災難つづきの人生だけど魔法の力で何とかします

ツバキユウ

第1話

「キャロルっ!!!!」


キャロライン・スミスは炎に包まれていた。親戚のローレンス・ウォードに本を読んでもらい、その言葉を真似して口にした瞬間だった。悪の魔法使いが放った魔法「死炎デスフレイム」。ただの英雄譚の物語の一幕だ。


水操作ウォーターコントロール


ローレンスはすぐに水魔法で火を消そうとするも、炎の勢いが強すぎてすぐに蒸発してしまう。側に控えていた侍女もすぐに飲み水として置いてあった水をかけたがダメだった。


ローレンスは、炎に手を伸ばしキャロラインを引きずり出す。すると炎は消えた。


キャロラインは全身が黒く変色していた。



この時の出来事を私はは覚えていない。ただ熱く、苦しかった記憶だけは何となく残っている。幸いにも王都にいたためすぐに治癒魔法をかけてもらい、何とか生き延び今は5歳になる。


「アルヴィン先生、この複合魔法は土と風で畑を耕すようですが、元素魔法で土操作アースコントロールをすれば良いのではないでしょうか?」


私はあの事件から、親戚のウォード家に預けられ魔法の指導を受けている。腕には魔力の発動を抑えるための魔道具をつけて。


ウォード家は代々魔力の量が多い家系で、ここの子供は皆、生まれた時より魔力制御の腕輪を身につけ、5歳までに魔法の扱いを覚えて腕輪をはずす。


通常は成長に合わせて魔力も増えていくので、このようなことはしないのだが、魔力量が極端に多い場合、勝手に魔法が発動されてしまう場合がある。私の場合がまさにこれであった。


私の母、マーガレット・スミスはウォード家の長女で、彼女自身も相当な魔力の持ち主らしい。どうやら私は母の血を色濃く受け継いだようだ。2つ上の兄もやはり魔力量は多いようだがそんな事件になることもなく、無事に育っている。


何故預けられているのかと言えば、私に魔法の扱いを覚えさせるために教師をつけたかったが、うちにはお金がない。私の家であるスミス家が治めているウォルズ領は領地経営がうまくいってないのだ。一応、子爵家なのだが、おそらく先先代くらいから貴族らしい暮らしは出来ていなかったものと思われる。


そんなところに何故、伯爵家出身である母が嫁いで来たのか不思議に思ったが、2人はそれは仲が良く、暇さえあれば見つめあっている。


こうして私はいまウォード家が治めるレクター領の屋敷で、同い年のシンシア・ウォードと一緒に魔法を習いながら過ごしている。私を炎から救ってくれたローレンス兄様も一緒だ。ローレンス兄様の上に、フレドリック様もいるのだが、彼は王都の屋敷で過ごすことが多く、あまりお見かけしない。


「キャロル、またそんな魔法を調べているの?本当に魔法が好きね」


キャロルとは私の愛称だ。シンシアとは同い年なので、愛称で呼び合っている。


「魔法には夢が詰まっているからね。シンディには分からないかもしれないけど」


私には違う世界で生きていた記憶がある。5歳になり物心がついてから段々と思い出し始めた。前世はどうやら地球という世界で生きており、ファンタジーが大好きで魔法の世界に憧れていたようだ。その影響なのか、今世の私は魔法に夢中だ。


「そうね、私は魔法は好きではないけれど、魔力石は好きよ。綺麗だもの」


この世界には魔法は存在するが、生活に使う道具として使われているだけで特別なものではない。アルヴィン先生は魔法について様々な知識を持っているが、世間では生活に必要な魔法以外を学ぶことは良く思われておらず、こういう人はなかなかいない。あの英雄譚のように、魔法=悪のイメージが強いのだ。


「確かに魔力石は私も好き。魔法の可能性が広がるもんね」


魔力石とは、魔物から取れる使用済みの魔石に再度魔力を込めて再利用したものだ。膨大な魔力と特殊な魔法陣を使って製造されているらしい。ウォード家はこの事業で代々、財を築いてきた。


魔力石は魔道具にも使われているし、魔法の発動にも使われることが多い。非常に使用用途が多いのだ。私もいろいろと試してみたいのだが、まだそこまでのレベルに達していない。


今は、元素魔法を大体習得し終えて、ようやく最近複合魔法を覚え始めたところだ。ウォード家は魔力が多い家系だったためか、魔法に関する多くの書物が保管されている。それをはじから読みあさっては、新しい魔法があれば習得している。


「キャロライン様、畑には空気を含むことも重要なのです。ですから風魔法が入っています。作物がよく育つようになるそうですよ」


アルヴィン先生が私の質問に答えてくれる。


私は7歳まではウォード家にいることになっている。シンディは既に魔力制御の腕輪を外して、魔法を扱う練習をしているが、私は母から7歳までは絶対に腕輪は外さないようにと言われている。あの時のことがトラウマになっているらしい。


私も魔法が使えればいいので、外したい願望は特にない。というかこれまでも様々な魔法を試す時に、魔力量が足らなかった。そういう時は少し工夫をすれば何とかなってきている。そのおかげか、魔力のコントロールは随分と上達し、悪いことばかりではない。


