まったく、お前らは無知ではないのだろう?寵人ちょうじんが神殿に行かないなどあってはならないことだ!ましてや使徒を怒らせるなど。神が怒っているも同然だ!ハロルド!お前もなぜ妹を神殿に連れて行かなかった?年に一度は家族で祈りを捧げにいくものだろう?」


フランクはどうやら怒っているらしい。先ほどの審議の際には他の諮問官が騒いでいたのに対して、動じる様子もなかったというのに不思議だ。


「それは…この1年忙しかったですし…」


「私も神殿に行く暇があれば魔法の研究をしますしね」


ハロルド兄様の言葉に続けて私も弁解する。兄様もうん、うん、と頷いている。


「もういい。……ほら、さっさと祈ってくるんだ。ついでにハロルドお前もだ。これまで妹を神殿に連れて行かなかったことを詫びてこい」


フランクに言われるままハロルド兄様とともに祭壇に向かう。祭壇といっても神の像があるわけでもなく、強大な石盤に丸い水晶のようなものがはめ込まれているだけである。とりあえず、見よう見まねで兄様と同じように祈りを捧げる。


「ハロルド兄様、祈りの言葉などはありませんよね?ただこのようにしていれば大丈夫でしょうか?」


フランクに聞こえないよう小さな声で兄様に聞く。


「うん大丈夫。ただお互い神様には謝ったほうが良いのかもしれないね」


「はいそうします」


この国はべつに一つの神を信仰していた訳ではなかったはず。神様の名前も知らないが、とにかく謝れば良いか。



『…ようやく来たのね。長かったわ。こんなに私を待たせたのはあなたが初めて』


引き込まれるような声が頭に響く。


『…そちらの坊やに声をかけても聞こうともしない。本当に困った子たち』


坊や?ハロルド兄様のことだろうか?


「そうだぞ!オマエたち!オレ様がどれだけ怒られたと思ってやがる!」


ん?この声はすぐそばで聞こえる気がする。


『あらコウルス、何かいったかしら?もちろんお前も含まれているわ。具現化もできず、教会に引きこもっていただけですものね?』


「…はい、イシス様。私の力が足りなかったと反省しております」


『そうでしょうね。使徒であるお前はキャロラインのそばにいれたはず…まったく羨ましいわ』


「申し訳ありません…」


『さて、キャロライン。あなたに正式に寵愛を授けるわ。これでコウルスを通して私が力を貸せる。でもキャロライン覚えておいて、神の力は強大。あなたの身を滅ぼさぬよう気をつけて。それとまた会いにくるよう…に…』



目を開けハロルド兄様のほうをふりむく、兄様も驚いたようにこちらを見ていた。


「キャロル、いまのって…」


「神様?ですか?」


「ただの神様じゃねーよ!イシス様だ!魔術の神イシス!オマエら何にも知らねぇのか?」


声をする方に振り向くと、黒い羽の生えた30センチくらいの小さな人が飛んでいた。


「悪魔っ!?」


「ふざけんな!悪魔じゃねぇ!オマエ、悪魔ってのが何なのか分かってんのか?オレ様はイシス様の使徒だ!使徒コウルスだ!悪魔にゃこんな翼ははえてねぇっての!オレ様たちは天使!そんなのも知らねぇのか」


ん?そっか神の使徒だから天使?まあ本人がそう言うのだからそうなのだろう。


「コウルスうるさいぞ。お主がイシス様のめいを遂行できていなかったのだろう?」


いつの間にかフランクが神殿の中に入ってきていた。フランクのそばにもコウルスと同じように翼の生えた天使がいる。


「あなたも天使?コウルスより天使っぽいですね」


「気やすく話しかけるな」


おっと、フランクに怒られた。


「良いではないですか、フランク様。コウルスはまだ生まれたての天使。使徒としての経験もなく、あなたが初めてでしょう。私は遥か昔より何度も使徒として世に降りてきています。どうかコウルスを導いてやってください」


