隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

第一章 隣の優等生は、デブ活したいっ

第1話 隣の優等生は、オムライスに包まれたいっ

 また、見られている。


 ウチのクラスで成績トップの細江ほそえ 桃亜ももあが、あたしを、というかあたしの弁当をじっと眺めていた。


 ホカホカの焼きそば弁当に、視線が突き刺さる。


 あたしは、弁当を隠す。


 今日は、焼きそば弁当である。

 

 うちの実家は、大衆食堂だ。


 見習いであるあたしは、自分の食べる分は自分で作るようにと言われている。


 自分でも、出来損ないの焼きそばだ。


 そんなハズい弁当を、こんな優等生様に見せたくないのだ。


 優等生様はもう食べ終わったのか、何も持っていない。いちご牛乳を、ちゅうちゅうしているのみ。見た目はクールビューティなのに、ギャップがすごい。


 ごちそうさま。今日もうまかった。

 さすが創業一〇〇年の、伝統的大衆食堂だ。味はたしかである。



 放課後、あたしは実家の手伝いを行う。

 

「次の配達先は、細江ほそえ 桃亜ももあか。バイト一日目で、クラスメイトの元へデリをお届けするとは」


 あたしは高校に入ってすぐ、デリ宅配サービスのバイトを始めた。

【ユーヘーメシ】といって、ウチの父が独自に行なっている。

 流行り病でデリが重宝されだす前から、父は出前業種に参入していた。もっとも自転車とバッグではなく、スーパーカブとおかもちでだが。

 まったく、父の行動力には脱帽だ。


 そのアクティブさが、まさか娘をクラスの優等生と引き合わせることになるとは。


「タワマン……」


 到着した先は、タワーマンションだ。


 ビルだと言われてもあたしは信じるね。なんか、事業とかやってそう。

 

「ちわー。ユーヘーメシっす」


「ありがとうござ……、尾村おむらさん!」


「あ、うん。そうなんだよね……」


 名前を呼ばれて、あたしは帽子を目深に被った。

 

 あたしの名前は、「尾村いすゞ」という。通称「オムライスのいすゞ」。まあ、別にオムライスめっちゃスキだからいいけど。


「わたしが頼んだお店って、尾村さんのお家ですよね? まさか、尾村さん御本人が、出前してくださるなんて」


「あたしも驚いてるんだけどね」

 

「まあ、お入りになって」


「お邪魔します」


 あー。女の子の匂いだ。


 ウチの厨房では絶対に嗅げない、女子のスメル。

 

 ただでさえ女っ気のないアタシには、刺激が強すぎるよぉ。


「すいません。引き止めてしまって。お会計を」


 細江が、スマホを取り出す。キャッシュレス決済を済ませた。


「いいよ。特に急いでないし。これであたしの仕事は終わり」


 あたしのバイトは、一応午後七時までとなっている。

 

「だから、もうバイトはおしまい。あとは家に帰って、メシ食うだけ」

 

「そうなんですね」


「とにかく、食えって」


「はい。いただきます」


 細江が、眼の前にあるオムライスを凝視した。


「キレイです。うっとりしちゃいますね」


「オヤジは本当に、オムライスを包むのがスキすぎてな。娘の名前にするくらいに」


「おむら、いすゞさんですもんね」


 実家の大衆食堂の味は、先祖代々受け継がれている。


 特に父は、オムライスの卵の包み方においては天才的だ。


 眼の前のオムライスはノーマルだが、ソフトオムライスも作れと言われてたら作れる。


 あたしがやっても、全然マネができない。


「どうした、食わないの?」


「崩すのがもったいなくて」


「いや、崩せよ。冷めちまう」


「そうですねっ。食べます」


 細江がスプーンで、オムライスを崩していく。


「では、いただきます……おっほ」


 オムライスを口に含んだ瞬間、細江はオホ声を漏らす。


「そんなにうまいか? 大衆食堂のフッツーのオムライスだぞ?」


「こういうのが欲しかったんです。街の洋食屋さんの、愛情こもったオムライスが」


 高速の手さばきで、細江は父特製のオムライスを消費していった。


「いいですね。包んでいる卵もふわふわで、ケチャップライスの酸味も適度です」


「客が飽きないように、パンチの弱い味付けにしてるんだ」


 細江はオムライスに注目しつつ、話しかけるとちゃんとあたしの方を見る。

 

「わたし、席がお隣同士なのに、まったく会話がなくて終わってしまったので。ぜひ、話しかけたかったんですが」


 オムライスを口にしながら、細江がうらやましそうに話す。

 

「え、なんで?」


「だって、いっつもおいしそうなお弁当を持ってきてらっしゃるので」


「そういえば、あんた。昼間にあたしのこと、ずっと見てたよな」


 あの射抜くような視線は、今でも忘れられない。


「はいっ。めちゃくちゃおいしそうで、ついつい目が行ってしまい」


「あんなの、『まかない』だよ」


「まかない!?」


 あたしは自分の食べる分は、自分で作って適当に詰めるだけだ。


「たしかに、統一性はありませんね。ピラフだったり、ハンバーグだったり」


「だろ? けど、店主である父からしたら「まだまだ」といったところだな」


「それでも、おいしそうですっ。あれでまかないだとしたら、それを毎日食べられるのは幸せですよ」


 あたしからすれば、こいつの食べ方のほうがうまそうだ。

 見ているこっちの腹が減ってしまう。


「ああ、ちょっとガマンの限界だな」


 あたしは、テーブルから立ち上がる。


「お手洗いですか? でしたら」

 

「違う違う。キッチン借りていいか? 冷蔵庫も勝手に開けさせてもらっても?」


 家で食おうと思っていたが、気が変わった。


「ここで、自分の分を作る」


 あたしも、オムライスが食べたくなってしまったのである。

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