転生したら『異世界カラス』だったけど、村の美少女が餌付けしてくるんだが?

葉山

第1話 漆黒の目覚め


「なんだこれ……!?」


 目を開けた瞬間、俺の視界に広がったのは、見たこともない異世界の大空だった。

 青すぎる空。どこまでも白い雲。そして、はるか下には緑の絨毯みたいな大地が広がっている。


 空の美しさに呆然とする俺の身体は、宙に浮いている──いや、浮いているどころか、間違いなく飛んでいるじゃないか!


「ちょ、ちょっと待て! どうなってるんだ!?」


 慌てて言葉を発しようとしたが、俺の口から出たのは「カーッ」という濁った声。

俺の声だ、確かに。でも……これ、明らかに鳥の鳴き声だろ!? いや、鳥っぽいどころじゃない。俺の身体はまさしく漆黒の羽毛に包まれた、立派なカラスそのもの。


 ──俺、転生してカラスになったらしい。


 おいおい、待て待て! 俺はもともと人間だったはずだ。少なくとも、ついさっきまでは!


 確か……仕事帰りに横断歩道を渡っていて、前方からトラックが突っ込んできたんだよな?

  急ブレーキの音。ドンッという衝撃。……あれ、つまり俺、死んだのか?


「ああ……これが、噂の“トラック系異世界転生”ってやつか……?」


 でもなぜカラス!?  もう少しこう、勇者とか、剣豪とか、人間としての再スタートを切りたかったぞ!?  しかもチート能力付きで!  カラスって何だよ。しかも特に強そうな能力もないっぽいし。


 頭を抱えて(いや、翼で頭を撫でる感じ?)考えている間も、俺の身体は風に乗り、フワフワと飛んでいた。


 いや、これ意外と難しいな!?


  両翼を広げて羽ばたくたびに浮力を得る感覚は、まるでグライダーにでも乗っているみたいで新鮮だ。だが、少しでも翼の角度をミスると途端にバランスを崩してしまう。


「うわっ、落ちる落ちる落ちる──!!」


 俺の叫びもむなしく、身体はそのまま急降下。

 下に見えた木の枝に「ドンッ!」と激突し、そのまま地面の上に転がり込んだ。幸い、羽根は無事だったけど、心のダメージがでかい。尻もち(というか尾もち?)をつく形になり、俺は無言で天を仰いだ。


 どうやらここは森の中らしい。濃い緑の葉が太陽の光を受けて輝き、そよ風が気持ちよく吹き抜ける。空気が妙に澄んでいて、地球じゃ味わえない清々しさがある。


「……異世界って、こういう感じなんだな」


 思わず呟いてしまう。この空、この森、この空気──どれも圧倒的な「自然の美しさ」がある。でも、感動している場合じゃない。俺は今、カラスなんだぞ!?  今後どうやって生きていけばいいのか、まるで何もわからない。


「食料はどうする?  敵は?  ……そもそも、この身体でどうやって生き延びれば……」


 そんなことを考え始めた瞬間だった。

 突然、背筋がゾワッとするような鋭い視線を感じた。嫌な予感がして振り返ると、そこにいたのは──金色の瞳を持つ、巨大な鷲だった。


「……やばい」


 その圧倒的な存在感に、俺の全神経が警報を鳴らしている。

 猛禽類。空の王者。カラスなんて軽くひねり潰せる、絶対的な捕食者だ。鳥としての本能が、こいつの危険度を全力で伝えてくる。


 ──死ぬ。ここで逃げなければ、俺は間違いなく死ぬ。


「うわあああああああああ!!」


 叫んだ瞬間、俺は反射的に空へ飛び立った。後ろから迫る鷲の影。鋭い爪が振り下ろされるのをギリギリでかわすが、奴はしつこく追いかけてくる。体力もスピードも、ただのカラスじゃ到底かなわない。


「なんでだよ!  なんでこんな目に遭うんだよ!?  転生したばっかじゃねぇか!!」


 奴は執拗に追ってくる。高空で急降下、横からの突撃、その度に俺は冷や汗をかきながらなんとかかわす。だが、俺の体力は限界に近づいていた。翼が重い。羽ばたくたびに鈍い痛みが走る。


 そして──。


 ガッ!