「そういうことでしたか。ありがとうございました」





その後、2年間私はウォード家にある書籍を読めるだけ読んだ。ウォード家で覚えられる複合魔法はほぼマスターしたと思う。それと、神の加護がないと使えないと言われている神聖魔法だが、これも治癒魔法だけはできてしまった。通常は神殿での選定の儀で神の祝福を受けたものが使えるらしいが、出来てしまったのだからしょうがない。罰が当たらないことを祈っておこう。


この世界の魔法は、火・土・風・水を扱う元素魔法、そしてそれらを合わせたり、新たなものを生み出す複合魔法、これは先人たちが残した魔法だと言われている。あとは、神の力とされている神聖魔法。これを使うとひどく身体が疲れるので、確かに他の魔法とは違うような気がする。あとは、禁じられた魔法というものが存在するが、詳しくはよく分からない。


「ローレン様、リーヴス様、アリシア様、アルヴィン先生、長い間お世話になりました」


シンディのお祖父様、お父様、そしてお母様に挨拶をする。3歳から7歳まで暮らしたので、彼らもここの侍女や従者も、私にとっては本当の家族みたいなものだ。皆、私の見送りに出向いて来てくれている。


父と母が3日前に到着し、数日滞在してから帰ることになっており、今日がその出発の日。レスター領からウォルズ領までは2週間ほどかかる。道中はいくつかの領をまたぐことになるが、街以外の場所は魔物が出る危険もある。リーヴス様は騎士をつけてくれると言ったが、父はそこまで世話になるわけにはいかないと断っていた。


実はこの2週間分の旅費もリーヴス様から援助してもらっている。母の実家とは言え、そこまで甘えるわけにもいかないのだろう。


アルヴィン先生は、私に「自分の身が危ないと思ったら魔法を使いなさい」と小声でいい、にこりと笑う。私が攻撃魔法を習得していることはやはりバレていたのかもしれない。前世の記憶では魔法を使って戦うシーンは当たり前だったのだが、この世界では違う。攻撃魔法は悪の力とされ、使う者は騎士など戦う職業に就いているものに限られているのだ。


それでもやはり、魔法は何でも試したいという私の欲求は抑えられず、前世の記憶を頼りに、生活で使われている元素魔法をアレンジして攻撃魔法を生み出してしまった。火矢ファイヤアロー火球ファイヤボールこのあたりは定番だった為、4元素全てで出来るようにした。それから、守りに使う火壁ファイヤウォールあたりも一通り出来るようになった。


そこまで出来るようになると、もはや自分のイメージ通りに自在に操れることに気がつき、ひたすら高温にした火をレーザーのように発射する、なんてことも出来てしまった。もちろん試したときは出来るだけ細く発動したので、地面にアリの巣くらいの穴が空いただけだったが。


「シンディ!またね!」


私は馬車に乗り込みシンディに手を振る。彼女は目から涙を流し始める。彼女とは本当にこの4年間ずっと一緒だった。同じベッドで寝ていたので朝起きてから、寝るまで、ほとんどの時間を一緒に過ごしている。色々研究してきた魔法も彼女には全てを話していて、何を聞いてもシンディは私のことを嫌ったりはしなかった。ただいつも呆れたように本当に魔法が好きなのねと言ってくれた。


「キャロル!またすぐに会いましょう!」






「行ってしまいましたね」


「あぁそうだな」


当主のリーヴスと、専属の教師であるアルヴィンが言葉を交わす。それを聞いて元当主のローレンも話に加わる。


「あの子は大物になるぞ」


「えぇ。だから心配なんです父上。あの子は魔法の虜になってしまっていますから」


リーヴスが首を振りながら返す。この4年間アルヴィンからの報告を聞くたびに頭が痛くなる思いだった。その度に、元当主である父に相談したが、がははと笑っては、いよいよ魔法の時代がくるぞ。などと冗談ばかりである。


彼らは皆キャロラインが様々な魔法を改良していることを知っていた。もちろん、攻撃魔法についてもだ。キャロラインはシンシアにはすべてを話していたし、口どめをしている訳ではなかった。なので、シンシアも父やアルヴィンに聞かれれば何でも話していたのである。


もちろんキャロライン自身は一応、隠れて魔法を習得しているつもりであったが、庭に大きな穴を空けたり、屋敷の窓ガラスを割ってしまったり、小さな怪我をしたりは日常茶飯事であった。いつしか誰も咎めることをしなくなり、キャロラインもあまり気にしなくなっていた。


「あの子は私の後継者になれそうです」


アルヴィンがつぶやく。


「あれは勝手にたどり着いてしまうぞ」


ローレンが言う。


「そうでございましょうね。その為に4年間、彼女に教えてきたつもりです」


アルヴィンが遠くなっていく馬車を見つめて言う。


「お前がそういうなら儂から言うことはない」


「お二人が納得しているなら私はそれで良いですが…心配の種が減ったような増えたような、そんな思いですよ私は」


リーヴスの疲れたような呟きに、「確かにそうだな」とアルヴィンもローレンも笑った。



そんな大人達の会話を聞きながら、ホッとしている人物が1人いた。シンシアの兄のローレンスだ。彼は、キャロラインを燃え盛る炎の中から救い出したが、あれ以来、キャロラインが魔法を使うたび心配でしょうがなかった。