「何勝手に言ってんだてめぇ。どこのヤロウの使徒だか知らねぇが、どうせロクなやつじゃねぇんだろう」


「これはこれは、メアート様の悪口でしょうか?それは見過ごせませんね。生まれたてだからと助言をしてやったというのに、言葉では通じぬということですか」


フランクのそばにいる天使の翼が輝くように光り始める。コウルスと違いこちらはブロンズ色の羽だ。


「やめておけ、リブラ。相手にするな」


フランクに制止され、リブラと呼ばれたイケおじの天使は羽をたたむ。


「あ…あの、フランク諮問官、これは一体何が起こっているんですか?」


目をきょろきょろとさせていたハロルド兄様がやっとのことで声を出す。


寵人ちょうじんは神の使徒とともに神の意思を具現化していく存在。キャロラインはいつのタイミングだか知らないが寵愛を受けていたのだろう。だから治癒魔法も使えた。寵人には使徒の姿が見えるようになるのだが…ハロルド、お前は特別にその力だけは与えられたようだな」


あのとき魔術の神イシスは私に寵愛を授けると言って、ハロルド兄様にも「声をかけても聞こうともしない」と小言を言っていたっけ。


「コウルス、その辺の事情を説明したらどうなのだ?」


「ふん、オマエなんかに言われなくたって今から説明するところだ!キャロラインは生まれた時から寵人だ。ソイツの言った通り、寵人は使徒とともに神の意思をこの世に具現化する存在。だがキャロライン!オマエはオレ様の呼びかけを無視しつづけた!さらにはハロルド!オマエにもオレ様の声が届くようイシス様が力を与えたってのに、オマエまで無視ときた。8年だぞ?使徒としてオレ様がこの世に降りてから8年。オレ様の呼びかけに2人とも応じない。なのに魔法はどんどん習得しやがる。やってられるか!」


使徒がいきなりグレてしまった。確かに8年は長かっただろう。ずっと神殿にいたとすれば寂しかったに違いない。しかし思い返してみてもコウルスの声が聞こえたことなど一度もない。


「…あれは神殿に連れてこいということだったのか」


「え?ハロルド兄様は声が聞こえたことがあったのですか?」


「ん?うん。神殿で祈るとキャロラインを連れてこいというお告げが聞こえたことが何度かある。だけどいつも領民のことを祈ってたし、ウォルズ領にキャロルを連れてこいって意味かと思っていたよ」


申し訳なさそうにハロルド兄様が苦笑いする。


「オマエときたらイシス様にお声掛け頂いているのに、領民、領民といつも民のことばかりだもんな」


「む、それは良いことだと思います。何かいけないのですか?」


ハロルド兄様は領民のために努力をしてきたのだ。コウルスという天使に悪く言われる筋合いはない。


「コウルス、それでは説明が足りぬ。キャロライン様、我々使徒はそれぞれの神にめいを受けているのです。私であればこの世が真実の光りで満ちること。それが真理の神メアート様の意思でございます。そして我々はそのめいを具現化するたび力を得る。天使としての格があがるのでございます」


なるほど。コウルスとリブラさんでは格が違うということか。まあ見るからに、大きさも違うし羽の色も違う。どちらが天使かといえば完全にリブラさんだ。


「イシス様の願いは魔法の溢れる世界にすることだ。オマエ一人で魔法を広めたってオレ様の力にならねぇ」


なるほど。コウルスは自分が力をつけられないまま、8年も神殿に縛り付けられたことに怒っているのね。  


「それは悪かったわ。でも小さいのも可愛いくて良いと思う」


「…てめぇ」


「では私はこれで。これからは定期的に神殿に祈りにくるようにしなさい。毎回神の言葉を聞けるわけではありませんが言葉は届いています。それと私が寵人ちょうじんであることは秘密にしておくように。寵人は知っての通り珍しく、あらゆる火種になります。あなたも隠しておくことをおすすめしますよ」


