第3話 自己流オムライス

 細江ほそえ 桃亜ももあの皿は、すでに空っぽになっている。なのに、あたしの作ったオムライスにまで、視線を向けていた。


「ほしいのか?」


「ああ、すいません、尾村おむらさん。卑しいですよね。ごちそうさまでした」


 細江が、シュンとなる。


 こうなると、作らないわけにはイカンだろ。


「食えるんなら、作るよ?」


 あたしの食べさしなんか、あげられない。細江が食べたいなら、イチから作る。


「ホントですか?」


「ああ。残したら、承知しねえが」


「残すなんて、とんでもない。いただきますっ」


「じゃあ、食い終わるまで待ってくれな」


 あたしは、自分の分を片付ける。


 これ、まじでうまいんだよな。多分、ソースがうまいのだろう。


「このソースも、ふるさと納税の返礼品か?」


「いえ。株主優待です」

 

 なるほど。「お祈りメールが優しい企業」と、就活生の間で話題になるわけだ。


「あんたの両親って、資産家なのか?」


「はい。父が会社の経営、母が不動産をやっています。資金は、若い頃から米国投資信託で貯めていたそうで」


 投資信託だけで、ここまで儲かるのかよ? 今だと、「非課税制度を導入」とか言われているが。

 

「両親は学生時代、ともに氷河期真っ只中でした。不動産を始める前は、大学もFランで、フリーターしか仕事がなかったそうです」


 細江の両親は、世間を呪った時期もあったという。

 しかし、両者とも読書家だったために救われた。

「自分が貧しいのは、世間じゃなくて自分のせいと考えよ。自分のせいなら、自分が変わればなんとかなる」と自己啓発本を読んで、考えを改めたらしい。


「世間は変えられないが、自分は変えられるもんな」


「知っていますか? 起業家のほどんどは、大した学歴ではないそうです。逆に、大手の会社に就職したエリートは、貯蓄が苦手なんですって」


「ああ。自分のステータス維持に必死で、そのせいで出費がかさむらしいな」


 人が金を使う理由は、たいてい「見栄を張る」ためだ。


 あたしも細江も、地味ーな生活を送っているから、たいして目立たない。


「ご両親は、どこで知り合ったんだ?」


「小さい、企業セミナーです。良心的な値段で、企業のコツや税金の対策などを教わったそうですよ」

 

 細江の両親は、自分を決して金持ちに見せず、細々と貯蓄と投資を繰り返したという。


「結果的に両親は、富裕層に到達しました。同世代より、生活は楽になっているはずです」


 娘をタワマンに住まわせている理由も、主に税金対策なんだとか。


「わたしも両親にあこがれて、自分で会社を持てるようになりたいなと」


 簿記検定の習得は、学歴不問だ。


 細江としては、「進学して収入を上げるより、バイトでもいいから元本を増やして投資に回したほうが早い」と考えたみたいである。


 なんというか、住む世界が違うな。


「ごちそうさま。じゃ、作るからな」


 あたしはフライパンを食器ごと洗い、再びオムライスを作り始める。


「すいません。またお仕事させてしまって」


「いいっての。ついでだ、ついで。それに、このソースは本当にうまいから」


 これ、なんでもアレンジできそうだな。今度自分でも買って、色々レシピを試すか。


「尾村さんって、フライパンを動かさないんですね?」


「家庭用の火だと、熱が逃げちまうんだと」

 

 店の火力と違って、家庭の火力では焦がす心配があまりない。家を改装して、本格的なコンロを使うなら別だが。


「ほれ、できたぞ」


 ケチャップのチューブは、あたしが使うことに。


「ほらよ、おいしくなーれ」


 うちの屋号である、「ゆーへー」と書いた。


 ちなみに、オヤジの名前は「ゆーへー」ではない。


 大将を引き継ぐとき、名前も受け継ぐのだ。男だろうと女だろうと。


 あたしもいずれ、「ゆーへー」の名を継ぐだろう。弟は料理にあんまり興味がないし、まだ中学だし。


「ほれ。ゆーへー特製のオムライスとは、いかないが。あたし流のオムライスだ」


 オムライスをテーブルの前に置いた途端、細江の腹が盛大になった。


「やっぱり、おいしそうです」


 こいつ、どこまで食うつもりだよ?

 

「いただきます」


 手を合わせて、細江がオムライスを食べ始める。


「ふおおお。おっほ」


 また、オホ声を発した。


「酸味が絶妙に甘くなって、おコメが踊っています。口の中で暴れるおコメを、卵がしっかりと包んでいて。デリのオムライスもおいしかったですが、甲乙つけがたいです」


 最大級の賛辞を、細江は送ってくれる。


「これ、お金を取れますよ!」


「ダメダメ」


 気持ちはありがたいが、遠慮した。


「どうしてです? お支払いしますよ」


 スマホまで、用意しやがるとは。電子マネーで払う気か。


「ダメダメダメ。オリジナルのソースじゃねえから、売り物にはできない」


 こういうレシピは、家でやるものである。人様からお金をいただいて作るものではない。


「尾村さんは、いいお嫁さんになりそうです」

 

「いいって。あたしは料理だけ作れたらそれでいいし」


「でも最高です」


 オムライスを食い終わって、あたしが洗い物をしようとしたときだ。


「お手伝いします」


 いっしょになって、細江が洗い物を始める。


「狭いよ」


「いいんです。あの、尾村さん」


「どうしたんだよ、急に?」

 

「わたし、デブ活がしたいんです」

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