風化と青嵐

世界の半分

             *

 

目が覚めると、世界が僕のことを忘れていた。


黄色の光がまっすぐ差し込んでくる初夏の朝だった。

僕は独り、不可視の世界に迷い込んだ。

風が葉の青色を滲ませる。太陽の光も風鈴の音色も風に溶け出して、ぐちゃぐちゃに混ざって、辺り一面は灰色になった。

夏の風が僕の存在を灰色に閉じ込めてしまった。


                   *


これは色彩が褪せた成れの果てだ。

僕は灰色の世界を見て思った。

白と黒を混ぜても、こんな色にはならない。

確かにそこには色があったのだと思わせる寂れた色。

永遠につながっていく鎖の、たった一点だけに留まっている気分だった。

風がずっと通り過ぎずに、止まった時間の中で僕を包み込んでいる。

夏の強風は僕の過去と未来を奪って、僕はその狭間にとらわれてしまった。

初夏の強い風、青嵐。

僕の色を盗んでおいて、何が青だ。


僕は世界に置いて行かれてしまった。全てあの忌々しい風のせいだ。

風が通り過ぎれば、また時は動き出すだろうか。


                 *

かっ。

どうしようもなくなってしまった。思い切り地面の石を蹴った。

どこか明後日の方向に小石が飛んで、きっとどこかの電柱にあたって、音がした。

僕がこうして石と遊んでいる間に、どれだけの時間が経っているのだろう。

一時間。一日。一年。

僕のことを置いて、世界はどこへ行ってしまったのだろう。


灰色を持ち寄る青嵐の中にいる。

風が通り過ぎれば、また色を見ることができるだろうか。


                 *


街を歩く。一時間前、あるいは一日前、あるいは一年前まで、僕の目に色を映し出していた街だ。

誰もいない。ただ建物だけがそこにある。


決して、誰しもが幸せに暮らしていた街ではなかった。

富める者がいれば、貧しい者もいた。互いに助け合うことを知らない人間たちが無秩序に溢れかえって、かろうじて生きているだけだった。

奪えるものは力で奪ってしまえ。持っている権力で皆を脅してしまえ。

醜い争いばかりで、新しく得ることもないまま過ごしていたけど。なんども息苦しいと思ってきたけど。

何もない世界の方が、よっぽど息苦しく感じる。


なんだかな。

風が通り過ぎれば、この感情の名前がわかるだろうか。


                 *

 

好きではなかったけど嫌いでもなかったことに、失ってから気が付いた。

風化した僕と灰色の青嵐。


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風化と青嵐 世界の半分 @sekainohanbun17

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