彼は、シンシアと同じようにキャロラインのことも本当の妹のように可愛がっており、彼女たちが5歳くらいまでは一緒に本を読んだり、庭で遊んだりしていた。大きくなってからも2人でローレンスの部屋に来ては、キャロラインがまた変な魔法を勉強しているから叱ってくれと、シンシアが呆れながら話しにくることがよくあった。


ローレンスは妹たちからのそんな報告を聞くたびに、顔を青ざめさせて父の部屋にかけこみ「またキャロルが大変な魔法を使おうとしている」と助けを求めに行った。その心配がなくなると思えば、寂しさよりも安堵した気持ちが大きかった。


しかしふと思う。


「父上、キャロルは向こうではおかしな魔法を勉強したりしませんよね?」


そんな問いかけにすかさずシンシアが答える。


「ローレンス兄様、キャロルが魔法を勉強しないなんてこと、ある訳ないじゃないですか。おかしな魔法を勉強するのがキャロルなのですよ」


その言葉にローレンスはハッとする。


「それじゃあ、見えなくなってしまった分、心配が増えるではないですか」


「その通りだ。ローレンス」


リーヴスは息子の言葉を聞いて大きく頷く。


そこでやっとローレンスは父親たちの先ほどの言葉を理解する。「そういうことだったのですね」と少しだけ項垂れたのであった。






キャロラインたちは道中、何事もなく自分たちの領に入ることができた。この森を抜ければ、領主館のある中心街が見えてくるはずだ。


「4年ぶりなのでしょうが、3歳までの記憶はあまりありませんので、初めて来るような気がします」


私は母に話しかけるときにどうもまだ緊張してしまう。長くウォード家にいたので、実母だと言うのに他所行きの態度になってしまうだ。リーヴス様やアリシア様にはもっと気軽に話せるのだが。


「そうね、あなたはまずこちらの生活に慣れるところからね」


母が私に優しく微笑む。


「そうだな、あと俺たちにもだな。これまではキャロルの側にいてやれなかったが、これからはずーっと一緒だ」


父はにっと大きく笑い、私の頭を撫でる。


「あらあらマシュー様。キャロルは女の子ですからずーっと一緒では困ります」


「それもそうだなっ」


再び父は大きな笑みを見せ、はははと笑った。


よく笑う人だ。母はこんなところに惹かれたのかもしれないとふと思う。


2人は道中、何度かこうして嬉しそうに、一緒に暮らせることを喜んでくれた。それから一緒に暮らせなかったこと、あまり会いにいけなかったことを私に謝ってくれた。


私は一年に一度、王都で会うだけでも十分に2人の愛情は感じていたし、ウォード家で寂しい思いをしたことがなかったので、2人に対して嫌な感情を持ってはいない。だがこうして改めて謝られ、一緒にいれて嬉しいと言ってくれる父と母に対して、自然と私もこれからの生活が楽しみになっていた。




「ん?魔物か?」


父が唐突に言う。私も急いで探知サーチを始める。確かに馬車を追うようにこちらに向かってくる魔力がある。


「キース、馬車を止めてくれ」


御者をしている従者に父が伝える。


「マーガレットとキャロルは馬車から出ないように。おそらく巨牙熊ファングベアあたりだろう、心配はいらない」


「承知しました」


母の了承を聞くと、父はまた、にっと笑って馬車の扉から外に出る。


「キャロル、心配いりません。あなたの父はとても強いのですよ。それからわたくしも、巨牙熊ファングベア程度でしたらあなたを守ることくらいは出来ます」


そして父と同じように、にこりと笑った。


「大丈夫ですお母様。私もきっと守るくらいなら出来ます」


と母に返す。母は驚いたように目を開いたが、「それは頼もしいですね」と笑ってくれた。


私は馬車の窓から外を見ながら、探知サーチに集中する。


探知サーチは魔力を周囲に広げて生き物の魔力を探る必要がある。その為、広範囲になればなるほど魔力量が必要だ。だが、私の魔力は制限されているので少ない。その為、扇状に探知サーチを広げ、探知範囲を右や左に動かしながら探すことしかできない。


おそらく魔物は一匹。父も私が探知した方向と同じ方をしっかりと見据えている。


私は魔物を本でしか見たことがない。だんだんと近づいてくる気配に次第に緊張してくる。


「キャロライン、大丈夫ですから座っていなさい」


私のそんな様子に気づいてか母が私を席に座らせる。


しばらくして、大きな牙を剥き出しにした5メートルを超える巨牙熊ファングベアが姿を現した。父とキースが剣を構え直す。


次の瞬間、私が瞬きをしたほんの一瞬のうちに、巨牙熊ファングベアの首が落ちていた。そばには父が立っている。


「すごい…見えなかった」


何が起きたのかさっぱり分からない。風魔法の応用だろうか?通常の動きではないことは明らかだ。騎士というのは皆このような動きをするのか?いやそれよりも、魔法の使い道にこのようなものがあることに驚いた。私もまだまだ研究が足りないと反省する。


母がふふふと笑った。


「驚いたでしょう?あなたの父様は強いのよ」


スミス家は剣の腕前がよく、騎士として名をあげ功績を残し、今の地位まであがったと聞いている。父もそれなりの腕だとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。戦っている人を見たことはないが、相当な強さであることは分かる。