そう言ってフランクとリブラさんはどこかへ行ってしまった。審議の時に私の言葉を見抜いていたのは、フランクではなくリブラさんだったのかもしれない。


神殿から出ると侍女姿のエイミーがいた。


「あれ、エイミー…諮問官?」


「エイミーで結構です。これからは私を侍女として扱いください。諮問官として監視するのにそのほうが都合が良いかと思いますので」


確かに諮問官の制服を着ているだけで貴族はまず警戒するし、貧乏貴族とはいえ一人の貴族令嬢に諮問官がずっと付き添うのも不自然だ。


「そうですか。エイミーこれから宜しくお願いします」


「あくまでも監視役ということをお忘れなきよう。キャロラインお嬢様」


「見られてまずいようなことは何もないですが、万が一、私が何か道に外れたことをしていたら教えてください。私は魔法以外の知識はさっぱりでして、先ほども神殿に一度も祈りを捧げてこなかったことを叱られたところです」


「一度もですか?」


「はい、一度もです」


コウルスが隣で呆れたように長いため息を吐く。


「承知しました。お嬢様が道を外れそうな際にはご忠告申し上げましょう」


「ありがとうエイミー」


よかった。会話もしてくれるし、案外私を監視してくれる人がいるというのは悪いことではなさそうだ。


「キャロル、ハロルド」


「「リーヴス様!」」


いるはずのない人がいたことでハロルド兄様と声を揃えて驚いてしまった。


(「誰だコイツ?」)


コウルスの声が頭のなかに直接聞こえてくる。使徒と寵人の間では念話が使えるらしい。


(「お母様のお兄様、私の叔父だよ。私は昨年までこの家で暮らして魔法をならっていたの」)


「2人とも元気そうで何よりだ。驚かせてしまったね、ローレンスの見舞いに来たのさ」


ハロルド兄様が悔しそうに顔をしかめる。


「あの、リーヴス様」


「ハロルド、お前に礼を言わなければならない。ローレンスの命を救ってくれてありがとう。もちろんキャロルもだ。瀕死のローレンスを治療してくれたそうだね。2人がいなければ今頃ローレンスはこの世にいなかっただろう」


「しかし、俺はとんでもないことを…」


「いいかい2人ともよく聞きなさい。今回の件は私に責任がある。ローレンスから相談され、国に報告をあげ諮問官を手配したのは私だ。私が許可しなければお前たちは動かなかったはずだね?これは私の判断ミスさ。遅かれ早かれライドンは事を起こしていただろうが、お前たちを巻き込むことにはならなかったかもしれない。本当に申し訳ないことをしたと思っている」


リーヴス様の顔はひどく疲れていた。


「リーヴス様、謝らないでください。拐われたとはいえ、もう少し対応を考えるべきでした」


リーヴス様は大きく息を吐き、決心したように私たちを見つめる。


「すでに聞いているかもしれないが……マシューもマーガレットもおそらく死んだ。中心街に生存者はいない」


「「!!!」」


「ですが!リーヴス様!もしかしたら…」


もしかしたらどこかに隠れているかもしれない。お父様のあの早さであればきっと皆を助けて逃げた違いない。


「すでに半月が過ぎようとしている。生きていればマシューやマーガレットがこの一大事にかけつけないはずがない。期待はしないことだ、死んだと思いなさい。それからハロルド。この先ウォルズ領はお前の手にかかっている。もちろん最大限の援助はするが、困難な道になることは間違いない。覚悟を決めておきなさい」


身体の力がぬける。お父様とお母様が死んだ?まだ1年しか一緒に暮らしてないのに?ずっと一緒だといっていたのに?ウォルズ領に来た時の馬車での会話が走馬灯のようによみがえる。


「はい、リーヴス様」


ハロルド兄様の声にハッとする。取り乱すことなくリーヴス様をしっかりと見つめている。兄様はすでに覚悟をしていたのかもしれない。お父様とお母様が死んでしまっていることに。


