第7話 風神の羽は如何にして失われたか
ケツァルコアトルと会ってから三日後。
神楽坂にある対策室のオフィスに、神祇課に修復を依頼していたペタソスとタラリアが到着した。
被りたそうにしつつ何時ものごとく刀を忘れたカシマさんと、たいして興味を抱くこともなく愛刀“
そのヘルメスは、水玉トランクスをつけただけの姿でブランコに座っていた。
姿が姿なだけに、何度見ても逃げ出したくなる光景だが、我々の姿を確認したヘルメスは気色満面でこちらに駆け出してきた。
いや、マジで逃げたい。
本能から出された全力逃避の命令を理性と気合で押しとどめ、神の力が外界に及ぼないよう要石を設置して結界を張り、私はバッグの中からペタソスとタラリアを取り出し、彼に手渡した。
「
大喜びでペタソスを被り、タラリアを履いたヘルメスが、ふわりと宙に浮かび上がった。空に浮かぶ変態。ますますもって、シュールさに磨きがかかる。
「よかったなー、兄ちゃん。これで神様に逆戻りで逆上がり大車輪だな!」
ケラケラと笑うカシマさんだが、カトリさんは笑みひとつこぼさない。
とりあえず、これで一件落着だ。
「それではヘルメス大神。これからこの地に鎮まる手続きをさせていただきます」
「ああ、そうしよう!だが、まずは僕の信徒に神の加護を与えなければ」
まずい。
なんだか話の雲行きが怪しい。
「せっかく、
そういえば、オーギュストが言っていた。
どうする。妥協して、いったんヘルメスの言い分を呑むか……?
「うそうそぴょんぴょんウサギがぴょん。このまま逃げるつもりでしょ?」
カシマさんのキラキラ声が、不思議と重く公園に響いた。
「カシマの本体、タケミカヅチが乗っていたアメノトリフネは普通の鳥の羽で空を飛んでいた。大事なのは、羽じゃない。その神の御力だ。カラスの羽じゃダメなのかと、わたしはずっと疑問だった」
カトリさんの話の内容も驚きだが、ここまで長々とカトリさんがしゃべったことに、私はもっと驚いた。
そして、オーギュストが渡してくれた資料の中に、ヘルメスは詐術の神でもあると書かれてあったのを思い出した。
なるほど。つまり。
「騙しましたね、ヘルメス大神」
「言い方が悪いな、人の子よ。せめて、担がれたと言ってほしいな」
どっちも同じだ。
「逃がすつもりはありません。と言ったら?」
少々怒気を含んだ私に、ヘルメスは頭上から挑戦的な微笑みを返した。
「交渉決裂かな?だったら、実力行使しかない。だが僕は自分の御力に加え君たちがもたらしてくれた新たなる力も身につけた。ペタソス、タラリア、そして、羽にこもった偉大なる神の力。まさに、“三重に偉大なヘルメス”だ!僕の速さと力に着いて……」
「これるとも」
言葉を地上に残し、カトリさんが軽やかに宙を舞った。
空中で、ヘルメスとカトリさんの視線がスパークする。
「わたしの剣の方が、風よりも早い」
「ほう。ならばやって……」
ヘルメスの口は、そこから先を語ることができなかった。
カトリさんが愛刀“祝一文字”を鞘から抜くことなく、鞘の先の
白目をむいて鼻血を吹き出しながら水玉トランクスを履いた男が空から落ちてくる。
「なー、にーちゃん!風と雷、どっちが早いと思う?」
落ちてくるヘルメスに天を舞う天使のような笑みを浮かべながら、カシマさんが右手人差し指をピンと頭上に上げた。
響けカミナリ、神鳴る力。
公園の中でカシマさんが放った雷撃がヘルメスを貫き、青い光と爆音が炸裂した。
焼け焦げたペタソス、次いでタラリア、そして最後にパンツ一枚のヘルメスが地面に落下した。
パンツが燃え落ちてなくて、本当に良かった。
「これが本当の一件落着だな」
めずらしく、冗談じみたことを言って、カトリさんが軽くため息をついた。
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