父は何事もなかったように馬車に戻ってきた。


「お疲れ様でございます。キャロルが驚いていましたよ」


「おっ?俺のカッコいいところを見せられたか」


父に笑って言われたが、


「いえ…何も見えませんでした」


私の言葉に父は怪訝そうな顔をし、「確かにそうだな…もう少しゆっくり動くべきだったか」などと1人考え始めてしまった。


そんな様子に、母と2人で顔を見合わせて笑う。


「マシュー様、十分に父親らしい姿は見せられたかと思いますよ」


「そうか?それなら良かった!」


父は嬉しそうに笑い、そんな姿に母と私も一緒に笑った。





「お帰りなさいませ、父上、母上。それからキャロライン、お帰り」


屋敷に着くと、ハロルド兄様が出迎えてくれた。兄とも王都で年に1度会うだけだったが、シンディやローレンス兄様と共に一緒に遊んでいたので、父や母と話すよりは緊張しない。


「ハロルド兄様、これから宜しくお願いいたします」


「こちらこそ宜しく。こっちの生活はだいぶ違うから…まずはいろいろ教えるよ」


確かに、兄の言う通り森を抜けてからの景色は想像とだいぶ違った。中心街のはずだが、過疎地の寂れた村と言った方が正しい。私の記憶が美化されていたのかもしれないが、畑は痩せこけ作物が育っておらず、世話をしている農民たちの顔はやつれていた。唯一、側を流れる大きな川だけがキラキラと輝いている。


そして今、到着した屋敷は外壁にヒビが入り、修繕もままならない様子。出迎えに出てきたのは、ハロルド兄様、侍女1人に料理人が1人、従者が1人だ。使用人の数がウォード家の20分の1。いや、下手したら30分の1かもしれない。


父の両親、私の祖父と祖母にあたる人は、早くに亡くなったらしいが、この環境のせいではないかと疑ってしまう。


領主としては圧政を敷いてきたわけでもないので、民から嫌われているわけではないが、流石の状況にこの地を出ていく民も多いと聞いた。






早速明日、ハロルド兄様が中心街を案内してくれることになったのだが、すでに、何から何までウォード家とは全てが違う。到着してすぐに出てきたお茶は、香りがなく、色のついたお湯のよう。夕食はと言えば、硬いパンに、少しの野菜が入ったスープ。そして、道中たまたま狩れたはずの巨牙熊ファングベアのステーキだった。このステーキがなければいったい何が出てきたのだろうかと思ってしまう。


幸いだったのは、私に前世の記憶があったことだろう。前世の私は田舎暮らしの一般庶民だった。それに、貧しい暮らしをしている人々も見たことがある。もしも私に前世の記憶がなく、ウォード家のあの華やかな貴族の暮らしを当たり前だと思っていたのなら、ここでの生活は厳しかったに違いない。


ただ、兄も交えて過ごす家族団欒はとても楽しく心地よかった。しばらく食卓で会話を楽しんだあと、そろそろ寝ようかと席を立つ。


「メアリーさん、部屋を案内していただけますか」


家族に挨拶をして退出する。


「キャロラインお嬢様、どうぞ私のことはメアリーとお呼びくださいませ。またお仕えできること心より嬉しく思います」


メアリーは先代から仕えてくれているベテラン侍女さんだ。私の赤ちゃん時代もメアリーが世話してくれたらしい。


「ありがとうメアリー、これからまた宜しくお願いします」


ここの屋敷はそんなに広くない。2回の階段をあがり、右手の廊下を進んだ先、左奥の部屋を案内される。「こちらでございます」とメアリーは言い、扉を開けてくれた。


うん、豪華さはないが、むしろこの方が落ち着くだろう。ソファなどの調度品はなく、まさに最小限。木で作られたデスクと椅子。あとは本棚。もちろんこちらは空っぽだ。そのほかは、1人掛けの少しだけ装飾の施された椅子が暖炉の前に一つ。


とりあえずお風呂に入って今日は寝ようと、奥の扉を進み寝室に入る。小さめのベッドと丸いサイドテーブルにローソクが置いてある。


「メアリー、浴室はどちらですか?」


「1階にございます。お使いになられますか?」


この国ではまだ蛇口を捻ればお湯がでるなんてことはない。おそらく魔法で水を出せるので発展しなかったのだろうと思う。風呂に入りたければ、水を出し、火で湧かさなければならない。


ウォード家では毎日身体を流していたが、もしかするとここでは毎日入らないのかもしれない。しかし、身体を布で拭くだけというのも気持ち悪いので、お湯の準備をお願いした。


しばらくして、メアリーに浴室を案内してもらう。「お着替えはこちらに置かせていただきます」と言うと、メアリーはどこかへ行ってしまう。


(ん?あれ?ドレスってどうやって脱ぐのかな?)


