MEAT COMBAT!2~通りすがりのミトコンバトラーです~
宇部 松清
第1話 大型書店HONUBEの日常
「勝者、ミトコンウォリア氏!」
自然な流れで審判役を買って出てくれたタキザワ氏が、俺の右手を高く掲げた。
「くそっ、途中まで完全に俺のペースだったのに……っ!」
対戦相手である『白米ツーバウンド(※プレイヤー名)』が、ぐぬぬと顔をしかめて、テーブルの上のカードを回収する。
バトル中は少々ひりついていたが、それが終われば気の置けないゲーム仲間だ。集めたカードをトントンと揃え、専用のケースにしまいながら、白米氏がにやりとした笑みを向けて来る。
「ウォリア氏、今日ちょっと調子悪くなかった? らしくないミスしてたじゃん」
「うーん、まぁ」
「今日こそは勝てると思ったんだよなぁ」
「ハッ、俺に勝とうなんて十年早いっつーの」
「ハハハ、さすがはウォリア氏!」
……と白米氏にはそう虚勢を張ったものの。
正直言って、調子がよろしくない。
いや、体調面ではなくて。
何せ今朝も飯はしっかりお代わりして来た。
「おぉ、ひゃくたん殿! 今週は皆勤賞ですな!」
「あっ、タキザワ氏ー! どうもですー!」
彼女である。
彼女こそが俺の不調の原因である。
プレイヤー名『ひゃくたん』こと、『
部下、なのだ。
よりにもよって、直属の部下なのだ。めちゃめちゃ一緒に働いているのである。
でも、それだけならまだ良かった。
単なる部下だけなら良かった。
何が問題かと言うと――、
「課長、お疲れ様です」
他の人には聞こえないくらいの声量で、こそり、と囁かれる。
バレているのである。
肉を題材にしたカードゲーム『
三十六歳、独身、彼女なし。
役職付きだから給料はそこそこ。
それなりのスーツに身を包み、バリバリと仕事をこなすこの俺は、週末になると、ゴリゴリのヲタクルックでカードゲームに興じるミトコン廃人なのだ。それだけは、職場の人間に知られるわけにはいかない。
幸いなことに、これまで、会社の人間とここでエンカウントしたことはない。HONUBEは大型書店なので、そっちの方にいるのを見かけたことなら何度もある。しかし、誰一人としてこのカードゲームコーナーに足を踏み入れる者はいなかった。そりゃそうだ。興味本位で覗くようなところではない。ここは戦場だ。
にも拘らず、彼女――ひゃくたんはやって来た。
こともあろうに、スーツ姿で。やめろやめろ、この空間にスーツのお姉さんは場違いなんだ。
さすがにここに通い始めてからは私服になったが、それでもまだ油断は出来ない。ここに来る女性と言えば、ゴスロリの地雷系(しかも大抵彼氏持ち)か、レンタル彼女の類である。ひゃくたんのような『普通』のお姉さんはまず来ない。偏見と思われたかもしれないが、もう何年も通っている俺が言うのだ、間違いない。
それくらい異質な存在である彼女が、閉鎖的なミトコンバトラー達から受け入れられるわけがない。避けられ、好奇の目にさらされて、碌にバトルの相手もしてもらえず、傷ついてここを去るのではなかろうか。
確かに俺はここで職場の人間と会いたくないとは思っていた。だけれどもだからといってミトコンそのものをやめてほしいわけではない。ワイワイと――それでいてバトル自体は真剣に――楽しんでもらいたいのだ。
が、そんな俺の心配をよそに、なんかもうびっくりするくらい、ひゃくたんはここに馴染んだ。それどころか、いまじゃ、彼女に嫌われたくないからと、ヲタク達が身なりに気を遣うようになったのである。とはいえ、もともとファッションセンスは死んでいる者がほとんどなので、脱ヲタクして垢ぬけたわけではない。シャツのチェックが赤から青に変わっただけだったり、ズボンにインしなくなったとか、あとはちゃんと毎日風呂に入るようになったとか、その程度だ。いや、その程度なんて言っちゃいけないな。お陰でHONUBEの空気は格段にきれいになったはずだ。
「あの、
「わかってます」
ヤバいブツの商談かのような密やかなやり取りは、絶対に周囲に見られてはならない。逆に怪しすぎる。これまで浮いた話一つなかったこの俺が、女人とバトル以外で会話をするなんて、絶対におかしい。イベントの際などに、他県から来た女性ミトコンバトラーから手紙やらプレゼントやらを渡されることがあっても、それらをすべてはねつけて来た俺である(だって普通になんか怖いし)。それが、『普通のお姉さん』なら良いのかと、そんな風に思われたくない。