「よし!3日後、王がお前たちと会いたいそうだ。ウォルズ領の新たな領主となるハロルドと天才魔法少女キャロラインにな」


リーヴス様のやつれたお顔にお母様が本当に死んでしまったのだということに納得する。リーヴス様は妹であるお母様をとても大切に、そして可愛がっていた。


「私も!ハロルド兄様と共にウォルズ領を支えます」


リーヴス様を安心させたくていつの間にか口走っていた。


「それでこそマシューとマーガレットの子だ。2人とも困ったことがあればどんなことでも相談するように。じゃあまた3日後に」


私たちに笑顔を向けリーヴス様は去っていった。


それから2日間はローレンス兄様をそばで過ごした。神官によれば身体に異常はないそうなのだが、いまだに目を覚さない。暗黒魔法によって黒く変色した皮膚は神官でも戻せないらしく痛々しかった。


ハロルド兄様とはリーヴス様とのやりとり以来お父様やお母様、領地の話をいっさいしていない。何となく、心のどこかではまだ生きていると期待したかったのかもしれない。


「おはよう、キャロル、ハロルド」


「おはようございます、リーヴス様」


私いも兄様に続いてリーヴス様と挨拶を交わす。


「じゃあ、今日の謁見について少し説明をしておこうか。1番の目的はお前たちを見極めること。参列者はエドワード国王はじめ王が信頼をおいている貴族たちだ。領主となるハロルドもそうだが、次々に魔法を開発するキャロラインにも白羽の矢がたっている。とはいっても、2人は聞かれたことに正直に答えていればそれでいい。特別に繕うこともせずともお前たちなら大丈夫だよ」


諮問機関では散々な扱いだったけど本当に大丈夫だろうか。あそこでのやりとりも一通り聞いているだろうし、直接会って素性を確かめるといった意味合いの謁見なんだろうな。


この2日で叩き込んだ謁見の作法を頭のなかで反芻し、いよいよ王との対面である。


「ウォルズ領、ハロルド・スミス、キャロライン・スミス前へ」


「「はっ」」


数段高い位置に鎮座しているのが、国王エドワード・ウィーズ。想像していたよりも若く、お父様より少し年上くらいに見える。恐ろしく整った顔立ちだ。後ろで束ねられた黄金色の長髪には、輝く王冠がのせられている。


しばらく見とれてしまったが、慌てて深く頭を下げる。


「ハロルド・スミス、キャロライン・スミス。今からいくつか確認をしていく」


執政官からこれまでの一連の事柄について説明がなされる。ざわめきが起きたのは諮問官とのやり取りに使用した転話テンワ機能がついたペンダント。使用にあたっては王の許可はとっていたとの説明がすぐにされ、ざわめきはおさまった。


「以上が、事の顛末として我々のもとに届いている報告である。何か相違があるか」


「宜しいでしょうか」


ハロルド兄様が口をひらく。


「発言を許す」


「私が確認したライドン領での死傷者の数ですが、死者・行方不明者13名、負傷者34名です。ライドンの館に従事していたものがほとんどですが、関係のない人々を巻き込んでしまいました」


執政官の報告では死傷者多数とされていた。ハロルド兄様は責任感からか、きちんとした数を報告したかったのかもしれない。であれば、私も言っておかなければならないことがある。


「私も宜しいでしょうか」


「ん、発言を許そう」


気になっていた部分を訂正する。


「誘拐される計画については、私が提案したことです。詳細については確かに3人で計画をしましたが、誘拐しようとしているのなら、逆に利用しようと最初に提案をしたのはこの私です」


「キャロル…」


「ハロルド・スミス、これは真実か」


「…はい、キャロラインの言うとおりです」


ハロルド兄様が悔しそうに言う。ごめんなさい兄様。でもこれは事実だし、これで罰を受けるのなら仕方がないことだ。


(「オマエが罰だ?困るのはこのオレ様だ。捕まる前に逃げろ」)


(「え、さすがにそれは出来ないよ」)


(「オマエの力ならこんな奴ら一瞬だろ。なんならオレ様も力を貸してやる。…おい、聞いてるのか?」)