ウォード家ではいつも側に侍女がいてくれた。なので、自分で服を脱いだことがない…。背中のほうへ腕を回してみるも、まったく脱げる気配がしない。


急いで浴室の扉をあけメアリーを呼ぶ。


「メアリー!メアリー!ちょっと来てちょうだい!」


久しぶりにこんな大きな声を出した。いつもなら少し振り向くだけで、侍女が待機していたのだ。私はいつの間にか随分贅沢な身体になっていたらしい。


「どうかされましたか!?キャロラインお嬢様」


慌ててメアリーが来てくれる。


「申し訳ないのだけれど、脱がせてくれる?その、自分で脱いだことがなくて…」


「これは大変失礼いたしました。お手伝いさせていただきます」


ドレスを脱がせてもらい、やっとお湯につかることが出来た。寝巻きはワンピースなので自分でも着ることが出来る。


部屋にもどり、少しホッとする。良く考えれば、母も夕食のときには簡素な服装になっていた。私も普段は自分で脱ぎ着できるあのような服装にすべきだろう。


しばらくしてメアリーが様子を見に来てくれた。


「メアリー相談があるのですが、私も母と同じような簡単な服にしたいです。今の服はすべて、1人では着ることも脱ぐこともできませんので」


「よろしければ、私の方でドレスをいくつかお直しいたします。しかし外出用や王都用にいくつか揃えておく必要もありますので…そうですね。とりあえず3〜4着、脱ぎ着しやすいワンピースに仕立て直しをしてみましょう」


「それでお願いします」


とりあえずこれで服の問題は解決しそうだ。ハロルド兄様が言ったように、本当にだいぶ生活が違う。早く慣れるようにしなければ。


「ではおやすみなさいませ、お嬢様」


「えぇ、おやすみメアリー」



次の日、さっそくメアリーが1つだけ服を仕立てて持ってきてくれた。


「ありがとうメアリー。今日はドレスを着させてもらうしかないと思っていたの」


「今日はいろいろ回られると聞きましたから、ドレスでは不便でしょう」


なるほど、今日の予定をメアリーは聞いていたようだ。確かにこの町をドレス姿で歩くなど場違いだろう。


「確かにそうね。本当に助かった」


無事に1人で着替えをすませ、母譲りのシルバーヘアをサイドで三つ編みして束ねる。


「よし、今日から新しい生活の始まり!頑張らなきゃ!」


気合いを入れてから食堂に降りる。昨日と同じ野菜スープと硬いパンを胃に入れ、ハロルド兄様と町へ繰り出す。


「キャロル、こっちの生活に失望したんじゃないか?」


「ん?失望ですか?」


私の前世の記憶は身の回りのことは全部していたようだし、特にそのあたりは気にならない。屋敷も古いが、掃除はされているし清潔感は保っている。侍女はメアリーしかいないようだし、今後は自室くらいは自分で掃除するつもりだ。


「そう、あまりの貧しさにさ。ウォード家はちゃんとした貴族だ。キャロルは貴族らしい生活をしてきただろう?うちは貧乏貴族だからね」


「そうですね、慣れるのに少し時間がかかりそうですが失望するようなことはありません。ただ少し、食事が気になります。栄養が足りていないのではないですか?」


パンと野菜スープだけでは偏りすぎだろう。


「確かに足りてるとは言えないね。ただ毎日きちんと食事が出来るだけでも幸せさ。ここの領民はそうはいかない」


その後、町を回りながら何人かの領民に挨拶をして回る。人口が減ってしまったせいか、手入れができていない畑も多い。


「若い人はここを出て行ってしまってね。残るのは老人だけさ」


ハロルド兄様は少し自傷気味に笑う。父の後を継げば、ここの領主はハロルド兄様だ。その頃にはどれほどの民が残っていることか。


「ハロルド様、手を貸してくださるか」


1人の老人がハロルド兄様に話しかける。


「ん?どうした?ジョーゼフ」


ジョーゼフさんはここの町長をしている人だ。


「先日氾濫して崩れた川岸を直しとるんですが、大きな岩が邪魔で」


「すぐに行こう、キャロルも一緒にいいかな?」


もちろんですと答え私も一緒に行く。ジョーゼフさんについていくと、川に1番近い畑に水が流れこんでいた。畑には大きめの岩が転がっている。


ハロルド兄様は風魔法を自分に纏い、岩を押していく。すぐに岩は動き始め川底へ落とす。


「ここは作物の育ちがいい場所なんだが、こうした被害もあるから何ともいえないよ」


ハロルド兄様が説明してくれる。


「そうなのですね。あの、その風魔法はお父様に習ったのですか?」


「ああ、あれかい?そうだね、代々うちに伝わる戦いかただとか言って父上に教わったんだ。結構、領地の仕事に役に立っているよ」


「あの私にも教えていただけないでしょうか?」



その後、屋敷にもどり身体に纏う風魔法についてあれやこれやと兄を質問攻めにする。そうしてようやく練習を始める。ただ、風で身体を押すだけでは父のようなスピードや兄のようなパワーは出ない。というか、そんな風魔法を自分に打てば、自分の身体が粉々になる。


