第12話 ゴキゲンな朝食

 翌朝、あたしは桃亜ももあのために、ベーコンエッグを焼き始めた。


 桃亜は、まだグースカ寝ている。よほどのハードワークだったのだろう。

 彼女にとって、高校生の試験なんて児戯に等しい。しかし、桃亜はもう働いているのだ。


 このメシは、桃亜のリクエストである。

 

 昨日寝る前に、「マンガで読んだ『ゴキゲンな朝食』というのを、食べたい」と言われた。


 たしかマンガに出てきた献立は、ベーコンエッグ、サンマの塩焼き、山盛りのキャベツ、ワカメの味噌汁である。


 サンマの塩焼きはまだ旬じゃないから、缶詰で。味噌汁も、インスタントにカットわかめを足す。


「おはようございます」


「おう。おはよう」


「朝、早いですね」


「いつも、仕込みで早いからな」


 あたしは普段、朝の仕込みで忙しいため、夜寝るのも早い。

 女子トークと言っても、夜中までは起きられないのだ。


 桃亜もそれなりに、早起きである。

 日が昇り切る前に、すっと起き出す。


 あたしが、早すぎるだけ。


「いい香りです。この匂いを嗅ぐだけで、目が冴えてきましたよ」


「歯を磨いちまいな。朝食はできてるから」

 

「はい。ありがとうございます」


 桃亜が洗面所へ。

 

 あたしはベーコンエッグを焼きながら、キャベツの千切りで山を作る。


 テーブルに料理を置いて、と。


「おいしそうです」


 洗面所から戻った桃亜が、テーブルに座って箸を持つ。戦闘態勢に。


「いただいちまおう」


「はい。いただきます」


 ベーコンエッグをライスの上に乗せて、桃亜が一気にかっくらう。まるで長距離ドライバーのような食い方だ。


「ベーコンエッグ、まだ油がパチパチって言っていますよ。この音だけで、ゴハンが食べられますっ」


「たしかに、うまそうだ。行ってくれ」


「はい。……おいしいぃ」

 

 桃亜の箸が、止まらない。朝からガッツリヘビーなヤロウメシなのに、ガツガツ行っている。


「サンマとワカメは、勘弁な」


「十分です」


 桃亜は、お椀を持ち上げた。ワカメのインスタント味噌汁を、文句一つ言わずにズズーっとすする。


「缶詰のサンマって、ときどき無性に食べたくなるんですよ」


「わかる。缶詰の魚って、旨味がぎゅっと詰まってて、いいよなあ」


「はい。おいしいです」


 山盛りキャベツの千切りを、桃亜はバリバリと口へ運ぶ。ホッペタがリスのようになっていた。アクセントにしては、豪快すぎるだろ。


「ポテサラ!」


 キャベツの皿にあるオカズに、桃亜が気づく。宝物でも見つけたかのように。


「ちょっとアレンジした」


 ジャガイモがあったので、蒸してポテトサラダにしてみた。


「キャベツだけでもこんなにおいしく切ってくれているのに、ポテサラまで!」


「ウチのポテサラを、食ってもらいたくてな」


 ウチはポテサラにも、定評がある。大衆食堂にある副菜の顔といえば、ポテサラだろう。


「幸せすぎて、バチが当たりそうです」


 大げさなことを、桃亜がつぶやく。


「あんたさあ、どうして働きたいの?」


 試験範囲を教わりながら、あたしは常々思っていた。


 桃亜くらいの頭なら、大学なんて朝飯前だと思う。


 正直に言うと、桃亜の知識レベルはあたしらの高校を遥かに超えていた。

 あたしらの通う天湖森あまこもり高校も、それなりに高い学力を要求される。


 桃亜の学力なら、ウチより断然いい高校に通るだろう。


 しかし、桃亜は天湖森を選んだ。


「どうして、ウチの高校だったんだ?」


「バイトができる女子校が、天湖森だけだったので」


 なるほど。


「どうして、そこまで働きたいんだ? 生徒指導の先生からも、進学したらって進言されていたよな?」

 

「クレジットカードが欲しいんですっ」


 あーっ……。


「安定した収入がないと、クレカの審査は通りません。知っていますか? とあるゲーム会社の社長は一時期、クレカの審査に落ちたそうですよ」


「うん。その社長、元大手のクリエイターだったのにな」


「はいっ。退社独立した途端、この仕打ちですよ」


 だから、桃亜は早く仕事に就きたいのだという。


「大学生だと、審査が通る気がしないのでっ。クレカも親の分をずーーーーーーーっと借りなければなりません。あたしは、自立したいんですっ。とにかく、気兼ねなくクレカを使いたくて!」


 親の負担になりたくないので、早く働きたいという。


「でもさ、大卒だと給料とかも変わってくるって言うじゃん」

 

「ご心配には及びません。知っていますか? 大学生って、通信教育でもなれるんですよ」


 そう言って、桃亜は一冊の小冊子を見せてくれた。


「通信制大学のパンフ?」


「はい。関西の法学部や、関東だと経営も学べます。しかも、ほとんどの通信制大学は、受験がないんですよ」


「それいいな! あたしでも入れそう」


「面接と書類審査だけで、たいていはいけます。ただし、続けるには凄まじいモチベが必要ですけどね」


 在校生の九割が、卒業できずにドロップアウトしてしまうという。やはり、労働と学業の両立は、かなりガチ目な覚悟が必要のようだ。

 

「生徒指導の先生にも、そう言って説得しておきました」


 FIREという経済的自立による早期退社も、視野に入れていたという。


「早期退社したら、死ぬまで食べ歩きができるなー、と」


 が、「老後などでクレカが必要になったときに困るから」と、死ぬまで労働者を続ける覚悟があるらしい。

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