「ひゃくたん殿、次はぜひとも拙者と!」
「あっ、『ラード忍者(※プレイヤー名)』氏! 良いですよ、やりましょう!」
溌溂とした笑顔を返し、シンプルなカードケースに入れたミトコンをシャカシャカと振る。そういうところも俺らからしてみれば驚きだった。女性プレイヤーはとにかくそのカードケースをごてごてにデコる傾向があるのである。デコるといっても、無駄にキラキラさせるわけではない。もちろんそのパターンもあるけど、どちらかと言えば、二次元の推しのステッカーやら何やらで飾り付けていたり、あとは、多少腕に覚えのある者は、特注らしき革製のケースに入れていたりする。そういう拘りが強いのだ。
けれど、『ひゃくたん』はスターターパックの中に入っている半透明のプラスチックケースだ。一応、自分のものとわかるように小さなシールは貼っているが、ただの赤丸だし、真ん中に手書きで『100』と書いてあるだけだ。たぶん、『ひゃくたん』の『
まぁ、ラード忍者氏とだったら、とくに殺伐とすることもなくバトル出来るだろう。そう思って、カフェスペースに移動する。
「……喪神殿、何やら迷いが見えますなぁ」
「――うぉっ、た、タキザワ氏……!」
コーヒーを一口飲んだタイミングで、ぬぅ、とタキザワ氏が隣に立つ。彼の方がよほど忍者みがある。
「ひゃくたん殿ですかな?」
「いや、別に」
「拙者にはわかるでござるよ。ひゃくたん殿が現れてからというもの、喪神殿は小さなミスが増えたでござる」
「タキザワ氏……」
タキザワ氏、エンジョイ勢の割によく見てんな。
「恋、なのでござろう?」
むふ、と菩薩のような笑みを浮かべ、親指を立てる。
「いや、違うが」
違うのである。
これは断じて違うのである。
恋とかじゃなくて、俺はもう純粋に、彼女がここに出入りするようになったことで、会社のやつらにもバレたらどうしようかと、それが心配なのだ。それが気になって、バトルに集中出来ないのである。
いまのところ彼女が職場内でこの趣味を公言している様子はないが、それはあくまでも俺の目の届く範囲内での話だ。もしかしたら例えばランチの席で、飲みの席で、同僚にこういう趣味があるのだと話しているのかもしれない。それで万が一にもそいつが興味を持ったらどうする。そりゃミトコン人口が増えるのは嬉しいさ。だけど、職場の人間じゃなくたって良いだろ。
「ミトコンウォリアさーん! 勝ちましたぁー!」
割とあっさりラード忍者氏を倒したらしいひゃくたんが、よりにもよって名指しで勝利報告をする。俺は小さく手を挙げて愛想笑いを浮かべるのみだ。
「……少なくとも、ひゃくたん殿の方は喪神殿に何か思うところがあるのでは?」
「まさか」
あれはただ単に、ミトコン昨年覇者である俺への尊敬というか――って自分で言うの恥ずかしいな――そんなところだろう。あとは、職場でも上司だしな、うん。
「とにかく、喪神殿にその気がなくても、ひゃくたん殿があの態度では、何かしらのトラブルが起こるのではないかと、拙者はそれが心配でござる」
「確かに」
「そもそも、ここに彼女のような『きれいなお姉さん』がいること自体がイレギュラーなのでござる。み、乱れる、均衡が、宇宙の法則がががががががが」
「落ち着け、タキザワ氏!」
突然過去の何らかがフラッシュバックしたらしく白目を剥いて震え始めたタキザワ氏の肩をゆする。
「――っは! か、かたじけない、喪神殿」
「いやいや、これくらい。でもまぁ、タキザワ氏の言う通りだと思う。ここは純粋にバトルを楽しむ場だ。男女のいざこざとか、そういうのはマジで勘弁してほしい」
大学のサークルじゃあるまいし。
そう呟いて、はぁとため息をついた。
それでもどうにか平和な日々だった。
ひゃくたんは職場ではもちろんきっちりと線を引いて接して来たし、会社の人間をHONUBEに連れて来ることもなかった。HONUBEでは彼女はあくまでも挑戦者として俺に挑んで来た。それくらいの距離感でちょうど良い。そう思っていたある日のことだ。
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