第5話 家族総出で応援される
自信喪失気味のあたしの背中を、母親が押してくれるとは。
「いすゞ。その子、クラスでもボッチなんだろ? 友だちになってやんな」
「友だちになったけどさ」
それとこれとは、話が別だ。
「たった一人の腹を満たせられないで、ウチの看板が引き継げると思ってんのかい?」
「母ちゃん。あたしで、あの子を満足させられるかな?」
「できるかどうかじゃないさ。やるんだよ。自信がないなら、これからつけていきな。少しずつ。成長していけばいい」
言うのは簡単だが、やるのはあたしだ。
しかも、店がある。
「【ユーヘーメシ】の出前もあるんだし」
「俺がやる!」
弟まで、駆け込んできた。
「姉ちゃん、店は俺が受け継ぐから。いつでもその人のところへおヨメに行きな!」
普段料理すらしない弟まで、あたしを応援してくれる。お嫁って……。
「あんた、ゆで卵の皮むきすら、あたしにやらせるじゃん」
「それは、姉ちゃんのほうが薄い膜までちゃんと取ってくれるからであって。これからは、そんな甘えもしない。放課後はオヤジのそばにくっついて、手伝いする」
やけに家族が協力的なのだが?
「どうしちまったんだ? 料理や出前なんて、ほとんどあたしがやってたじゃん」
「母ちゃんたちは、あんたの仕事をずっと見てきた。丁寧な仕事っぷりで、ついついあんたに後を委ねてしまっていたなーって思っていたのさ」
「うまいこといっているけど、実際のところはどうよ?」
「娘に彼女ができて、ウッキウキ」
そっちかいっ。でも彼女って……。
「そんなてぇてぇエピソードを語られて、協力しないなんて、親じゃないさ」
「ホントだぜ」
母と弟の包囲網によって、より話が拡大していく。
「やりなさい、いすゞ」
我が家の長老、ジイサマがキッチンに現れた。黙って、あたしの作ったオムライスを一口。長いこと咀嚼して、コクコクウンウンとうなずく。
「いいじゃないか。これを食べさせてあげなさい」
「いいのかな? 失望させたりはしない?」
「このオムライスを食って失望するやつなんて、こっちから友達をやめちまいなさい」
「そこまでの味?」
「ああ。お前、これを作っていたとき、なにを考えていた?」
「
「じゃあ、料理人合格じゃないか」
険しかったジイサマの顔が、ほころぶ。
「心配性すぎるんだよ、いすゞは。これはこれで、うまい。きっとあの子だって喜んでくれるさ」
「あたしが、壁を作っているだけってこと?」
「そうそう。完璧な料理なんて、この世には存在しない」
人には人の、好みがある。
すべての食堂が、高級フレンチなわけじゃない。
「自分に期待をし過ぎなんだよ、お前さんは。そのせいで、肩に力が入っちまう。それじゃあいつまで経っても、うまいもんなんて作れねえ。まっすぐ、お前さんの道を行きなさい」
「はい。ありがとう、ジイサマ。これ、細江に食べさせてみる」
「あら~っ。立派になってさぁ」
ジイサマは、バアサマの墓前に手を合わせた。
次の日、あたしは再び細江宅へ。ユーヘーメシのデリではない。細江から「ふるさと納税の野菜が、届いたんです! これでお料理できますか?」と言われ、OKしたのだ。
「昨日と同じ献立だけど、いいのか?」
「わたしのリクエストなので!」
細江がいいなら、オムライスでいいか。
「わかった。あたしが初めて作ったオムライスを食わせてやろう」
今日はネギもあるので、コンソメを使ってスープを。
「いただきますっ。はむっ」
「どうよ。昨日のオムライスとは、天と地ほどの差だろ?」
ガッカリさせちまうんだろうな。
「おいしいです! 最高です!」
細江は目に星を煌めかせるほど、あたしのオムライスにがっついていた。
「ソースはたしかに、市販のほうが美味しいでしょう。ですが、こちらのオムライスは、さらにバランスが整っていて。うーん、どちらも
家族の言うとおり、あたしが気にしすぎていたみたいである。
細江は、いい子だ。
「ただ、このオムライスなんですけど、どっかで食べたことがあります」
「そのヒントは、これにある」
あたしは、別で作っていたスープを細江に差し出す。
スープを一口飲んで、細江が目を見開いた。
「そう。これな、実はオムライスじゃないんだ。天津飯なんだよ」
幼少期のこと。あたしはオムライスと間違えて、天津飯を作ってしまったことがある。
天津飯をオーダーされていたのに、別の客が注文したオムライスも同時進行していた。あたしは、まだとろみを付けていないアンを、オムライス用のスープとして出してしまった。
まさか、これが当店人気ナンバーワンのスープになろうとは、店の誰も思わなかったけど。
「やはり、いっしょにゴハンを食べてくれませんか?」
「いいよ。細江さんさえよかったら」
「
「ん?」
あたしは、細江に聞き返す。
「ですから、桃亜と呼び捨てしちゃってくださいっ」
「いいのか?」
「家に上がってもらうんです。よそよそしい呼び合いはこの際やめましょう」
「わかった。あたしは
「はい。いすゞさん。これからもよろしくお願いします」
(第一章 おしまい)
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