第44話 新年チーズフォンデュ会

「お久しぶりです、いすゞさん。おめでとうございます」


「あけおめー」


 新学期直前に、桃亜ももあが実家から帰ってきた。


 駅で待ち合わせていると、桃亜が新幹線の改札から現れる。

 

「実家はどうだった?」


「相変わらずでした。両親ともに、邪気眼全開で。『ククク。また一回り、カオスを封じ込めて帰ってきたな』と」

 

 すごそうな状況だな。


「たしかに、ちょい太ったか?」


「そうなんですよ。プニプニで」


 あたしの腕を取って、桃亜が自分の腹をつまませた。


「すごいことになっていまして。向こうでも、食っちゃ寝ばかりでして」


「正月は、動きたくないもんなぁ」


 最近は正月に限らず、どこも混んでいる。外国人観光客が、大量にいるからだ。

 うれしい悲鳴だが、いかんせんキャパを超えてるんじゃないかと心配になるくらい。

 まあ、受け入れる側がなんとかするんだろうけどな。


「デブ活は、はかどっているみたいだな」


「そうですね。いすゞさんのおかげです」


 そもそも、桃亜は「太りたい」とあたしに頼んできた。


 あたしはちゃんと、その願望に応えているらしい。

 

「聞いてなかったけど、なんで太りたいんだ?」

 

「肉付きがよくなりたいなーと、思いまして」


 桃亜の家は、お金持ちではあるが、「清貧」をモットーにしている。

 そのため、少々やせ気味なのだ。


「体調に気を使いすぎていて。知っていますか? 実はやせている人って、むしろお金持ちに見られているみたいでして」


「ああ。あたしも聞いたことある」


 お金持ちは美味しいものを食べているから、太っていくというのは間違いである。


 実際のお金持ちは、逆にやせていく。体調管理に気を使っているから。


 むしろ貧乏な人のほうが、安くて栄養過多な食事ばかりを取るようになるので、太ってしまうという。


「わたしは、お金持ちに見られたくないんですよ。適度に脂肪を蓄えて、だらしない姿で生活がしたいんです。自己管理だって行き届きすぎると、かえって怪しまれるんですよ」


 生活習慣病にならない程度に太って、お金があることをカモフラージュすること。

 それが、桃亜が太りたがっている理由だった。


「考えてるんだなぁ」


「はい。最近は違法オンラインカジノなどで、ムダにお金を溶かす人が増えています。闇バイトなども広まっていて、貧富の差は日に日に増しています。そういう環境に身を置くのを避けるため、お金持ちに見せない、目立たない生活を心がけているんです」


「あんたらしい考えだな。よし。今日はなにが食いたい? なにで太りたいんだよ?」


「チーズです! おモチは当分、結構ですね」


 じゃあ、雑煮などは作らなくていいか。


「もう、チーズが恋しいんです。我が家は清貧主義なので、ピザのデリなども頼まないんですよ。『ゼイタクすぎる』って。ああいったジャンクが、食べたいんです」

 

 たしかにお金持ちって、コンビニもあんま利用しないっていうよな。


 さらに桃亜の家は、お菓子作りも始めたという。趣味というより、「最近はケーキも高いから」と、節約の実利を考えてのことらしい。


「わかった。鍋が続くけど、チーズフォンデュなんてどうだ?」


「最高じゃないですか」


「あと、ピザのデリも頼もう」


「わかりました。デリの料金はお支払いします」


 ということで、あたしがフォンデュの材料費を出すことにした。これでイーブンである。


「チーズフォンデュできた!」


「ピザも届きました!」


 新年チーズ祭りと、しゃれこもう。


「はああああ。背徳の味ですよ」


「なあ? この魔力に抗えるやつっているのか、って思うぜ」


 二人して、伸びるチーズをズゾゾ、っと吸い込む。


「フォンデュも、絡ませていこう」


 あたしはプチトマト、桃亜はブロッコリーとベーコンの二段食いだ。


「あっはああ。これです。これ。家では味わえない風味です。絶対、怒られるやつです」


「うまっ。これはこうしてやるっ」


 フォンデュのチーズを木製のオタマですくい、ピザにぶち込む。プチトマトも添えて。


「うっわ! それ、わたしもマネします!」


「やってみ! 飛ぶわ、これ!」


 野菜しか食っていないのに、このテンションよ。


「飛びますね。野獣化します」


 あたしたちは、溶けたチーズを奪い合う、二匹の獣と化した。


「では、あたしも肉参ります」


「いっちゃってください」


 厚切りのベーコンを、チーズに絡ませて。


「うんま。これは、たまらん」


 チーズで口の中をヤケドをしても、かまうもんか。食欲のほうが勝つ。


「はふはふ。ヤバいな。チーズと、ベーコン」


「動物園のトラみたいになってますよ、いすゞさん」

 

「なるわ、これは。野生化しそうだな」


 腹が、チーズで満たされた。


「実は今回、デザートがあるんですよ」


 桃亜が用意してくれたのは、小さな保冷バッグである。


 中身は、牛乳パックに入ったチーズケーキだ。


「桃亜が作ったのか?」

 

「はい。これはですね、冬休み自由研究の課題でして」


 制作工程の動画は、学校に提出できるようにしてあるそうで。


「いすゞさん、食べましょう」


「ありがたく、いただきます」


 桃亜が作ってくれたチーズケーキは、滑らかな舌触りで、ほんのり甘い。


「うま。これはチーズでやられた胃袋に、染み渡る」


「ありがとうございます。本番もお楽しみにしててください」


「本番だと?」


 まだ、なにか料理を考えているんだな?



(第八章 おしまい 最終章につづく)

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