コウルスがうるさいがとりあえず放っておこう。


「よく分かった。ハロルド、ウォルズ領の領主として期待をしている。混乱を招いたことはお前の罪だ。その罪を領地の繁栄をもって一生をかけて償うといい」


王が初めて口を開く。ハロルド兄様が罰をうけることはないようだ。となりでハロルド兄様が驚いているのが分かる。


「はっ、謹んでお受けいたします」


「よし、次にキャロラインといったか。お前は魔法が好きか?」


ん?これはどういう意味だ。どう答えるべきか質問の意図がまったく読めない。とりあえず嘘をつくのはまずいだろうな。


「はい、幼き頃に魔法の扱いを学び、いまでも好きで勉強をしております」


「はははっ、お前はまだ十分に幼いと思うがな。さて、 今回の件ですでに監視の目もついている。行き過ぎたことがあればこちらから声をかけよう。好きなように学べばよい」


えっ、国王直々に魔法研究の許可がおりるなんて。これほど嬉しいことはない。


「はっ、感謝申し上げます」


「よって、キャロライン・スミスはこれまでの功績により特例として10歳からの王立学院入学を許可する」


「えっ!?」


なんて言った?私が王立学院に入学?それも10歳で?


集まっている貴族たちからもざわめきが起きていることから、この王の発言はみな知らなかったことが分かる。


「次に、ハロルド・スミス。領主として一人前になるのであれば、学院での学びは絶対に必要だ。よって、ウォルズ領の代官としてローレン・ウォードを就ける。お前が卒業するまではローレンと共に領を支えるがよい」


「え……?」


ということはハロルド兄様と一緒に入学?それでは領土が…いやそのためのローレン様か。


「2人とも返事を」


執政官に促され慌てて答える。


「「はっ!承知しました!」」


王が退席し、貴族たちも退出したあとようやく私たちもその場をあとにする。リーヴス様に促されて部屋を移動したものの王の言葉を何度も頭のなかで繰り返し確認する。


「リーヴス様、ローレン様に来ていただけるのは大変心強いのですが、学院は3年もあります。領地が落ち着かないうちに学びにでるなど…いいのでしょうか?」


ハロルド兄様も領主と学生の両立を不安に思っているようだ。


「それが王の決定です。幸いにも、入学までは1年と少しあります。それまでに領地をどこまで落ち着かせるかが勝負でしょう。もしかすると、王はそれを試されているのかもしれませんよ?2つの領地を狙っていた貴族は多かったですからね。実力を示すように仕向けられたのかもしれません」


「2つの領地ですか?」


「そう、ウォルズ領とライドン領。どんな領地だろうとそれを欲しがる貴族たちなどいくらでもいますからね」


「あの、私が10歳で入学するとなるとハロルド兄様と同じ年に入学することになります。2人も同時に学院に入るほどのお金は私たちの領地にはないと思うのですが」


そう、うちの領にはお金がない。毎日食べるものにも苦労している有様だったのだ。防虫バリアーハウスで作物が育つようになってきたとはいえ、まだまだ金銭面の余裕はない。


「ああ、その件だけど。詳しく説明すると、まずキャロルは入学試験免除の学費も全額免除だ。これは国を発展させるほどの魔法を開発しているから当然だね。次にハロルドだが特に何の免除もない。これは貴族の反発をさけるためだけど、通常通り試験を受けて入学してもらうことになる。もちろん落ちることなんて許されないよ。学費はうちで出すから安心して」


「ありがとうございます、リーヴス様。甘えさせていただきます」


ハロルド兄様が援助を素直に受け入れる。確かに領主として今後やっていくのであれば学院に通い、貴族とのつながりを作ることも重要になってくるはずだ。


「私ももっと魔法を勉強して必ず領地の役に立ってみせます」


明日にはここを出てウォルズ領へ向かう。約1ヶ月ぶりの我が家。やっとウォルズ領に帰れる喜びとお父様やお母様、領民の死を受け入れなければいけない不安が私の胸には広がっていた。

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