まずは身体を風魔法で守り、その上から強力な風魔法を叩きつけるのだそうだ。その微妙なバランスが難しい。


「キャロル、それじゃ身体に風が刺さってしまう。もっとこう平らな風を作るんだ。身体を傷つけないような」


「平らな風…」


なるほど、私は一点に力を入れるような風の作り方をしてしまっていた。風壁ウィンドウォールを作る時のような面を作れば良いのかもしれない。


「どうでしょう?ハロルド兄様」


「うん、良さそうだね。万が一の時のためにゆっくり身体に近づけていこうか」


背中のすぐ後ろで風をつくりゆっくり身体に近づけていく。もう少しで身体に触れそうだというところで、ふわっと背中を押された。


「おっと。大丈夫か?」


風の勢いで前によろけた私を支えてくれる。お父様やハロルド兄様のように完全に操れるようになるのはかなり難しそうだ。


「これは難しいですね」


「俺は完全に操れるまで3年かかったよ」


ハロルド兄様は5歳の時に父からこれを習ったそうだ。


「私も少しづつ練習してみます」


「練習するときは必ず俺を呼んで。失敗するとかなり危ない。俺は何度か身体を切り刻んだし、飛ばされたりしたからね」


「それは…気をつけます」


夕食の際に、風魔法を教えてもらっていることを伝えた。父は喜んだが、母は心配そうに大きな怪我だけはしないように。と注意された。ここは王都から遠く離れている。万が一何かあれば、治癒が間に合わない。


無理はしないと約束し、自室に戻る。さっそく今日見てきた町について考える。


まず作物だ。


何故作物が育たないのか。養分が足りないのだろうか?ハロルド兄様は川のそばの畑は良く育つと言っていたが、あんなに近い場所でなくても育つと思うのだ。


考えられるのは、ちゃんと耕せていないとか、土地にあったものを育てていないとか、雑草の処理が出来ていないとか、いろいろあるだろう。見た限りでは全てが当てはまるような気がしている。


とにかく労働力が足りず全てにおいて手が回っていない感じだ。


それを補うための魔法だが、村人は水やりに魔法を使っているのを見かけたくらいで、他の魔法は使っていなかった。むろん、複合魔法などもってのほかだ。


前世の知識で少しだけ畑の知識もある。手の回っていない畑を借りていろいろ試してみよう。それからもっと領民に話を聞く必要がある。きっと畑についての知識は彼らのほうがあるはずだ。




次の日、さっそく朝から町の畑に繰り出す。随分と早く出て来たつもりだったが、もう既に畑に領民の姿がある。


「おはようございます」


「ん?あぁ、昨日の…えっとハロルド様の妹の…」


「キャロラインです。難しければ、キャロルと呼んでください」


「キャロラン…んー、キャロル様のが言いやすいか」


「それで構いません。あのお仕事を見させていただいても?」


「ん?ワシらの仕事なんか見てどうするんです?」


少し不快に思われたようだ。ハロルド兄様は慕われていたようだが、私はまだ彼らにとってはよそ者だろう。違う貴族の元で過ごしていたことを領民は知っているはずだ。


「失礼しました。畑仕事を覚えたくてですね、邪魔はしませんので宜しいでしょうか?」


「そうですか。別にかまわんですが」


ジョーゼフさんは昨日の畑で流れてきた泥を掻き出し、耕していくようだ。川から流れた水のせいでだいぶ石が混じってしまっている。土操作アースコントロールの魔法で掻き出しているが、泥だけを掬うのが大変のようだ。


何度か手伝おうと声をかけてみたが、断られた。私はまだ7歳だし女だからかもしれない。


きっとここ数日は泥の掻き出しをすることになるだろう。


ここの気候は前世の記憶にあるような四季というものはなく、比較的温暖な気候が続く。場所によっては1月〜3月に来る寒気で雪が降る領もあると聞くが、ウォルズ領は10度以下になることはない。


泥を掻き出した後、何を植えるのかが気になる。前世の記憶では川の近くと言えばまず米が思い浮かぶ。あとは確か、スイカ畑が有名だったはず。だが、周りを見渡してもそれらしきものはない。


この国ではパンが主流だから米を育てる文化があまりないのかもしれない。王都では異国の食べ物として見かけたこともあるので、食べないわけではないのだろうが。


スイカはどうだろう。市場などには行ったことがないのでよく分からない。帰ったら料理人のジェフに聞いてみるか。


そんな考え事をしているうちに、あっという間に午後になる。昼食をとらないのかと声をかけようとしたが、ハロルド兄様の言葉を思い出す。食事を毎日きちんととれるとは限らないと言っていた。


「ちょっと川のほうに行ってきます」


ジョーゼフさんに声をかけ畑を離れる。


ここの川は透き通るほどに綺麗だという。いまは先日氾濫したせいで、少しだけ濁りが残っている。


台風のあとは釣れない。よく前世の彼が言っていた。だけど濁りも大切だったはず。


「今世は魔法があるし、いっちょ私も釣りしてみますか!」


前世の記憶を思い出していたため口調も崩れてしまう。


「確か漁師が使う複合魔法があったはず…えーっと、漁網フィッシングネット


これで網目状の結界が川底に張られたはず。これを練習したときは水槽でやっていたのでよく見えたが、実際の川でやってみると何も見えないことに気がつく。これでは魚がはいったかどうかが見えない。