 鋭い爪が、俺の左翼をかすめた。


「ぐっ……!」


 小さなカラスの身体でも、衝撃は凄まじかった。バランスを崩し、俺は回転しながら落下する。視界がぐるぐる回る。翼を広げようとするが、うまく制御できない。このままじゃ……。


「や、やべえっ――!!!」


 鷲が大きく翼を広げ、落下する俺を真下から狙う。黄金の瞳が鋭く輝き、俺を逃がす気がないのは明らかだった。


「もうダメだぁ……!」


 落下する俺の目に、ギラつく鉤爪が映る。俺の喉元を捉えんと、まっすぐ伸ばされるその刃のような脚。振り払う力もない。俺の身体が、何の抵抗もできないまま、その獲物として吸い寄せられていく。


 ──死ぬ。


 諦めかけたその時だった。


「カーッ!!!」


 突然、耳をつんざくような鳴き声が響き、森の中から黒い影がいくつも飛び出してきた。

 それは俺の周囲を囲むように飛び回り、鷲に向かって一斉に鳴き声を上げる──カラスの群れだった。


「助かった……のか?」


 何とか態勢を立て直して、周囲をうかがう。

 どうやらこいつらは、俺の悲鳴(カラス語?)を聞いて助けに来てくれたらしい。仲間の危機を察して救いに来るとは、カラスって案外仲間想いんだな。


「キィィィィィィィッ!!!」


 突如、空気を切り裂くような甲高い鳴き声が響いた。


 頭の芯を直接殴られたような衝撃。カラスたちの羽根がざわりと波打つ。俺も反射的に身を縮こまらせたが、視線を上げると──そこには、獣のように歯を剥き出し、黄金の瞳で睨みつける鷲の姿があった。


 ――バサァッ!!


 大きく翼を広げると、風圧だけで周囲の枝葉がざわめく。


「え、ちょっと待て……お前、めちゃくちゃキレてね?」


 目つきがさっきまでと違う。最初の襲撃は「狩りのため」だった。でも、今は――明確な、「怒り」である!


「ヤバい、ヤバいって……!」


 カラスの群れに囲まれても、まるで退く気配がない。いや、それどころか、明らかに "逆に狩る気" になっている。


──そして、奴は狙いを俺に定めた。


「畜生……!!」


 今度こそ、死を覚悟した――その瞬間だった。


「カァ……カァ……」


 カラスたちの鳴き声が響いた。


 だが、今までの鳴き声とは何かが違う。これはただの威嚇じゃない。いや、むしろ "何かを始めようとしている"──そんな予感がした。


「カァ……カァ……カァァ……」


 不気味な輪唱が、静寂に包まれた森にじわじわと広がっていく。


 一羽が鳴く。

 それに応えるように、もう一羽が鳴く。

 続いて、また一羽。


 まるで見えない指揮者に操られるかのように、カラスたちは順番に鳴き声を響かせた。


「カァ……カァ……」


 森の奥からも、同じ鳴き声が返ってくる。


「カァ……カァ……カァァァ……」


 木の上から。茂みの奥から。

 空の隙間から。どこからともなく、同じ声が増えていく。


 そして気づいた。


 ──


 最初は十羽ほどだった。

 今は、軽く三十を超えている。


「おいおい……どっから湧いてきた?」


 次の瞬間。


「「「「「カァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」」」」」


 突如、全てのカラスが一斉に鳴き叫んだ。


 ビリビリと鼓膜が震え、空気が波打つほどの大音量。俺の小さなカラスの身体が震えたのは、決して恐怖のせいじゃない。単純に、音の圧がすごすぎたのだ。


 ──そして、それは鷲も同じだった。


 奴の身体が、明らかに "ビクッ" と震えた。


「……キィッ……!」


 鋭い鳴き声を上げ、警戒するように翼を畳む。だが、金色の瞳がわずかに揺れている。


 おいおい。もしかして──"怯えてる" のか?


