想いよ、高く飛べ

花岡 柊

想いよ、高く飛べ

 緑広がる大きな公園で、ペットボトルロケットが空高く飛んでいく。ポンっという軽い音に比例して、軽々と青空へ向かって突き進む。

「眩しい」

 晴は太陽に向かい飛んでいくペットボトルの行方を、大好きな誠と一緒に笑顔で見上げていた。


 命短し恋せよ乙女。昔の歌詞だというこの歌そのままに、女子高生の晴は恋多き女の子だった。

 恋多きなどというと、常に彼氏がいて、モテモテなどと想像してしまうかもしれないが、晴の場合そうではない。付き合った回数でいえば、たったの二回だ。一度目は、中学三年生の冬。ずっと好きだったと言われ、晴はついその気になってしまった。しかし付き合って三か月後。卒業を機に、高校が離れてしまうからとあっけなくふられてしまった。自分から好きになったわけではないが、付き合って一か月が経ち二か月が過ぎたころには、晴の方が彼に夢中になっていた。おかげで別れたあとは、しばらく引きずっていた。

 二度目は、高校一年の夏。これも相手からずっと好きだったと言われ付き合った。学習能力がないのか、晴はまたその気になってしまった。そして、案の定というか。二年になった春に、向こうから別れてほしいと言われ、ふられてしまった。

 この二度の恋愛のほかに、晴は幼い頃からひと目惚れを繰り返していた。

 公園で度々会う男の子。いつも遊びに誘ってくれるクラスの子。歩く姿がかっこいい同級生。サッカーをしている先輩。どの相手にも一瞬で恋に落ちるのだけれど、実ることはなかった。

 それが何故かというと、ほとんどが晴側の気持ちの問題であった。公園で会う子が、ほかの子が遊んでいた遊具を強引に奪った。遊びに誘ってくれるのに、かくれんぼをしたら見つけてくれなかった。歩く姿がかっこいいのに、給食の食べ方は汚かった。サッカーの試合でゴールを決めたことをいつまでも自慢げに話していたなどなど。

 それらは晴の中にある正義感や潔癖な部分をマイナスに刺激し、熱くたぎっていた恋愛熱を瞬時に冷却してしまうのだった。一人で勝手に盛り上がって好意を抱き、嫌な部分を目にした瞬間、すぐに熱は冷め見向きもしなくなる。そうやっていくつもあるひと目惚れを繰り返し、晴の恋愛観は出来上がっていた。

 付き合った相手にはのめり込むというのに、ひとめぼれした相手にはかえる化現象を引き起こすのだからどうしようもない。

 相手に幻滅すると、晴は必ず年の離れた幼馴染の誠のもとへいく。

「誠ちゃーん」

 グズグズと拗ねたような声で目に涙を滲ませ愚痴る晴に、七つも年上の誠はいつも根気よく付き合ってくれる。

 誠は、晴からすればずっと大人だ。頭もよく、頼りになる優しいお隣さん。晴が我儘を言おうが。地団太を踏み暴言を吐こうが見捨てたりしない。

「晴。大丈夫だよ。おいで」

 いつだって誠は、晴に優しい。泣きべそをかく晴の手を取り、陽の光降り注ぐ緑の公園に連れ出してくれる。

 反抗期だろうが、思春期だろうが。晴は、誠にならいつだって素直になれた。

 そうして気づいたんだ。

「今日はどうする?」

 誠が晴に、ラベルの剥された空のペットボトルを差し出した。

 誠はほかにも、箱に何本ものペットボトルを持参していた。

 ラベルが剥されたペットボトルには、マジックで絵が描かれていたり、色が塗られていたりする。それは、晴が恋に破れるたびに増えていった物だ。

 暗い色で塗りつぶされたもの。下手な星や動物が描かれたもの。ベタベタとシールを貼られたもの。

 晴がした恋の数だけ、おもちゃみたいなペットボトルは増えていった。

 透明なペットボトルを差し出され、晴は頬をほんのりと色づかせながら誠を少し遠ざける。

「誠ちゃん、見ちゃダメ」

 晴は、誠の視線を気にして遠ざけた。

 今まで恋に恋してきたけれど。きっとそれらはこの日のための準備期間だったんだ。

 男の子にふられ減滅するたびに、誠は晴に手を差し伸べてくれた。「大丈夫だよ」誠にそう言われ手をとることで、晴の心はいつだって暖かな日の光に包まれるような心地になっていた。

 幼い頃から近くにいることが当たり前で、誠が優しいのも当たり前だった。けれど、誠が教師という職に就き、晴以外の生徒と接している姿を目にすると心が落ち着かなかった。晴以外の子と話してほしくない。晴以外の子に笑いかけてほしくない。

 晴は気づいてしまった。いつもそばにある優しさに。穏やかに見つめてくる視線に。包み込むような温かさに。

 だから今日は心を決めてきた。繰り返してきたひと目惚れでもなく。言い寄られて付き合う恋愛でもなく。晴のことをちゃんと見つめ、受け止めてきてくれた相手に想いを伝えると。

 今晴の目に映るのは、ずっとそばにいてくれた誠だけだ。

 不思議そうな顔をしている誠を見つめ、晴はペットボトルに想いをのせる。

 誠に見せずに仕上げたペットボトルロケットは、いつもなら発射するまでの準備をすべて誠がやってくれていた。けれどその日、晴は初めて自らペットボトルロケットの準備をした。

 ペットボトルに細かく砕いたドライアイスを詰めてゴム栓をし、逆さにして発射台にセットする。

 セットしたペットボトルロケットから二人は距離を置く。数秒後。周囲の温度に反応し体積を増した二酸化炭素が、堪えきれなくなりゴム栓を弾き飛ばした。ペットボトルが勢いをつけて空高く飛んでいく。

「眩しい」

 二人で青空へと視線を向ける。

 晴が誠の目を盗んでペットボトルに書いたのは、誠への想いだった。

 誠ちゃん。大好きだよ。

 晴の想いが込められたロケットは、太陽に向かって飛び立った。

 想いをのせたロケットが眩しい空へと飛んでいく。

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