「まあ、やってみるだけやってみましょう」


しばらく待っていると、ジョーゼフさんがこちらにやってきた。


「何をやっとるんです?あんまり川に近づいては危ないですよ」


私を心配してや見に来てくれたようだ。やはり悪い人ではないらしい。


「ジョーゼフさんすみません。魚が取れないかと思いまして…」


「魚?釣りでもしとるんですか?」


「はい!いま魔法で試しているところです。そろそろ良いかも知れません」


私に1本だけ繋がっている結界を、魔力でたぐり寄せていく。これで川底に広がった網目状の結界が魚を包みながら持ち上がってくる予定だ。


だんだんと細く光る結界の網が見えてくる。


「どうでしょう、どうでしょうか?魚は…」


初めて複合魔法をきちんとした使い方で発動させているので、その結果に私は少し興奮気味だ。


「いるな」


「ホントですね!いました!やりましたよジョーゼフさん!わー、嬉しいです!」


たった2匹だったが、きちんと魚が入っていた。これを仕事にしている人達には敵わないが、魚が取れた事だけで嬉しい。


「だがこりゃ釣りとは言えんな」


ジョーゼフさんのツッコミがはいる。


「え……あっ、確かにそうですね。釣りというのはこう、竿で魚を捕るんですもんね。これは漁?でしょうか」


「そんなとこか」


「ジョーゼフさん食べましょう!私、塩もらってきます!」


ジョーゼフさんに魚を預け、急いで屋敷にもどり料理長から塩をもらう。


「お待たせしました!」


戻るとジョーゼフさんが、魚をさばき、焼く準備もしてくれていた。持ってきた塩を擦り込ませ、魚を焼いていく。


「貴族様の服が汚れちまいすよ」


私が地面に座ったのを見て、ジョーゼフさんが言う。


「洗うから大丈夫です。あっ、なんだか良い匂いがしてきましたね」


前世でもこんな風に外で魚を焼いて食べたことがある。確かに普通の貴族なら地面に座ったり、串焼きにした魚を食べたりしないかもしれないが、経験がある私はそんなことは気にしない。


「そろそろ良い頃か。ここら、下の方を持って」


「ありがとうございます!いただきます」


美味しい。あれ?これ前世よりなんか美味しいかも。いやここ数日の味気ない食事のせいか?身体に染みわたる美味しさだ。


夢中でかじりつき、あっという間に食べ終わってしまう。


「こっちももう大丈夫か。キャロル様、どうぞ」


ジョーゼフさんがもう一匹の魚を渡してくる。


「いえいえいえ、こちらはジョーゼフさんが食べて下さい。捌いていただきましたし、私は食べたくなったらまた捕りますから」


「じゃあ、ありがたく」


「えぇ。ジョーゼフさんもまた魚が食べたくなったら言ってください。それから私、魔法を使うのが好きなので、よかったら畑の仕事で手伝えることがあれば言ってください、というか使ってみたい魔法がたくさんありまして…」


私はその後、ジョーゼフさんに使いたい魔法を説明し始め、ハロルド兄様に声をかけられるまで話し続けた。


ジョーゼフさんもじっと私の話を聞いてくれていたので、すっかり夢中になってしまった。気づけば日が落ちかかっている。


「申し訳ありません、ジョーゼフさん。お時間を奪ってしまいました」


きっとまだ泥の掻き出しをやる予定だったはずだ。


「魚の礼です」


そういうと畑のほうに歩き出す。


「キャロルも帰るよ。父上と母上が心配する」


はい、と返事をし兄様に連れられて屋敷に戻る。夕食の時に、漁師が使う複合魔法を試した話をする。


「そりゃすごいな、キャロル。今度俺にも捕ってきてくれるか?」


「えぇ、もちろんです。ただ今日は2匹しか捕れなかったので皆の分まで捕れるかどうか。やはり漁師という仕事は大変なようです」


「それはそうね、レクター領は海沿いにあるから漁師も多いけれど、何年もかけて1人前になるそうよ」


「えぇお母様、私も聞いたことがありましたが、まさか2匹しか捕れないとは思いませんでした。魔法が万能でないことを痛感しました」


「ふふふ、それぞれの仕事にはそれぞれ受け継がれた知識や技術があるものですからね」


「この土地にもそういったものがあるのでしょうか?」


「あるさ。だが受け継がれず失われたものも多い。それはこんな領地にしてしまった我々の責任だ」


我々か。私も領主の子供だ。その言葉には私も当然含まれるのだろう。


「ここの方たちは畑仕事にあまり魔法を使わないのでしょうか?」


水操作ウォーターコントロール土操作アースコントロールくらいか?なあハロルド」


「そうですね、その2つが主です。後は、たまに火を灯して虫を払っているくらいか。ただあの虫たちにはあまり意味がないけどね」


「あの虫?」


「あぁ、キャロルは知らなかったね」


ハロルド兄様が説明してくれる。ウォルズ領は、随分前から臭虫くさむしの被害にあっているらしい。もともとはそれ程数も多くなかったが、ここ数十年で急にその数が増えた。火を焚けば多少は駆除出来るが、数が多すぎて作物をやられるほうが早く、対処のしようがないらしい。


説明してくれた内容から、前世の記憶が蘇る。あれは、私の天敵だ。夏の夜、光に寄ってきて強烈な臭いを放つ虫。


「それは是が非でも何とかしなければなりませんね」


その夜から私は部屋の窓をしっかりと閉めて、寝ることにした。あの虫が飛んでくると思うと、安心して寝られない。


寝る前に村のことについて考える。私に何か出来ることはないのだろうか。前世の知識、そしてこれまで学んだ魔法の知識がある。あの虫から畑を守る方法。


ベッドに入ったがいろいろ考え始めたら目が覚めてしまい、机に向かい考えをまとめていく。


畑と言えば、まず思い浮かぶのはハウスだ。この世界ではそれらしきものをみたことはないが、おそらく魔法で再現出来るはずだ。先日使った漁網フィッシングネットもそうだが、結界を応用した魔法の類はいくつか存在していて、その根本原理は変わらない。”何を通して何を通さないか”を魔法陣に書くだけだ。


