良い子の代償
かもライン
卒業式の日
学院は山を背にしている為か、少し登れば学校の全景が見えた。
左側に初等科と自分達が今までいた中等科。隣の目の前に高等科。右手の方に大きく取った敷地に短大と大学。その短大の前には幼稚園という、広大な敷地が一望出来た。
3月だからまだ肌寒い。しかしポカポカした陽気が気持ち良かった。山の中にはまだ花はないが、学校の敷地のあちこちにある白梅・紅梅は綺麗に花を咲かせていた。
志紋は別に花などに興味はなかったが、この白梅・紅梅だけは好きだった。桜や他の花のように暖かくなってから咲くのではなく、まだ寒いのに堂々と自己主張しているこの花が。まるで『もう寒くなんかないぞ』と、やせ我慢しているようで。
「「「われは知れ~り、主ぅの恵みぃ。若い生命の歓びいぃだきぃ」」」
聖歌が、広い講堂から聞こえてくる。
壇上の横でシスターがパイプオルガンを演奏し、若い男女の学生たちが合唱していた。
今日は、聖ガラテア学院中等科の卒業式。
卒業して、この学院の高等科へ進む者、公立の高校へ行く者、また他の私立の高校を受験し進学する者。いずれにしても明日よりここにいる者たちはバラバラに散っていく事になっていた。
また聖ガラテア学院はミッション系の学校としては、中等科までが共学という少し珍しいタイプの学校であった。とはいえ中等科が共学になってからまだ数年、まだ5対1ぐらいで女生徒の方が圧倒的に多かった。
初等科でも3対1ぐらいだろうか。ただし高等科はまだ、頑なに女子学生のみであった。
ちなみに短大も女子のみだったが、これは保育科と衛生科という性格上、仕方ない。ただし大学は共学で、国文学科、教育学科、社会福祉学科とあったが、それでも女生徒の方が圧倒的に多い事に変わりはなかった。
「「「わ~が主の召しにぃ、応えて行かん。生くる甲斐ぃ、主にぃこそあれ~。アーメン」」」
聖歌が終わった。
卒業式は無事に進行しているのだろう。
ふと、後ろの茂みがガサガサと音をたてた。ふと振り返ると、まだ若い
「やっぱりここね」
シスターアグネス・アンナ佐倉は、薄青い修道服の長いスカートに苦労しながらも藪の茂みを抜けた。
「シスター・アンナ……」
「こうして私が追いかけてきたのは、何回目だっけ?」
「十は、ないか。確か……八回目ぐらいだったと思います」
「そうね。もうちょっとあったかと思ったけど、そんなものだったかしら。お隣座っていい?」
「はい」
シスター・アンナはスカートの埃をはらって、志紋の隣に腰掛けた。
「志紋くんも卒業だから、さすがにもうないと思ったけど、最後の最後でやってくれたわね」
「すみません。どうしても、あの場所に居たくなくて……」
「志紋くんは……」
アンナは、あの場所に居たくなかったのではなく、卒業証書を受け取りたくなかったのじゃなくて? と聞こうとしてやめた。何か、志紋の最も痛いところをえぐる様な気がしたので。
そのかわりに
「初めて私が追いかけてきた時の事、覚えている?」
と、言葉をすりかえた。
「はい。シスターが担任交代になった直後の、確か僕が中学1年の秋でしたか」
志紋達の中学最初の担任は、いきなり体調を悪くして入院し、代りに教職をとったばかりのシスター・アンナと交代した。
「私は凄くショックだったわ。まさかいきなり授業中飛び出す様な子がいるとは、思いもしなかったから」
「僕もシスターが、まさか追いかけてくるとは思いませんでしたが」
「あの時はどうして良いのか分からなかったの……。でも今となっては懐かしい思い出ね」
「思い出ですか……」
「あら、どうしたの?」
アンナは志紋がむつかしい顔をしたのが少し気になった。ただアンナが心配そうな顔をしている事に志紋は気付き、
「あ、ちょっとですね」
志紋は、わざと明るく答えてから、一回大きく伸びをした。
その上でアンナの方を向いた。
「少し長くなると思うんですが、いいですか」
「ええ。どうせもうあの卒業式に、途中から入っていくつもりはないんでしょ」
「すいません」
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