 猛禽類の王者が、カラスごときに?


「カァ……カァ……」


 輪唱が、再び始まる。


「カァ……カァ……」


「カァァ……カァァ……」


 さっきよりも低く、ゆっくりと、静かに。


 空間に滲むように、不気味に、じわじわと、染み渡っていく。


 鷲が焦ったように爪を研ぐ。いや、これは焦りじゃない。苛立ちだ。

 …… "逃げる理由を探している" ようにも見えた。


「カァ……カァ……」


 それに合わせて、カラスたちはゆっくりと翼を広げる。


「カァ……カァ……カァ……」


 ──その時、俺は理解した。


 これは、威嚇じゃない。

 "狩り" だ。


 カラスたちは今、まさに "空の王者を狩る" ための儀式を始めたのだ。


「カァァァァァ!!!」


 最後の咆哮が、世界を震わせる。


 その瞬間──


 バサァッ!!


 鷲は勢いよく羽ばたくと、猛スピードで空高く舞い上がった。


 明らかに── 逃げた。


「……マジかよ」


 カラスたちはその場でしばらく佇んでいた。

 そして、奴が完全に視界から消えると、ようやく、鳴き声をピタリと止めた。


 その静寂が、逆に恐ろしかった。


「……な、なあ」


 俺は隣のカラスにそっと尋ねる。


「お前ら、もしかして……"ヤバい奴ら" なのか?」


 カラスは「カー」とだけ鳴くと、まるで "当然だ" と言わんばかりに、翼を畳んだ。


 その堂々たる態度を見て、俺は心の底から思った。


 ──カラス、こえぇ……。


 俺はカラスという存在を甘く見ていた。

 こいつら、もしかすると "空の支配者" は鷲じゃなく、"カラス" なのかもしれない。


「……カァ?」


 俺の心の声が聞こえたかのように、カラスが首をかしげた。


「い、いや……なんでもない。助けてくれて、ありがとな」


 俺は慌てて目を逸らしながら、静かに誓った。


 ──カラスの群れには逆らわないでおこう。絶対に。


 俺は改めてカラスたちを見た。彼らはまるで「何か?」と言いたげに俺をじっと見つめている。相変わらず表情は読めないが、その黒曜石のような瞳に妙な貫禄を感じた。


 ふと、一羽のカラスが「カー」と鳴きながら、くちばしで木の実をついばみ、俺の近くにポトリと落とした。


「え、これ……俺にくれるのか?」


 問いかけると、そのカラスは「仕方ないな」という雰囲気を醸し出しながら、翼をすくめるような仕草をした。


 マジでこいつら……カラスってこんなに優しい生き物だったっけ?  それとも、さっきの一件で俺を "仲間" として認めてくれたのか?


 俺は落とされた木の実を見つめながら、小さく笑った。


「……ありがとな」


 その言葉に応えるように、周囲のカラスたちが一斉に「カー」と短く鳴いた。それはまるで、「当然だろ」とでも言うかのような、不思議な一体感を持った音だった。


 俺は枝の上で深く息をつき、仲間たちに感謝しながら空を見上げた。この身体で、俺はどこまで翔べるのだろう。今はまだ、何も分からない。


 ──けれど。


 この翼で、俺はこの世界を生き抜いてみせる。


「よし……異世界カラスとして、まずは生き延びてみせるか!」


 漆黒の翼を広げ、俺はこの新しい世界に挑む決意を固めた。


 ──これが「異世界カラス」としての俺の物語の始まりだった。


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