「太陽の光を通して、風も通して、雨も通すような結界…臭虫だけ通れないように…強度もいらない」


こんな感じでいけるのではないだろうか?漁網フィッシングネットの魔法陣をベースに書いてみた。おそらく臭虫から作物を守ることができるが、問題はこれを常時発動させてなくてはいけないことだ。


「そうなると魔力石か…それならもっと効率的に最小限の魔力で発動できるようにしておかないと…」


そこからいかに魔力を使わない形で臭虫バリアーハウスを作るかで悩む。魔法陣もただ文字を詰め込んだだけでは効率が悪い。もっと効率的な配列で魔法陣を描かなければ…。




「キャロラインお嬢様、キャロラインお嬢様、失礼いたします」


ん?メアリーの声だ。


「お嬢様、大丈夫ですか?お加減が悪いのですか?」


どうやらあのまま机で寝てしまっていたらしい。考えに考えてとりあえず出来上がったが、試してみないことには効果がわからない。


「うぅん、大丈夫。考え事してて寝てしまっていたみたい」


「まぁそれはそれは。朝食のお時間ですがいかがしましょう。お部屋にお持ちいたしましょうか」


「もう朝なのね。顔を洗ったら下にいきますので、みんなには先に食べてるように言っておいて」


もう少し寝ていたいとも思ったが、早速昨日考えた臭虫バリアーハウスを試しに行かなくてはいけない。




朝食を食べて早速、畑へ繰り出す。散々考えた臭虫バリアーハウス(長いので”防虫バリアーハウス”と命名しよう)の魔法陣は頭の中に入っている。あとは自分の魔力で描いてみるだけだ。


荒れた使われていない畑に、魔法陣を描いていく。私の魔力でも発動できれば少ない魔力で発動できる証拠になる。気合いをいれて魔力を操作していく。


「うん、良い感じ…『発動、防虫バリアーハウス!』」


描き終わった魔法陣に魔力を一度に流し、発動させる。発動と同時に、網目上のハウスが出来上がる。発動するにはそれなりの魔力を使うが、一度発動してしまえば維持するのにはそこまでの魔力消費はない。


「うん。一晩考えたかいはあった」


問題の臭虫だが、作物が無いせいかこのあたりには見当たらない。


「とりあえず第一段階はクリアってことで良いかな」


あと問題は魔力石でどのくらいの期間、防虫バリアーハウスを維持できるかだ。魔力石は室内の灯りにも使われているが、小魔力石を使いだいたい3年くらいは持つと聞いている。この防虫バリアーハウスは、中魔力石を使って3年は維持できる計算だが、使ったことがないので想像でしかない。


あとは魔力石の値段だ。これまで魔力石でどの程度の魔法が使えるのかは気にしていたが、値段まで気にしたことがなかった。ウォルズ領では蝋燭の灯りを使っていることから、蝋燭よりは魔力石が高価なことは分かる。


「ものすごく高級品だったらどうしよう…」


そうなったら採算がとれないだろうから、別の方法を考えるしかない。



「そんなとこで何しとるんです?」


ジョーゼフさんである。


「おはようございますジョーゼフさん。あっ!ちょっと聞きたいんですけど、というか見ていただきたいのですが…『発動、防虫バリアーハウス』」


再度魔法陣を描いて、発動させる。一度できるようになった魔法を発動させるのは簡単だ。


「何です!?これは」


「臭虫を防ぐ小屋みたいなものです。この中で作物を育てるつもりなのですが。どうでしょう?使えそうでしょうか?」


「中に入れるんですかい?」


「えぇ、そこの…そう!その2重になっているところを開けば」


ジョーゼフさんが中に入り、きょろきょろと回りを確認している。


「どうですか?あ、私の声聞こえますよね?」


「んぁ?聞こえてるな。横んとこは硬いんですかい?」


「そちら側は、あまり堅くしてません。柔らかいほうが色々と都合が良さそうでしたので」


強度を限界まで下げる分柔らかくし、衝撃も吸収できるようにした。固定の形して強度を下げると、荷車がぶつかっただけで壊れかねない。


「この中で作物は育てられそうだが、あの虫らも入ってきちまいそうだな」


なるほど。やはり網目の大きさが大きすぎたか?ぎりぎり通れないくらいの網目の細かさにしたのがいけなかった。


「そうですか。ご意見ありがとうございます。もう少し改良してみますね」



私は急いで屋敷に戻り再度魔法陣を考える。魔力石の件についてはリーヴス様に手紙を書くことにした。どうせウォード家に手紙を出すならアルヴィン先生にはこの魔法陣について意見をもらえるよう手紙を同封し、シンディとローレンス兄様には近況報告の手紙を書く。


返事が来るまでは、防虫バリアーハウスについては一度、ストップしておこう。


「新しい魔法でも考えようかな」


開発するのが楽しくなってしまった私は、また寝ずの夜を過ごしたのであった。

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